(22.10.13) NKHスペシャル 夢の新薬が作れない COP10の行方
NHKスペシャル「夢の新薬がつくれない(生物資源をめぐる闘い)」を興味深く見た。
「生物資源」とは聞きなれない言葉だが、現在名古屋で開催されているCOP10(第10回生物多様性条約会議)で主要なテーマになっていると言う(条約会議では遺伝資源と言う言葉を使用している)。
石油や石炭や金は鉱物資源として広く一般に認識されているが、生物資源とは主として製薬会社が薬の原料として使用する動物・植物・微生物をさす言葉だという。
この番組で紹介されていた生物資源を利用した新薬に、がん細胞を劇的に死滅させるコンブレタスタチンという新薬があるのだそうだ。
これは臨床段階で3年以内に承認を目指しているのだが、この新薬の原料はアフリカ南部に生息する生物資源、ブッシュウィローという木だという。
注)この薬はがん細胞の血管だけに作用して、腫瘍を死滅させると言う夢のような新薬と言われている。
もう一つの例はドイツの製薬会社が開発した風邪薬、ウンカロアボでドイツでは最もよく販売されている風邪薬だが、この原料はやはり南アフリカ原産のペラルゴニウムという花の球根が原料になっている。
このペラルゴニウムをドイツの製薬会社が大量に買い付けている。
そのため南アフリカの東ケープ州一帯では、原住民が最も安価に得ることができる現金収入として大々的なペラルゴニウムの採取を行なっており、多くの場所からこのペラルゴニウムが消滅してしまったと言う。
実を言うと私は薬は実験室で合成されてできるものだとばかり思っていたが、いわゆる画期的な新薬は合成ではダメで、原住民が太古より使用していた薬草類から発見されることが多いという。
注)まったく新しい新薬の分子構造はコンピュータによる合成で作り出すことが難しい。
今問題になっている先進国と途上国の対立はこの生物資源を乱獲してしまい、生物が消滅してしまうことで近い将来原料がなくなってしまうという危機だそうだ。
南アフリカはこうした先進国の簒奪を「バイオパイラシー(生物資源に対する海賊行為)」と言って非難しているが、製薬会社の言い分は南アフリカ政府がルールを設けて自分で取締りをすればいいというものだ。
注)実際はルールは有るが貧しい南アフリカの住民は生活のためにこのルールを守らない。
もっとも製薬会社としてもただ簒奪していては原料がなくなってしまうので、アメリカのナポ製薬と言う会社は、盛んに原料の木材の植林を行っていた。
この会社はペルーの森に生息する竜の血と呼ばれる木から画期的な下痢止めの薬を製造しようとしているが(発売は来年の予定)、木一本からはせいぜい200錠程度の原料しか採取できない。
このため製薬会社は今までに約70万本の竜の血の木を植林しており、また今後利益の2%を原住民に還元するとしている。
しかしペルー政府はナポ製薬の取り組みにまったく不満で、利益が出ようが出まいが法律で売上げの15%をペルー政府と、原住民に支払うよう要請している。
この要請の論理は「先住民の伝統的知識を利用して新薬の開発をしている」ためと言う。
いわば原住民に特許権があり、その特許料が売上げの15%だと言うのだが、これでは製薬会社は新薬の開発意欲がわかない。
利益が上がれば相応に還元しても良いが、利益もないのに売上げの15%とは法外だと言う認識だ。
また法解釈として竜の血が「先住民の伝統的な知識」に相当するかと言う問題があり、この例ではナポ製薬は「竜の血」は広く知られた公知であって、「伝統的な知識でない」と反論していた。
注)実際にペルー政府が製薬会社から特許料を得た実績はない。
もっとも今後は途上国がこのペルーと同じような法律を作って、「原住民の伝統的知識」の代価を求めることが予想されるので、製薬会社は対抗として、生物資源を使用せず合成して新薬を作り出す方向を目指している。
注)コンピュータで画期的な新薬を作るのは難しいが、生物資源を分析してその分子構造を探り当てることはできる。
生物資源の分子構造さえ分かれば、後はそれを工場で合成すればよいのだから、わざわざ生物資源を採取する必要がなくなる。
「途上国の生物資源を簒奪するのではないので問題なかろう」と言うのが先進国の主張だ。
これに対しても、もともとは途上国にある生物資源を分析した結果だから、途上国側に特許料は存在すると主張して先進国と対立しており論争は尽きない。
従来は新薬の開発利益はすべて開発者に有ったが、今後は何らかの方法で途上国にも還元する方策が模索されそうだ
今回のCOP10ではせいぜい、「遺伝子組み換え生物が生態系に悪影響を与えた場合、途上国は先進国に金銭的な保証を請求できる」という条項の議決までのようだ。
「先住民の伝統的な知識」と言う特許権問題は、今後長く尾を引きそうだ。
注)途上国は中国に見られるように先進国の特許権を無断で使用することで発展しており、この問題は互いに特許権を守ると言う方向でなければ解決しようがない。
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