(21.10.6) 失敗記 その14  自律神経失調症の巻

Img_1259_2  (タムさん撮影 山崎編集)

 人間は何度も懲りずに同じ間違いを繰り返すらしい。ここ数週間身体が不調で、どうしても寒気が抜けなかったがようやくその原因を掴めそうになってきた。

自律神経失調症の巻
 ここ数週間なんとも不快な日々が続いていた。のどの奥が痛み、軽い風邪症状がでて、寒気が抜けない。
ほかの人が半そでで平気で歩いているのに、半そでの上に長袖のシャツを着ないと寒いのだ。

 最初は単なる風邪だと思っていたが、ちっとも回復しない。特にひどくなるわけではないが、何しろ直らないのだ。1ヶ月以上この症状が続いている。
これは何か重篤な病気になったに違いない。喉が痛いから喉頭がんだろうか
再び癌ノイローゼが始まった。

 癌ノイローゼになると次は精神性胃炎が始まる。胃酸がぐじゅぐじゅ出て、胃壁や腸内壁を溶かすのですっかり体の調子が悪くなる。
歩いていても吐き気がして、数百メートルおきに休まなくてはならない。
まずい、こうしたときはかない先生に診てもらうのが一番だ

 かない先生はここ鎌取で一番の名医である。なぜそう言えるかというと、前回も私が精神性胃炎を患っていることを一目で見抜き、胃酸を押さえる漢方薬の処方をしてくれた。

先生、のどの奥が痛くて、寒気が抜けないのです。それと胃の周りがとても不快で力が入りません
まあ、山崎さん、今回も胃酸を押さえる漢方薬と、のどの薬を出しましょう。これで様子を見てください
かない先生は余計な検査などせず、しばらく漢方薬で様子を見ることをする。

 他の医院に行くとそれこそ検査づけになって、その結果「まあ、たいしたことはなさそうです」と言うことになるのだが、かない先生は強い薬を出さない。
最初はヤブではないかと思ったが、今では大大先生だ。

 今回も胃の周りの不快感は収まったが、そうなるとこの寒気はなんだろうとピンポイントで原因探求ができるようになった。
実はそれが原因ではないかと恐れていたことが一つあった。

Img_1121_2  (タムさん撮影 山崎編集)

 育毛剤である。
私はこの8月の終わりごろから、育毛剤の紫電改をつけている。それも最初のうちは一日に1回程度だったが、そのうちにのべつ幕なしにつけるようになった。
なにしろ産毛が抜けなくなって、だんだんと頭髪が増えてくるのだ。
よし、今度こそ復活が図れる」調子に乗って量を増やし始めた。麻薬患者と同じだ。

 実は育毛剤では過去2回失敗してる。
1回目はリアップで、これも実に効果的だったのだが、途中から心臓がおかしくなってきた。マラソンでスタートダッシュすると心臓が急激に痛み、狭心症のような状態になってしまう。
従来はこうした症状はまったく無かったので驚いた。
当時使用していた薬はリアップだけだったので、それを止めて心臓の痛みは直った。

 2回目はフラバサイトである。これも実に効果的な育毛剤だったがやはりつけすぎると夜のどが完全に渇いてつばがまったく出なくなる。
なぜだ、なぜつばが出ない
このときもフラバサイトを止めたらそうした症状は無くなった。

 今回紫電改も、やはり夜中にのどの渇きがあったが、それほどひどくなかったので止めなかった。
まあ、このぐらいならつけ続けてもいいだろう
ところが、そのうちに寒気が収まらなくなってきたわけだ。

 私は育毛剤をつけすぎるたびに、身体のどこかしこに支障が出てくる。
心臓であったり、のどの渇きであったり、寒気であったりする。
ようやくこうした症状を全体として理解できる病状を発見した。
自律神経失調症である。薬はそれ自体毒だからやはりつけすぎには必ず副作用がでてしまう。

 私の場合は自律神経の制御がおかしくなって、その育毛剤が持っている毒にあたってしまうようだ。
心臓の制御も、つばの制御も、体温の制御もコントロールが利かなくなってしまったようだ。

 先日から紫電改をつけることを止めたら、ここ数日体調は改善の兆しを見せ始めた。
嬉しいことにさして、寒気がしなくなっている。
やはり、そうか。育毛剤は私には会わないのだ。ハゲを甘受して生き延びる以外、道はなさそうだ」3度目にしてようやく悟った。

 現状で100%確実に原因を突き止めたとまでは断言できないが、ほぼ間違いないと思われる程度までには原因が分かった。
はげだけでは人間は死なないが、はげ対策を熱心にすると、どうやら寿命を縮めるらしい。

Img_0918_2 (タムさん撮影 山崎編集)

先生はまた育毛剤で失敗したようですね
はは、そうなのだ。つい調子に乗ってのべつ幕なしにつけていたら、今度は体温調節ができなくなった

はげの悩みはそんなに深いものなのですか?」
カメゴンはもともと毛がないからこの苦しみは分からないだろう

でももう63歳ですから、少々はげていても問題ないはずですが・・
我が家に、若い奥さん達が集まってきていたので、格好をつけようとして失敗したんだ。カメゴンは女性だから分からないだろうが、男はいつまでたっても見栄で生きてるんだよ

 

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(20.9.28) 失敗記 その13

 こんな失敗をしたのは久しぶりだ。完全に落ち込んでしまった。ブログ用の写真を全て消去してしまったのだ。

()今回の写真はすべて一緒に行った娘が撮ったもので、私が撮った写真はありません。
Dsc04038

撮った写真が全て消えてしまったの巻き

 茫然自失とはこのことを言うのだろう。今日は大多喜町房総歴史絵巻と言われる「大多喜10万石時代祭り」を見に自転車でおゆみ野から大多喜町まで行ったのだ。
今日はすてきな写真が撮れそうだ」意欲満々だった。

 我が家から大多喜町まではおよそ50kmあり、私の自転車では2時間半程度かかる。16号線から大多喜街道をまっしぐらに大多喜町に向かった。
だがこの街道は大網街道と同じで住宅地に入ると極端に歩道が狭くなり、かつ住宅前の歩道は車道面と同じ高さにしているため、やたらと段差が多い。でこぼこ道を走っているようなものだ。

 他のライダーは平気で車道を車と一緒になって走っているが、私にはそんな芸当が出来ない。もっぱら歩道を走るのだが走りつらいことこの上ない。倒れれば車道に落ちて自動車に轢かれそうだ。
がんばれ、大多喜町まで行けば歴史絵巻が見れる

 そんな苦労をして大多喜町まで行き、徳川四天王と呼ばれた本田忠勝の居城を見学し、小学校で開催された歴史絵巻をばっちり写真に収めたのに、その写真が一枚残らず消去されてしまった。
主よ、主はこのロドリゴに試練を与えたもうたのでしょうか」思わず天を仰いだ。

 いつものようにルンルン気分でデジカメからパソコンに写真を転送し、すっかり転送し終わったと思って、デジカメの画像を全て消去し、さて歴史絵巻はどうだと思ってファイルを見ると、ファイルには何も入っていない。
な、なんだ、どこに画像があるんだ」慌てふためいて探したがどこにもない。

 今回は100枚程度の写真を撮り、それをパソコンに転送したのだが量が多かったのか転送に失敗したようだ(あるいは転送途中でパソコンとデジカメのコードをはずしたのかもしれない)。
転送が終了したことを確認せずにデジカメの画像を消してしまったために、今日一日かけて撮ってきた写真が全て消去されてしまった。

なんてことだ、転送を確認してからデジカメの画像を消去すべきだった」反省したが後の祭りだ。

 かみさんが私にいつも言っていた事を思い出した。

おとうさん、おとうさんはいつも何をするのも早いって言って自慢してるけど、シャワーを浴びれば水がポタポタ落ちてるし、掃除をすればほうきがそのままだし、使ったはさみを元にもどさないし、パンくずはこぼれているし、なんでもいま一つなのね。
やったら確認することをしないともっと、ひどい目にあうわよ

かみさんの予想が的中した。今日はふて寝しか手はなさそうだ。

今後は二度と写真が消えないように指差し確認をしてから、消去することにしよう。

幸い娘が写真を撮っていましたのでその写真を掲載します。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/20927?authkey=7MvTx1LdSrk#

 

 

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(20.7.16) 失敗記 その12

 本当はこのことは記したくなかったのだ。できれば墓の下にそっと持って行こうと思っていたのだが、神様のお迎えがもうすぐ来る年になったのだから公開しても許してもらえるだろう。

投資の巻き

 正直言って私ほど投資と言うものが身につかない人間も珍しい。金融機関に40年余りいたのに、まったく金儲けの才がない。
確かに後半の約30年近くはコンピュータの仕事ばかりだったが、最初の10年融資担当者だった。

 「山崎さん、景気動向をどう見ますか。A株は上がりますかね」よく取引先の社長から聞かれた。
はあ、日経では○○と言う記事が出ていましたし、××総研の予想は△△でした」とりあえず答えたが、「そんなことは新聞を見れば分かる。俺は特別な情報がほしいのだ」と軽蔑されたものである。

 金儲けとはほとんど縁のない私だったが、バブル最盛期の80年代の終わり頃には10百万円ほどの余裕資金を持っていた。
子供を大学に行かせるため蓄えた資金である。そのまま持っていたら問題がなかったのだが、ある時考えた。

これを株式で運用すれば、またたくまに2倍程度になり10百万円程度は余るかもしれない。これで世界旅行をしよう

 確かに当初は株価は上昇し、10百万円13百万円程度になった。
見よ、私の経済を見る目は確かだ」有頂天になった。
ちょうどその頃息子が信じられないことを言った。当時息子は高校生である。

おやじ、株は売ったほうがいい

いや、まだだ。株は必ず上がる。お父さんの経済を見る目は確かだ」ガキの言うことなんか聞けるかという気持ちだ。

 しかし、その時が日本のバブルの最盛期だった。瞬く間にバブルははじけ、あれよあれよと言う間に株価は下がり、泣く泣く株を手仕舞いした時は約7百万になっていた。3百万の大損だ

だから、あの時売ればいいといったろう」息子が軽蔑の目で言う。
お前の学費を稼ぎたかったのだ」と言おうとしてぐっとこらえた。本音は世界旅行だったのだからおおきなことは言えない。

 だが、なぜなのだろう。私は多くの本や雑誌を読み経済情報を分析しているのにまったく先が読めず、息子は何もしないでバブルの崩壊を予見した。この世界は正直言ってさっぱり分からない。

 バブルに踊って大損した後、私は従来のまともな生活に戻った。正確に言えば余裕資金は子供の学費に消えて投資などしようがなかった。
再び若干の資金の余裕ができたのは、退職金をもらったからである。

 退職金をほとんどを企業年金に振り替えたので、手持ちの余裕資金は僅かだったが、少しでも増やせないかと思案した。
なにしろ銀行の金利は1%未満で、ほとんどないに等しい。
やはり、これは投資信託だ。日本経済は復活する」2年ほど前に購入した。

 前回と同じように当初は株価は上がり大満足だった。
今度は経済を見る目は確かだ。だてに年は取っておらん

 しかし満足は1年と続かなかった。アメリカのサブプライムローンの焦げ付きに始まった世界同時株安で、またたくまに投資信託は元本割れだ。特に最近の株価の低迷は構造的に見える。

しまった。またか
唯一の救いはほとんど余裕資金はなかったので、ダメージも小さいことだけだ。

 だが、これはなんとしても息子に知られたくない。
おやじは全くセンスがないのに、金儲けをしようとして失敗ばかりしている。俺が20年前に教えた教訓が生きていない」生きている間中言われそうだ。

 世の中には金輪際金儲けと縁のない人間がいることを再認識させられている。
生活防衛はジャスコのトップバリューの食パンがさらに10円引きになるのを待って購入することだけのようだ。

 

 

 

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(20.1.21) 失敗記 その11

おゆみ野四季の道」のテーマソング。以下のファイルをダウンロードすると曲が始まります。
 「pianotokurarinetto.mid」をダウンロード


 ひどい状態になってきた。自動車の運転がまったくできなくなってきたのだ。

(自動車運転の巻)

 私は日常ほとんど運転をしない。年に2~3回がいいところだったが、ここ1年まったく運転をしなかった。

 ところが先日(19日)、かみさんから資源ごみを回収場所まで運んでほしいと依頼された。新聞紙の包みが10袋、それに衣類を入れたビニール袋が一袋である。

 回収場所まではおよそ200m程度だが、新聞紙の包みは一つ当たり4kg程度ある。
こりゃ、ちょっと重そうだ。何回も手で運ぶのはしんどそうだ」 

 仕方がないので久しぶりに自動車で運ぶことにした。
おとうさんは運転できるの」かみさんが心配そうに言う。
免許暦、40年のベテランだ」みえをきった。

 ところがいざ自動車を運転しようとしてびっくりした。どちらがアクセルブレーキか分からないのだ。
代わりばんこに動かしてみてようやくアクセルブレーキの区別がついた。
ああ、そうだ。大きいほうがブレーキだ

 次に足の置き方が分からない。
とりあえず右足をアクセルに乗せ、左足をブレーキに乗せてコントロールしようとしたら、足への指令がちぐはぐになって、動くのだか止まるのだか分からない状態になってしまった。

 急発進、急ブレーキもいいところだ。
朝早く誰も通らないからいいようなものの、もし人がいたら大変だ。

 ようやくアクセルブレーキ右足一本でコントロールしていたことを思い出した。
ああ、そうだった。アクセルとブレーキは右足の操作だった

 ここまでくるのに5分以上かかっている。

 ようやく自動車は動き出し、資源ごみを回収場所においてきたが、今度は車庫に入るのに一苦労だ。
以前は一度でできた車庫入れを、何度も出し入れしてようやく入った。
こんなところをかみさんに見られたら何をいわれるかもしれない。やれやれだ

 ところが、こんどはどうしてもが抜けない。ヒア汗が出てきた。
なぜだ、なぜ鍵が抜けない

 かみさんのいやみが頭をよぎった。
やはりお父さんは認知症ね。病院にいったら

 こおいうときは娘に助けを求めるに限る。娘はかみさんと違って皮肉をいわない。
寝ている娘に懇願して、かみさんに知れないように自動車を見てもらうことにした。

おとうさん、ギアはパーキングになっている?
もちろんだ。そんな初歩的なミスはしない」見栄を張った。

おとうさん、これギアがニュートラルよ。これじゃあ抜けないわ」娘があきれている。

 信じられないことに、私はパーキングニュートラルの区別がつかなくなっていた。
おとうさんはこうした時・・・いいい・・・頭が真っ白になるから・・・そお・・大きく深呼吸してもう一度見るの」娘にたしなめられた。
小学生並だ。

 しかし、本当にどうしたらいいのだろう。1年ですっかり運転を忘れてしまっている。
時々運転をすればいいのだが、私の生活の中で運転をする機会はほとんどない。
移動は歩くか、走るか、自転車だ。

 かみさんから「認知症だ」といわれるくらいなら、一生自動車の運転をやめたほうがいいのではないかと思っている。

 

 

 

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(19.11.16)失敗記 その10

 なんともひどい状態になってきた。昔の話ではない。今の状態である。
このところ約束した場所と時間の取り違えが頻発している。あまりにちょくちょく起こるので対応策が必要になった。

日時と場所の取り違えの巻

 今日(15日)の話である。朗読会の準備としておゆみ野WALKERSのAさん、Bさんと9時に会う約束になっていた。場所は鎌取コミュニティーセンターである。

 私は何の躊躇もなく「おゆみ野公民館」で二人を待っていた。メールで何回も「鎌取コミュニティーセンター」と記載されているのを見ていたのに、自信満々「おゆみ野公民館」にいたのだ。
Aさんが気を利かして、「おゆみ野公民館」に電話してくれなかったら、そのまま居続けたに違いない。

 実は私は「鎌取コミュニティーセンター」を知らなかった。メールでこの名前を見たとたん、前回事前リハーサルを行った「おゆみ野公民館」だと思ってしまい、名前の相違はその段階で捨象されてしまった。

 信じられないかもしれないが「鎌取コミュニティーセンターおゆみ野公民館」と理解したのである。
名前が少し違ってるみたいだが、同じ場所にちがいない

 時間の間違いはあまりに頻繁なのでいやになる。先日千葉市から、落書き消去用のペンキを届けてもらったが、午後2時の約束を午前10時と取り違えた。これは私が清掃活動から帰宅して自由になる時間が午前10時なので、勝手に10時と思い込んでいたのである。
10時でないと家に帰っていないので10時だ

 ちはら台走友会の槍ヶ岳登山についても、1日、日にちを間違えていた。責任者のCさんが確認のTELをしてくれなかったら、完全に取り残されるところだった。
実は金曜日の夜出発する予定だったのだが、私の登山は金曜日の夜半に無理して出発したことがなかったので、のんびり土曜日の出発だと思っていたのだ。
平日に出発することなんかあるはずがない

 こおしてみるといずれも自分の思い込みで間違えているのだが、その思い込みは自分の生活パターンからきていることがわかる。
自分は「こうだから」ほかの人も「そうだろう」と思ってしまうようだ。
もちろん、相手の生活パターンがわかれば修正が効くのだが、そうでないと未来永劫間違ってしまいそうだ。

 私がパターンで、時間や場所を認識してしまうのには深い理由がある。実は私は大変記憶力が悪いので、行動をパターン化することで記憶を補うこととした。 一種の生活の知恵だ。
私の行動様式は○○だから、このような状況では、××の行動をしているはずだ。
これには一定の効果があるのだが、相手の行動様式を知らないと、自分の行動様式で判断してしまうと言う、決定的な弱点がある。

 今回は深く反省をした。といっても私の頭の構造は変わりそうもない。相変わらずパターンで認識してしまいそうだ。
仕方がないので、これは最終確認手段を持つことが一番だと悟った。

 いままで持つこともなく、操作することもできなかった携帯電話を購入し、それで私の頭の構造をカバーすることにした。
もともとの携帯電話購入のきっかけは、携帯電話でブログを見てもらうためのテストのつもりだったが、そんな悠長なことは言っていられない。

 誰もこないで一人ぼっちのときに、「しまった、またやったな」と思ったら携帯電話で「私、場所か時間を間違えてますか」と確認しよう。
最近、山崎さん、何かへんなんじゃない」そう言われてしまうのは致し方ないと覚悟をきめた。

50歳以上の方にお伺いします。あなたの場所と時間のとり違いの程度はどの程度でしょうか。

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(19.9.10)失敗記 その9

 若いうちは自分がどのような能力があるのかも分からないし、どのような職業を選んだらよいのかも分からない。しかし直感のようなものがあって、一度はそうした仕事につきたいと思うものらしい。
だが多くの人は直感ではなく、世の習いにしたがって職業を選び、年をとってから苦い思いにかられる様だ。
私の場合もそうだった。

職業選択の巻

 青年海外協力隊と言うものをご存知だろうか。20歳から39歳までの若者を対象に、主として低開発国に2カ年間、何らかの支援を目的に送り出す事業である。
若者であるからほとんどが技術者ではない。いわば情熱だけで現地に溶け込み、教育や簡単な医療や、スポーツの手助けをするボランティアだと思えばよい。ただし最低限の生活費は支給してもらえる。

 元々はアメリカで始まった平和部隊が手本で、日本では1965年から派遣が始まり、現在まで約3万人がアフリカやアジアや中南米を中心に派遣された。今現在活動している人員はおよそ2500名だそうだ。

 実は、私が大学を卒業したのは1970年であり、青年海外協力隊の創業期にあたる。
ある日、青年海外協力隊の募集要項をみて、勇んで応募に駆けつけた。海外で生活することも魅力だったが、何よりも低開発諸国の人々に役立つのだと言うことが、若者の心を奮わせた。

 事務所で「是非、青年海外協力隊員として派遣してほしい」などと高揚した気分で応募の動機を話していたら、急にこの事務所のある人から別室に呼ばれてしまった。
その人は「自分は君と同じ大学の先輩にあたる」と自己紹介をした後、信じられないようなことを言った。

青年海外協力隊に応募する人のほとんどが、いわば日本ではまともな職業に就けない人たちで、君のようにどのような会社でも入れる人間の来るところではない
だから君は日本の大手企業に入り、まともな生活をしなさい」と言うのだ。

 実際当時は高度成長期の真っ只中にあって、どこの企業も募集に血眼になっていた。望めばどこの企業にも入れたので、わざわざ海外の、しかも低開発国に行くのは「まともな職業に就けない人」か「つきたくない人」だったのは事実である。

 勇んでいただけ気持ちが落胆したが、結局私はこの先輩のアドバイスを聞きいれ、青年海外協力隊の応募はあきらめ、ある金融機関に就職した。
しかし61歳の今になって「その選択が正しかったのかどうか」疑っている。

 その後の人生を振り返ってみると、私は会社人間としては異邦人だったし、出世とは縁遠い存在だった。いつも居場所の悪さを感じていたのも事実である。他に自分に適した仕事があるはずだと、シナリオライターを目指したり、国連職員を目指したりした。
しかし結局はこの金融機関に最も長く勤めた最年長の職員として退職した。本当に私以上の年配者は、この企業のトップただ一人だけだったのである。

 退職してから1年間立ったが、その間はボランティアしかしていない。主として清掃ボランティアであったり、里山開発のボランティアであったり、小学校の草刈りやパソコンボランティアだが、実に楽しいのだ。
ボランティアだから報酬は期待できないが、一方ボランティアだから自由気ままにできると言うよさもある。

 こうしたことができるのも企業に37年間勤めて年金生活が可能になったからだともいえないわけではない。
一方、こんな楽しいボランティア生活なら、当初から青年海外協力隊に応募し、その後の人生をそおした活動に費やしても良かったのではないかとの思いにかられる。

 青年海外協力隊の事務所にいた先輩は、明らかに好意でアドバイスしてくれたのだが、私の場合は「不適切なアドバイス」だったのではなかったかと今にして思うのである。
こんなに楽しいなら、最初からボランティア生活すればよかった」そお思ってしまうのだ。

失敗記のシリーズはこのブログのカテゴリー「失敗記」にはいっております。
 
 

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(19.7.23)失敗記 その8 

 健康に対する過信は、限度を越えるとその後の人生に大きなマイナスの影響を残す。私の中耳炎から真珠腫(しんじゅしゅ)性中耳炎への移行、そして手術の過程はまさにそうしたものだった。

(真珠腫性中耳炎の巻き)

 私は若かった頃、極度に健康に自信があった。どんな風邪でも一日布団に入って寝れば直ったし、そもそもほとんど病気になることはなかった。
若者は病気にならないし、ほっておいても直る

 私が大学1年のとき、愛知県常滑市で水泳部の合宿がおこなわれた。当時私は水泳部で最遅のクラブ員だったが、日夜クイックターンの練習をさせられた。
その過程で中耳炎にかかったらしが、合宿の打ち上げで常滑の海岸で素もぐりをして楽しんだため、さらに症状が悪化した。
数日後、耳垂れがでてそれが固まり外耳をふさいでしまったのである。

 本来なら、その段階で医者に行き、中耳炎の治療をすべきだが、私は過信して医者に行かず、耳掻きで塊をほじくりだした。
中耳炎なんて、こおすれば直る

 当時は気がつかなかったが、無理に塊を掻き出したため、鼓膜に穴が開いてしまったらしい。その後は海で泳ぐたびに、中耳が痛み、耳垂れが外耳をふさいだが、同じように耳掻きで掻きだしていた。

 30歳頃から症状はだんだん悪化し、毎年冬になるとひどい風邪をひくようになった。一週間程度症状が抜けず、中耳は常時痛み、そのたびに耳垂れが外耳にこびりつく症状に悩まされた。
 この頃はさすがに医者に通っていたが、医者の治療は通常の中耳炎の治療をでなかった。
しかし、年々症状は重くなる。
これは、おかしい。なにか重症の耳の病気ではないかしら

 思い余って、順天堂大学の付属病院で検査を受けた。36歳のときである。
これは真珠腫性中耳炎だな、手術をしないとだめですね

 真珠腫性中耳炎の知識のない人のために説明すると、中耳炎のなかで最も悪質な中耳炎だと思えばよい。内耳に真珠腫という、まさに真珠のような塊ができて、それがだんだん大きくなり内耳を壊してしまうほど大きくなる。
内耳のそばには神経の束があるので、ここが圧迫され症状としては常時めまいがし、最終的には死にいたる怖い病気だ。

 幸いにも、当時順天堂大学のエースと言われた助教授が手術を担当してくれて、真珠性中耳炎は全快したのだが、右の耳の聴力は極端に低下し、ほとんど聞こえなくなってしまった。
でも、まあ、左の耳が聞こえるからいいや

 実はこれが過信であることはすぐに分かった。左の耳のも軽い中耳炎があり、当時でも普通の人の80%程度の聴力しかなかったが、年齢を重ねるにしたがって、聴力はますます落ちてきた。

 今では、NHKのニュース以外はまともに聞こえず、それも音量をかなり高くしないと聞こえない。通常の会話でも半分ぐらいしか聞こえないので、想像力で聴力を補っている。日常活動の不便はひどいもので、マクドナルドの女性の早口なんかは、ひばりのさえずりだ。

 こおなったのも、若い時代に健康に過信し、自分勝手な治療で満足したからだと思うと、自業自得といえる。
 しかし耳がまともに聞こえない不便さは想像以上で、これが健康面での私の最大の失敗になっている。

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