(20.7.17) パソコン教育でくたくただ

 私が毎日見ているブログにプールサイダー」という言葉が紹介されていた。プールの脇にいて泳法について実に的確な分析をするので、さぞや立派なスイマーと聞いた人は思うが、泳がしてみると全く泳げない人のことを言うのだそうだ。

 実は私もパソコン教育プールサイダーではないかと内心ジクジたる思いをしている。
校長先生、パソコン教育の最大の問題点は、サポート要員の不足です。先生一人ではどうにもなりません。リテラシー豊かな専門家を要請すべきです」専門語をちりばめた実に立派な進言だ。

そうですか、では山崎さん、貴方がサポート要員になってください
言われてしまった。最初は自信満々に引き受けた。
所詮、小学生が使用するソフトだ。たいしたことはあるまい

 千葉県の小学校にはキューブキッズというソフトと算数の補助ソフトが用意されている。
この二つのソフトを使用して子供たちのパソコン能力の向上に役立てようとしているのだが、キューブキッズは実に奥深いソフトであることに途中で気づいた。

 大人が使う、ペイント、プレゼンテーション、ワープロ、インターネット、MIDI、ホームページ、表計算等のソフトを子供向けに言葉と操作を簡単にしただけで、内容は大人のソフトと変わらない

うぅーん、俺が出来るのはワープロとインターネットと表計算ぐらいではないか」唸ってしまった。
実際にこのソフトを使用するとなると、事前に操作研修をしておかないと、操作方法がさっぱり分からない。

 ところが先生と事前打合せの時間がないため、すべてぶっつけ本番だ。
今日はパソコンの先生がいらっしゃいました。山崎先生です。先生は私よりもっともっとパソコンのことをよくご存知です。なんでも聞くのですよ
子供たちの尊敬のまなざしが降り注がれ、一方私はヒア汗が流れ、目まいがしてくる。

主よ、主はこのロドリゴに試練を与えたもうたのでしょうか。無から有を作り出す奇蹟はまだロドリゴには備わっていないのです

 先日は「かみしばい」というソフトでお話を作ると言う2年生の授業だった。一種のプレゼンテーションソフトで、映像と音声と動きを組合わせ、10枚程度のかみしばいをスライド形式で流し、各自がお話をするという趣向だ。
今回がそのソフトを使用した2回目の授業だった。

山崎先生見てやってください。とてもすてきなお話もあるんですが、少し手直しをしたほうが良い子もいるんです
担任の先生は私が「かみしばい」の専門家だと思っている。

はあ、かみしばいですか」聞いたことも見たこともないソフトだ。ヒア汗が脇の下を流れる。
仕方ないので一番上手そうな子供の後ろで操作方法を見ながら「これはどうするの」なんて聞いてようやくソフトの中身が分かった。

 それまではあちこちから「先生、先生、わからない」なんて声がワンワンしても無視だ。

分からないのは、君じゃない。この俺だ」泣きたくなった。

 毎回こうしてソフトを覚えていくのだが、精神のエネルギーの消耗たるやすさまじい。授業が終わるたびにその授業で使用したソフトの復習をするのだが、だんだんと意識が朦朧となってくる。

 誰もいないパソコン教室で30分程度寝てようやく帰宅が出来る状態だ。
しかし幸いなことに学年での授業は大体同じだから、一旦覚えれば他のクラスでも使用できる。
今日は同じソフトだと分かると心から安息の気持ちになる。

主よ、今日は主からパンとぶどう酒を授かりました。ロドリゴは主の恵みに感謝いたします

 まことにプールサイダーのパソコン教育は厳しいのだ。

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(20.7.13) 評議員にになって2年目だ

 小谷小学校評議員の委嘱を今年も受けた。1年で首にならなかったところを見ると、一応の合格点をつけてもらったようだ。

 二年目になると知り合いの人がほとんどになる。学校歯科医の氏家先生や、保護者会のK会長や、元会長のSさんなどとはいつもどこかの会合や四季の道で顔を合わせているなかだ。
また会いましたね」が合言葉になってしまった。

 また私は小谷小学校でスクールボランティアをしているので、校長先生教頭先生とも日常的に顔をあわせており、何か小学校が私の生活の一部になっている。

 2年ほど前まではある金融機関のシステム監査を担当していたが、金融庁から検査のあり方について指導を受けたり、アメリカの金融当局から信じられないような難解な行政指導を受けたりしておおわらわだった。
あなたのとこのような立派な金融機関が、この程度のシステム監査レベルでいいと思っているのですか」金融庁の担当者のあの頃の皮肉が懐かしい。

 それがいまは小学校のあり方について委嘱をうけて考える立場で、このような経験をするなんて2年前までは考えることすらできなかった。

 小谷小学校寺崎校長先生はとても前向きな考え方をする方で、地域の支援ボランティア図書館ボランティア保健室のサポート要員を積極的に受け容れている。

これからは先生だけではダメで、地域の方の協力を仰ぎながら学校経営をしていくことが必要なのです」いつも言っている。
こうした態度で小学校の運営をしている校長は必ずしも多くなく、多くの小学校では従来の伝統を守った運営をしているのが実態のようだ。

 小谷小学校では20年度からは特別支援学級はばたき学級」を設置し、5人の生徒を受け容れ、養護教諭も新たに赴任してきた。
こうした児童を地域全体で見守っていくことが大事で、支援ボランティアの方のご努力で軌道に乗るようになりました

 校長先生は熱心に取り組んでおられるが、かなり苦労されているようだ。必ずしも全員のおやごさんや教師の支持を受けているのではないことが言葉の端々から伺える。

子どものためになることは積極的にしよう」校長先生のスローガンだ。
校長先生だけに苦労をしょわせるわけに行かないので、私も評議員の一員として及ばずながら校長先生をサポートし、より良い学校経営ができるように努力したいものだと思っている。

 

 

 

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(20.7.11) 小学校の授業が始まった

 私はこの5月小谷小学校からパソコン教育の「特別非常勤講師」に委嘱されたのだが、その後全く音沙汰がなかった。
かみさんは「やっぱりお父さんではダメなのかねえ。信頼がないねえ」なんていい始めるし、学校に行って聞いてみても、授業計画がまだ立っていないという。

こりゃ、始まるのは夏休み後かな」と腹をくくっていたら、急に夏休み前の計画が出来上がった。
7月10日からほぼ毎日授業が予定されている。
ううーん、集中豪雨みたいな計画だ」急に忙しくなった。

 しかしどんな状況でも対応できるのが定年退職者の強みだ。他にすることと言えば清掃活動ブログの作成マラソンだけなのだから、どうにでも都合がつく。
はい、分かりました。がんばります」元気よく答えておいた。

 今日(10日)ははじめての授業だ。1年生のパソコン授業の手伝いだが、キューブキッズと言う教育用ソフトを使用してマウスの使用法を会得するのだと言う。

 小学校1年生は私にとってみたいなものだ。なんともかわいらしいし、おそろしく元気がいい。
パソコンは20台で生徒数は30名強だから全員に1台と言うわけには行かない。このためかわりばんこにパソコンを使用することになるが、できる子が占有する傾向がある。
先生は「次はA子ちゃんの番でしょ。はい代わって」とパソコンのディリバリーだけで大忙しだ(注:パソコン教育の最大の問題点は一人1台づつのパソコンが設置されていないことだと私は思っている)。

 だから子ども達は分からなくなると私の袖を引っ張って教えろとやんやの催促だ。こんなに子ども達から信頼され、頼りにされた経験はないので、大張り切りで教えまくったらすっかり疲れてしまった。

 「いやはや、重労働だ
余りに疲れたので、授業が終わって、誰もいなくなった教室で大の字になって寝てしまった。

 しかし考えてみたら、ようやく念願の教師になれたのだ。私は長い間ある金融機関に勤めていたが、常に何か異質な感じがしていた。他にもっとふさわしい職場があったはずだという気持ちがどうしても拭いきれなかった。

 一番なりたかったのは体育の教師でこれはその後の私の人生の軌跡をたどってみると天職だったことが分かる。
なにしろ銀行員だった期間、昼休みと時間後は必ずJOGをしたり、筋肉トレーニングを行なっていた。
通常の職員が実業団の選手顔負けの生活をしていたのだ。
何時だったか「貴方はオリンピックの強化選手ですか」と聞かれたこともある。

 他の職員が仕事をしたり、議論をしたり、酒を飲んだり、マージャンをしていた時間をすべて運動に費やしていたのだから、銀行から見ればひどい異端児だ。
それでも私を置いてくれた銀行に心から感謝しているが、互いに疎遠な気持ちになったのは止む終えない。

 そうして61歳になり、人生の黄昏時になんとあれほどなりたかった教師になってしまった。体育の教師ではないが教師であることにかわりがない

 今日職員室に設置してある名札の末席に私の名前があるのに感動した。
教頭先生から「来たときは名札を出席の状態にしてください」と指導を受けたが、そうしたことよりも私はその名札そのものに感動してしまった。
見よ、先生じゃないか!!!

 

 
 

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(20.5.25) 小谷小学校の運動会

おゆみ野四季の道」のテーマソング。以下のファイルをダウンロードすると曲が始まります。
 「pianotokurarinetto.mid」をダウンロード



 小谷小学校の運動会が今日(24日)行なわれた。教頭先生から評議委員の一人として招待状をいただいたので喜んで出かけた。本部テントが二つ用意されており、そのうちの一つが招待者用だ。

 昔小学生のころ、運動会になると本部テントに、年取ったおじさんやおばさんが座っており、「あのおじさん達はなんだろう」と思っていたが、私のような立場の人間だと言うことをはじめて知った。

 この本部テントはさすがに、全体がよく見える場所で写真を取るのに好都合だ。見ていると親御さんたちがゴール近辺で盛んにシャッターを押している。わが子の晴れ姿を狙っているのだろう。
小学校の運動会はおやごさんたちも熱心で、わき合い合いとしている。

 しかし今日は暑かった。テントの中は日陰になっているのだが、運動場の照り返しが強く、私はしばらく座っていたら目がしょぼしょぼし始めた。
雪山で目が痛くなるがそれに似ている。

 耐えられなくなって運動場の周りを歩き回ったが、多くのおやごさんが暑さでへたばっており、日陰で寝ていた。
子供と違って、親は暑さに弱いんだ」安心した。

 知り合いのお母さん方にも何人にも会った。いつも会っているので気が置けなくていい。私は女性の前では緊張するタイプなのだが、小谷小学校ではそおしたことがない。

 今日も写真を撮って楽しむことにした。先週青葉の森のリレーマラソンで、走者の写真を撮る技術を習得したので、今回も徒競走の写真をだいぶ撮ることができた。

 本当はそのまま見てもらいたいのだが、M先生から「子供の顔がはっきり分かるものはよくない」とアドバイスを受けているので、一部編集して見てもらうことにする。
なお、私は途中でへたばってしまい、午前中で退散してしまったので、すべての種目の写真にはなっていない。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/20524?authkey=kl_RPgEz5Zg

 

 

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(20.5.9)小学校の教師になりそうだ

おゆみ野四季の道」のテーマソング。以下のファイルをダウンロードすると曲が始まります。
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 信じられないかもしれないが私が小学校の教師になりそうなのだ。
千葉市には「特別非常勤講師」という制度があり、「教員免許状は持たないが各種分野においてすぐれた知識や技術を有する社会人を・・・・非常勤講師として千葉市内の小学校または中学校に任用する制度」なのだそうだ。

山崎さん、山崎さんのシステムの知識を学校で教えてくれませんか小谷小学校校長先生に頼まれてしまった。

確かに私はシステム経験は長い。ある金融機関で30年近くもシステム開発やシステム監査の仕事をしてきた。また情報処理技術者としての通商産業省の資格もばっちり持っている。

 しかし正直言うと、これは誇大広告だ。金融機関のシステム部の人間は自分でシステムを作る訳ではない。
ユーザ部門の開発要望を聞き、ソフトウェア会社にどのようなシステムを作るのか指示するだけだ。
システム用語で概要設計と言うのだが、この概要設計書を作った後は、ソフトウェア会社が作るプログラムの品質管理納期管理をするだけだ。

 だから自分でプログラムを組んだ経験はない

 また情報処理技術者と言っても、ペーパーテストなのだから、ウェブデザイナーの娘から「おとうさんは手よりも頭のほうが働くみたいね」なんて笑われている。

 本当の意味で自分だけでシステムを維持管理したのは、引退しブログを立ち上げてからで、環境設定再セットアップを繰り返すうちに何とかプログラマーらしくなってきた。

 だがしかし、形式用件も必要なのだ。
先生、分かりました。私は30年のシステム経験のベテランで、情報処理技術者です」元気よく答えておいた。

 しかし本音を言えば、私は教育現場と言うものをしらない。
だいじょうぶだろうか」やはり不安がよぎる。

 昔、小学生の家庭教師をしたとき、もう少しで馬脚を現しそうになった経験が頭をよぎった。

 その子はある付属中学に入るための勉強をしていて、私が教えたのは小学5年から6年までの時期だったが、素直で利発な子供だった。
しかし始めてその子のうちに行った時は大変だった。

 母親から「この子はこんな問題が解けないのですよ」とある種の算数の問題を出されたが、信じられないことに私も解けなかった。
方程式を立てればなんていうこともなく解けるのだが、小学生は方程式を使えない

 いわゆる植木算とか鶴亀算と言うような特殊な解法があって、それを理解していないと解けないのだ。
ヒア汗がでてしまった。30分ぐらいうなって幸い何とか解法が見つかったが、小学校の算数が非常にタフなことが分かった。
やはり、この人を雇うのは断わろうかしら」母親はそお思ったに違いない。

 その日から1週間、私は小学校の算数の問題集を購入して大学にもいかずに一日中問題を解いていたものだ。
このままでは首になりそうだ。がんばれ

 おそらく今回もそおした努力が必要だろう。
知っているだけでも学校のシステム環境は特殊で古い。自動車の運転で言えば一世代前の手動クラッチの自動車の運転をするようなものだ。

 しかし、せっかくの与えられた機会だ。馬脚をあらわさないように努力して、特別講師の仕事に取り組もうと思っている。

 

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(20.4.28)高学歴ワーキングプア

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 最近読んだ本の中で大変印象深かったのが「高学歴ワーキングプア 水月昭道著 光文社新書」という本だ。
これによると最近の大学院卒業生の多くが定職につけず、フリーターとして悶々としているのだという。
30歳をかなり過ぎても非常勤講師をしたり、コンビニでバイトをしながら、月15万円程度の稼ぎで生活している人が多いのだという。

 現在の大学院生27万人にもおよび、20年前の7万人から約4倍に膨れ上がっている。
これは文部省の大学院重点化政策により、あらゆる大学で大学院の新設拡充を進めた結果、このような結果になったのだそうだ。

 ただし、大学院卒業生の主な就職先である大学等の定員はそれほど増えていないため、あふれた大学院生がフリーターとして生活せざる得なくなり、すでに12000名もの卒業者が定職に就けないのだそうだ。
多くの人が非常勤講師になっているが、これは大学のパート労働者と思えばよい。またパートで塾の教師をしている人も多い。

 これでは最も多くの時間を学業に費やした人が、その能力を発揮できず遊んでいるようなものだ。

 考え込んでしまった。私が大学を卒業したのはすでに40年ほど前だが、その頃は大学院に進む人は文化系ではまれで、大学院卒業者はほとんどが大学に就職するものと思っていた。
需要と供給があっていたし、就職に悩むことはなかった

 私も当時大学に残り研究者の道を目指すこともできたが、そおしなかったのには訳がある。
信じられないかも知れないが、私の大学での成績はほとんどが優で、成績抜群だった。したがって大学院に進むことは簡単だったが、あるとき研究室で先生方の給与表を見てしまってその希望を捨てた。

 正確な記憶ではないが、その当時教授の給与が16万円ぐらい、助教授12万円ぐらい、助手7万円ぐらいだった。
私が尊敬して止まない先生方のこの給与の低さに愕然とした。もっと圧倒的に多いと思っていたのである。

 最も当時の大学初任給3万を少し越したくらいだったから、現在価値に換算しなおすとかなり高くなるのだが、それでも教授の給与が16万だったのには驚いた。
なぜならそれはさして大きくもない企業のサラリーマンだった私の父親の給与とほぼ同じだったからだ。
こりゃ、大学に残るのは考えもんだ

 私はその後ある金融機関に就職したが、研究者の道も今思うと面白かったはずだ。そおしなかったのは給与が低かったからで、就職に困ると思ったからではない。
大学にはある見えないネットワークがあり、確実にどこかの大学に収まるものと思っていたからである。

 しかし、今日では就職先がないという。より正確には新設された大学院の卒業生には就職先がほとんどないのだという。
これは高学歴社会に入るための一時的なミスマッチか、それとも本質的な問題なのか、今私には判断できない。
この問題については、また考えてみる必要がありそうだ。

 

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(20.4.11)小谷小学校の入学式

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 昨日(9日)、小谷(こやつ)小学校入学式がおこなわれた。このところ小学校の行事に参加することが多くなった。入学式卒業式送別会と回を重ねるにしたがって、ようやくこの種の行事になれ親しむことができるようになった。

 小学1年生のおやごさんは実に若い。30歳を少し越えているくらいの人が多い。子供達が体育館に入場してくると一斉にカメラやビデオ撮影が始まった。きっと思いでのショットがとれたのではなかろうか。
子供達の入学式を待ちわびていたことがよく分かる情景だ。

 私が小学校に入ったのはすでに半世紀も前の話だが、この日のことは不思議と覚えている。

先生の名前、なんだったけ
岩崎先生よ、よく覚えておくのよ
うん
「『うん』じゃない。『はい』でしょ
はい
それから、先生の目をよく見て、背中を伸ばして姿勢をしっかりするのよ
うん
また、『うん』という
入学式の帰りに母親と交わした会話だ。

 この日の子供達も、私と同じように今日の式典を覚えていくのではないだろうか。
校長先生が、言い聞かせるように一年生に話していた。

小谷小学校の生徒になったら、二つのことをしっかり学んでください。
一つは、いいですか、学校の校庭で身体をいっぱい動かしてあそんでください。
それともう一つは、よくあいさつをすることです。
朝、学校にきたら、皆さんはなんといいますか


おはようございます
そう、元気におはようございますといいましょうね

 一年生に学ばせるのは、身体を丈夫にすることと、あいさつだということが分かった。

 二年生が一年生を歓迎して校歌を歌ったが、音楽担当のM先生が「この校歌はとってもいい校歌です。2年生が歌いますから、皆さんも覚えましょうね」と言っていた。
たしかに、テンポのはやい、快調な歌だ。
私も何回も歌っているうちにとうとう覚えてしまった。

「♪ 若草色の 屋根は 蛍の里の小学校
     世界に ひろがる 道の はじまり ・・・・・・・・・・・・
♪」

 作詞、金森三千雄、作曲 中山千秋となっていたが、おゆみ野在住の人だろうか。知っている人がいたら教えてほしいものだ。

 式は2時間あまりで終わったが、評議員のメンバー、こやつ会のメンバー、それと民生委員の方ともずいぶん顔見知りになってきた。


入学式の写真を撮っておきました
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/2049?authkey=bpqiwq-LZh8

 

 

 

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(20.3.18)小谷小学校の卒業式に参列した

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 私が学校評議員をしている小谷(こやつ)小学校卒業式17日に行なわれた。招待されたのは泉谷中学校の校長先生有吉中学校の教頭先生小谷小学校の評議委員地区の民生委員こやつ会の正副会長18名だった。
 
18名の出席は大変多いのです。今まではこの半分ぐらいが普通でしたね」と過去5年この卒業式に出られている学校医のU先生から説明を受けた。

 小谷小学校の卒業生は115名、大半の子が卒業してから泉谷中学校有吉中学校に進むようだ。
卒業のしおり」に「私の金メダル(卒業生の一言)」が掲載されていた。
読んでみると「農山村留学」「小学校陸上大会」「小学校球技大会」の経験が金メダルになっている事例が多かった。
やはり、児童にとってこうしたイベントが思い出深いのだろう。

 ところで私が小学校を卒業したのは半世紀も前だが、最近の卒業式をたえて知らなかった。
私の頃は学年で最も成績のよかった児童が、それぞれ送辞答辞を述べていて、それが卒業式のハイライトだった。
あいつ、成績はいいし先生におちょうべたれていたから選ばれたんだ」なんて、半分以上やっかみで言ったものだ。
そうしたものだと思って出かけたが、まったく違っていた。

 今日の卒業式を見てびっくりした。一種の集団劇、集団歌唱なのだ。
たとえば卒業生からは、今までの感謝の言葉を全員が一言ずつ言うのだが、実にテンポよく話がつながっていき、また途中で全員で「ありがとう」なんて和するところは、タイミングといい発声といい集団劇そのものだった。

 よほどトレーニングしないとこのようなハーモニーは生まれない。隣におられたこやつ会副会長Nさんが「この日のためにずいぶん練習したんですよ」と言っておられたがそのとおりだろう。

 また卒業証書をもらう時の姿勢、椅子に座っている姿勢、歩き方についても実に美しくこのような形式美を見たのは久しぶりだ。
これに匹敵する美しさは防衛大学の卒業式ぐらいだ。

 昨今の成人式の荒れようを見ていただけに、厳粛な面持ちで卒業証書を手に取る児童が実に頼もしく見えた。
君たちがそのまま成人してくれれば、日本は大丈夫だ」なんて妙に感動してしまった。

 集団歌唱も面白かった。卒業生と在校生がそれぞれ向き合って、互いに2曲ずつ歌うのだが、心のこもった歌合せだ。
イメージは昔日本でも行なわれていた歌垣(うたがき)に似ている。
歌垣そのものは谷を挟んで男女が恋の歌を歌うのだが、ここでは卒業生と在校生が向かい合って、送り送られる立場の歌を歌っていた。

 校長先生式辞もなかなかよかった。「小学生にとって内容が少し難しいのではなかろうか」という気が少ししたが、あえてそうした題材を選ばれたのかもしれない。
君たちはもう中学生だ。この程度の内容は理解しなさい」と言うことだろう。

 校長先生は卒業生に伝えたいこととして「言葉をもっと学んでほしい」と言われていた。
一人一人違う人間が理解しあうためには、心を伝え合うための努力が必要です。それに役立つのが言葉です。考えることも言葉ですから、たくさん言葉を知ることは深い考えをする基に成ります。・・・・
中学校ではたくさん言葉を学んで、深く考え、心を伝え合うためのあなた方の手助けにしてください

 まさか私の言語能力の欠如に対して言っているのではないだろうが、なかなかの名言だ。
参列した親御さん方も満足されたのではなかろうか。

 おいしい食事までよばれて帰ったが、小学校の卒業式は厳粛でなかなかいいものだと思った。


卒業式の写真を掲載します。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/20316?authkey=vJ_t7mAlfCY

 

  

 


 

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(20.3.6) 始業時間

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 毎日早朝、清掃活動をしてて気づくことの一つに、始業時間を守らせるために、各学校で色々な対応をしていることだ。

 扇田小学校では校長先生がいつも門の前に立っていて大声を上げている。体格のよい声のよく通る先生だ。
毎日清掃活動の途中で顔を合わせるので親しくなって会話を交わす仲になった。

 先生によると子供の表情一つでその子供の心が分かるのだと言う。
ほら、あの子は沈んだ顔をしているが、普段は元気におはようと言う子なんですよ。今日は家で何かあったのかな

 始業時間に遅れそうな子供を見ると大声で呼んでいる。
「○○君、早く駆けて来なさ
子供の名前をほとんど覚えているのにはびっくりした。

 今日は校長先生から幼児教育論を聞いた。聞いたのは私とカモシカ姉さんである。

小学校に上がる前の児童には、全人格的にほめるのはかまわない。しかし小学校にあがってからはそれは駄目だ。

 具体的にほめ、具体的にしからなければならない。たとえば悪口を言っている子に対しては『君は悪くないが、君の口は悪い』という。
手で悪さをする子がいれば『君は悪くないが、君の手はわるい』という。

 ところが世の親御さんや教師は小学校にあがっても、全人格的にほめたり、しかったりする。
これではあるときまでいい子だったのが、急に悪い子になって、子供は動揺するばかりだ。

 だから、
遅刻した子には『君は悪くないが、君の足は悪い』としかる必要がある」


 校長先生の話を聞いて感心していたのだが、カモシカ姉さんによると、そもそも「昔は校門に先生が立っているようなことはなかった」という。

私が小学生の頃は、学校に行くのが楽しくて、いつも始業時間前に学校に着いてたわよ。遅れてくる子なんて病気の時以外いなかったわ

 カモシカ姉さんに言われて私もそうだったことを思い出した。
見ていると昨今は遅刻する児童が相当数いる。
校長先生が校門にたたなければならないほどの変化だ。

 実は社会人にとって時間を守ることは必須の素養になっている。
サラリーマンならだれでも知っているが、朝遅刻をすることが最も嫌われる。
遅れたときは弁明にこれ努めなければならない。
電車が遅れまして、もうしわけありません
途中で気持ち悪くなりまして、休んでました

 一般社会では絶対に要請される時間を守ると言うことが、小学生にできなくなってきているらしい。
なぜなのだろうか」と考えたが、あいにく私の子供は20年以上も前に小学校を卒業しているので、観察対象がいない。

遅刻をする児童はどのような児童なのか
誰か教えていただけるとありがたいのだが。

 

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(20.3.2)金沢小学校に招待された

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 今日(29日)は金沢(かねざわ)小学校の「6年生を送る会」が開催された。
私は金沢小学校パソコンインストラクターに登録されており、また教頭先生とはじっこんの仲であったので、小学校から招待を受けた。

 場所は金沢小学校アリーナだと言う。アリーナと聞いて最初どこだか分からなかったが、体育館だと気がついた。最近はどこでも体育館をアリーナと言うらしい。

 せっかくの招待だから出かけてみることにした。幸い私は定年退職者で時間が自由の身だ。
娘や息子が小学校を卒業したのは20年以上も前だから、久しぶりの小学校の卒業式だ(もしかしたら別途卒業式が行なわれるのかもしれないが確認をしなかった)。

 招待席が設けられており、招待状を私に持ってきてくれたKさんがいたが、その他の人は初めて会う人たちだった。
Kさんはこの学校の評議委員だが、その他の人は民生委員の方が多いのだと言う。

 どこの体育館も寒いのは知っていたので、靴下2枚履いて、厚手のスリッパを持っていったがそれでも寒さが足に忍び寄ってくる。
まいったな、明日は24時間走をしなければならないのに風邪をひきそうだ

 足を懸命にさすっていたら、Kさんポカロンを持っていてそれを私に使用させてくれた。kさんはさすがに用意がいい。
Kさんポカロンのおかげでようやく式に集中することができたのは幸いだ。

 見回していると6年生のお母さん方も大勢出席されて、なかなか盛大な送る会だ。
各学年別に催し物が用意され、すべての児童が何か一言は言うような構成になっていた。いわゆる集団劇である。

 4年生までの集団劇は、子供を見知っている人だけ面白いと言うレベルだったが、5年生と6年生の音楽演奏にはびっくりした。
レベルが実に高いのだ。なにかNHKの音楽コンクールにでてもおかしくないレベルなのだ。
私の印象としては5年生のレベルが特に高い

いやぁ ずいぶん上手ですね」おもわずとなりに座っていたKさんに声をかけた。
指揮をしているのはその学年の児童なのだが、先生方の中で立って盛んに指揮棒にあわせて身体を動かしている方がいた。

たぶん、この人が音楽の先生で、今日の日のために念入りなトレーニングをしてきたのだろう」と想像した。
きっとその成果に満足しているのではなかろうか。

 先生方も「星にねがいを」を演奏した。これは子供達に比較すると見劣りしたものの、懸命に努力していることは分かったので好感がもてた。
演奏だけでなく金属片を床に落として、それで曲を奏でるパフォーマンスもあったのだが、私には最初何をしているのか分からなかった。
タイミングを取るのが難しいらしい。

 5年生と6年生の演奏ですっかり盛り上がって、私も楽しく時間を過ごすことができた。
校長先生も満足されたらしく「私の口からいうのもなんですが、各学年ともとてもレベルが高いのですよ」言っておられた。

 帰りがけに顔見知りのお母さんにあった。
びっくりしたらしく「あら、この学区だったのですか」と聞かれた。
私は最近いろいろな小学校から招待をうけるのですよ」と答えたが次は小谷(こやつ)小学校に招待されている。

 実際、定年退職してからこんなに小学校と関係が深くなるとは思いもしなかった。


6年生を送る会の写真を掲載します

http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/20229?authkey=5CY4mi-tifs

 

 

 

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(19.11.18)防犯カメラが設置された

 千葉市内の小中学校にここ数ヶ月の間に、テスト的に防犯カメラが設置された。千葉市内の小中学校の数は180校程度だが、そのうち36箇所約2割の学校に設置されたという。
この効果が確認されれば、全小中学校に監視カメラが設置されることになるらしい。

 私は長い間、小中学校に防犯カメラが設置されないことに不思議に思っていた。と言うのも企業、わけても私が所属していた金融機関では防犯カメラの設置が義務づけられていたからである。
特にコンピュータセンターの場合は、いたるところ監視カメラという具合で、セコムの警備員が四六時中モニターを睨んでいた。
セキュリティーが企業の生命」で、もし問題が発覚すると役員が責任を取って辞めなければならなかった

 ところが小中学校の場合は、プライバシーの保護との兼ね合いで、長い間導入を見合わせていたらしい。
監視社会になるのではないか」そおした心配があったのだろう。
しかし実際問題として、監視カメラで監視されて困る人は、通常の生活をしている人ではない。

 子供たちを誘惑しようとしている人や、学校やその周りの器物を破壊したり放火しようとしている人たちで、「プライバシーの保護」とは実質的に「犯罪者のためのプライバシーの保護」になっていた。

 実際、扇田小学校の前においてあったプランターや街路灯が夜半次々に蹴飛ばされて壊されたり、有吉中学校の校門に教師を誹謗する落書きがされたり、また門の前で火遊びをされたことが過去にあったが、こうした行為は監視カメラが設置されていたら、未然に防げたはずである。

 今回の監視カメラの導入にあたって、学校から父兄宛に導入の趣旨を説明した文書が配布されたが、幸いに「プライバシーの保護」を理由に反対した人はほとんどいなかったようだ。
犯罪者のプライバシーを保護するより、子供たちの安全が大事だという認識が広まっていることは実に喜ばしい。
ようやく教育現場の認識と世の中の認識があってきた。

 さらに監視カメラの設置が、春の道公園そばら公園等の夜半のバンパイアのたまり場にも設置してほしいものである。
おゆみ野の夜の公園はほとんど無法地帯だが、その監視には監視カメラが一番だ。

 幸いにも監視カメラそのものの値段は急激に低下しており、記録装置を含めても20万以下で設置が可能になっている。
従来手間隙のかかった記録媒体の交換も、大容量記憶装置が開発されたおかげで不要になった。
さらに「監視カメラが設置されています」と書かれてあれば、犯罪がなくなるのは証明済みだ。

 昨今の街路灯やテーブル等の破壊で緑土木事務所緑公園緑地事務所は多大の出費を迫られているので、監視カメラの設置のほうがはるかに安上がりで効果的なはずだ。
緑区の中で、おゆみ野地区が際立って公共物の破壊が多いと言われてひさしいが、そおした評判も払拭できる。

 だから今回の小中学校への監視カメラの導入は、犯罪者保護からまじめに生きている人たちの保護に重点を移した措置としてこころから歓迎したいが、さらに無法地帯となっている公園等への導入を切に望みたい。

公園等の破壊行動が多く発生している場所への監視カメラの導入に対して、あなたの意見をおきかせください。

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(19.11.12)大学の同窓会に出席した

 大学のクラスの同窓会が行われた。と言っても集まったのは6名である。私が大学を卒業したのは約40年ほど前だが、そのときのクラスの人数は約30名だった。

 私と同世代の人はよく知っているが、当時は学生運動がもっとも高揚した時期にあたり、私の所属した大学もその渦中に巻き込まれた。そのためクラスのメンバーも二分、三分し互いにののしりあったりしたものだから、立場の異なるクラスメイトとはまったく音信不通になっている。

 だから今回集まった6名は当時から仲がよく、安手の食堂で互いに議論したり肩を組んで歌を歌った仲である。
このメンバーの同窓会は7年ほど前にも実施したが、その後全員無事に還暦を迎えられたのは喜ばしい。

 私のように頭が半分禿げ上がったり、A君のように白髪になったりしてしてはいるが、概して体形の崩れはなく当時の面影をそのまま残している。身体もほぼ健康と言えそうだ。

 今回の同期会は上野不忍池のそばのフランス料理店コーダリーでおおなわれたが、食事の前に全員で三菱財閥の旧岩崎邸を見学した。
旧岩崎邸は5年ほど前から一般公開されるようになったが、戦後GHQに接収されたり、返還後も最高裁判所司法研修所として使用されたりしたため建物の痛みが激しい。
今も外観を中心に修復作業が行われていたが、内部も残念ながら当初の美しさからは程遠い状態だった。

 特に襖絵は明治時代の大家が描いたはずだが、ほとんど跡形がないほど色あせており、ボランティアの案内人の説明によると「風雨にさらされていた時期もあった」のだそうだ。
この屋敷がたどった数奇な運命がしのばれる。

 コーダリーでの昼食をしながら、互いに近況報告をしあった。6名中2名が引退生活をしており、4名が現役だったが、やはり引退後の生活方法が話題の中心になった。
海外旅行の計画や、農園での農作業や料理教室に通うこと等話に花が咲いたが、B君が「海外旅行は若いうちにするのが一番で、引退後は肉体の衰えや精神力の衰えがあり、なかなかできるものではない」と言うのが最も実感がこもっていた。

 C君は「自分は仕事中心で生活してきて、地域に溶け込む方法がわからない」と言っていた。
私は「清掃活動をすればすぐに溶け込める」と言おうとしたが、何の前提もなしにそのように行っても理解されないと思い「私のブログをみてほしい」と言うにとどめた。

 私の場合はありがたいことに、完全に地域に溶け込んでいる。清掃仲間里山仲間マラソン仲間ブログ仲間小学校の先生やお母さん方等、街を歩けば必ず知り合いにあって、井戸端会議になるのは主婦と同じだ。
引退後の生活としては大変恵まれた環境だと、食事をしながらしみじみと思った。


 旧岩崎邸の写真を掲載します。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/191111

 

 


 

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(19.10.13)小谷小学校のボランティア

 今日(11日)実に久しぶりに小谷小学校のボランティアに出かけていった。夏休みの間に一回四季の道に面した土手の草刈りをして以来だ。9月の間中、小学校に行かなかったのには理由がある。疲れていけなかったのだ。

 9月の間も非常に暑く、朝の清掃が終わると寝ていたし、夕方は甲州夢街道215KMのトレーニングをしていたので、小学校にいく気力がなかった。
しかしようやくレースも終わり、うれしい事にそこそこの成績で完走できたので、ここにきて余裕がでてきた。

 小学校の南側の道路に面したツツジの植栽は、私がかねて復活を約束してきた場所だ。運動場に向かって右側のツツジは瀕死の重態で、ほっておくと数年で死に絶えそうだったからである。
この春先から、雑草や蔓草がツツジを覆わないように除去を繰り返してきたが、その成果が徐々に現れてきた

 ツツジはかなり復活し、禿げ上がっていた場所には松葉菊が咲き誇るようになった。松葉菊の上を我が物顔に遊びまわっていた犬も、囲いを何重にもし、注意文書も張ったおかげで、この場所で遊ばなくなった。

 今日は本当に久しぶりに、植栽の間に生えている雑草の除去をしたが、雑草よりもツツジの方が成長しているのを見て実にうれしかった。もう1年で復活宣言ができそうだ。
ツツジちゃん、復活までにもう一歩だ。私が見守ってやるぞ」はしゃいでしまった。

 作業中に校長先生にお会いした。
山崎さんがお見えにならないので、外国にでも行っているのかしらと思っていました」といわれたが、疲れていただけなのだ。

 また小学校のボランティアを復活しよう。学校の外周の植栽を立派に育てるのは私の役割だ。
ただ従来は週に2回おこなっていたが、私も色々と声がかかるようになったので週1回に変更することにした。

本件と関連する記事は以下の通り
小谷小学校の松葉菊

 

 

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(19.8.10)約束

 約束を守るのにも体力がいるのだとつくづく思う。小谷小学校の四季の道に面した土手の草刈のことである。

 しばらく前に校長先生に大見得を切った。
私がボランティアでいる限り、土手は雑草のない芝生模様にし、二度とつる草が繁茂するようなことはさせません。私に任せてください
私は軽率なところがあるので、つい調子にのって言ってしまう。

 しかし土手の雑草やつる草の勢いはすさまじく、ちょっと油断すると雑草だらけになってしまう。
特に夏場は最低でも月に一度は草刈をしなければならないが、このところ手を抜いていたので約束の芝生模様からは程遠い状態になってしまった。
まづい、校長先生との約束が果たせない
そこで、昨日(9日)草刈のボランティアに小学校に出向いた。

 学校には2台の草刈機があるのだが、1台はとてもエンジンのかかりが悪く、たまたまかかりの悪い草刈機を使用したため、何度紐を引っ張ってもエンジンはスタートしない。
 5分間程度汗だくになっていたところを、ちょうど都川源流の里山で草刈をしていた I さんが見かねて動かしてくれた。

山崎さんのようなベテランでも、動かせないことがあるのですね
元々は、私が I さんに草刈機の使用方法を教えたのだが、 I さんの学習能力が高く立場が逆転してしまった。

 この土手は昨年まではつる草が繁茂して、とても人が近づけなかったが、昨年校長先生の指示で、教頭先生とMさんが草を刈った所である。
 木に巻きついたつるは半端ではなかったが、今はきれいに除去されている。
 今年からはその土手を私が責任をもって草刈をすることにした。しかしボランティアだから期限はない。病気になったら当然終了になるが、私はいたって健康だから、もしかしたら死ぬまですることになりそうだ。
私たちが転勤しても、山崎さんがいるから、土手の草刈は大丈夫ね」事務室の女性から言われてしまった。

 しかし、今日は本当に暑かった。夏本番だ。夏場の昼間の草刈は実に辛い。1時間も草刈機を使用すると汗だくになってしまう。事務室のMさんと一緒に草刈をおこなって、どうにか美しい景観に戻すことができた。

 約束の芝生模様にはなったものの、身体はふらふらだ。家に帰って2時間ほど昼寝をし、ようやく体力が回復した。やれやれだ。

2042年○月○日 小谷小学校ホームページ

 小谷小学校の草刈男と呼ばれ、四季の道に面した土手の草刈を毎年実施していた山崎さんが、草刈の途中で心不全のため死去しました。95歳でした。
 山崎さんは35年にわたってこの土手の草刈をしてきましたが、これは当時のT校長先生との約束で、「健康で身体が動く期間は草刈をすることになっていた」からだそうです。
 山崎さんは、ちょうど弁慶の立往生のように、草刈機をもったまま息が耐えていましたが、実に35年間にわたって約束を守り抜いたことになります。
 私たち小谷小学校の関係者一同、山崎さんのご冥福を祈りたいと思います。

 今回草刈をしてきれいに成った土手の写真を掲載します。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/cCEosG?authkey=neqgQUy6f3A

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(19.7.22)扇田小学校のビオトープ

 おゆみ野クリーンクラブのメンバーのWさんが、扇田小学校でビオトープの実践をしていると、会長の I さんから聞いた。エコリーダとしての経験も豊富で、扇田小学校のビオトープには設計の当初の段階からかかわっていると言う。
 さっそくWさんに「具体的にどのようなことをしてるのですか」と聞いてみた。
 「とてもむずかしいの。地区や学校の協力がいまひとつで、今は一人でやっているの
 説明を受けたが、どうもイメージがわかない。これは現場を見てないせいだと気がついて、さっそく扇田小学校にでかけた。

 事務室で「ビオトープの現場を見せてほしい」と依頼したら、非常に怪訝な顔をされた。
そんな物好きな人がいるのかしら、もしかしたらあやしげな人じゃないかしら」という雰囲気だ。セキュリティーが厳しい。

 このままだと追い返されそうだったので、天下の宝刀を抜いた。
私は校長先生の知り合いです」事務員の顔から安堵の様子がありありと見られ、すぐに校長先生を呼んできてくれた。

 実は、扇田小学校の校長先生とは清掃活動中に、毎朝のように顔をあわせている。
朝の登校時に門の前で大声を張り上げている先生だ。しばしば会話も交わしているが、互いに名前は知らなかった。

 校長先生は「やあ、あんたか」という感じで、快くビオトープの現場に案内してくれた。校舎に囲まれた40m四方程度の場所に、小川が流れ、その周りに板で通路ができていた。雰囲気は尾瀬だ。
ビオトープはむずかしくてね。何もしないのが原則なんだが、雑草がはびこってしまう。地区の農家の人からは、草刈をすべきだと言われているのだが・・

 子供たちがタガメをつかまえて校長先生に見せに来た。他の生徒は地中から出たばかりのせみを見せている。私が小学生だった頃の自然にそっくりだ。
この小学校の自然はすばらしい。ビオトープ以外にも、広い菜園があったり、畑まで農家から借りている。私が子供だったとしても、この小学校に入りたいと思う」校長先生の弁だ。

ただ、ビオトープについては、私も明確な方針があるわけではない

 話を聞いて行くうちに、ビオトープの課題がおぼろげながら分かってきた。
ビオトープの思想は、自然をありのままに守っていこうと言うことだが、そうなると学校の一画にまったく人の手が入っていない環境が作られてしまう。これを普通の人が見たら、雑草が生い茂って、草刈もされていない水辺と言うイメージだ。

ここは、山の中じゃないよ。葦やせいたか泡立ち草がはびこって、火事になったらどうするの。おゆみ野では雑草の除去は住民の義務じゃない」そお言われそうだ。

 学校は、このビオトープの思想と、周りに住んでいる住民の感覚の間で、結論を出せずに揺れ動いているという構図だ。
Wさんが言っていた難しさが分かった。都会で人の手が入らない環境を作ると言うことは、かならず周りとの軋轢が発生する。

なるほど、ビオトープは難しい。なっとくした。

 扇田小学校のビオトープの写真を以下に掲載します。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/FnwFe?authkey=sgjVfJH-1HY

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(19.7.17)小学校の評議員

 私がスクールボランティアをしているK小学校の校長先生から「学校の評議員になってくれませんか」と依頼を受けた。
 私は人から頼まれると「いや」とはいえない性格だから、「ええ、いいですよ」と答えたものの、少し心配になって校長先生に聞いてみた。

「ところで評議員て,何をするのですか
学校のいろいろな問題の相談に乗っていただければいいのです
はあ

 正直言って何をするのか分からなかったが、快く引き受けることにした。
校長先生の依頼だ、断るわけにはいかん

 家に帰ってさっそくGoogleで、「学校評議員」を検索してみた。
最近は、分からないことがあると何でもGoogleだ。辞書や辞典など使用したことがない。広辞苑などは、当の昔に足台になってしまった。

学校評議員は、校長が保護者や地域の方々の意見を幅広く聞くためのもの。
 これにより、地域や社会に開かれた学校づくりを一層推進し、学校が家庭や地域と連携しながら、特色ある教育活動を展開することができる

 うぅーん、分かったような、分からないような文書だ。学校が地域や社会と連携して教育活動をしたいということは分かったが、なぜそんなことをわざわざ強調しなければならないかが分からなかった。
当たり前のことではないのだろうか。それとも学校は地域と社会から隔絶されていたのだろうか.。それに特色ある教育活動とは何なのだろう

 先日、第一回目の学校評議員会が開催され、ようやく評議員の役割が分かってきた。
 地域や社会の意見を学校に具申したり、学校と地域が一緒になってお祭りをしたりすること以外に、文書には明示されていないが非常に重要な役割が、この学校評議員に課せられているようだ。

 実は昨今、日本各地の教育現場で、フケイからのクレームに対し、学校が直接対応できかねる案件が増大しているらしい。いわゆるクレーマーみたいな人がいて、教師が直接この対応をしていると、クラスの指導もできないほど忙殺されてしまい、場合によっては教育現場が崩壊するような案件である。

 そおいえば先日NHKのテレビを見ていたら、「教育現場で裁判沙汰になったり、金銭を要求されたりすることが後を絶たず、教師保険の創設が検討されている」との報道があった。

 このような場合、教師とフケイの間に立って、客観的立場で問題を解決し、教育現場を混乱させない役割を担う組織が必要で、それが学校評議会ということらしい。
  平成12年以降、各県で「学校評議会」が創設されている。

なるほど、バッファーとしての役割か」ようやく納得した。

 納得はしたけれど、実際にそのような現場に遭遇したら、きっとまた胃がしくしくと痛むだろう。
うぅーん、これは思ったより大変そうだ」正直な感想である。
 

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(19.6.13)金沢小学校のパソコン教育

 金沢(かねざわ)小学校パソコン教育を見せてもらった。
 教頭先生からパソコン教育のボランティアをしてもらえないかとの依頼を前から伺っていたので、四季の道の清掃活動の途中で寄ってみたのだ。

 教頭先生は大変喜んでくれて、学校を案内してくださったのだが、その途中で3年生のパソコン教育の現場を拝見することができた。
私は、実はパソコン教育については何も知らないのですよ」教頭先生の弁である。

 パソコン教育が小学校で開始されたのがいつかは知らないが、ある一定年齢以上の先生はパソコン教育の経験がないのだそうだ。

 3年生の授業は大変に興味がもてた。千葉県の各小学校にはキューブキッズというソフトが配布されており、それを使用して I T教育を行っている。
 各学年別にソフトができているが、基本は「おえかき」「ワープロ」「ブラウザ」「ホームページ」等であり、将来本格的なソフトを使用するための準備のような構成になっている。

 今回見せてもらった授業は、「ワープロ」で「金沢小学校、3年○組 ○山△子 絵を描くのが好きです」等各自が用意していた文章をワープロに打ち込み、それをアウトプットする授業だった。
 パソコン台数は20台。二人に一台なので一人が入力し、もう一人は見ている構成になる。

 先生は一人で、手引書を片手に孤軍奮闘している。入力はローマ字変換を使用していた。
3年生の場合、まだローマ字を正式には学んでないのですよ」教頭先生の説明である。

 キーボード操作に慣れていない子が多く、あちこちから「先生、どうしたらいいんですか」との声がかかるが、手がまわらない。悪戦苦闘だ。
 見かねて、私と教頭先生も子供たちの手ほどきに参加した。途中から私も「先生、教えてください」といわれてしまった。

 前に小谷小学校のパソコン教育を見たときも感じたのだが、小学校のパソコン教育には2つの基本的問題点がある。

 一つは生徒数が40名程度なのに、パソコンの台数は20台と、全員にいきわたらない。結局積極的な子が操作をし、そうでない子が見ている構造になってしまう。これではパソコン教育の実が挙がらない。
 パソコンそのものは大変安くなっており、10万円以下でいくらでも入手できるのだから、一刻も早い40台設置が望まれる。

 もう一つの課題は、パソコン教育には必ずインストラクターがいるということだ。民間のパソコン教室を見てみると分かるが、一人の教師が面倒を見れる人数は、せいぜい4~5人だ。
 20台のパソコンを一人の教師がみるなんて、どだい無理な話だ。
先生、分かりません」あちこちから声があがって、先生はパニックになってしまう。

 教頭先生から、正式にパソコン教育のサポートをしてほしい旨の依頼があった。教員を増やすことができないので、父兄のボランティア参加が求められている。
日本の将来を背負う子供たちのために、一肌脱ごう。1週間に1度程度ならできそうだ
 その旨、教頭先生に伝えておいた。

 

なお、金沢小学校に関する関連記事は以下のとおり
〔金沢小学校に吹くそよ風)

http://yamazakijirou.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/1926_6a3f.html

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(19.5.27)小学校の運動会

 小学校の運動会に20年ぶりに出てみた。私がスクールボランティアをしている小谷小学校の運動会である。

 9時から運動会が始まる予定だったのでその時間に行ってみると、前日の雨でグランドの状態が悪く、予定を遅らせているようだった。
 男の先生方が、砂場の砂をぬれたグランドにまいて整備をしていたので、しばらくその作業を手伝ったが、太陽光線が非常に強く、たちまちのうちにへたばってしまった。
 砂を一杯に入れたバケツは意外に重いのだ。

以前はこの程度の作業で疲れることはなかったのに
 4月に病気をしたり、坐骨神経痛を患ったりしたら、急激に力が入らなくなってしまった。一時的なものか、今後ともそうなのか見当がつかない。

 本部テントが2つセットしてあり、1つが来賓用、もう一つが教職員用だったので、しばらく教職員用のテントで休みながら小学生の競技をみていた。
 
 私は、この学校では「山崎先生」と呼ばれている。職員用のテントにいても、誰も不思議に思わないほど、この学校になじんでしまっている。最近では子供達やお母さん方の知り合いも増えた。

 この学校の運動会は、4グループの対抗戦形式になっており、各グループには応援団長がいる。応援団長のスタイルは学ランやはかまにタスキがけだ。ちょっと異質な感じがする。

 どう見ても大学の応援団のコピーで、六大学野球の応援風景のミニチア版だと思えばいい。互いにエール交換をして始めるところなんかは、特にそっくりだ。
きっとこのスタイルを考えたのは、六大学出身者ではあるまいか」などと想像してしまった。

 運動会のような行事になると、男の先生が張り切らざるを得ないようだった。目一杯号令をかけたり、校庭に砂をまいたり、八面六臂の活躍だ。一方、高年齢の女性教師は暑さに負けて声も出ないような状態だった。
 また、先生ごとにそれぞれの受け持ちがあるのだが、ビデオ録画担当のH先生は、その操作がはじめてらしく、
事前に、操作方法の研修を受けたのだけど、なかなか難しくて」と当惑しながら操作をしていた。あまり立派な記録画像は期待しないほうがよさそうだ。

 今回は運動会の写真である。しかしこの種の写真は最近掲載するのが難しく、特に児童の顔が明確に分かるのは駄目らしい。
  ならばと、今回は写真で遊んでしまった。申し訳ない。あまり驚かないで見てほしい。
 なお、この操作はPicasaではできないので、フォトショップを使用している。


http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/RPrvzJ

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(19.5.14)高校の同期会

 高校時代の柔道部の同期会が行われた。42年ぶりの同期会になる。昨年の11月、高校の同期会が開催された折、柔道部の同期会を開こうと言うことになった。

 実は、柔道部に所属していたY君が、12年前に鬼籍に入られている。みんなでY君の墓参りをすることで、集まることにしたのだ。場所は青梅市の七国山薬王寺である。Y君の奥さんを含め、9名が集まった。

 このお寺をご存知だろうか。つつじの寺として各種メディアに紹介されている。最近ではNHKの首都圏ネットワークで5月9日にも放送された。観光客も多い。トレッキングのコースになってるらしい。

 私たちが墓参りをした日(13日)には、すでにつつじの花は散ってしまっていて、残念ながらその美しさを味わうことができなかったが、薬王寺の静かなたたずまいは堪能できた。

 Y君の話をさせてほしい。Y君は東京教育大学の数学科の大学院をでて、そこの講師をしていたが、31歳で横浜国立大学の数学科の助教授に招聘された。そして48歳で癌で亡くなるときは、教授になっていた。今から12年前の話である。

 高校卒業後の彼の経歴を私は知らなかったが、今回遺稿集を見てびっくりした。亡くなるときにはトポロジーに関する世界的研究者になっており、もし亡くならなければ,間違いなく世界の数学会をリードする第一人者になっていたと言うのだ。

 亡くなり方が痛ましい。中国の北京に1年間研究留学し、帰国後急激に体調を壊した。癌がほぼ全身に転移していたらしい。
 これは正直な私の感想だが、年配者が医療事情の悪い国にいく場合は、死と隣り合わせになる。私もバリ島で海水をたらふく飲んでからは体調がすぐれない。
 中国のような、医療事情の劣悪な環境で、身体を酷使すれば病気にならないほうがおかしい。体調が悪くても我慢していたのだろう。

 さらに私を愕然とさせたのは、日本の癌治療の現状である。Y君の遺稿集によると「胃の全部、すい臓の半分、脾臓・胆嚢・リンパ節等の切除」がされ、その結果、手術は「大成功」に終わったと言うのだ。
この場合の「大成功とはがん細胞はすべて摘出できたと言う意味だが、これでは人間の基本的機能も同時に摘出されている。この状態で生きろと言うのがどだい無理だ。
Y君は、手術後約半年で鬼籍に入られた。

  それにしても惜しい人材が亡くなったものだと、あらためて墓前で手を合わせた。

 今回の写真集は七国山薬王寺である。お墓参りの写真は意図的に省いてある。Y君のことはやはり関係者の問題で、ブログで写真等を掲載すべきでないと判断したからだ。いつものようにスライドショーで見ていただきたい。

  http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/513

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(19.4.21)コンピュータ教育の現場

 おそらく日本のコンピュータ教育の現状は世界的に見ても相当低いのではないかと危惧される。私のようなさしてシステム能力が高いわけでない人間が、このような結論を下すのはおこがましいが、そう思わざるを得ない現状がある。

 たまたま私はK小学校でボランティアを行っており、その一環で小学校のホームページの修正を依頼された。小学校のシステムがどのようなものか分からないと修正のしようがないので、先日から小学校のシステムを覗いている。

 ここで分かったことは、「システム環境」と「提供されているソフト」と、「教育現場」の間にひどいギャップがあることがわかった。アンマッチといっても良い。

 第一に学校のシステム環境の悪さには愕然とした。私が前に勤めていた会社ではすでに10年以上前から一人一台のパソコンが配置されていた。それでも先進的な会社から見るとひどく遅れているといわれていたものだ。
 一方小学校のパソコンで外部と自由にやり取りできるパソコンは、現在でも3~4台程度しか配置されていない。
 教職員全員で少なくとも30名はいる学校のPCの配置が、3~4台なのである。足らない分は自分のパソコンを学校に持ってきているが、ネットにはつながっていない。ワープロ代わりに使用している。

 一方教育用パソコンは20台配置されていて、これは県の教育委員会のサーバにつながっている。しかし一クラスの生徒数は40名前後だから、全員にいきわたらない。足らないところは工夫の範囲になる。

 第二に提供されているソフトについては、予想に反して十分なものがあった。ソフトは小学生や中学生向けに言葉やアイコンは修正されているが、マイクロソフトのワードやエクセルやパワーポイントやペイント等のジュニア版と思えばよい。キューブキッズといっている。

 また、県教育委員会が独自に作成したと思われる千葉県下の地理や歴史が学べるソフトもあり、教師用の教育ソフトもある。
 ソフトについては、足らないというよりはどれを使いこなしてよいのか分からないというのが実情だ。
 われわれがPCを購入したときについてくる付属ソフトのことを思い浮かべればいい。
こんなに有ってどうするの」という感じだ。

 第三本質的問題が残っている。
 コンピュータ教育にかかるマニュアルがないのだそうだ。教科書や教育指導要領がないと思えばよい。
 したがって教師は何をどのようなスケジュールで教えてよいか分からない。算数や国語を教えるようなわけにはいかないのだという。

 さらに問題なのは、教員に対するシステム教育が系統的に行われていないため、教員の間ではPC教育をするのを嫌がる傾向があるそうだ。
自分が分からないことを、どうやって子供に教えるの。場合によっては子供のほうが先生になってしまう
 教育現場に逆転現象が発生しているのだ。

 たまたま、私が見た4年生のシステム教育を紹介しよう。
PCの台数が20台で、生徒数は約40名だから、最初から数が合わない。   当初私は二人で1台使用するのかと思っていたら、一人1台の使用を希望する生徒がいて、10名前後があぶれることになった。

 このあぶれた生徒は隣の教室で図工のような作業をして、途中でPC操作を交代する仕組みだった。
 PC教育と図工教育が平行して行われていると思えばよい。教員は一人だから、どちらかの面倒を見ることになり、図工教室に行ってしまった。
PC教室はキッズソフトを使って自由にパソコンを操作しなさい」ということになる。

 生徒に自由のパソコン操作をさせるとどうなるか、私は興味を持ってみていたが、20台のうち5台がゲームをしていた。パチンコゲームがキッズセットの中にあってそれで遊んでいるのだ。
 もちろん残りの15台では、お絵かきや算数や図形遊びをしていたので、それなりに教育効果はあるのだけれど、パソコン教育でゲームはやはり問題がある。

 かつて私が勤務していた会社でも同じような問題があった。パソコンになじみのない人のために、マイクロソフトのゲーム(フリーセル、ソルティア等)が入っていたのだが、大の大人が仕事よりもゲームをして遊んでいた。人によってはマージャンゲームをインストールしてあそんでいた。 あまりに弊害が大きいので途中からゲームソフトをはずすようになったが、学校ソフトについても同じような問題がある。

 もう一つの問題点は、パソコン教育をするのにはアシスタントがたらないことだ。システム教育の場合、本当に面倒が見られる範囲は5名程度なのが普通だ。少なくとも新しいソフトを教える場合はそうなる。
 教員一人で20台を見させるなんてどだいできない相談だ。だから教員はあきらめて、勝手にパソコン操作をさせて、自分が管理できる図工の面倒を見ているのだろう。

 これでは、日本のシステム教育は世界から劣後してしまう。システム教育と称して遊んでいるのと同じだ。システムも国語や算数と同じように系統的なトレーニングが必要なのだ。最低限メールやWeb検索やワードや表計算が扱えなければ、社会人になれない。

 システム教育については、見直すべき課題が山積しているといってよいことを知った。

 

 

 

 

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(19.4.6)手形が落ちない

人間の愚かさは年をとっても変わらないらしい。頭を抱えている。K小学校の校長先生と約束した,HP(ホームページ)の修正作業をとうとうしなければならない時期がきたからだ。

 昨年のことである。校長先生から言われた。
山崎さん、K小学校のHPはここ数年、更新されていないのです。私としてはHPを何とか活性化したいのです。力を貸してください

 私は人から頼まれていやと言わない性分だから、大見得をきった。
校長先生、私はシステム経験15年です。何とかしましょう

 言ってすぐに後悔した。確かに私は15年間、ある金融機関のシステム部にいたが、実際はプログラム1本組んだことがない。
 プログラムは子会社か、ソフトウェア会社のプログラマーが組んでくれたので、私は単に発注をし、スケジュールが遅れないように督促し、出来上がったシステムを検収していただけだ。

 口だけは達者になった。
貴方のところでは、品質管理がとても十分とはいえない。プログラマーの資質に問題があるのではないですか。バグが多すぎる。もう一度テストしなおして、持ってきてください。検収はNGです
 正直言って口だけのシステムマンなのだ。

 しかし、校長先生と約束してしまったので後には引けない。そおっとジャスコ鎌取店のパソコン教室にかよって、HPの作り方を習った。
 自分でHPを立ち上げて、操作方法に習熟しようとしていた矢先、パソコン教室のサイモン先生からサジェスチョンを受けた。
山崎さん、HPの時代は終わりますよ。これからはブログの時代です。今現在はまだブログの機能が、HP並とはいえませんが、すぐに追いつきます。ブログを作ってはいかがですか

 私は人から言われると断れないたちだから、すぐにブログを立ち上げた。しかも完全にはまってしまい、機能比較と称して7つもブログを立ち上げてしまったのだ。
 サイモン先生から言われた。「ブログの第一人者ですよ
 すっかり調子に乗って、いっぱしのブロガーになったつもりでいた。

 最近になって、校長先生が再び言われた。
今年の4月からは、HPの更新の権限は、教育委員会から校長に下ろされます。是非とも学校のなまの声をフケイの方にじかに伝えられるようなHPにしたいですね

しまった、学校が必要とした技術はブログではなくHPだった
私は真っ青になった。 HPの研鑽をすっかり忘れていたのだ。

このままでは、手形が落ちない。どうしょう
私はあわてて千葉県下の小学校のすべてのHPをのぞいてみた。
 どの小学校のHPも同じパターンに統一されていた。教育委員会がモデルパターンを示して、それに沿って作っているらしい。

よかった、この程度のレベルだったら何とかなる。しかし校長先生の要望レベルが高くなったら、技術が追いつかない。技術が追いつくまでは校長先生の高まる気持ちを抑えてもらう以外、手はない

 相変わらずの泥縄になってきた。 

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(19.3.14)小学校は大変だ

 私が近所のK小学校のボランティアを始めてから4ヶ月がたった。きっかけはK小学校の教頭先生が土手の雑草とつる草を草刈機で刈り取っていたからである。当初私は事務室の担当者が草刈をしているのだと思っていた。私が前に勤めていた会社では、管財部と言うものがあり、そこが業者に委託して寮の草刈をしていたからである。

 話を聞くと、「自分は教頭で人手が足りないので自ら率先してやらなくてはならない」のだと言う。
 通りがかりの人から「業者なんだからもっときれいに刈れ」なんて言われることもあると笑っていた。

 私は退職者で基本的には暇だし、草刈は最も好きな作業なので、「私も手伝いましょうか」と言ってみたら、早速「スクールボランティア」として登録してくれた。

 学校には火曜と木曜の週2回行っている。作業が少ないときは午前中だけ、多ければ午後まで手伝いをする。

 私は小学校を卒業してすでに50年近くたっているので、学校のことはまったく知らなかったが、行ってみて驚いた。お金と労力がまったく足らないのだ。お金については会計の担当者が厳しく予算統制をしていて、ゴミ袋一つ買うのも前年対比をしている。
今年はゴミ袋の量が多いんじゃない
今年は草刈が多かったからですよ。よく働いたと言うことです」と担当者が反論していた。

 K小学校の事務室の担当者は会計を除くと、男女1名づつの計2名ですべてのことをこなしていた。足らないところは教頭先生が手伝う。教頭先生は事務室の責任者だ。
本当は外で草を刈っているほうが楽しいんだが」と言われていたが、教頭先生が草刈ばかりするわけには行かない。
 力仕事は私が手伝うこととした。

 小学校はお金がないから、できることはすべて自賄いをする。事務室の若い男性職員のMさんは、1人で何でもこなす。私がボランティアに行ってからでも、小学校の看板を作り、堆肥場の柵を作り、教室を半分に分割する衝立を作り、池を作り直し、草刈機で雑草を払い、椿や他の立ち木の剪定をしていた。私も及ばずながら手伝いをしたが、作業の多様性にびっくりしてしまった。

 Mさんは、実は剪定の経験がない。しかし学校に職人を入れる予算がないため、自分で低い木は剪定しなければならない。インターネットで剪定のイロハを学び、あとは度胸で剪定する。
こんなに切ってしまったが、木が枯れてしまったらどうしよう」とMさん。
いざとなったら二人で責任を取りましょう。校長先生に私を出入り御免にしてもらったらどうですか」と、とりあえず私が人身御供の役を引き受けた。椿の木が枯れたら私のスクールボランティアは終了になる。

 小学校には教育実習をかねて、菜の花畑や、芋畑がある。今年は例年より暖かだったので菜の花が満開に咲いている。この菜の花の花芽を事務室の I さんが摘んできて、「家で食べてみて。完全に無農薬よ」と言われた。
 それまで菜の花の芽を好んで食べた経験はなかったが、今回食べてみてびっくりした。やわらかくておいしいのだ。
 それ以降、ボランティアに行くたびに、花芽を摘んでいる。

 久しぶりに学校給食も食べた。先生が休まれているときなどに、休まれた先生の代わりに食事をさせてもらえる。最初は子供向けのメニューに戸惑ったが、今はおいしく食べさせてもらっている。食事中の先生との会話も楽しい。

 フケイの方との面識も増え、会社時代の友人関係とまったく異なった人間関係の中で暮らしている。

 会社時代の友人の奥さんから「いよいよ本領発揮ですね」と言われてしまった。奥さんは素直にそお言ったのだけれど、自分の人生とはこおした、小学校や四季の道の清掃や、そうしたボランティア生活だったのかと、ひどく納得してしまった。

 

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(19.2.6)金沢小学校に吹くそよ風