(20.8.28) ワンジルから学んだもの

 今回の北京オリンピック男子マラソンの結果を見て、もはや日本男子のメダル獲得は将来にわたって絶望であることが分かった。
なにしろ先頭を走った5名はいづれもアフリカの選手で、それも30度の猛暑の中を、まるで冬のレースのように高速で走ってしまったのだから驚きだ。

 一時は2時間5分台のペースだったが、最終的には2:06:32だった。しかしこれは夏のレースとしては信じられないようなタイムだ。
しかもこの記録を達成したのがケニアワンジル選手だが、ワンジル仙台育英高校を出て、この7月まではトヨタ自動車九州の部員だった選手だ。

 日本でマラソンの指導を受けたワンジルが優勝し、一方日本選手の緒方剛が13位であったことが、何より日本選手の将来を暗示している。
同じように日本で、日本のコーチから指導を受けても、一方は金メダルを獲得し、一方は10位以内にも入れない。

 日本選手が努力していないのではない。ほとんど死に物狂いの努力をしている。福岡国際で2:06:51で優勝した時の藤田敦史の言葉がそれを象徴している。
神様は確かに存在する。そして神様は奇跡を起こしてくれる。しかし神様は死ぬほど努力をしたものにしか力を貸してくれない

 それなのにこれほど努力しているのに結果が違うのは、後は素質の問題だ
すでにマラソンの世界記録は2:04:26になっており、日本記録を持っている高岡寿成2:06:16とは2分近い差がついてしまった。
距離にして約700mであり、カメラでとらえても見ることができない距離だ。

 日本選手が世界のベスト10から消えて久しいが、現在のベスト10はケニヤが6人、エチオピア1人、モロッコ1人10人中8人アフリカ勢だ。
はっきりしていることは、今後アフリカの選手以外でメダルを取れる選手はほとんど出ないということだ。

 男子マラソンについて言えば、日本は完全に2流国になったといえる。指導方法ワンジルの例を見ても分かるように一流だが、世界で戦えるほどの素質がある日本選手がいない。

 どうしたものだろうか。これに対する方法は二つしかない

 一つは現実を認め、男子日本選手がオリンピックでメダルを取れるなどという幻想は一切抱かず、10位以内になったら大いに賞賛してやることである。
ベスト10に日本選手は一人もいないのだから、10位以内に入ったらそれこそ大健闘だ。

 もう一つの方法はワンジルのような才能豊かな選手に日本人になってもらうことだ。ワンジルは日本語は流暢に話すし、第一高校生の頃から日本に在住している。
サッカーでもラモス、ロペス、三都主、闘莉王と日本国籍を取得し活躍している選手はいくらでもいる。
外国ではこうした国籍を変えて活躍する選手の方が多いくらいだ。

 日本陸連も大和民族の純血主義をあきらめ、才能ある外国選手に日本人になってもらう対策を取ったほうがいいのではなかろうか。

 過去においてもワキウリワイナイナと日本に在住しオリンピックで活躍したケニアの選手は多いのだから、頭を下げて日本人になってもらうのが一番だと思うのだが。

 

 

 

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(20.7.10) 復活は可能か

 5月の連休の川の道252km以来、走ることを止めている。最大の理由は左足の膝のお皿がカタカタ言って、さらにお皿の下側に痛みがあったためだが、およそ2ヶ月間養生したおかげでお皿の痛みは取れた。
嬉しいことに骨が触れ合うようなカタカタ言う音もしなくなった。

 しかしここ2ヶ月間は体調を維持するのに悪戦苦闘だ。当初はNAS水泳をしていたが、またたくまに鼻炎が悪化して夜寝苦しいことこの上ない。
苦しさに耐えかねて水泳をやめ、こんどは自転車に乗って坂道を登っていたが左足で踏み込むとやはりお皿の周囲が傷む。

 帝京市原接骨院院長先生から「坂道走なんてとんでもない。平地をゆったりとこぎなさい」と言われ、坂道も登れなくなった。

 運動不足は確実に身体に現れ始め、徐々に腹の回りに脂肪がたまりだした。
私はかつて一度も腹の周りに脂肪をためたことがないのが自慢で、スーダンの難民のように腹はすっきりしていたのだが、ここ数週間の間に、腹の脂肪を手でつかめるようになってしまった。
いくら腹筋背筋をしても一向に腹はへこまない。

こりゃ、ダメだ。このままいくと腹の周りにまわしができてしまう
昨日から、意を決してマラソンを再開した。とりあえずは四季の道を1周しているが、幸いなことに膝は痛まない。
ただし坐骨神経痛から来る臀部の痛みが相変わらずだ。走り初めが特に痛く、時間がたつにつれ身体が温まり痛みが消える。

先生、やはり臀部の違和感はなかなか治らないですね
うむー、山崎さんは長い間身体を痛めつけてきたので、そうやすやすとはなおりませんよ」院長先生から笑われている。

 しかし何と言っても走るのが一番だ。身体中から汗が吹き出て気持ちがハイになる。
四季の道には知り合いだらけなので、「ハーイ、元気!!」なんて大声で声をかけながら走っている。
臀部の違和感はなかなか治りそうにないが、気にしていたら全く走ることができないので無視することにした。

 帝京市原接骨院院長先生に思いっきり指圧をしてもらいながら、またマラソンを復活しよう。四季の道を毎日2周すれば、腹は確実にしまってくるはずだ。

 マラソン仲間のSさんから「山崎さん、またウルトラをやりましょうよ。山崎さんが走らないなんて考えられない」と言われている。
はは、そのうちに」と答えているが、再びウルトラができる身体に成りたいものだと本音では思っている。

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(20.7.1) おゆみ野四季の道の駅伝大会

 おゆみ野四季の道駅伝大会来年の2月15日(日)に開催される。
今回の駅伝大会おゆみ野で始めて開催されることもあり、対象を小学生、それも3年生以上に限った
やはり最初から誰でもと言うのは無理でしょう」大会事務局の配慮だ。

 5人一組4年生以上は5km(一人当たり1km)、3年生は2.5km(一人当たり500m)の距離をたすきリレーで走る。
今はおゆみ野6校ある小学校に、出場の打診をしている段階だ。

 ここおゆみ野には四季の道と言うとても素晴らしい遊歩道があるのだが、この遊歩道を利用したイベントが少ない。隣のちはら台ではかずさの道を利用した駅伝大会がかなり前から行なってきており、地域に根付いたイベントになっている。

ぜひ、おゆみ野でも駅伝大会をしたいものですね」あちこちからそうした意見がでてきて、今回おゆみ野地区社会体育振興会が中心になって、駅伝大会の素案を作ってくれた。

 先日(29日)その第一回目の打合せ会が、おゆみ野のコミュニティーセンターでもたれた。こうした試みはおゆみ野地区の多くの団体が協力しないと実現が難しいため、実行委員として体育指導委員育成委員44連協および社協等の役員が参加している。

 私は市民ネットの福谷議員から「山崎さんは四季の道のランナーだから参加してくれませんか」と依頼を受けた。
私は頼まれると断れないので「はい、分かりました」と答えたが、最近は調子よく引き受けた仕事が多くなって、信じられないことにカレンダーにスケジュールが書き込まれている。

 今後は月に1回のペースで打合せを持つことになっているが、実現までには多くの人の協力と努力が要りそうだ。

 各小学校から学年別にチームを作ってもらう予定だが、まず人数確保には苦労しそうだ。
ちはら台の駅伝大会でも、学校行事の一環として参加してくれるちはら台南中学以外の参加率は極端に悪かった。
どうやらキーは学校がどの程度積極的に取り組んでくれるかにありそうだ。

 また途中にある道路との交差地点での交通整理はかなり大変そうだ。運転手とのトラブルを避けるため、事前の周知徹底や警察の協力を仰ぐ必要があるだろう。

 資金についても十分な予算があるわけでなく、今後は地区の商店等にも協力を仰ぐことにもなるだろう。

 イベントとして成功させるために、トン汁等の提供もしたいが、どの程度の参加が見込まれるかはっきりしないと計画も立てられない。

 すべてはこれからの実行委員の動きにかかっており、私も実行委員のひりとして協力することにした。

亀ゴン、私も忙しい人間になってきた。今までは真っ白だったカレンダーにスケジュールが書いてあるよ
今までは年に数回のマラソンレース以外には何もなかったのですから、たいしたものです

しかし、今回の駅伝大会は実施するまでかなりの努力が要りそうだ。小学校の協力がないと出席者が限られるだろう
それに駅伝大会では必ずといっていいぐらいメンバーの誰かが故障で出られなくなりますが、その穴埋め作業を誰がしてくれるかですね

「うん、ほとんど直前にリタイアがあるからなあ。ちはら台走友会でもメンバーの入れ替えで会長がいつも頭を悩ましているよ。
直前だと大騒ぎだ。それを小学校の先生がしてくれるかどうかがポイントだな
」 

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(20.5.14)マラソンシューズはアシックス

 おゆみ野四季の道」のテーマソング。以下のファイルをダウンロードすると曲が始まります。
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山崎さん、靴は何を履いたらいいですか」とランナー初心者に聞かれたら「アシックスがいいですよ」と答えることにしている。

 私が過去30年余りのマラソン生活で履いた靴は、アシックスのほかにニュー・バランスアディダスブルックス、ミズノがあるが、なんといっても履き心地がよかったのはアシックスだ。

 アシックスは日本のメーカーだけあって、甲高で幅広という日本人の足の特徴をよく理解している。
私の足は典型的な日本人の足なので、どおしてもアディダスのような西洋人向けの甲が低く、細い靴は合わない。

 当初はそのことを知らず、アディダスにあこがれた。あるマラソン大会の出展ブーツでアディダスが5000円で売っていた時は飛びついてしまった。
こいつは掘り出し物だ

 しかしはいてみて驚いた。どおしても先の方が詰まってしまうのだ。
紐を緩めても駄目で、仕方がないので靴の一部を切って詰まっている部分を広げて使わなければならなかった。
うぅーん、せっかくのアディダスだと言うのに切らなければいけないのか

 そこにいくとアシックスはまず絶対といってよいほどフィットしてくれる。最初から幅広だと想定して作っているようだ。

 またクッション性も抜群で、まだ私が記録を狙っていた頃はアシックスターサーを使用していた。定価で15000円弱とやや高いが、この靴を掃くと地面をきっちりとらえてくれるのでスピード感が抜群だった。

 アシックススカイセンサーも好きな靴だったが、これは長い距離を走るのに重宝した。軽くて丈夫なことが気に入っていたので、よく100kmマラソンで使用したものである。
ただし、スカイセンサーターサーに比べると軽い分安定性が弱いと見え、しばらくすると形が変形してしまったのは残念だ。

 最近もアシックス専門だが、実はどんどん価格帯が低い靴にシフトしている。原因は定年になって資金不足に陥っているためだが、それ以上に定価が5000円程度の靴でも結構走れるからだ。
アシックスはどんな靴をはいてもそこそこの品質だ

 しかし、これにも限界があったようだ。どうやら通常の使用をすればと言う条件があるらしい。私のように100km以上のウルトラマラソンをするものは、5000円程度の靴だと問題が起こってしまう。

 かかと部分のクッションが弱いため、特に疲れてそった走りになると、重心が後に移動して、腰に非常な負担がかかるのだ。
地面の衝撃が直接腰にくる。
いてー、腰痛になりそうだ

 さすがに安ければよいという態度にも限界があることが分かった。
今回川の道252kmを走るにあたって、「GEL 1120」という靴を新たに購入したのは、GELがかかとの衝撃の吸収材だからだ。

 価格は定価で10000円弱程度だが、GELがあるとないとではまったくかかとにかかる衝撃が違う。
いやー、さすがにGELだ。こんなにもかかとにやさしいのか」感心してしまった。

 私はどうしても安い価格帯に目が行くが、このマラソンシューズだけはそおした選択が誤りであることを痛感した。
身体を痛めないためにも、マラソンランナーは最低でもGEL程度の靴をはく必要がありそうだ。

 

 

 

 

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(20.5.8) 川の道252kmが終わった

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 ようやく川の道252kmのレースが終わった。この日のために24時間走12時間走富士五湖112kmに参加して準備を整えてきたのだから、終わって心からほっとしている。

 というのも私はこのレースを最後にウルトラマラソンから引退しようと思っていたからだ
やはり年齢を重ねると体力の低下がはなはだしい。もうすぐ62歳だが、昔で言えばおじいちゃんだ。

 かつてはあれほどあった筋肉も足を除いてはほとんどそぎ落ち、鏡を見ると上半身はスーダンの難民みたいだ。
筋力速力もなくなり、残ったのは意志力だけだが、それだけでレースを続けていくことは難しい。身体が壊れてしまうからだ。

 この252kmは長野県小諸市懐古園の前をスタートし、千曲川沿いに長野市飯山市を経由して、新潟県津南町に入る。
新潟県に入ると川の名前が千曲川から信濃川に変わるのだが、このあたりの川面が一番美しい。

 さらに十日町市、小千谷市、三条市をへて新潟市に向かうのだが、私は新潟県の地理に不案内のため場所感がほとんどわかなかった。
ひたすら地図を見て前に進んでいたのだが、これは昔からの川の道のようだった。

 今回のレースは一言でいえば非常に暑いレースだった。初日(3日)から夏日になってしまい、二日目(4日)もひどい夏日で、身体が夏の身体になっていなかったのでバテバテになってしまった。
こおした時は水分補給が一番大事で、私はコンビニや自動販売機を見つけると500mlのペットボトルを買って、のべつ幕なしに水を飲んでいた。

 おそらくレース中に30本近くのペットボトルを飲んだはずだ。そおやって身体から汗を噴出させて空冷しないと、身体が熱中症になってしまう

 熱中症になると頭が朦朧としてきて、身体がふらつき始め最悪の場合は死んでしまう。そおなる前に涼しいところで休めば回復するが、その判断もできなくなって死んでしまうレーサーもいる。

 私はベテランだから熱中症対策はばっちりなのだが、年がら年中水を飲んでいないといけないのはつらい。それに金銭的にも馬鹿にならず飲料代5000円近くにも達してしまった。

 このレースは非常に特異なレースで、1ステージマラソンといい、120km地点の宝山荘で2時間以上の休憩を取ることと、13箇所チェックポイントを通過すること以外は決まりがない。

 どこで休もうが、食事をしようが勝手で、後は54時間以内(2日と6時間)にゴールに着けばよい。時速に直すと約5kmなのだから、ちょっとした早足程度なのだが、実際はかなりタフだ。
途中で疲れてくるとどおしても仮眠をしてしまい、気がつくと30分や1時間程度はすぐにたってしまう。

 私は宝山荘まではかなり時間に余裕をもって到着したのだが、その後はめろめろになってしまった。
何しろ猛烈な暑さと、宝山荘の仮眠が4時間程度だったこともあり、2日目の日中は走っては休んでいた。そのため本当に時速5kmになってしまった。

はやく太陽が沈んでくれ
まともに走れるのは夜しかないが、一方夜はやけに眠たい。

 寝る場所はどこでもOKで、昼間は神社の境内夜間は道の脇の歩道に寝ていた。
この近所のイメージでいうと、蘇我から千葉南警察前を通る4車線の道路があるが、その歩道で寝ていたことになる。
最初は座っているのだが、すぐに横になりふと気がつくと寝ているという状態で、これを通りがかりの人が見たら路上に変死体があるようなものだ。
警察ですか。道路で人が死んでます

 私はもう少しで62歳になる。62歳にもなる人間が歩道でマグロのように寝ている姿はどおみても正常でない。
これでは老人の品格が保てない」さすがに反省をした。

 こおしてどうにか53時間ゴールしたが、ようやく61kgまで戻った体重もこのレースで再び58kgになってしまった。脂肪などどこを見てもなくなってしまっている。

 残ったのは身体が壊れたサインだ。今回は左足の膝のお皿が不安定になってしまった。収まるところに収まらず、歩くとがちがち音を立てる。
無理やりに収めようとすると猛烈な痛さが走る。

 今日(7日)は、一日中家でごろごろしている。いつもの清掃活動にも膝の皿が笑うと思うと怖くて出て行けない。

 やはり何にでも引退時期というのはあるのだ。柔道の井上康生だって内股がかからなくなって引退した。
ゴールをしたとき、スポーツエイドの関係者の方が「山崎さんはこれで前半と後半を走ったのだから、次は全コース制覇ですね」と言っていた。笑って会釈をしておいたが、その機会はないだろう。

 考えてみればよくここまで持ったものだと思う。身体が人一倍丈夫だったせいもあるが、本当にありがたいことだ。
これからはウルトラマラソンと言う、楽しくはあっても身体に負荷がかかりすぎるレースからは引退し、後はフルマラソン程度を楽しむことにしよう。

(注)本ブログと関連するブログは「川の道252kmに参加する」です

 今回走りはめろめろでしたが、写真はばっちり撮ってきました。最近はレーサーと言うよりも報道写真家になったみたいです。ただし夜走った場所の写真はありません。

http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/2053?authkey=LdaS7NtzSvs


 

 

 

 

 

 

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(20.5.3)川の道252kmに参加する

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 世の中には実に不思議なマラソンレースがあるが、スポーツエイド・ジャパンが主催する日本横断「川の道」フットレースもそのうちの一つだ。

 このレースは荒川の河口の葛西臨海公園から荒川を遡り、奥秩父の甲武信岳北側に位置する三国峠を越えて信州側に降り、そこから千曲川、信濃川を下って日本海の河口まで走るレースであり、この連休中に毎年開催されている。

 全長は522kmであるが、レースは3種目に分かれており、① 日本縦断ステージ522km(参加45名)、② 荒川・千曲川ステージ270km(参加7名)、③ 千曲川・信濃川ステージ252km(参加23名)からなる。

 私は2年前に② 荒川・千曲川ステージ270kmを走っているので、今回は残りの③ 千曲川・信濃川ステージ252kmを走ることにした。
前回走った時は、三国峠(約2000m)越えのときに、幻覚と幻聴に悩まされ、その時の経験をブログに「魔境」として記載した。

 このレースの最大の特色は基本として休みがないことにある。私が走るステージは2日と6時間(54時間)以内にゴールに到着すればよく、その間1箇所で2時間以上の休憩を取る事を定められているが、それ以外の時間は常時身体を動かしていることになる。
このようなレースを1ステージマラソンといい、「疲れたら勝手に休憩を取りながら走れ」ということだ。

 イメージとしては2日強寝ないで走れば信濃川の河口に到着することになる。計算すると平均時速は5km弱だから少し早足の状態で52時間がんばれば完走が可能なのだが、実際はかなりタフだ

 途中で休んだり食事をしたりしているとたちまち時間が経過してしまうので、できるだけ休憩を取らず、食事もそこそこにひたすら走り続けなければならない。寝るなどはもってのほかで、最後は頭が朦朧としてくる。
今回のコースは三国峠越えのような厳しい場所はなさそうで、基本は川にそって下っていくので気持ちとしてはかなり楽だ。

 私はこのレースのために24時間走富士五湖のウルトラマラソンを走って準備して来たが、坐骨神経痛を抱えてのレース参加は本当につらい。

 長距離レースをしてみると分かるが、荷物を背中に背負っていることと、腹筋がだんだん疲れてくることから、後にそった走りになってくる
前回の三国峠の下りでは、どう努力しても前傾姿勢がとれなかった。
こうなってくると腰に対する負担が強く加わり、坐骨神経痛をさらにいためてしまう。

 このレースが終わったら、きついレースはやめて身体のリハビリに取り掛かろうと思っている。
老人なのだから無理をしすぎると死んでしまいそうだ
夏場はもっぱら登山をすることにしてマラソンレースを忘れているのがよさそうだ。

 

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(20.4.29)チャレンジ富士五湖112kmに参加した

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 27日、チャレンジ富士五湖112kmに行って来た。行って来たと言う表現をせざるを得ないのは完走していないからだ。第4関門でレースを中止させられた。走った距離は104km、時間は約14時間だった。

 もともとこのレースは5月の連休に行なわれる川の道250kmの練習のつもりで参加したのだが、練習にしては距離が長すぎた
今回は完走を目指すのではなく、時間いっぱい走ることを目的にしたのはいいのだが、練習走ではスピードが遅く、ランナーに次々に追い抜かされる。

 種目は112kmのほかに100km72kmのレースがあるのだが、特に100kmは112kmの30分遅れでほぼ同じコースを走るため、またたくまに100kmのランナーに抜かれてしまった。

 私も100kmレースに何回かでたから知っているのだが、112kmの選手がもたもたしているのを見ると「この人112kmにエントリーしていながら、この程度の走力しかないのか。これじゃ完走は難しいな」なんて思ったものである。

 しかし今回は耐えた。100kmランナーの哀れみの目をたえて、たとえ遅くとも時間いっぱい走ることに専念した。
そのため帽子を深めにかぶって、ちょうど競馬の馬が視野を狭くして走るように、地面だけを見る走りをした。

 このレースの112kmは 山中湖を1周し、河口湖、西湖の右岸を走り、精進湖、本栖湖を1周して、再び西湖、河口湖の反対側を走るレースだ。これですべての湖を一周することになる。
スタート地点は富士北麓公園で、富士の裾野の中腹に作られた標高約1000mの高い場所にある。
ここは高度順化の練習場として、為末選手なんかも練習に来るんですよ」とタクシーの運転手が言っていた。

 レースは最初北麓公園から山中湖まで一気に下るのだが、最後は河口湖から北麓公園まで標高差200mのきつい登りがある。
ほとんどのランナーが歩いているのだが、さすがに記録狙いの人は走っている。

 景色は最高といってよく、今回のように富士山が見えたときは格別だ。参加者も多く、112km約300名100km約700名72km約500名合計約1500名がエントリーしていた。

 今回の成果は遅いランナーの走りが分かったことである。今まで私は時間にかなり余裕を持ってゴールするか、早めに諦めてリタイアするかどっちかだったのだが、制限時間ぎりぎりに諦めず走り続けるランナーが多いのにはびっくりした。

 私は最初からスローペースだったので、最後までスローではあるがペースは落ちなかった。そのため80kmを越えた頃から、足を引きずりながらも、懸命に時間のある限り身体を動かしてたランナーを次々に抜かすことになった。
どうしても100km地点までは行くのです」よろけながらランナーが言っていた。
こんなランナーがいたんだ」感動した。

 今回とりあえず104kmは走った。身体には若干の疲労は残っているが1週間あれば回復するだろう。
練習としてはまずまずだ。

 写真は目いっぱい撮ってきたので、参加した人には思い出深いのではないだろうか(写真を撮っているようじゃランナーとしてはお終いだなんていわないでください)。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/20427?authkey=QD6LBl4nBVc

 

 

 

 

 

 

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(20.4.27)チャレンジ富士五湖112kmに出場する

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 私は自分の行動を見て、つくづく愚かだと思う。本日(27日)富士五湖で行なわれるウルトラマラソン、チャレンジ富士五湖112kmにエントリーしたことだ。

 実はこれは5月の連休に行なわれる川の道250km練習としてエントリーしたのだが、練習としては距離が長すぎる
何しろ、翌週には250km走るのだから、どう考えても疲れが抜けそうにない。
俺は愚かだ」頭を抱えてしまった。

 どうしてこのような状態になってしまうかと言うと、エントリーをする時期が、3ヶ月以上も前だからである。
その頃は気分も高揚し「やはり、事前に100kmを2本は走っておこう」なんて気分になっているのだが、大会が近づくにつれ現実と向かい合わなければならなくなる。

 つい2週間前に行なった葛西臨海公園12時間走では、100km走るつもりが88kmしか走れなかった。
これじゃ、112kmなんてとても無理だ

 実は練習として走る場合と、レースとして走る場合は走り方がまったく違う。練習の場合は実力の8割程度で走っている。そうしないと練習で燃え尽きてしまうからだ。

 一方、それが目標のレースの場合は、実力の120%程度で走らないといけない。実力以上ということは身体が壊れても走ると言うことで、実際、昨年甲州夢街道215kmを走った時は、最後の50kmは死んでいた。

富士五湖をまじめに112km走ったら身体がこわれてしまう。どうしよう
出場を辞退すると言う方法もあるのだが、何しろエントリー代としてすでに16000円払い込んでいる。私のような年金生活者はこれがなんとしても痛い。
元を取りもどしたい福沢諭吉が目の前でちらちらする。

 結局行くことにした。112km制限時間14時間30分だから、今回は14時間30分走を行なうことにした。スピードは上げないで、淡々とこの時間まで走るのである。時間が切れたらそこで止めることにする。
これなら身体が壊れないだろう

 私は毎年のようにこの富士五湖のレースに出ているが、その理由は近場で行なわれ、交通費がかからないウルトラマラソンはここ位だからである。
通常ウルトラマラソンは非常に長い距離を走り、場合によっては交通規制もおこなわれるので、交通上の問題が難しい。
北海道のサロマや秋田のリゾートカップ100や、高知の四万十のように交通量の少ない地方で実施されるのはこのためである。
いづれも遠く、交通費が馬鹿にならない。

 その意味で富士五湖ウルトラマラソンは連休中でもあり、かなり交通量が多いにもかかわらず実施される実に不思議なレースだ。
景色は晴れていれば抜群にいい。富士山が目の前に迫ってきたり、河口湖の周りのさくらが満開だったりして、気持ちのいいコースだ。

 今日はデジカメを持って楽しく写真を撮りながら走ろう。今はそう思っている。完走しなくても読者に許していただきたい。

 

 

 

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(20.3.17)荒川市民マラソンを走ったけれど

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 昨日(16日)、荒川市民マラソンを走ってきた。第11回目の大会になる。フルの出場者数は17000名で昨年は15000名だったので、毎年出場者が増加する人気の大会だ。

 私はほぼ毎年この大会に出場しているのだが、だんだんと走力が落ちてきて、今年は4時間12分だった。

 当初の予定は昨年並みの4時間だから12分オーバーしてしまった。
天候晴れ、ほぼ無風のベストコンディッションであり、気温も15度程度あって、春のぽかぽか陽気だったのだが、私の場合は気温が上がるとすぐに体力が消耗してしまう

 前半はいつものとおり2時間で折り返したので、後半も2時間のつもりだったが、30km過ぎから失速してしまった。
昨年はここから約1000人ごぼう抜きにしたのに、今回は流れについていくのがやっとだ。
 また昨年まではゴールしてからすぐに帰宅できたのに、今回は疲労感が強く、1時間ほど芝生の上で寝てしまった。

 もっとも疲れていたのは私だけではなかったらしく、ゴール地点で年配の走者が足をつってもだえていた。
見かねて足を伸ばすのを手伝ったり、マッサージをしてやったが、本当は自分もフラフラだったから、同病相憐れむというところだ。

 沿道には太鼓の応援団が数組陣取って、勇壮なばち捌きを見せてくれていた。
しかし楽しめたのは前半だけで後半は「どうでもいい」という不雰囲気になったのは残念だ。。

 しかし、本当に困ったものだ。24時間走伊豆急85km走と、毎週のようにがんばっているのに、速度はまったく上がらず、かえって遅くなっている
オーバーワークなのか、本質的に体力が低下したのかさっぱり分からない。
うぅーん、これが年をとるということか」うなってしまった。

 荒川市民マラソンの写真を掲載します。できるだけマラソンの雰囲気が分かるように写真を撮ってきましたので、今後このマラソンに出場を予定している人には参考になるはずです。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/20315?authkey=ppj6rF-b6eU

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(20.3.9)日本縦断レース

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 NPO法人スポーツエイド・ジャパンは実に愉快な団体だ。
もっぱら長距離のランニングの企画をしているのだが、こんど「本州縦断 青森~下関 1528km フットレース」を企画した。

 私はこの団体が企画するフットレースに時々出ているので、その申込用紙が送られてきた。
君はウルトラマラソンの愛好家だから是非参加してほしい

 内容を見てみると、青森から日本海側をたどって22.5日間で下関にたどり着けばよいことになっている。一日あたりに換算すると70km弱だ。
途中に34箇所チェックポイントがあり、そこを通過しなければならない。
後はどこで泊まろうと、どのようなルートをたどろうと自由だ。

 笑ってしまった。
野宿でもなんでもいいから、チェックポイントだけを通過して下関まで行け」と言っているのだ。
イメージは松尾芭蕉風雪の旅だ。

 かつて私は北海道で開催されたトランスエゾ1100kmに出場したことがある。このレースは2週間1100km走り、一日あたり約80kmだった。

うぅーん、どうしょう。22.5日か」考え込んでしまった。

 1週間以上のレースをする時のポイントは弱点を持たないことだ。しかし私は走り方に決定的な弱点がある。
それは重心の移動がうまくなく、いわゆるガニマタ走りになっていることだ。

 通常走るときはかかとから入って、重心を徐々に前に移して、最後は親指で押すのが正しい走り方だが、私の場合は小指で押している。
このため、小指の損傷が実に激しい
短距離の場合はなんでもないが、長距離ではこれが致命傷になる。

 トランスエゾの時は、何度も小指に水ぶくれを作り、それを針で水抜きをしていたのだが、最後は皮ができず、肉質が表面に現れてきた。
それがシューズに触れると飛び上がるほど痛い。

 それでも5分間程度我慢すると麻痺して痛みがなくなるのだが、休むと再び痛みが発生する。そうなると休むこともできず走り続けなくてはならない。
休みがいいか、痛みがいいか、それが問題だ
こうして最後に、精神的につぶれていくのがいつものパターンだ。

やはり、22.5日は無理だな
申込用紙をゴミ箱に捨てようとしてよく見たら、ルート7という431kmのレースもあると書いてある。5日間青森~新潟までのコースだ。
一日あたり約85kmになる。

 一日85kmも実はかなりのハードな距離だ。しかもステージマラソンと違って、宿舎は確保されていない。
適当にホテルを見つけて泊まればいいのだが、ちょうど具合のよい時にホテルがあるとは限らない。だから大抵の場合は野宿になる

うぅーん、野宿をしながら5日間走るのか
身体からは臭気が発生して、人が近くに近づけないようになりそうだ。
下手をすると神様のお迎えが来るかもしれない。

これは私にとって、ぎりぎり限界の距離だなあ。どうしようか
まだ申し込み期限まで余裕があるので、しばらく考えることにした。

 

 

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(20.3.4)24時間走を走ってきた

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 初めての24時間走を走ってきたが、いやはや疲れきってしまった。
昨日(2日)はほうほうの体でやっと我が家にたどり着いた。
なにしろ24時間寝ないで身体を動かしていたので、帰り着いたらすぐに寝てしまった。

 朝起きてみると案の定身体のあちこちが痛い。左足のひざの周りの筋肉に鋭い痛みがある。起き上がるのも手で支えないと起き上がれない。
足と腰の筋肉が固まってしまってオラウータンウォークになっている。
胃もひどく荒れてしまって、何を食べてもおいしくない。
またのどの奥が切れているみたいで、食物が通過するたびに「イテー」と悲鳴を上げそうだ。

 24時間走に始めて参加してみたが、この競技のきつさにはびっくりした。1.5kmの周回コースを24時間ひた走るのだが、景色がまったく同じなので飽き飽きしてしまう。
 通常のロングランでは景色が変わるのと、途中で誰もいなくなってしまうので何か孤独な修行僧のような雰囲気を感じられるのだが、周回コースだと速い人に何回も追い抜かされて、あせりさえ感じる。

 今回の目的は24時間休まず身体を動かすことと、140km走ることだったが、残念ながら少し目標に足らなかった。
確かに一度も仮眠を取らなかったのだが、エイドステーションの横で食べながら芝生の上で休んでいる時、ふと気がつくと寝てしまっていた。

 特に20時間を越えた頃からこれがひどくなり、走っている時間よりも休んで、うとうとしている時間の方が多くなった。
結果的に距離も伸びず130km程度に終わってしまったのはこのためだ。

 この競技の正式名は「24時間チャリティラン・ウォーク」と言うのだが、24時間走以外に12時間走6時間走があり、また24時間ウォークも用意されていて全体で300個人・チームが参加していた。

 メインの24時間個人走の参加者は144名で、私より年配者は4名だった。
うぅーん、俺もついに最年長組みになってしまったか」感無量だ。

 最終結果は確認していないがトップの選手は240km程度走ったらしい。いつまでたっても速力の衰えない選手がいたが、たぶんその人だろう。
3時間ごとに個人別の走行距離が張り出されるので大体の順位がわかる。
私の走行距離の130kmは、順位が真ん中よりやや上という程度だった。今回はこの程度でも満足しなければなるまい。

 競技の行なわれた場所は臨海副都心の船の科学館の周りの周回コースだが、夜の東京湾はことのほか寒い。
スタートは午後の3時だからスタートしてすぐに夜になる。
夜半は陸から海に向かって風が吹くのだが、その風の通り道では身体が凍えるようだった。

 当初24時間走では全員が寝ないで走るのだろうと思っていたが、半分以上の人が仮眠を取っていたみたいだ。
夜の12時を過ぎた頃から走っている人が少なくなり、4時ごろはシリアスな目標狙いの選手だけが走っていた。

 私の場合はどう考えてもシリアスなランナーとはいえないのだが、24時間身体を動かすことが目的だったから、身体だけは動かし続けた。
走っていたのではない。ただ動かしていただけだ。

 この「24時間チャリティラン・ウォーク」は海宝道義さんと言う方が開催されている。
かつてトランスアメリカと言うアメリカ横断競技を2回も完走したウルトラランナーだ。
その後国内でのウルトラマラソンの主催者となったのだが、私の知っている限り海宝道義さんの主催する競技のサポート体制が最高だ。

 ボランティアクルー海宝さんの人柄をしたって参加しており、アルバイトボランティアは一人もいない。
私のマラソン仲間も何人もボランティアクルーに参加していた。

 参加費用も24時間走12000円と格安だ。しかもエイドには豊富な食料が用意されていて競技者を飽きさせない。
通常のお菓子やバナナや清涼飲料水のほかに、コーヒー、おにぎり、コーンスープ、野菜スープ、ソーメン、燻製の肉まであって、私は走ることより食べることに興味があったくらいだ。

 特に後半失速してからは、エイドステーションにつくたびに「なにかおいしいものはないか、こねこちゃん」の雰囲気だった。
このサポート体制の手厚さは海宝さんの方針らしく、どお考えても赤字になるのではないかと思われるほどの手厚さだ。
おそらく海宝さんはこの競技を主催しても手元にお金が残ることはあるまい。
こうした金銭に対する淡白さが、海宝さんの人柄の真骨頂だ。

 しかし疲れた。24時間走はどう考えても競技としての面白さはない。ただ耐えるだけだ。
疲れに耐え、寒さに耐え、睡魔に耐え、人に抜かされる苦痛に耐えた24時間だった。


競技が分かる写真を掲載します。
(スライドショーで見てください)

http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/242032?authkey=dObcU0HC_Qk


長距離のウルトラマラソンに興味のある方に伺います。この記事は参考になったでしょうか。

 

 

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(20.3.1)さあ、がんばろう

おゆみ野四季の道」のテーマソング。以下のファイルをダウンロードすると曲が始まります。
 「pianotokurarinetto.mid」をダウンロード



 さあ、がんばろう。今日は24時間走だ。
3月1日の午後3時から2日の午後3時までの24時間走らなくてはならない。

 場所は臨海副都心のお台場にある「船の科学館」の周りの周回コースだ。
一周1.5kmなのだが、このコースを24時間ひたすら走ることになる。

 この種の競技はとても特殊なものなので参加者はそれほど多くない。
全体で300チームだという。チームと言う意味は団体でたすきリレーして24時間走ることもできるためだ。

 私のように一人で24時間走る人と、何人かでリレー形式で24時間走る人がいる。

 信じられないかも知れないが、24時間走世界選手権があって、世界のトップランナーは24時間で、270km程度走ってしまう。

 国内での競技でもトップ選手は240km程度は走る。時速に直すと10kmでこれはフルマラソンに換算すると約4時間だ。
私の最近のスピードはフルマラソンで約4時間なのだから、フルマラソンを24時間行なっているようなものだ。

 こうした競技は自分で目標をたてて走らないと、途中でいやになってしまう。何しろ同じ場所を走っているだけだから意志力だけで走っているようなものだ。
先日クリーンクラブの I さんにこの話をしたら「なんともばかばかしい競技ですね」と言っていた。
これが通常の神経を持った人の普通の反応だ。

 今回の私の目標は、時速7kmで20時間走ることにした。全体で140kmになる。4時間は休憩時間で食事や休息にあてるつもりだ。

 140kmと言うとだいたい東京から甲府までの距離に相当する。
一日寝ないで走ると、東京から甲府まで行けるのだから人間の足も捨てたものではない。

 この程度走ると参加選手のなかでの順位は真ん中あたりになる。
今回参加の目的は5月に行なわれる「川の道250km」の練習なのだから、24時間身体を動かせれば御の字だ

 心配なのは少し風邪気味で体調がよくないことだ。このところ練習量も減っている。
仕方がないので風邪薬をたっぷり持って参加することにした。


 結果報告は火曜日のブログに掲載するつもりだ。

 

 

 

 

 

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(20.2.20)ウルトラマラソン練習再開

 おゆみ野四季の道」のテーマソング。以下のファイルをダウンロードすると曲が始まります。
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 5月に行なわれる、川の道250kmのレースの練習に本格的に取り掛かることにした。
このレースは2日半長野県の小諸から新潟県の日本海まで信濃川に沿って走るレースだ。

 時間的には余裕があり、決して無理なコースではないのだが、「基礎練習が十分にされていればと言う条件」がつく。
そうでないと必ず足のどこかが故障して、リタイアを余儀なくされる。

 このレースは途中で4時間の休息を取ることが決まりになっているが、その時間以外は走り続けることになる。
イメージとしては2日間寝ないで身体を動かし続ければ、日本海にたどりつけると言うイメージだ。

 このための練習として、24時間走を2回100kmを1回フルを1回走ることにしたが、これだけでは日常のトレーニングとしては不足だ。
レースがない週の対策として50km走を入れることにした。
毎週1回は長い距離を走っておきたい

 私の好きなコースは東武野田線の川間から葛西臨海公園まで江戸川を下るコースだが、今回は川間から江戸川を遡り関宿まで行って、関宿から利根川を下って取手まで行くコースを走ることにした。
どちらも約50kmである。

 普通この時期の利根川の北風は猛烈で途中でいやになるくらいだが、幸いに今日(19日)は風がまったくなかった。気温も10度程度で非常に快適なランニングが出来た。

 このコースのよさはリタイアする場所がないことだ。
自主練習をする時の最も重要な条件はリタイアが出来ないと言うことで、そうなるといやでも最後まで走りきることになる。
特に私のような意志が薄弱な人間には絶対の条件だ。

 走ってみると利根川べりは本当に何もないところだと言うことが分かる。橋も5kmに1本かかっている程度だ。
店もほとんどないので、食料を持参しないと飢餓に苦しむことになる。

 しかしそれでも利根川べりはとてもいい。
あの、三波春夫が歌う「大利根無情」の世界だ。

♪♪ 利根の 利根の川風 よしきりの  声が冷たく 身をせめる  
これが浮世か 見てはいけない 西空見れば
江戸へ 江戸へひと刷毛 あかね雲 ...♪♪


 私はこの歌がとても好きだ。歌いながら走っているうちにすっかり平手造酒(みき)になりきってしまうのはいつものことだ。

 止めてくださるな妙心殿
 落ちぶれ果てても平手は武士じゃ

 男の散り際だけは知っております
 行かねばならぬ そこをどいて下され

 行かねばならぬのだ

 大声でこんな台詞を言って走っているのだから、周りから見たら気が違ったみたいに見えるが、幸いなことに冬場に利根川の土手を散歩するような人はほとんどいない。

(注) マラソンランナーへの注意

 このコースは大変よいコースだが、2ヶ所ほど注意すべき場所がある。

 1ヶ所は関宿から20kmほど利根川を下った、海から100km地点で、急にゴルフ場が現れ土手がなくなる。
ここはゴルフ場の右側にそって走っていくと、国道にでるのでその国道を約4km走らなければならない。

土手に戻るには利根運河を越えたらすぐに左折すると戻れる。そのまま行くと柏に行ってしまうので注意。

 もう一ヶ所は取手の手前約5kmで橋が現れるので、橋を渡ってむかって左岸を走ること。そのまま右岸を行くと土手が約3mほど低くなった場所に出くわし、「立入禁止」の立て札が立っている。

 この場所は利根川の水位があがった時、水を外に出して堤防を守る場所であり、普段はただ堤防が低いだけの場所である。
そのまま通ってまったく問題ないがやはり「立入禁止」となっているので避けたほうがよい。


 今回のランの写真を掲載します
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/20219?authkey=Vwz3PS-ywew




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(20.2.4)雪が降る

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 今日(3日)の関東地方は大雪だ。朝から降っていた雪は午後も止まず、窓から外を見ると積雪は10cmを越えているみたいだ。
近年は暖冬が続いていたので、関東地方でこんな大雪になったのは久しぶりだ。ここ数週間の寒さも本格的で、久しぶりに本当の冬を感じることが出来た。

 しかし喜んでばかりいられないのは、今日浦安で「東京ベイ浦安シティマラソン」が開催されることになっていたからで、朝雪が降り積もっていたのを見ていやな予感がした。
今日はこのままでは中止になりそうだな

 それでも一応会場までは行ってみるのがランナーのサガだ。
大雪の中を出かけようとする私を見てかみさんが「こんな大雪の中で、レースをするはずがないじゃない。ばかじゃない」と露骨に言う。

 かみさんは第三者に対しては実に丁寧な物言いをするのに、私には露骨だ。
ばかなのは主催者か、俺か」といいそうになって言葉を呑んだ。かみさんに言い争いで勝てないのはすでに証明済みだ。
聞こえないふりをして出かけた。

 舞浜の駅に着くと続々とランナーが戻ってくる。ランナーの一人に確認した。
今日はマラソンは中止ですか
ええ、でも会場で参加賞の交換と千葉真子さんのサイン会をやってますよ

 駅から会場までは片道15分程度なので、参加賞をもらって帰ることにした。

 中止になった会場の雰囲気は何か気が抜けたようなところがある。せっかくの1年間の準備が無駄になってしまったのだから無理ない。
約7000名がエントリーしており、競技役員も700名程度配置されていたのだ。

 選手でもトップクラスの選手は、この大会をターゲットに練習していたはずなので落胆が大きいだろう。
一方私のような市民ランナーは、いつ走ってもそこそこの記録しか出ないので諦めが早い。
次のレースでがんばろう」あっさりとしている。

 今日はせっかくの雪景色だから、写真をいっぱい取っておくこととした。20.2.3の大雪の記録だ。何年かしてこの写真を見返すと思い出深いものになりそうだ。

雪景色の写真を掲載します。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/2023?authkey=YziLdeSnn_4

 

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(20.1.25)高橋 香さんがなくなられた

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 高橋 香さんといっても一般の人はほとんど知らないが、山岳マラソン界(トレイルランという)では知らない人がいないくらい著名な男性である。
昨年5月の東京トレイル・ラン100kmに出場中、心不全でなくなられた。
私は最近になってそのことを知ってびっくりした。享年40歳だった。

 高橋さんは2006年トランス・アルプス・ジャパン・レースを完走して一躍脚光を浴びるようになったが、日本を代表するトレイルランナーの一人だ。

 このレースはまったくの山岳レースで、北アルプス・中央アルプス・南アルプスの主稜部を8日間かけて日本海から太平洋まで合計420km走るレースだ。平地ではない、アルプスをである。
この年の出場者数は6名で、参加者が少ないのは、こんな過酷なレースに出られる人が、日本全体を探してみても6名程度だということだ。
山渓に特集が乗っていたので読まれた方もいるかもしれない。

生前に聞いてみたことがある。
どうやったら完走できるのだろうか
大事なことは、身体が動く限り寝ないことですね。昼も夜も雨が降っても、豪雨でも身体が動く限り前にすすむ。どうにも身体が動かなくなってきてから仮眠をとるのです

どこで寝るのです
どこでもツェルト(簡易テント)をかぶって寝ますよ

食料は?」
山小屋で調達です。できるだけ軽くすることです


 私は高橋さんと3回レースを一緒にしたことがある。
うち2回は御園生さんが呼びかけ人として実施している「奥久慈トレッキングレース120km」で水戸から久慈川を遡り、途中で約20kmにわたって山岳トレイルをする1泊2日のレースである。
山の中を走っているときは最高ですね。しかし平地を走るのは実につまらない」高橋さんの口癖だった。

 高橋さんと最後に走ったのは2005年カモシカマラソン120kmで、このレースも途中で約30kmあまり奥武蔵の山中を走らなければならない。
このレースでは私は高橋さんに実に申し訳ないことをしてしまっている

 途中かなり険しい山中を30kmあまり走らなければならないため、ペアで1組になり、その合計タイムで競われる。個人レースではない。
この年の高橋さんのペアは私だった。奥久慈で一緒に走った経験から高橋さんは「私とならカモシカマラソンで勝利できる」と思ったらしい。

 対抗のペアは、萩往還で1位と2位を占めた、日本で最高の快速ペアだ。
この快速ペアに負けまいと奥武蔵の山中を目一杯走ったのだが、おかげで私は完全にオーバーペースになり、山を降りたところでグロッキーになってしまった。

 その後は高橋さんに励まされながら50km地点まで行ったが、そこでリタイアしている。
カモシカマラソンで高橋さんと一緒に走った人は3年続けてつぶれてしまった」とあとである人から聞いた。

 高橋さん実に思い出深い人だ。信じられないような意志力と、優しさを兼ねた人で、私がつぶれたことも許してくれた。
本人は優勝を目指していたので、さぞ残念だったことだろうと思う。

 これは東京トレイルラン100で最後にあった人から聞いた話だ。
受付の時、私の前に高橋さんがいたのだが、『ああ、この人がトランスアルプスの高橋さんだ』と思って見たのだけれど、非常に青白い顔をしていて『普段から高橋さんは青い顔をしてるのかな』と思っていた」とのことだ。
体調が非常に悪かったのに違いない。
トランス・アルプスのようなきついレースを行なうと、半年から1年はリカバリーに時間がかかるのが普通だからだ。

 生きておられれば日本だけでなく、世界を代表するようなトレイルランナーになったはずなのに、返す返すも惜しい方がなくなられたと思う。

関連するブログは以下の通り。

*2006トランスアルプスについて
http://www.adventure-sports-web.com/blog/archives/2006/08/2006.html


*生前のトランスアルプスを疾走する高橋さんの写真についてhttp://www.east-wind.jp/kocci/modules/news/article.php?storyid=137


*高橋さんのお兄さん(トレイルランナーでもある)のブログ
http://trailrunnerkaoru.10.dtiblog.com/

 

 

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(20.1.24) 川の道フットレース

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 悩んでいた5月連休に開催されるウルトラマラソンの種目を決めた。
当初は過去3回走り、いづれも完走できなかった「萩往還250km」に出る予定だったが、「川の道250km」に種目を変えた。

 一番大きな理由は費用である。萩往還は山口県で開催されるため、千葉から出かけると交通費が馬鹿にならない。
さらに宿泊費がかかってしまい、概算で10万円程度かかるのに対し、川の道フットレースは小諸から新潟に向かって走るため、概算で5万円程度だ。

 定年退職者になってからは費用のかかるレースは基本的に敬遠してきたのだが、当初はやはり萩往還に出る予定だった。
しかし近場で同じようなレースが開催されるならば、そちらのほうがいい。
費用が半分で、距離が同じならば川の道にしよう

 川の道フットレース3種目に分かれており、最長は荒川の河口の葛西臨海公園から新潟市まで5日間かけて走る522kmだ。
他の2種目はこの距離の前半分と後半分である。

 522kmはとても走れそうもないので、今回は中間地点の小諸から新潟まで2日半かけて250km走るレースに参加することにした。
実は2年前に荒川河口から小諸までの270kmレースは完走しているので、新潟まで走れば一応川の道のレースは完走することになる

ただし200kmを越えるレースは持久力が勝負なので、それ以前の準備として十分な距離を走っておかないと、とても完走は難しい。
膝やふくろはぎに激痛が走ったり、足の水豆が大きくなって走れなくなったりすることがしばしば起こる。

 そのために事前準備としてに24時間レース2つと、100km一つフル3つ走っておくことにした。

 24時間レースというのをご存知だろうか。ほとんど持久力と意志力だけを強化するレースで、一般にはかなり短い距離のコース(1km程度が多い)をただひたすら24時間走って、距離を競うレースだ。

 一般のウルトラマラソンと異なり景色が変わらないので退屈することこの上ない。まさに難行苦行みたいだが、そのために信じられないような意志力が身につく。

 やはり200km以上を走るためにはこの程度の準備が必要で、そうでないと途中でリタイアするか、前回の夢街道215kmのように生と死の間をさまよいながら身体を動かすことになる。

 年々身体が衰えて行っているので、これが200km以上のウルトラマラソンを走る最後になるかもしれない。
そう思って準備をすることにした。

なお、川の道270kmを完走した時の記事がありますので、興味のある方は見ておいてください。
http://yamazakijirou.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/1937_a22c.html





 

 

 

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(20.1.17)東京湾1周 180km その2

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(詳細版)

  まったく足はあがらず、亀のように遅かったが完走だけはした。
幸いにも左足の肉離れは治っていたが、少しでもスピードを上げるとまた再発しそうだった。

 今回は、走れたことだけで、良しとしよう。
そのうちに、昔のように風を切って走れるようになるかも知れないじゃないか。

(初日) 日本橋から横須賀 約60km

 この日は朝から雨がぱらついていたが、スタート時間の10時頃からは雨脚が強くなり、夕方まで止むことがなかった。
気温は10度を下回っており、風は強くなかったものの完全な冬日だ。
こうした日は雨対策をしっかりとして、順調に走っている限りは問題がない。十分な発熱量があるため、かえって暑いくらいになる。

 ところが疲れてきて歩き始めたり、止まって休んだりするとたちまちのうちに体温が低下し、ひどい寒気がしてくる。
身体は汗でぬれまくっているため、温度低下に耐えられない。

 よく中高年の登山者が雨にぬれて、身体が動けなくなって凍死するのはこうした場合に多い。
幸いにもこの日は体力的に余裕もあり、左足の肉離れも再発しなかったので、スローペースであったが身体だけは動かし続けることができた

 制限時間の1時間前には宿泊地に到着できた。まずは順調だ。

(2日目) 横須賀から久里浜、金谷を経て千葉 約80km

 今回のジャーニーランの山場だ。80kmという距離は御園生さんが呼びかけ人になっているトランス蝦夷550kmや、アメリカ大陸横断競技5000kmの1日の平均走行距離にあたる。

 世界のウルトラマラソンでは約80kmを何日間もわたって走らなければならない。東京湾1周で完走することが、トランス蝦夷に出る資格要件にもなっている。

 この日は雨は降らなかったが、やたらと寒く、風が強い一日だった。久里浜までは追い風だったが、千葉側の金谷に渡ってからはひどい向かい風になった。
海風は特に強く、海岸縁のトンネルは風の通り道になっているので、押し戻されるような強さで風が吹く。

 海岸縁を離れてからは、相対的に風は弱くなってきたが、寒さは相変わらずだ。前日よりも寒さが強い。

 この日は恐れていたスタミナ切れが発生してしまった。12月いっぱい走ることができず、ようやく正月からJOGを再開したが、練習不足は否めない。

 50Kmを過ぎた頃から歩きが入り始め、60kmを過ぎてからは完全に歩きになった。
元気であれば1時間で5kmは歩けるのだが、疲れきった足には4km程度が限界だ。

 夕刻になり寒さが一段と厳しくなる中を、最後の20kmを5時間程度かけてようやく宿泊先にたどりついた。
制限時間は緩やかだったので、その1時間半前には到着したのだが、ホテルの入り口の段差につまずいてよろけてしまった。
寒さで口がこわばり、口を開くのもいやなくらいだった。

(3日目) 千葉から日本橋 約40km

 最終日は距離が短い。その分楽なのだが私は前日の疲労が残り,身体が非常に重たかった。
また右足の付け根に鈍痛があり、走り始めは悲鳴を上げそうだ。

 この日は前日にまして寒い。この冬一番の寒さになった。十分な厚着をして走り出したが、30kmを越えた頃から歩きが入り始めた。
歩くと北風が身にしみる。

最後だからがんばろう」それだけで身体を動かしていた様なものだ。
制限時間の15分前にかろうじてゴールにたどり着いた。
御園生さんが「何とか間に合いましたね」と笑っていた。

必要な装備の写真を掲載します。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/20117?authkey=_9cFatbusR8

ウルトラマラソンに興味があるか、今後出場を予定している方に伺います。東京湾180kmの情報は参考になりましたか。

 

 

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(20.1.16)完走はしたけれど 東京湾1周180km

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 東京湾1周180kmのマラソン大会が1月12日~14日の3日間に渡って開催された。
日本橋を基点に、横浜横須賀を経て、久里浜まで行き、そこから金谷までフェリーに乗り、金谷から千葉船橋を経て、ふたたび日本橋までもどる180kmの競技である。

 平均すると毎日60km走ることになるが、実際は2日目約80kmで長く、3日目はその分短く設定されている。

 この競技の正式名は「第18回東京湾一周遠足ジャーニーラン」というのだが、「遠足」という意味は「マラソン」とすると警察等へ届出が必要になり、それを避けるためのネーミングである。

 またジャーニーランはこの大会を主催(ただし主催者は呼びかけ人と自分を位置づけている)している御園生さんの思想が反映されているネーミングで「走ることをともに楽しもう」という意味がこめられている。
スピード競技ではなく、楽しみのための競技というメッセージだが、ランナーの性で走り出すとつい競争してしまう。

 競技は国土地理院の2万5千分の1の地図にルートが記載され、ところどころにチェックポイントが設定されている。
競技者はチェックポイントでそこの名称を記載することで、通過したことを証明することになる。

 参加者は32名と少ないが、この種の競技は大抵がこの程度の人数で開催されており、集まってくる人は根っからのウルトラ愛好家だ。
概して年齢が高いのは若者はウルトラのような耐える競技に向かないからだ。
またこの種の競技人口はあまり多くないので、ほとんどの人が顔見知りになっている。

 御園生さんの競技の最大の特色は、すべて自己責任で大会が運営されていることで、通常の大会によくあるエイドは一切設定されていない(ただしボランティアでエイドを出してくれる人がいる)。

 すべての荷物を自分で運ばなければならないので、着替え装備品には工夫がいる。
特に衣類は軽くすぐ乾くがポイントで、毎日同じトレーナーで走ることになるので、宿に着くとすぐに洗濯して乾かさなければならない。
もし洗濯をしないと、そばにやってきた人はその臭気に思わず鼻を覆うほどだ。

 慣れるにしたがって装備品は少なくなるのだが、最初は「始めての海外旅行」みたいにあれもこれも持っていって、途中で全部捨てることになる。
この競技ではないがトランス蝦夷という競技の時、私は持っていたパンツをすべて捨てトレーナーだけになったほどだ。

 今回の大会について言うと、私は昨年の11月末に軽い肉離れをしたため、12月中まったく練習ができなかった。
ようやく今年になっておっかなびっくり練習を再開したが、準備不足もいいところだ。

 完走だけを目指して走ったのだが、幸いにも肉離れは治っており、完走もできた。
目的は達成したが、かつて同じ程度のスピードだと思っていたランナーに次々に抜かされたのは止む終えない。
昔と違って精神的に落ち込ことはなく、「完走、完走」と念じて走り続けた。

 明日はこの競技の詳細について記載する予定だ。

競技のイメージがよく分かる写真を掲載します。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/20115?authkey=bxB2Xa0Fc2Y


 

 

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(20.1.14)風にふかれて

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 つくづくマラソンは屋外でやるものだと思う。
12月いっぱい左足の肉離れがあったため、NASおゆみ野で自転車をこいだり、ランニングマシーンで走ったりしていたが、屋内でのトレーニングに飽いてしまった。

 自転車こぎなどはほとんどラットの輪こぎ運動と同じで、1時間もすると飽き飽きしてしまう。周りを見てみると本を読みながらの人が多い。
私も小説を読みながら自転車こぎを行なったたが、本を読むとどうしてもスピードが落ちた。
これでは運動をしているのだか本をよんでいるのだか分からない。

 ランニングマシーンも好きになれない。同じ場所を走るのは外を走るのと違って景色はかわらないし、風が頬に刺激を与えることもない。
昔は隣の人とスピード競争をしたりしていたが、リハビリ中なのでそれもままにならない。

 数年前だったが、冬場に江戸川をさかのぼり、関宿利根川に入って銚子まで3日間かけて走ったことがあった。
冬の北風はことのほか強い。特に川べりはさえぎるものがないので台風並だ。
江戸川をさかのぼる時は向かい風で自転車を押して坂を上るみたいにきつかった。

 一方利根川を下る時は、たこのように後ろから押され何もしないでも走れるし、川がまわりくねっている場所では横風で堤から落ちそうになった。

 しかしあの風は実によかった。生きている実感のようなものを感じた。走っているときの風は最高だ。

 それに比べてランニングマシーンでは、まったく風がない。
ようやく身体が回復して四季の道を走れるようになったときは本当にうれしかった。
ふたたび風が頬をつかんでくれた。

 ランニングは風にふかれてするものだ。しみじみそう思った。

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(20.1.13)走れるだろうか

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 ここ数日、東京湾1周180kmのレースに参加している。参加者は32名のこじんまりとしたレースだが、超長距離が飯よりも好きな人が集まってくる異色のレースだ。

 私は過去2回出ており完走もしているのだが、今回ばかりは不安がよぎる。
昨年末に左足が軽い肉離れになり、12月いっぱいまったく走ることができなかったからだ。
ようやく今年に入り四季の道をJOGスピードで走るようになり、3周(約20km)程度走るまでに回復してきたのだが、まだ自信はない。

 やはり少しでもスピードを上げると左足のふくろはぎにいやな違和感が出てくる。
こおした時は出場を見合わせるのが普通なのだが、一旦出場をとりやめるとそれがになって、ちょっとした身体の不調でもレースをキャンセルしてしまう。

 だからとりあえずはレースに参加して、限界が来ればやめるのが今までのパターンだった。
まあ、行くだけは行って見よう

 うまいことに私の場合は意志薄弱なので、少しでも変調がでると「主の御心はレースの中止にある。勇気あるリタイアだ」なんて、すべて主のせいにしてあっさりと離脱していた。

 ところが、甲州夢街道215kmで、後半50kmを意志力だけで走ってから、やたらと意志力が強化され、肉体よりも意志力が勝るようになってしまった。

 前年の11月末につくばマラソンで、当初から肉離れで左足が悲鳴を上げていたが、無理して完走したため左足がさらに悪化し12月いっぱい走ることができなくなってしまった。
精神力と肉体はバランスが必要なのだ

 今回はどうなるのだろうか。今の状態では無理を承知で走りそうだ。
しかし、完全に身体が壊れると本年度の目標の萩往還250kmに出られなくなってしまう。

 今できることは、絶対スピードは上げず、間違っても人と競争するようなことはせず、制限時間いっぱいにたどり着くような時間配分をして、できる限り身体に負担をかけないことだろう。

なんとかそおしたいのだが・・・・・・・・・・・・

 

 

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(19.11.24)つくばマラソンの調整に失敗した

 とても残念なことに、明日(25日)行われるつくばマラソンの調整に完全に失敗してしまった。9月末の「甲州夢街道シルクロード215km」の後遺症がひどく長引き、つくばマラソンの練習に入ることができなかった。

 10月中は右足のふくろはぎの外側がひどく痛んだり、力を入れるとスーと力が抜けたりして散々な状態だったが、どうやら筋肉を完全に傷めてしまったようだ。
自転車でバランスを崩し倒れてしまうほどだから、ひどい重態だった。

 体重も58kgと、甲州夢街道の練習に入る前から5kgもやせてしまい、まったく回復しなくなったのには驚いた。従来であれば1週間もすると元の状態に復帰できるのに、今回は筋肉が復元しない。
やせて、スーダンの難民のようになってしまった。
限界を超して身体に負担をかけるとリカバリーがなかなかできなくなるらしい。

 それでも11月になり、ようやく走れるようになったので初旬に成田POPのハーフに出てみたが、スピードがまったくでないことには驚いた。
5kmを26分から27分かかり、それでも精一杯なのだ。
やはり、走るための筋肉がなくなってしまっているみたいだった。

 11月中は足の状態を見ながら