(20.8.27) 北京オリンピックの金メダル

 北京オリンピックが終わった。日本の金メダル9個であり、大方の評価は「ほぼ実力通り」である。

 私はオリンピックが始まる前に金メダルの予想(20.8.2) 北京オリンピックの金メダルはいくつだろうかリンクあり)」を行なったが、そこで「勝敗は時の運のようなところがあり、上にも下にも振れる可能性があるから、バッファーを見て金メダル数はプラスマイナス程度と言うのが私の予想だと記載した。

 結果は予想の範囲内であり、しかも良いほうに振れたのだから喜ばしいことだ。
具体的な予想と実際の差異は以下の通りで、大体は当たっているが私の予想以上に健闘した選手もいる。

・ 柔道 予想 3 実際 4  +1
・ 水泳 予想 1 実際 2  +1
・ 陸上 予想 1 実際 0  △1
・ レス  予想 2 実際 2  -
・  体操 予想 0 実際 0  -
・ 野球 予想 0 実際 0  -
・ ソフ  予想 0 実際 1  +1


 今回のオリンピックで私の予想以上の健闘を見せてくれたのは、柔道の石井慧選手、水泳の北島康介選手、それと女子ソフトボールチームだ。
一方がっかりさせたのは野口みずき選手だ。

 石井慧選手はオリンピックのポイント柔道に完全に適応しており、危なげなく無差別級で優勝してくれた。

 北島康介選手の頑張りには心底びっくりした。オリンピックにあわせて調整してくる手腕はほとんど世界最高峰と言える。
100mでは準決勝まで2位で通過していたが、決勝では世界新記録を出して優勝してしまった。なんともすごい選手だ。
本人も優勝インタビュウでは「なんともいえネー」と声を詰まらせていたが気持ちがよく分かる。

 女子ソフトボールにはびっくりした。上野由岐子投手が3連投して勝利をもぎ取ったが、いつも負けているアメリカに勝ったのだからたいしたものだ。ひとえに上野選手のがんばりといえる。

 一方言葉が出ないほど愕然とさせられたのは野口みずき選手の欠場だ。マラソンでは男子でも大崎選手が欠場しており、明らかに調整の仕方に問題がある。
私は野口選手の場合はコーチの責任が大きいと思っているが、いずれにしても金メダルを逃してしまったのは惜しい。

 野球は星野監督が情におぼれて選手起用で間違ったと言われているが、韓国が優勝しついに日本野球は韓国野球に抜かされてしまった。短期決戦の仕方に研究の余地がありそうだ。

 女子レスリングは順当に吉田沙保里選手伊調馨選手が金メダルを取ってくれた。特に吉田選手は全く危なげがなく図抜けて力強かったのが印象的だ。

 体操男子団体が銀メダルなのは致し方ない。中国で行なうオリンピックでは中国にホームチームのアドバンテージがあるのはサッカーと同じだ。

 私は定年退職者で、時間は十分あったので今回のオリンピック放送は十分楽しませてもらった。日本選手も概して健闘したといってよいが、個別には色々問題があり、今後このブログで問題点を記載させてもらおう。

 

 

 

 

 

 

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(20.8.20) 日本柔道敗れたり

 日本柔道北京オリンピック敗北してしまった。金4、銀1、銅2の成績は他の競技種目に比べればはるかにましだが、前回のアテネの金8、銀2に比較して物足らないし、男女共催にになった92年のバルセロナ大会以来の最低のメダル数になってしまった。

 それでも女子はそこそこの成績だったが、男子は惨敗と言っていいほどの内容で、内柴正人石井慧がいなかったら、斉藤仁監督は日本に帰ることもできなかったろう。

 特にエースの鈴木桂治が1回戦敗退した時は思わず目を覆ってしまったほどのひどい敗北だった.。しかしこれが日本柔道の現実だと認識することが必要だ。
一方モンゴル相撲のようなもろ手刈り鈴木に勝ったモンゴルのツブシンバヤルはついに金メダルを取ってしまった。

なぜもろ手刈りしかできないツブシンバヤルが、アテネの覇者で足技世界一と言われた鈴木桂治に勝てたのか
その冷静な分析が日本柔道の復活のためには必要だろう。

 すでに昨年のリオデジャネイロの世界選手権で日本柔道は金3つと惨敗していたが、北京オリンピックでもそれを引きずっている。

 かつては日本男子選手が1回戦で次々に負ける姿は見たことがなかったので、日本柔道の黄昏をいやおうなく認識させられた。
60㌔級の平岡、73㌔級の金丸、81㌔級の小野、100㌔級の鈴木がすべて1回戦で敗退(90㌔級は2回戦で敗退)したのだから、日本柔道は世界の頂点なんてものではなく、普通の国と言ってよい。
せめて一回戦ぐらい勝ってくれ」思わず唸ってしまった。

 

 現在の柔道の主流がポイント柔道と言われて久しいが、ポイントを確保するためには積極的に攻めることと、相撲で言う押し出しのような力が必要だ。
今回金メダルを取った66キロ級内柴無差別級石井は実に積極的に攻めていたが、他の選手は受身にまわっていた。

 またスタミナも力もはるかにひ弱で、特に鈴木ツブシンバヤルに相撲のような突進で押し込まれ、押し出されないようにこらえたところをもろ手刈りで一本とられている。

 もろ手刈りはレスリングの両足タックルと同じで、日本の柔道界では「奇手」として嫌われており、「ちゃんと組んで、正々堂々と1本取れ」そう指導されてしまう。

 しかし時代が変わったのだ。

 女子の場合はまだ力づくの柔道と言うところまではいっていないため、谷本上野のような美しい一本柔道が見られたが、男子は力づく柔道の世界に入っており、特に体重の重いクラスは相撲やレスリングとなんら変わらない。

 まず畳から押し出されたら「指導」を取られてしまうので、押し出されない力が必要だし、組んだらすぐにワザをかけないと消極的だと見られて、これも「指導」を取られてしまう。

 男子は明確に力とスタミナの世界に入っており、ワザはその次の重要性でしかなくなってしまった
日本柔道が目指していた一本柔道ポイント柔道の前に敗れたわけだ。

 無差別級で優勝した石井は明らかに、このポイント柔道に適応していたが、他の重量級選手はかつての一本柔道しかできず、鈴木小野が力負けし、敗れていくのを見ているのはつらかった。

 次のロンドン大会で日本柔道が復活するためには、力とスタミナのポイント柔道に変革しなければ勝てないが、これは日本柔道の伝統に真っ向から反している。

日本には日本独自の美しい一本柔道がふさわしい。一本のない柔道なんて柔道でない」そう指導者が言いそうだ。
しかし、それでは世界に勝てない
勝つために日本柔道が変わるのか、それとも変わらずに衰退していくのか、しばらく推移を見守ることとしよう。


本件のブログと関連する記事は以下の通り
北京オリンピックの金メダルはいくつだろうか
日本柔道危うし

 

 

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(20.8.16) 野口みずき選手の欠場はコーチの責任だ

 愕然としてしまった。野口みずき選手が女子マラソンに欠場すると言う。
左大腿部の裏側にあるハムストリングと言われる筋肉の肉離れによるものだそうだ。
何てことだ。金メダル確実と言われた野口が欠場か」歯軋りしてしまった。

 野口選手は私が最も好きな選手の一人だ。150cm40kgの小柄の身体でストライドを身長と同じ150cmにして走る姿は、アフリカの草原を疾走するカモシカのようだった。

 しかしこのストライド走法は今回肉離れを起こしたハムストリングを酷使する。
走った距離は裏切らない」と信じて毎日40kmの距離を走っていたと言う。月間では1200kmで、男子のマラソン選手でもここまでは追い込まない。

 いわゆる金属疲労と同じで、ハムストリングを酷使しすぎて肉離れが起こってしまった。
野口選手の談話があるが、なんとも物悲しい。

・・・大腿後部に痛みを感じ、その後練習を中断することになりました。・・・1週間経ても痛みが和らがず、8月4日に帰国して今日まで検査と治療を続けてまいりました。

・・・(しかし)未だ走り出すと時間的経過と共に痛みを感知し、次の段階のトレーニングに入ることが出来ません。
・・・今も走りたい、走ろうという思いは消えることはありません。
しかし現状を認識すれば、出場を断念せざるをえません。・・・


 こうした事態について、野口選手を指導してきた広瀬永和コーチがコメントを述べている。
オーバーワークはないし、練習はそんなにきつくない。原因が何なのかははっきり分からない

 この言葉を聞いて、これがコーチの言う言葉だろうかと耳を疑った。そして私は野口選手に心から同情した。
コーチが悪すぎる

 コーチにとって重要な仕事が二つある。一つは言うまでもなく選手の走る能力を最大限に引き出せるように導くことだが、もう一つの大事な仕事は「目標とする大会で最大のパフォーマンスが発揮するように、コンディション作りをする」ことだ。

 そのためにはレース直前では練習をすることではなく、練習をしないことが重要になる
選手はそれまでの練習の結果信じられないような走力が身についておりさらに練習を強化したがるが、絶対にコーチはそれを許してはいけない

 大会前にピークが来てしまい、大会当日は疲労で失速してしまうからだ。
過去の事例では瀬古利彦がこの失敗をしている。瀬古はロスアンゼルス、ソウルといずれも優勝候補だったが、直前までの過剰な練習の結果本番ではいづれも惨敗している。

 瀬古はそれでもオリンピックに出場できたが、野口の場合は肉離れで出場すら出来なくなってしまった。
おそらく広瀬コーチ野口の希望のままに練習メニューを組んでいたに違いない。
野口の身体の異変に全く気がつかないとは、コーチとしての能力を疑う。

 すでに野口2006年ベルリンマラソンを左足首の故障で断念した経緯があるではないか。30歳を向かえ、カモシカのような走りには相応の負担があることは誰が見ても明らかだ。

 私が広瀬コーチが無能だと思うのは、一方で北島康介選手の事例があるからだ。
北島選手もアテネオリンピックの後失速し、05年の世界選手権の代表にさえもれている。
この不調の時期を支え、北京オリンピックに標準をあわせて最高の能力を発揮できるように導いたのは、北島を14歳の時から教えてきた平井伯昌コーチの手腕である。

 コーチとは平井伯昌氏のような人を言う。

肉離れの原因が何か分からない」のではない。広瀬コーチの無能さが原因なのは明らかだ。悲しくて涙が出てしまいそうだ。


「今日の先生の評論は広瀬コーチに少し厳しすぎやしませんか。ほかのメディアのどれを見ても広瀬コーチの責任だなんて書いていませんよ

それだから問題なのだ。このままでは野口選手がかってに練習をしてかってに怪我をしたことになる。
しかし、怪我をしないように指導するのがコーチの役割なのだ。
広瀬コーチはそのことを認識していない

確かに『原因が何か分からない』はコーチの言う言葉ではないですね。サッカーだったらすぐさま監督解任でしょう

責任逃れで『原因が何か分からない』と言ったのなら、とんでもない人間だし、本当に分からないのであればコーチとして無能と言うことだ。いづれにしても今回のことについてはコーチの責任は逃れることは出来ない

 

 

 

 

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(20.8.14) 最後は自転車か

 坐骨神経痛になってからできるスポーツの範囲がだんだんと狭められてきた。
大好きなマラソンもお尻が痛くて走る気が起こらない。無理して走れば最初の10分ぐらいは死の苦しみだ。身体が温かくなるにしたがって徐々に痛さが引いてくるのだが、それまでは顔がゆがんでしまう。

 従来は走れなかった時は水泳をしていたのだが、鼻炎になってからは水泳もままならない。夜、鼻が詰まって寝苦しいことこの上ないので水泳も諦めた。

 結局現在出来るスポーツは自転車と登山だけになった。自転車は坐骨神経と関係がないらしく全く臀部やふくろはぎが痛むことはない
登山は最初痛みがあるがすぐに痛さになれてしまうのでこれも問題がない。

 楽しげにママチャリに乗って、秋の道公園で坂上がり走を2時間程度しているのだが、先日帝京市原接骨院の院長先生から言われてしまった。院長先生はトライアスロンの選手である。
山崎さん、山崎さんが自転車に乗っているのによく会うのですが、なんというか、服装と自転車が相当アンバランスですね

 私は自転車に乗る時はユニクロのマラソン用タイツをはいてばっちり決めているのだが、それとママチャリが違和感をもたらすらしい。
山崎さんのようなスポーツマンはやはりそれなりの自転車が要るのではないですか
院長先生は30万円もする、ロードレーサーを持っている。

 悩んでいたら、今日(13日)マラソン仲間のSさんが四季の道を競技用自転車でやってくるところにであった。Sさんも腰痛に悩まされていて最近はもっぱら自転車だ。
互いに自転車にしか乗れないことを確認しあったのだが、Sさんが耳寄りの話を教えてくた。

山崎さん、蘇我に自転車の専門店がこの7月にオープンしたんですよ。いまキャンペーンをしてますから行ってみたらどうですか
後でわざわざキャンペーンのチラシまで届けてくれた。

 さて、どうしようか。いまチラシを見ながら悩んでいる。自転車は車体が軽くなるほど価格が高い。
私の自転車好きの友人が「自転車は軽さを金で買っているようなものだ」と言っていた。この友人は60万のロードレーサーを購入している。
オリンピックの選手が使用している自転車はぎりぎりまで軽くするため200万程度はするのだと言う。

 一方私はママチャリでも平気な人間なんだから、重たさなど全く気にならないが、値段はばっちり気になる。

ならば金のなさを重さでカバーしよう
チラシによると当店おすすめモデル31800円で売っていた。重さは12.4kgママチャリよりは軽そうだ。

 これでも見た目はロードレーサーで素人目には値段は分からない。マラソンがとても出来そうもないので、しばらくはこの自転車を購入して乗り回すことにした。

(20.8.15追加) 自転車の専門店に行ったところ、キャンペーンは終わっておりロードレーサーの価格は定価になっていた。仕方なくロードレーサーは諦め、マウンテンバイクを購入して乗っている。

 

 

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(20.8.2) 北京オリンピックの金メダルはいくつだろうか

 北京オリンピックがこの8月8日から24日までの17日間にわたって開催される。以前はこの時期になると金メダルがいくつ取れるかの予想が新聞やテレビで連日報道されていたものだが、今回はやけに静かだ。

 日本人も大人になって、オリンピックの金メダルの数が国威発揚にはつながらないと悟ってきたのか、あるいは今回は誰が見てもアテネ金16には及ばないと思っているのか、いづれにしても意気があがらない。

 日本オリンピック委員会(JOC)の強化育成専門委員会は昨年11月に、陸上、水泳、体操、柔道、レスリングの5競技団体から予想獲得金メダル数を聴取した。結果は陸上2、水泳1、レスリング3、柔道4~5で、計10~11の予測(体操はメダルの内訳を示さずメダル4と答えている)をあげているが、私の予測はこれより厳しい。

 その一番の理由は日本柔道の黄昏にある。なにしろアテネオリンピックで男子3個、女子5個の金メダルを取り、「さすが柔道日本だ」と言わしめた勢いは、昨年のリオデジャネイロ世界選手権で完全に失速してしまった。
この世界選手権では井上康生鈴木桂治と言った日本のエースが予選でバッタバッタと敗退したのだから、首脳陣は真っ青になった。

 日本が苦戦した一番の原因は、日本柔道の欠点を各国に研究されたからだ。日本柔道は美しい一本勝ちの柔道を行なうが、そのためには思い切ってワザをかけないといけない

 弱いと技をかけているときの態勢が不安定になり、そこをねらって返されてしまうためだ柔道をしたことがある人は知っているが、掛け技より返し技のほうが楽に習得できる。
各国の選手はこの返しワザ全力で磨きをかけた。
その結果井上康生鈴木桂治が次々にしとめられてしまい、それを見ていた他の日本選手は動揺し、まともなワザをかけられなかった。その結果が金3の惨敗だ。

 その傾向はその後に行なわれたアジア選手権でも続いていたので、どう考えても柔道は世界選手権の金3が限界だろう。

 また陸上の金2も難しそうだ。野口みずき室伏広治に期待してのことだが、野口はともかく室伏の金はありえない。今期は調整が遅れて最近になってようやく80mを越すことが出来たが、ライバルは84m程度をいつでも投げている。
おそらく室伏銅メダル程度が限界だろう。

 レスリング3も少し難しそうだ。前回同様吉田伊調馨金2が取れれば上々だろう。
水泳は北島康介が得意の200m金1個ではなかろうか。
体操は前回体操日本が復活し団体戦で金だったが、今回は開催国の中国が強いので銀メダルがいいとこだろう
そうした積み上げをすると金メダルは結局と言うことになる。

 勝敗は時の運のようなところがあり、上にも下にも振れる可能性があるから、バッファーを見て金メダル数はプラスマイナス程度と言うのが私の予想だ。

亀ゴン、今回のオリンピックはやけに静かだ。金メダルがいくつになるかと言うような話がほとんど新聞やテレビで報道されない

それは、2006年のトリノ冬季オリンピックで懲りてるからですよ。
トリノの時は大選手団と大報道陣をトリノに送って、メダルラッシュを期待したのに、結局は荒川静香選手の金一つだったでしょ。

おかげでイタリアでは『世界最大の日本の報道陣は何もすることがないので観光旅行をしている』なんて揶揄されていましたからね

そういえばNHKのヒーローインタビュールームに入賞選手を呼べなくて、アナウンサーが困り果てていたな

今回もそのようなことが予想されるので、さすがにはしゃげないと言うのが実態でしょう


本件と関係するブログは以下の通り。

日本柔道危うし

 

 

 

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(20.7.22) 天才野茂が引退した

 野茂英雄投手がこの17日に引退声明をだした。1990年に近鉄に入団し、1995年に大リーグのドジャースに入団しているから、日米通算18年間在籍し、201勝155敗の成績だった。
その間、大リーグで2回ノーヒットノーランを記録し、最多奪三振王にも2回輝いている。大リーグきっての豪腕投手だった訳だ。

 しかし野茂投手の軌跡をみると波乱万丈であり、はっきり言って日本では不遇だった。
野茂がトルネードを始めたのは中学生の時からだったが、それゆえ名門高校からは完全に無視された。
あんな投球方法ではコントロールが定まらないし、使い物にならない

 私が野茂を天才だと思うのは、誰がなんと言おうともあのトルネードを一度たりとも止めようとしなかったことである。
名門高校の監督から「フォームを変えなければダメだ」といわれても怯むことがなかったのだから驚きだ。
これが俺のフォームだ」中学生の野茂がそう信じたのである。

 高校卒業後ノンプロ新日鉄堺に入団したが、その最大の理由はフォームを変えたくなかったからである。プロではフォーム改造に意欲を燃やすコーチがてぐすね引いて待っていた。

 新日鉄堺フォークボールを覚えたの後の活躍は目覚しく、1998年ソウルオリンピックでは日本のエースとして活躍し、一躍プロ野球各球団の注目をあびた。

 翌年のドラフト会議で近鉄に1位指名されたが、その時の野茂の入団条件が「フォームを変えないこと」だった。野茂はその後も常にこのフォームにこだわり、年俸よりも野球のスタイルにこだわっている。

 野茂が幸運だったのは、その時の近鉄の監督が仰木彬氏だったことである。仰木氏は日本の監督としては異色といっていいほど、天才を見る目を持った監督だった。

好きなように投げればいい
野茂イチロー仰木監督がそだてた秘蔵子である。

 近鉄時代の野茂の活躍は素晴らしかったが、1992年仰木監督が退団し、その後任に鈴木啓示氏が監督となると、野茂との確執が始まった。

 鈴木氏も天才肌の投手であったが、鈴木氏野茂を認めることができなかった。特に鈴木氏野茂を嫌ったのは四球の多さだった。
あいつは三振も取るが、フォアボールが多すぎる。守備の時間が長くて仕方がない。フォームを改造しなければ使い物にならない

 鈴木氏は現役当時屈指のコントロールを誇っていただけに、野茂のコントロールの悪さに我慢ならなかったのだろう。しかしここが仰木氏との監督としての力量の差だった。

 鈴木監督との確執に加え、12球団随一のケチ球団だった近鉄野茂の高額の年俸引き下げを図ろうとして、野茂の怒りに油を注いだ。
野茂近鉄を追われるようにして大リーグ、ドジャースに移籍したのは1995年のことだが、近鉄は最後まで野茂に底意地悪い対応をしている。

 「任意引退選手」にしたのである。これは当時のプロ野球の規定では任意引退選手は日本の他の球団でプレーすることができなかった
コミッショナー側の高額年俸を要求する選手を封じ込める一種のギルド制度だと思えばよい。

 だから野茂大リーグに挑戦したのは、日本の球界から鞭持って追われたからで、自ら望んでという訳ではない。年俸も1億4千万から980万に落ちた。
ドジャースでは当初マイナー契約しかしてもらえなかったからだ。

 しかし、人生とは何が幸いするか分からない。アメリカの球界は日本のそれとは異なり、天才についておおらかだ
どんな投球方法でも勝てればいい

 その後の野茂の活躍は見事だ。1995年13勝6敗新人賞奪三振王に輝いた。
さらに2回ノーヒットノーランを達成し、アメリカ人のアイドルにもなっている。

 今、野茂英雄の名前を知っている日本人は多いが、鈴木啓示の名前を知る人は少ない。
野茂の大リーグ挑戦など、単なるマスターベーションで成功するはずがない
この鈴木啓示の言葉は当時の日本人の常識だったことを覚えておられるだろうか。

 野茂はアメリカで大成功をおさめたが、二度と日本の球界に戻ろうとはしなかった。トルネードを認めない日本球界を嫌っていたからだ。
ドイツの心理学者クレッチマーは言っている。
成功したパラノイア(一つのことにどこまでもこだわり続ける性格の人)を人々は天才と呼ぶ

 野茂トルネードにこだわり続け、そしてアメリカで自分が天才であることを証明した。

 

 

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(20.6.9) スピード社の水着はなぜ速い

おゆみ野四季の道」のテーマソング。以下のファイルをダウンロードすると曲が始まります。
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 びっくりしてしまった。6日から行なわれた水泳のジャパンオープンで、初日に5つ日本新記録が出たが、その後も次々と日本新記録が出、ついに世界新記録まで出てしまった。
いづれもイギリス・スピード社レーザーレーサー(LZR)を使用している。

 特に日本のエース北島康介選手は、このレーザーレーサーを使用して、初日に100m平泳ぎで59秒44日本新記録を出したが、さらに最終日には200m平泳ぎで2分7秒51世界新記録まで出してしまった。
これでレーザーレーサーの水着の威力は日本中の水泳ファンの目に焼き付いた。

 日本水泳連盟レーザーレーサーの使用を認めることはほぼ確実で、ようやく日本水泳界も北京オリンピックで戦える体制が整ってきたと言える。

 この水着が発表された本年2月以降、樹立された個人種目の世界新記録18個のうち17個レーザーレーサーを使用している選手によって出されている。
レーザーレーサーを着れば必ず記録が出る」世界に衝撃が走った。

 私は当初この水着はいんちきではないかと疑った。
きっと浮力を増すような縫製が施されているに違いない
浮力を増すことは国際水泳連盟の規約違反である。しかし調査の結果、規約違反は存在しなかった

 この水着でなぜ記録が出るかと言うと、信じられないような発想の転換があったからだ。
水着で身体をスリムしろ
確かに、身体がスリムなほうが水の抵抗は少ない。特にヨーロッパの選手は日本の選手に比べて筋肉が発達し、ゴツゴツしている。
このゴツゴツした身体を水着でしぼってマグロかつおのような流線型の身体にしてしまえば水の抵抗は少なくなる。

人間の身体をマグロにすれば速くなるはずだ」たしかにそおだろう。

 しかし、従来はそおすることに抵抗があった。
流線型の身体は抵抗が少ない。しかし身体をギューギューに締め付ければ身体が動かない。水泳ができないじゃないか
日本選手はみんなそお思っていた。

 日本のメーカー3社(ミズノ、デサント、アシックス)が締め付け水着を開発せず、もっぱら水の抵抗の少ない素材にこだわってきたのは、こおした経緯があったからである。

 しかし「締め付けても、身体が相応に動かせれば問題なかろう
スピード社が3年に渡って開発した水着は、薄く、軽く、縫い目がなく、発水性にすぐれた水着だった。

 実は締め付けるタイツが、一種の筋肉の替わりになって、身体を保護することは良く知られていた。ワコールが開発したマラソンタイツCWXがそれである。
しかも履いてみるとそれほどからだの動きが制約されない。
現在はウルトラランナーの必需品にまでなっている。

 CWXからレーザーレーサーまでもうほんの一歩だったが、日本のメーカーが躊躇している間に、スピード社に先を越されてしまった。

流線型の身体になり、水の抵抗が少なくなるプラスと、締め付けることによって身体が動かなくなるマイナスを計算し、合計でプラスになれば記録の更新が可能な水着ができる
そおスピード社は考えたわけだ。すばらしい発想の転換だ。

 世界のスイマーが小躍りしてレーザーレーサーを使用するようになったのは言うまでもない。
だが、日本水連日本メーカー3社スポンサー契約をしており、スピード社の水着の使用を許可していない。
しかし、レーザーレーサーを着なければ北京オリンピックに勝てない。

 そこで日本水連4月日本選手権の後、日本メーカー3社に試験を課した。
レーザーレーサーに負けない水着を作れ
しかし、この試みは完全に失敗したようだ。今回のジャパンオープンで日本製の改良水着を着て日本新記録を出した選手はたった一人だけだった(17の新記録のうち16をスピード社製の水着を着ていた選手が出した)。

 スピード社レーザーレーサー3年に渡って開発してきたと言う。日本メーカー2ヶ月程度でこのレベルに追いつけと言うのが土台無理かも知れない。
ちょっとした発想の転換でこんなにも差がついてしまうのだ。

 結局日本選手のほとんどが北京オリンピックレーザーレーサーを着ることになるだろう。日本メーカー3社にとってきつい北京オリンピックになってしまった。

 

 

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(20.4.26)日本柔道危うし

 おゆみ野四季の道」のテーマソング。以下のファイルをダウンロードすると曲が始まります。
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 北京オリンピック日本柔道はかなり危うい状態になっている。
なにしろ26日,27日に韓国で開幕される柔道アジア選手権を前にして、いまだ男子7階級のうち5階級、女子7階級のうち1階級で出場枠が取れていないのだ

 前代未聞の椿事といってよい。今まではオリンピックでメダルをいくつ取れるかとだけ心配していたのに、今回は出場できるか否かを心配しなくてはならなくなっている。

 アテネオリンピック男子3個女子5個金メダルを取り、「さすが柔道日本だ」と言わしめたあの勢いはどこに行ってしまったのだろう。

 出場枠確保のためには、① 今回の柔道アジア選手権優勝するか、② 同選手権終了時点でアジア連盟が指定した大会の順位に応じて与えられるポイント合計の上位5カ国に入ることが必要だ。

 優勝すれば文句なし。負けてもポイントが各階級で上から5カ国までならOKだが、信じられないことに男子90キロ級と、男子81キロ級では上位5カ国に入れない可能性があるのだという。

 日本がこんなに出場枠で悩むのは、昨年9月に行なわれたリオデジャネイロ世界選手権大苦戦してしまったからだ。

 ここで5位以内に入れば北京オリンピックにいけたのだが、何しろ金メダル確実と思われた井上康生鈴木桂治といった日本のエースが次々と初日の予選で敗退し、大会3日目まで男子でメダルは銅1個という惨状になってしまった。
おそらく首脳陣は頭が真っ白になってしまったろう。どの階級でも5位以内は当たり前で、どれだけ金メダルが取れるか胸算用してたのに予選すら勝ち抜けない。

 最終日(4日目)にようやく無差別級棟田康幸が一矢を報いて金を取ったものの、北京オリンピックの出場枠はたった2つしか取れなかった。

 女子は48kg級谷亮子無差別級塚田真希金メダルを取ったが、アテネオリンピックの勢いからはこれも程遠かった。

 どうしてこんなに日本柔道は弱くなってしまったのだろうか
日本柔道は一本勝ち美しい柔道をするが、弱点はかけ技が弱いと返されてしまうことにある。いわば返しワザに弱いのだ

 今回の世界選手権では日本対策として返しワザの研究を各国が行なってきていた。
予選で敗退した男性陣はことごとく返しワザで敗れている。
大変だ、ワザをかけられない井上鈴木の敗退を見てみんなビビッてしまいさらに悪循環に陥った。

 さて、今回の柔道アジア選手権では巻き返しはあるだろうか。男子90キロ級(泉浩)と、男子81キロ級(小野卓志)は何しろ優勝しなければ出場枠を逃しそうなので、小野には是非優勝してもらいたいのだが、こんな心配をすること自体が柔道日本のたそがれを感じさせる。
4月始めに行なわれた柔道の最終選考会で、女子五輪代表者はほとんどが優勝者でなく物議をかもしたが、本当は日本柔道そのものが弱くなっていることの方が問題なのだ。

 日本柔道返しワザ対策はうまくいってるのだろうか。もしこの柔道アジア選手権小野が優勝できなければ北京オリンピックの帰趨はほぼ決したも同然だ。
私としては何とか踏ん張ってもらいたいのだが、現状では北京オリンピックもせいぜい金3つの世界選手権レベルと思っていたほうがよさそうだ。

(注) 北京オリンピックの出場資格は、世界枠地域枠があり、世界枠は直前の世界選手権5位以内入賞の国に与えられる。
この世界枠が得られなかった国は
地域枠(アジア枠)からでることになるが、これは直前のアジア選手権で優勝した国と、ポイントが上から5カ国までに与えられる。

 信じられないことに、日本は
男子90キロ級男子81キロ級で十分なポイントを得ていない。

(20.4.29追加
 柔道アジア選手権で日本柔道はすべての種目で北京オリンピックに出場がきまった。男子の出場枠未定だった5階級のうち、2階級で優勝した。3種目で優勝を逃しているが、アジアで勝てなければ世界では勝てないだろう。
女子は出場枠未定だった1階級で優勝している。

 

 


 

 

 

 

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(20.4.25)ピクシーは日本が好きなのだ

 おゆみ野四季の道」のテーマソング。以下のファイルをダウンロードすると曲が始まります。
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 ピクシーことドラガン・ストイコビッチ名古屋グランパスエイト監督は、日本が本当に好きなようだ。
かつてJリーグ発足当初の1994年から2001年までの7年間名古屋グランパスエイトで選手生活を送ったが、それは彼が29歳から36歳のまだ油が乗っていた最後の時代にあたる。
私は見るスポーツとしてはサッカーが最も好きで、自身は鹿島アントラーズのファンだが、チームを越えてストイコビッチは好きな選手だった。

 ストイコビッチ1990年25歳で、W杯イタリア大会ユーゴスラビアのエースとしてチームをベスト8にまで引っ張り上げているし、1998年33歳W杯フランス大会にも出場しベスト16になっている。
どう見てもヨーロッパの超一流選手7年間もの間、ヨーロッパや南米のレベルから見ると数段劣る日本でプレーをし続けたのは不思議だ。

 しかし私には日本に留まったストイコビッチの気持ちが痛いほどよく分かる。それは彼がセルビア人だったからである。
日本人はセルビア人だからといって特別な感情を持たないし、一般に白人に対しては尊敬の念を抱くが、ヨーロッパでは違う。

 ヨーロッパではセルビア人は一種独特の見方をされる。オーストリアの皇太子を暗殺して第一次世界大戦の引き金を引いたのはセルビア人だし、何よりも1991年から始まったユーゴ内戦では、独立を目指すボスニア・ヘルツェゴビナの住民を虐殺した悪魔の国とヨーロッパではみなされた。

 実際ストイコビッチ自身もレンタル移籍先のイタリアのヴェローナではチームメイトから「悪魔のセルビア人」「ドラカン・ミロシェビッチ」と罵倒されていたという。

 誇り高いストイコビッチがヨーロッパのクラブに愛想を尽かし、日本に渡ってきたのは1994年29歳の時だが、その後彼はヨーロッパのクラブに戻ろうとはしなかった。
日本人のストイコビッチに対する表裏のない声援に彼は初めて安住の地を見出したからだ。
日本はいい。ここは俺の第二の故郷だ

 それに対しヨーロッパでの彼への憎しみが我慢ならなかったはずである。
なぜセルビア人だけが非難される。どっちもどっちじゃないか。
俺は二度とヨーロッパではプレーしない
」彼はそう誓ったはずだ。

 覚えておられるだろうか。1999年NATO軍がユーゴスラビアの空爆を始めた時、彼はユニホームのアンダーシャツに「NATOは空爆を中止せよ」と英語で書いて、グランドを一周した。
ストイコビッチの熱い血潮が騒いだ一場面だった。

 2001年36歳で引退を決意し引退試合として、ユーゴ対日本の試合が日本で行なわれ、彼はユーゴのエースとして出場した。この試合はユーゴでも放映されたそうだ。
その時の模様を現地にいた旅行者がレポートしていたが、日本人がユーゴスラビアの旗を振り、ストイコビッチに「ピクシー、ピクシー」と惜しみない賞賛をするのを見て、セルビア人は皆泣いていたという
そしてその旅行者が日本人だと知ると、そこにいた人全員が彼を抱きしめたそうだ。
俺達のことを認めてくれるのは日本人だけだ

 日本には優秀なセルビア人が来てくれる。オシム前代表監督もそうだが、オシム氏1990年イタリアW杯ユーゴ代表監督だ。
その時のエースストイコビッチだったことは前に述べた。

 嬉しいことにストイコビッチは再び来日し、名古屋グランパスエイトの監督を務めている。昨年まで名古屋は低迷していたが、今年は快進撃だ。ストイコビッチの監督としての力量がたしかなものであれば、岡代表監督の次はストイコビッチの呼び声が高くなるだろう。

 ストイコビッチは思っているはずだ。
セルビアか日本の代表監督になってヨーロッパを見返してやる
日本を第二の故郷としているストイコビッチが日本をW杯ベスト8まで引き上げてくれたらと私は切に願っている。

 

 

 

 



 

 

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