(23.1.12) NHKプロフェッショナル 仕事の流儀 夢の医療に挑む再生医療
(このプロジェクトが最終的に目指しているのは細胞シートを重ねて臓器を作り出すこと)
私はこのNHKのプロフェッショナル、仕事の流儀と言う番組を見たのは初めてだが、今回の「夢の医療に挑む再生医療」と言う番組を見て泣いてしまった。
最近私は日本人が懸命に努力している姿を見ると感動して涙が止まらない。
この番組は「がんばれ日本、日本人はまだ捨てたものではないぞ」と言う番組で、かつてNHKで放送していたプロジェクトXの現代版(今がんばっている人の話)だと思えばいい。
今回の主人公は先端生命医科学研究教育施設の所長兼教授の岡野光夫氏だった。
この研究所は東京女子医科大学と早稲田大学が提携して設立した研究所で、非常にユニークな研究所だ。
この研究所で岡野氏は「細胞シート」と言う再生医療に必要な技術を研究していた。細胞シートとは自分の細胞を培養してシート状にしたもので、これを機能が回復しない臓器に貼り付けると細胞が再生してもとの状態になると言う夢のような技術だ。
現在は細胞シートを患部に貼り付けて再生を図る技術の研究段階だが、将来は、この細胞シートを重ねることによって臓器そのものまで作り出そうとしている。
(細胞シート)
番組の最初に紹介された実験例では、拡張型心筋症と言う重い心臓病の患者が、この細胞シートを心臓に貼り付けたことにより、今まで使用していた人工心臓をとりはずせるまでに回復していた。
実は再生医療には2つの重要な領域があり、両者の医術が確立しないと再生医療は成り立たないのだという。
① 細胞を作り出す領域 (ips細胞がその例で、京都大学の中山教授の研究がそれに相当)
② 作った細胞を身体に移植させる領域 (岡野教授が行っている細胞シートの研究がそれに相当)
岡野教授の研究では、自分の細胞を切り取って細胞シートを作ることによって、それを再生が不可能になった患部に貼り付け、サイトカインと言う酵素の働きで細胞が甦ることを実証していた。
私はこのような技術があることをまったく知らなかったが、医学界においても岡野教授の研究は異端であり、当初はまったく認められなかったのだと言う。
私はこの番組の始めに岡野教授のことを「研究者」と呼んでいるのにとても違和感を持った。
「岡野ドクターの間違いではないのか・・・・・・・・・」
実は岡野氏は医者ではない。出身は早稲田大学理工学部で高分子化学の大学院出身者だと言う。
その岡野氏が人工血管を作ろうとして東京女子医科大学に移って研究をはじめたのだが、そのときはまったく相手にされなかったのだと言う。
「医者でもないヤツが何をしているんだ」
日本ではまったく認められなかったためアメリカにわたり、薬学部に所属して薬のコントロールの研究で準教授に抜擢されたと言う。
アメリカは実力の世界だから、能力と実績を積めば医学部出身者でなくても薬学部の準教授になれる。
その後、日本で医学部と工学部を融合した研究所(先端生命医科学研究教育施設)を作ることになり、そこの所長になってほしい旨の要請が来たのだそうだ。
番組ではそのあたりの詳細な説明はされなかったが、想像はつく。
「岡野はアメリカで認められたんだから相当なヤツだ。日本でも医学と工学の再生医療のコラボレーションをはかろう。しかし日本にはこうした組織の人材はまったくおらず、適材は岡野しかいないではないか」と言うところだろう。
注)日本の医学会は白い巨塔と言われるくらい閉鎖的で、医学部出身者以外が医学関係のトップになることはない。たった一つの例外は外国で認められることである。
岡野氏がこの研究所に集めた人材は約100人だそうだが、医学関係者以外に電気材料工学、コンピュータ科学等の混成部隊になっていた。
細胞シートのような世界の最先端の医療技術を開発するには医学関係者だけではできないことは分かるが、岡野氏の過去の経歴からもこうした幅広い人材を集める必要性を認識していたことが分かる。
「閉鎖的な医学部の中では世界の最先端には出られない」
(臨床実験とその実用化はスウェーデンの大学と提携しようとしていた)
この番組を見て「やはりそうなのだ」と私が思ったのは、この細胞シートの臨床試験とその実用化を、日本ではなくスウェーデンのカロリンスカヤ医科大学と共同で実施しようとしていたことだ。
日本では最先端技術についての承認が非常に遅いために競争に負けてしまうので、再生医療に熱心なスウェーデンの医科大学と共同で実施し、その成果を見せて日本での承認を取り付けようとの戦略だった。
注)日本は最先端技術について常に消極的な傾向にある。日本人が世界の最先端に立てるとは思っておらず、アメリカやヨーロッパで実績が有ればそれをまねればいいと考えがちだ。
岡野氏はそうした日本人のメンタリティを嫌いアメリカにわたったのだが、今また細胞シートと言う世界初の技術も、日本で承認をとることの困難さに遭遇していた。
番組ではカロリンスカヤ医科大学の研究者との間で、はげしい論争が行われていた。
岡野氏は喉頭がんを内視鏡手術したあとに、この細胞シートを張ることによって事後の食道の狭窄現象を抑えることができると説明し、その臨床実験を共同で行うことを持ちかけていた。
一方スウェーデンの研究者は西欧では食道がんを内視鏡で摘出する事例が非常に少なく、一方バレット食道(どんなものか私は知らない)の患者が年間30万人規模でいるので、そちらへの適用が適切でないかと反論していた。
ここでの問題点はバレット食道の手術は組織を焼ききってしまうため組織が完全に死滅し、いくら細胞シートを貼っても再生医療にならないのがネックになっていた。
会議は決裂寸前まで行ったが、最後はバレット食道を内視鏡手術で摘出し、その上に細胞シートを張って臨床試験を行うことで共同研究をすることになった。
岡野教授が苦渋の妥協案の決断をしたのを見て、私は再び泣いてしまった。
「岡野さん、がんばってくれ。世界一の座を走り続けてくれ」
私はこのような異端をものともせず、日本では足を引っ張られながらも世界一の座を守ろうとする人が好きだ。
番組の最後に岡野氏がプロフェッショナルとは何かと言う問いに答えていた。
「未来に向けて自分自身の技術とか知識を最大限に利用して、創造に絶えず努力し続ける人」
最近のコメント