(20.8.25) ちはら台の夏祭り

 ちはら台第7回夏祭り23日(土)に行なわれた。このあたりの夏祭りとしては規模が大きく、児童の吹奏楽団の演奏や盆踊りや花火大会まであって、なにかちはら台の住民が全員参加しているような盛大な祭りだった。

 また各自治会や私が所属しているちはら台走友会等が多くのブーツを出していたが、いわゆるテキヤと呼ばれるプロ集団は排除されていたので、非常に健康的な感じのする祭りだ。

 私がこの夏祭りに参加したのは初めてだが、ちはら台走友会は毎年参加していて、走友会の資金源確保の一環になっている。

 走友会が用意した商品は、ホットケーキ、フランクフルトソーセージ、冷やし汁粉、生ビール、梅酒と亀であり、亀は走友会のKさんが近くの村田川で取ってきたものだ。
川にいる亀は取れないが、田んぼのあぜに上がってきた亀を取るんだ」ノウハウを公開してくれた。

 ブーツの販売開始は午後3時からで、それまでに準備をしなければならない。私はフランクフルトの担当で、鉄板で始めて焼いてみたが、焦げすぎてなにかお好み焼きの肉が焦げたような状態になってしまった。
こうした販売できない商品は走友会のメンバーに食べてもらったが、不良品を作ってもみんな喜んで食べてくれるのがこの種のイベントのいいところだ。

 価格設定はかなり難しいらしく、高すぎても安すぎてもいけない。
フランクフルトの値段は150円だったが、隣のブーツでもフランクフルトを売っており、こちらは100円で販売していたので競争が激しい。
当方のフランクフルトのほうがやや大きかったので、すぐさま商品名を「ジャンボフランクフルト」にして差別化を図った。

こっちはジャンボだよ、ジャンボで150円は一番安いよ。ジャンボだよKさんは実に商売が上手だ。
またホットケーキを焼いていたTさんは実に愉快な女性で、自分の作ったホットケーキを売るために選挙運動のアナウンス嬢みたいになっていた。
お願い、これ作ったばかりよ。ねえ、あなた食べて」叫んでいた。

 冷やし汁粉は今回女性メンバーが苦心して作ったメニューだ。当初は天むすがいいのではないだろうかと言うことになっていたが、夏の暑い時期に天むすは食中毒の危険があるので諦め、冷やし汁粉に変えたものだ。

 幸いに懸命な呼び込みが効をそうしてホットケーキフランクフルト冷やし汁粉も完売して、出店は大成功に終わった。
私も「ジャンボフランクフルトだよ。おいしいよ。お客さん食べて」なんて声をからして叫んだので喉の調子が悪くなってしまった。
たまたま私が叫んでいるところに、おゆみ野の森のメンバーAさん家族にあった。
あ、おじちゃんだ」なんて言われてびっくりしたが、おゆみ野からも見物人が来ていたわけだ。

 販売は大成功だったが、走友会会長のYさんによると薄利多売のため利益金は3万円程度だと言う。20名近くのメンバーが6時間程度かけて販売した利益としては、あまり大きいものではない。
しかし、地域の夏祭りに参加することに意義があるのだから、お金のことをとやかく言うのは野暮というものだろう。

 花火大会8時からだったが、私は寝る時間になったので家に帰った。この花火大会おゆみ野からも見えたそうで、「綺麗だったわよ」と小太郎姉さんが言っていた。

ちはら台の夏祭りの写真です。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/20823?authkey=IUlma7yppSE

 

 

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(20.7.29) ちはら台走友会の剣岳登山

 今年のちはら台走友会の登山は剣岳だった。25日(金曜日)の夜に出発して、27日(日曜日)の夜に帰ってくる計画だ。
貸切のバスを利用した車中一泊山小屋(剣山荘)一泊の予定である。走友会のメンバーは現役のサラリーマンが多いため、通常は2泊3日のコースをこうして時間を稼ぐ。

 当初は剣岳の一般コースとしてはかなり難関な草月尾根コースを予定していたが、根雪が多くアイゼンやピッケルが必要と分かったため、よりポピュラーな室堂経由のコースに変更された。

 これだと初日6時間かかるコースが4時間程度に短縮される。夜行バスではほとんど眠れないため時間短縮は大歓迎だ。
やれやれ、今回は山小屋で前日の睡眠不足を解消できそうだ

 今回は16名の参加だった。現役のランナーは元気がよく剣岳走破に意欲を燃やしていたが、日頃練習不足のランナーは気持ちがナーバスだ。
一服剣か前剣まで行けばそこで引返してもいい」ぶつぶつ言っている

 一服剣前剣剣岳の前山で、この二つの前山を越すと本体の剣岳に到着できる。
剣岳に登るにはカニのタテバイという難所を登り、帰りはカニのヨコバイというこれも目もくらむような難所を下降しなければならない。
登りと下りのルートが分けられているのは、そうしないと登坂者と下降者が難所でぶつかって動きが取れなくなるからだ。
ここは一般の登山道としては桁はずれに難関なルートと言える。

 本音としては前剣で引き返そうとしていた人が数人いたのだが、誰も自分がやめるとはとは言い出さない。真っ先にやめるなどと言えば後で走友会のメンバーから酒の肴にされてしまう。
みんな、ここまで来たのだからがんばろう登山隊長M氏の言葉にしぶしぶ従った。

 M氏はベテランの登山者だから、危なそうなメンバーと登山暦が多いメンバーと組み合わせて登坂させることにした。
私はSさんのサポートをすることになったが、Sさんは文学をこよなく愛す女性だが、マラソンの練習回数はすくない。

走友会の人たちははやいでしょ。だから私が遅れると悪いと思って、やはりリタイアしたほうがいいかなと思ってしまうの
山登りでは人のペースは気にしないでいいんですよ。自分のペースを守ることが一番大事です

 これが登山の鉄則だ。人のペースを気にするとあせって転んだりしてかえって問題が起こる。

 Sさんは登山暦が浅いため、岩登りのコツを知らない。岩にへばりつき、手で無理やりに身体を持ち上げようとして疲労困憊している。
鎖を持った手を伸ばし、身体を岩から離すのです。そうすると足場のスタンスが見えて、体を足でしっかりと支えることが出来ますよ

 当初は蛙が岩にしがみつくような格好で登坂していたが、岩から身体を離すことを覚えてからは実に快調な登山が出来るようになった。
カニのヨコバイといってもそれほどたいしたことなかったわ
高度恐怖症のスピードランナーAさんが「あんな怖いところはなかった」と述懐していたのと大変な違いだ。

 Sさんが走友会のメーリングリストに登山の感想を記載していた。

恐る恐る(カニのタテバイに)取り付いてみたら・・・腕の力が足りなくて足手まといになりそう・・・
けれどみんなの声に励まされ、山崎さんに助っ人としてついてもらうに至り、決心がつきました。

ちゃんと登ってくる!!』
前になり後になりしてアドバイスしてもらい、時には尻まで押し上げてもらい、さほど恐怖心を感じることなく登って降りれたのでした。
ほんとにホントに山崎さん始め皆さんのおかげです。

 頼りになる幹事のOさん、冷静な登山隊長のMさん、そしてそれぞれに魅力的なみなさん、ありがとうございました。
帰り道、折々に振り返って目にするあの山に、本当に登ったというのが不思議でした

 またTさんは実に愉快な人だ。当初私に「登山なんて何が面白いのかわからない。苦しいだけでくだらない」と言っていたのに剣岳に登坂したとたんに人間が変わった。

 帰りはグループの先頭に立ってリードし、これから登る登山者に会うたびに剣岳登坂の講釈をし始めた。
剣の頂上は実にいいですよ。そう、あなた一人で登るのですか。そうですか。カニのヨコバイはかなり厳しいですが、まあ、元気で行ってきなさい
会う人毎に講釈するものだから、登山隊長から「人が詰まっているから進みましょう」と言われてしまった。

 天候は初日、二日目の午前中と良かったのだが、二日目の午後から土砂ぶりの雨になってしまった。雷まで鳴り出すし、生きた心地がしない。
登山隊長のM氏は「ここで、俺の人生も終わりか」と覚悟していたと言う。

 びしょぬれになってようやく室堂のバスターターミナルに着いたが、この午後から翌日にかけて北陸地方は大雨になり、いたるところで洪水が発生していた。。
ほんの1日違いで剣岳の快適な登山が出来たのだからちはら台走友会立山の神の加護を受けていたわけだ。

 それにしても走友会の登山は例年ハイレベルだ。メンバーの一人が言っていた。
来年はもう少し楽な山に登りましょうよ


今回の剣岳登坂の記録写真を掲載します。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/20725?authkey=OcvXiC03ORg


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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(20.5.19) 青葉の森リレーマラソン

 おゆみ野四季の道」のテーマソング。以下のファイルをダウンロードすると曲が始まります。
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 18日の日曜日、千葉市にある青葉の森公園で、「第6回青葉の森リレーマラソン」が開催された。1周約2km周回コース21周走り、フルマラソンに相当する距離をリレー形式で走るレースである。
出場チーム数は200チームを越えており、1500名以上のランナーが集まっていた。

 1チームは最低4名のエントリーが必要で、私が所属するちはら台走友会からは1チームあたり6名で、計2チームが出場した。
一人当たり4周程度走ることになるが、1周ごとにたすきタッチをするので、休んでる間に呼吸を整えることができる。
しかし疲れてくるとスピードを維持するのは大変だ。

 当初私もエントリーされていたのだが、2週間前に走った川の道252kmで左ひざの皿がカクカク動いてしまい、どうにも走る状況になかったので、応援と写真撮影を行なうことにした。

 天気は快晴で走るにはやや暑かったが、とても気持ちのいい一日だ。見ていると実業団顔負けのスピードランナーをそろえているチームもいれば、もっぱら仮装に凝っているチームもいて、なかなかバラエティーに富んでいる。

 ちはら台走友会Aチームは10位以内の入賞は逃したが、クラブチーム1番になった(10位以内のクラブチームはクラブチームの順位から外される)。
1位になったなんて信じられない。運動会でも1位になったことはないのに」AチームのリーダーMさんの言葉である。

 リレーに参加するのは走友会にとりクラブチームの団結を強めるのでとてもよい試みだと思う。私は普段個人レースしかでたことがないので今回は出場したかったのに残念だ。
前回の長柄湖のリレーの時も肉離れをおこして走ることができなかったので2回続けて、走れなかったことになる。

 次回はなんとか体調を整えてリレーを走りたいと思っている。

 今回は写真撮影に徹したので、かなり多くの写真を撮ることができました。ハイスピードランナーの走りを是非とも写真に収めたいと挑戦しております。

 また仮装ランナーや女性ランナーの写真もかなり撮ってみました。
スポーツ写真の専門家と言うわけには行きませんが、今回は楽しく写真撮影ができました

http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/20518?authkey=1gOXMHoCpmo


 

 

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(20.4.15)12時間走チャレンジ100kmに参加した

おゆみ野四季の道」のテーマソング。以下のファイルをダウンロードすると曲が始まります。
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 エコ・ジャーニークラブが主催する、12時間走に参加した。場所は葛西臨海公園4kmの周回コースである。
この大会は2回目となるが、12時間走にエントリーしていたのは、57名だった。この種の競技に参加する人はいわゆるマニアで、参加人員は多くない。ちはら台走友会からは会長のYさんと私の2名が参加した。

 この競技にはメインの12時間走のほかに、4時間走があってこちらには121名がエントリーしていた。
12時間走夜の12時にスタートして、昼間の12時に終わる。おそらく来園者がいない時間帯に競技時間を設定したものと思われるが、夜中の12時スタートは珍しい。私も始めての経験だった。

 この日(13日)は競技の始まる30分ぐらい前から、土砂降りの雨になってしまった。ほとんどスコールみたいだ。
私はまったく雨対策をしていなかったので、急いで衣類を包んでいたビニールのゴミ袋で雨合羽を作った。

 この方法はマラソンランナーにはおなじみの対策だが、首と腕の部分を切ってそこから首と手を出すのだ。急場しのぎの合羽としては大変有効である。会長のY さんも同様な方法で合羽をこしらえていた。

 しかし、並大抵の雨ではない。競技主催者が「走る気持ちのある人はスタートラインに並んでください」と言っていたが、走るにはかなり勇気がいる状態だ。

大雨の時は経験の有無が重要だ。私は過去2回、台風の時にレースをしていたし、大雨の経験も何度もある。
合羽さえ着ていれば最初は冷えるが、走っているうちに暖かくなり、体の内部も汗びっしょりになるので、そのうち雨の有無は関係なくなってくる。

ところがこの経験のない人は、最初の体の冷え具合でびっくりしてしまって、走る気力をなくす。
大変だ、肺炎になってしまうかもしれない
今回もかなりの人が最初の数周でリタイアしていた。

 この競技の目的は12時間で100km走ることだが、周回コースでこの目的を達成するのはかなり難しい。景色が変わらないので飽き飽きしてしまうのと、いつでも止められるため気力を充実させていることができない。
4kmごとにエイドに立ち寄っては、食料をたっぷり腹につめていると、走っているのだか、食べているのだか分からなくなってくる。

 私も当初は100km走るつもりでいたが、88kmしか走れなかった。これでも懸命に最後まで身体を動かしていたのである。
会長のYさんはコースを間違えて大回りをしていたので、正確な距離は分からなくなっていた。夜中だと葛西臨海公園のような場所でもコースを間違える。
最高は男性で130km程度、女性で92kmだった。最近私は簡単に女性に負けてしまう。

 私はこのレースを5月に行なわれる川の道250kmの練習と位置づけて参加したのだが、意志力はともかく走力にはかなり問題がありそうだ。速く走ることがまったくできなくなっている。
坐骨神経が痛むのでスピードを上げられないのだ。
うぅーん、これは問題山積だ

 一方会長のYさんは、萩往還140kmの準備のために、夜間の走り方のチェックに来ていた。Yさんが感想文を書いている。

12時間走り続けることができました。
・・明け方に眠気を及ぼし、途中のあずまやで10分、さらにそのあと中継所テントにあった毛布にくるまって20分ほど仮眠。それ以外は真夜中でも眠くなく、最後まで眠気を感じず走りとおせました。

 8時間走ったとこで膝裏筋に痛みが出ましたが、歩きとスロージョグを繰り返しいるうちに治まりました。
 治るもんですね。でもたぶん山崎さんがブログで書いてたように麻痺してしまってるんでしょうね。
今日はそこが痛くて階段下りるのがつらかったです

 さて、あと1回、100km程度走って準備としたいが、今年の川の道250kmはかなり苦戦しそうだ。
今日(14日)は体のあちこちが痛んでいる。特に腰が痛い。
半身不随になっても面倒見ないからね」かみさんに言われてしまった。


今回も写真を十分に撮るつもりでしたが、大雨でカメラをビニールに包んでいたら、バッテリーが上がってしまいました。直接雨に濡れなくてもビニールの周りが濡れるとバッテリーがあがることを知りませんでした。結局、写真は4枚しか撮れませんでした。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/20413?authkey=zppoMCBeIEw

 

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(20.4.6)ちはら台の桜祭り

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 ちはら台街開き20周年を記念して、ちはら台のかずさの道周辺で「桜祭り」が、5日開催された。
私の所属しているちはら台走友会もこの祭りに模擬店を出しているので、手伝いかたがたどんなものか見に行った。

 ちょうど桜が満開であり、おゆみ野の桜が散り始めていたのに比較し、2日程度遅い感じがする。
かずさの道おゆみ野春の道の桜と同様、実に美しい。

 会場は4会場あり、ちはら台南中学校周辺のかずさの道が第2会場になっていたが、そこに35の模擬店とフリーマーケットのテントが張られていた。各自治会やちはら台走友会の模擬店もここにある。
私はもっぱらここにいため、他の会場は見ることができなかった。

 第一会場コミュニティーセンター内であり、ここでセレモニーのど自慢大会、落語、講談等が行なわれていたようだ。
ただ、のど自慢大会だけはスピーカーで流されていたので、よく聞く演歌を懸命に歌っているのが分かった。

 第三会場京成ちはら台駅の前であり、ここでは平成短期大学のJAZZや空手演技、吹奏部コンサートが開催されていたが、こちらはまったく見ることができなかった。

 第四会場ではヘリコプターの10分間の試乗ができたそうで、ヘリコプターが定期的に飛んでいた。

 人出も多く実ににぎやかな祭りで、ちはら台の住民がこぞって参加しているのが分かる。街ができて20年の人口2万弱の街だが、住民がこの街をこよなく愛しているのが分かるいいお祭りだ。

 ちはら台走友会は得意の餅つきのパフォーマンスと、そのお餅を黄な粉と、のりを巻いて、1ケース2個入りで100円で販売していた。
毎年、この模擬店を出しており、てきぱきと対応している。
もち米は15升用意していたが、信じられないような速度で売れるので、ついた餅に黄な粉をつけたりのりを巻いてパック詰めにする作業が戦争のようになってしまった。

 私も作業の手伝いをしたが、初めての経験だったので最初は何をどうしていいのかさっぱり分からなかったのと、あまりのスピードに度肝を抜かれたが、途中からようやく作業のコツがつかめた。

 かずさの道ではブラスバンド、大道芸、ベリーダンス、よさこい踊り、太鼓等のパフォーマンスまであり、実ににぎやかなお祭りだ。
私は特にベリーダンスのファンなので、お嬢さんの踊りに見入ってしまった。

 祭りの規模といい、熱気と言う点では、この近在で実施される祭りの中では飛びぬけているという印象を得た。
きっとこのような祭りを見ると、ちはら台に住みたいと思う人が増えるのではなかろうか。


桜祭りの写真を撮ってきました。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/2045?authkey=IzebFFdicYE

 

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(20.3.12)伊豆急全線85kmラン

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 いやはや疲れきってしまった。この8日(土)~9日(日)ちはら台走友会伊豆急全線85kmランが開催され、それに参加したからである。

 もともとこの企画は伊豆急が乗客の増大を目的に企画したウォークラリーで、伊東駅から伊豆急下田駅までの16駅乗車券を購入しながら歩くラリーだ。

 これをちはら台走友会Mさんが友達から聞き知った。
面白そうだから、ちはら台走友会でも参加しよう。ただしわれわれは走友会だから走ることにする」と計画したものである。

 参加者は7名。全員走友会のメンバーだから走ることには慣れている。
当初私はなんでもない催し物だと思った。
なんだ、フルマラソンを2日間で2回走るだけか。楽勝だな

 しかしこれが大変な間違いであったことがすぐ分かった。
伊東駅から伊豆急下田駅までは電車の距離で46km約1時間あまりの距離だが、ラリーではこの線路を縫うようにして道を交差させてある。全走行距離85kmになったのはそのためだ。

 この交差をさせてあるのがポイントで、伊豆の海岸線は海に向かって鋭く落ち込んでいることを気がつかなかった。
平坦な場所を交差させているのではない。鋭く落ち込んだ坂道を上り下りさせるのだ。

うぅーん、伊豆急もなかなかタフなコースを設定したものだ」あまりの上り下りのきつさに根をあげてしまった。
これは、ほとんどマラニックではないか

 本当は駅などスキップして行きたいのだが、そこはよく心得たものですべての駅の入場券を買ってスタンプ印を押してもらい、「漫遊手帳」に張らないと完走を認めてもらえない。
全部の入場券の購入金額は約2500円だった。
これはラリーの参加費用と思っていただきたい伊豆急も商売上手だ。

 また区間ごとに3箇所のチェックポイントがあり、その文字を確認していかなければならない。3文字にすると「踊り子」とか「ペリー」とかの文字になる。

 完走すれば記念品がもらえるが、ちょっとした写真入れと、携帯用座布団だ。たいした製品とはいいがたいが、一旦始めると意固地になって記念品をもらおうとするから人の気持ちとは分からないものだ。

 また、駅ごとに区間賞として電車のバッチをくれる。これを集めるためにかわいらしい小学校6年生がラリーに参加していた。
子供にとっては宝物になるみたいだ。

 参加者は多いのだが、完走する人は少ないようだった。
私の完走NOは本年度1274番だったので、年間1000人を少し越す程度の人がこの全線完走ラリー完走していることになる。

 ところで河津桜をご存知だろうか。伊豆では有名な桜の名勝地だが私は知らなかった。私はこうした知識に疎い。
ちょうど桜祭りが開催されていて大変な賑わいをみせていた。
この河津桜については走友会の会長Yさんがレポートしている。

河津桜は昭和30年、野に立つ1本の苗木を飯田さんという方が持ち帰って10年育て、咲いた桜。飯田さんは咲く前に永眠したそうです。

その自然交配された桜が原木となって広がり、昭和50年頃から植栽を広げて今のピンクの並木になったものです。
ポスターには飯田家に見事に咲く大きな河津桜原木が映っていました。
菜の花の黄色と鮮やかなピンクが映えてました

 今回伊豆の海岸線を上に下にと走ってみたが、伊豆の自然の懐の深さには驚いた。桜が満開で、夏みかんがたわわになっており、海岸線の海の青さは格別だった。
走っているだけで楽しくなるが、足が丈夫でないとひざが笑ってしまう。
走友会の7名のうち完走者は3名だったが、これはこのコースがかなりタフなことを示している。

 1日で走りきれないため、片瀬臼田の民宿宮田荘で途中一泊したのだが、若夫婦が民宿を経営していおり、とてもおいしい海の幸を食べさせてもらった。

 これも走友会の会長Yさんがレポートしている。
泊まった宮田荘もよかったです。
温泉は100℃の源泉を冷やしたもので、薄めてないので効能が極めていい。
食事も豪華、金目鯛は格別でした。
宿の人も食事や温泉の説明を丁寧にしていただきました

 翌日(10日)はほとんど身体が動かず、家でごろごろしていた。私は定年退職者だから休みたい時に休める。
疲労が取れたのは夕刻頃だが、それまでまったく気力がわかなかったのはこのランがかなりきつかったためだと思う。

今回の伊豆急85kmランの写真を掲載します。
なお、電車のバッチを15個集めましたが、希望者がありましたらお譲りしますのでご連絡ください。
河津桜についてどの程度ご存知か教えてください。

 

 

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(20.1.29)若潮マラソンに行ってきた

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 27日に第28回館山若潮マラソンが開催された。
この大会は私の家から近いこともあり、毎年のように参加している。
千葉や東京等からの参加者も多く、また菜の花がプレゼントされたり、無料のトン汁が用意されたりと主催者側のサービスもいいので参加者の多い大会だ。

 いつもは電車で館山の会場まで行っていたが、今回はちはら台走友会のメンバー4人と会長のYさんの車で相乗りしていくことになった。
昨年の3月に走友会に入ってからは、このように自動車で相乗りして行くことが多い。

 高速道路が館山の近くまで延伸されたため、私の住んでいるおゆみ野から1時間半程度で会場までいける。
電車で行く場合は3時間は覚悟しなければならないので、自動車で行くと信じられないような時間短縮になっている。

マラソンコースは基本的に海岸べりを走るので波打ち際の美しい景色を眺めることができる。
途中30kmあたりから山登りが始まるが、標高差は40m程度であり、実際に走ってみるとさしてきつくない。
とても走りやすいコースだ。

 今回ちはら台走友会からは会長のYさんを含め6名のメンバーが参加したが、Kさんが折り詰め弁当を用意してくれた。遠足みたいな雰囲気だ。
これも一人の時は決してなかったことで、以前はよく走友会のメンバーが大会終了後に宴会をしているそばを、「おいしそうだな」なんて気持ちで通り過ぎたものである。

 この日はとても寒い日だった。風もそこそこ吹いていたので、私は長袖のランシャツの下に、ランニングを2枚も着てレースに参加した。

 これも経験者はよく知っているのだが、早く走るランナーは内部からの放射熱が大きくて、ランパン・ランシャツで少しも寒くない。
一方私のような4時間前後のランナーになると、風が身にしみる。ましてや歩き出したりすると凍えるような寒さを感じる。
十分な防寒対策が必要だ。

 私のレースは予想通り、前半も後半も2時間のイーブンペースで走り、ほぼ4時間でゴールした。
最近の私の走りは完全にウルトラマラソンの走りで、まったくスピードは出ないが、一方失速することもない。
馬車馬のように一定のスピードで淡々と進む。

 後半は多くのランナーが失速しているので、追い越すことが多く精神的には楽だ。
追い越すときの私のイメージは第2次世界大戦のドイツの名機、メッサーシュミットがイギリスのスピッツファイアーを打ち落とした時のイメージになっている。あのアフリカの星のボレロだ。
前方10メートルにスピッツファイアー3機。撃墜した

 帰りは会長のYさんがネットで検索した温泉で露天風呂に入り、太平洋に沈む夕日を見ながら汗を流した。
これも走友会にはいったからできる贅沢で、会場に浮かぶ大島のシルエットを堪能することができた。

 自動車・折り詰め弁当・温泉と走友会に入ったおかげで楽しみが増えている。ありがたいことだ。

 今回の大会の雰囲気が分かる写真と、露天風呂から見た太平洋に沈む夕日を掲載します。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/20128?authkey=Ck443f9x3aI


 

 

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(19.12.25)ちはら台走友会のサンタクロース

おゆみ野四季の道」のテーマソング。以下のファイルをダウンロードすると曲が始まります。
「guitar.mid」をダウンロード 

 例年この日(24日)に実施しているちはら台走友会サンタクロースを今年もすることになった。3回目になるが私は始めての参加だ。

 ちはら台地区自治会連合会から「大変すばらしい企画で子供たちの喜ぶ姿が浮かぶようですが、不安に思っている方もいらっしゃるようなので、十分なPRをお願いします」と言われている。
事前に5箇所に案内板を設置してPRに勤めた。

 用意したプレゼントは600個のお菓子である。昨年はお菓子が足らなくなって、子供をしょんぼりさせてしまったので昨年より多めに用意したそうだ。

 今年のサンタクローストナカイを含めて10人だ。かずさの道のほぼ中央の南中から左右2手に分かれて配ることになった。

 通常この時期、北風が強くかずさの道には子供がいない。しかしこの日はサンタクロースを多くの子供たちが待っていてくれた。
信じられないような人数だ。

 事前のPRが効いていたのと、毎年の実績が多くの子供たちをひきつけるようになったようだ。

 私はトナカイさんだったので、先頭に立って「メリークリスマス」と大声を張り上げた。
トナカイさんはサンタさんの前じゃないとおかしいよ」子供に言われたからだ。
子供たちも元気よく「メリークリスマス」と答えてくれたが、大人は恥ずかしそうに小さな声だった。

 子供たちがサンタのあとをついてくる。昔紙芝居屋のあとを子供たちが追っていたが、その光景を思い出した。
あの「三丁目の夕日」の世界だ。

 走友会のMさんが「どうもわれわれのサンタはスリムすぎるな。メタボな方が、サンタには似合っている」と言っていた。ランナーにメタボはいない。来年からは腹巻を巻く必要があるかもしれない。

 およそ1時間で、用意した600個のお菓子もはけた。
ちはら台走友会のサンタクロースはなかなかの人気者だ。

(なお、私たちのグループとは反対側の道を担当した、走友会の会長Yさんがレポートを書いています。以下抜粋して掲載します)


大岬公園を越えて坂を下っていくと、ざわめきが聞こえはじめました。
最初のこどもがこっちに向かって走ってきました。
そのうしろに、次から次に、ちっちゃいこどもたちが駆け寄ってきます。
一生懸命走ってきます。
感激! この光景をずっと思い浮かべながらここまで準備してきました。
これまでの時間が報われるひとときです。
いっぱいいっぱいこどもたちがやってくる。
『メリークリスマス!』 『ありがとう』 『サンタさん、ありがとう』
うれしいひととき、しあわせいっぱいのひとときでした。
今年はプレゼントをたくさんもらおうとするこどもが不思議といなくて、
おりこうさんばっかりでした。
弟にあげる、おねえちゃんにもあげる、という子も、丁寧にお願いしてました。
とても気持ちよかったです。

ちはら台走友会のサンタクロースの写真を掲載します。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/191224?authkey=MHROMed6xkk

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(19.12.3)長柄町一周駅伝大会

 今日(2日)、千葉県のほぼ中央部に位置する長柄町(ながらちょう)で、長柄町一周駅伝大会が開催された。
この大会は昭和33年から継続して実施されてきた伝統ある大会で、今回はその第50回の記念大会である。
天気は快晴で、寒さも和らぎ実に快適な駅伝日和だった。

 昭和33年といえば、私が小学校6年生であり、その頃から一度も中止されたることなく、毎年継続して大会が行われてきたとは驚きだ。
走友会のMさんが「昭和33年なんて、このあたりではまだ牛車が交通手段だったのではないか」といっていたが、もしかしたらそうかもしれない。

 当初は長柄町の中学生と青年団を中心にした6チームで競われたそうだが、その後近隣市町村からのチームが参加するようになり、ピーク時には100チームを超えたという。今回は71チームで盛大に競技が行われた。
走友会会長のYさんが「このような山の中にある小さな町の大会としては、参加チームが多いのだ」といっていたが、きっと主催者の熱意に支えられているのだろう。

 私が所属するちはら台走友会も2チームが参加したが、Aチームはエース級のメンバーをそろえ、Bチームはそれ以外のメンバーから編成された。私は当初Bチームにエントリーされていたが、左足のふくろはぎが軽い肉離れを起こしており、急遽他のメンバーに代わってもらい、応援に回ることになった。

 長柄町は千葉県の中央の山あいにあるため、コースは起伏の激しいアップダウンの設定になっている。約27kmのコースを6人で走るのだが、特に2区は山登りのようなコースで、ここは主としてマラニックに強い走者が配置される。

 競技は4部門に分かれており、高校生(6チーム)中学生(11チーム)女子(9チーム)一般(39チーム)ごとに部門別順位がつけられる。ただしレースは一斉におこなわれるため、圧倒的に高校生が上位に食い込み、中学生もなかなかの走力を誇っていた。

 そおしたなかでちはら台走友会Aは総合で12位、部門別で6位の成績だった。Bチームは総合で34位だった。
Aチームはなかなかの成績だったと思う。

 今回は私は負傷でレースにでられなかったが、6人で協力して走る駅伝はなかなか面白そうだ。来年は体調を整えて是非参加したいものだと思っている。

 今回の長柄町一周駅伝大会の写真を掲載します。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/19122?authkey=kVv9EKe0Aek

 

 

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(19.11.27)つくばマラソン どうにか完走はしたけれど

 つくばマラソンが昨日(25日)実施された。このマラソンはフルマラソン10kmの2種目があって、フルには11,000名強、10Kmは3000名強がエントリーしており、全体で約15,000名が参加しているとアナウンスされていた。

 このコースは平坦で走りやすく、折り返し地点から約9kmは同じコースを逆走するので、先頭ランナーの走りも見ることができる。
また東京からもつくばエクスプレスで40分程度でつくばに到着するので交通の便がよく、人気のマラソン大会になっている。
毎年参加者が増えているようだ。

 私は今年から所属したちはら台走友会のメンバーと一緒に自動車で会場にきたが、昨年まではエクスプレスかバスを利用していた。時間的には自動車の場合は約2時間だったが、エクスプレス等を利用する場合は家から約3時間半かかったので、ずいぶん楽をさせてもらったことになる。

 ちはら台走友会からは8名のランナーがつくばマラソンに参加した。10月にオクトーバRUNのイベントがあり、400km以上は走りこんだMさんが快調に飛ばして3時間6分台で、昨年度の全国年齢別ランキングで35位に相当する快走をした。 
会長のYさんは前半は3時間を切りそうなスピードで走ったが、30km以降失速したとやや残念そうであった。

 自分のことを話すのは非常に気が引ける。完走すればよしとのレースで実際にそうなったのだが、2ヶ月前に立てた目標3時間40分は夢のまた夢で、実際は4時間32分かかっている。
このタイムは私が始めてフルマラソンをしたときのタイムと同じで、15年かけてまたもとの状態に戻ってしまったことになる。

 実はスタートしたとたんに左足のふくろはぎに「ピシー」とした痛みが走った。肉離れをしたときになる痛さに似ていたが、走ったとたんにリタイアではいくらなんでも言い訳がたたない。
それなら最初から出ないほうがいい」と言われそうだ。

ここは足を麻痺させるのが一番だ
今までの経験では10分程度走っていると、麻痺が発生して痛みがひいてくる。筋肉痛の場合はそうだった。
しかし今回は通常の筋肉痛と違っていたのか痛みが和らぐまで30分もかかってしまった。
しかもその後も、鈍い痛みが左のふくろはぎに残り、少しスピードを上げると強烈な痛みに変わり、悲鳴を上げてしまった。
これはゆっくり走るしか手はない」悟った。

 ゴールして静かにしていると麻酔の切れた患者みたいになってしまい、帰りは左足を引きずってまともに歩けなかった。
まあ、それでもスピードがなかったとはいえ、最後まで休まずに走ったのだからよしとしよう。
順位も5000番台でちょうど出場者の真ん中程度なのだから、61歳のランナーとしてはまずまずだ。

 ところで私はこのように情けない状態だったのだが、往復の運転をしてなおかつレースにも出場したKさんは、まったく身体にダメージがないかのようだ。
Kさんは槍ヶ岳尾登山でも二人分の荷物を背負っても平気だったのだが、フルマラソンでもまったく疲れを感じさせないのには驚く。私とたった3歳違いなのに鉄人のような人だと今回も舌を巻いた。

 今回のつくばマラソンの雰囲気が分かる写真を掲載いたします
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/191125

 この記事と関連する記事は以下のとおり
つくばマラソンの調整に失敗した

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(19.10.29)ちはら台走友会のサンライズLSD

 ちはら台走友会の恒例のサンライズLSD(マラソン)27日28日の両日行われた。
ちはら台から九十九里の片貝海岸近くのサンライズホテルまでの36kmを、行きは全員帰りは希望者が走るマラソンで、5回目になるという。

 私は今回始めて参加したが、27日は台風が接近しており、あいにくの大雨だった。10時にちはら台のスーパーマーケットの前に落ち合い、決行すべきか否かの打ち合わせが行われたが、少々の雨で取りやめでは走友会の名が廃る。走ることになった。参加者は10名である。

 マラソンをしたことがない人のために説明すると、長距離走は小雨の時が一番走りやすい。また少々の雨でも雨対策がしっかりしていれば、走るのにほとんど支障はない。ただし大雨になると話が違う。

 27日は台風が接近していた関係で、外房は大雨になってしまった。歩道には水が5cm程度たまって、川の中を走っているみたいになり、トラックなどとすれ違うと、はねた水しぶきがシャワーのように降りしきる。
また、運転手の立場になれば、豪雨のなか、歩道のない道路の脇を人が走っているとは想像しがたいはずだ

 会長のYさんは何とかして最後まで走リたいようだったが、マラソンを途中で断念した。
当初の本納から白子に行くルートを変更し、より安全と思われた大網から大網街道経由で九十九里浜に行くルートを模索していたが、雨はますます強くなり、結局12km程度残して中止になった。

 雨は強いだけでなく氷雨にかわり、実際走っている間はなんともなかったが静かにしていると凍えるような寒さだ。サンライズホテルまではサポートカーに相乗りしていったが、ホテルで水泳をしたり風呂に入ってようやく生き返った。

 翌日(28日)は抜けるような快晴になった。台風一過の好天だ。前日消化不良の大会になったため、ほぼ全員が帰りも、ちはら台まで走ることになった。ルートはやや短縮し、30km弱のランになった。ただし基本は自由行動である。

 まっすぐ大網街道を遡るルートだが、大網から昭和の森の間は歩道がなく、かつ道幅が狭いのに自動車の量は多いと言う最悪なルートだ。
全員このルートを走ったようだが、私はここを避けるため昭和の森の下にある小中池へ向かう農道に入った。さらに昭和の森を横切り、チバリーヒルズの横の大通りに入ることができた。
このルートは安全で、景色も良く大網街道の危険とは天と地の開きがある。

 今回のサンライズマラソンの最大の収穫は、九十九里までの安全なマラソンルートを確認できたことだ。これからは長距離ランは九十九里に行くことにしよう。

 一方写真については、残念ながら少ししか取れなかった。カメラが雨にぬれてバッテリーがあがってしまい写真が撮れなくなってしまったためだ。特に台風一過後のサンライズホテルからの日の出は今まで見たことがないくらい美しかったのにバッテリー切れで取れなかったのは一生の不覚だ。

数少ない写真を掲載します
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/19102702

 

 

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(19.9.17)ちはら台走友会の8時間走

 ちはら台走友会8時間走が実施された。毎年この時期にちはら台のかずさの道でおこなわれる恒例行事だ。8時間かけてどの程度走れるかを競う競技であり、また全員の走った距離を足して、東京からどこまで走ったかが確認できる。

 通常この時期は気候がよく、さわやかの秋晴れのもと快適なランができるのだが、今年は猛暑が続いておりこの日(15日)も30度を越す真夏日になってしまった。
特に長距離ランは気温の高さと太陽は鬼門で、たちまちのうちに体力を消耗し、体温が上昇して気力が失われる。

 朝8時にスタートしたのだが、往復8Kmのコースを2~3周しただけで、体中の水分が噴出してしまった。あとは、Sさんの家の前に設置されているエイドステーションで十分な水分補給をし、体力を温存しながら何とか走り続けると言うル・マンのような耐久レースになってしまった。

 私はこのレースを甲州夢街道シルクロード215Kmのトレーニングと位置づけて参加したので懸命に走ったのだが、最後は歩きと走りが半分づつになり、7周するにとどまった。約56km走ったことになる。
暑さ対策は、最初のうちは水分補給だけで済んでいたが、最後は公園の水道で水を体中にかぶって体温の上昇を防がなければならないほどだった。
公園で子供を遊ばせていたお母さんから「どうして水を体中にかぶるのですか」と不思議そうに聞かれてしまった。

 それでも先週の江戸川下降走が50kmを8時間かけて走ったのに比較すれば明らかに進歩が見られる。先週も猛烈な暑さだったが、どうやら暑さに慣れてきたみたいだ。少し安心した。
甲州夢街道シルクロード215Kmまでに、後2回50km走をしておけば準備は整うのではなかろうか。

 今回のちはら台走友会8時間走に参加した人数は11名だった。会員は30名以上いるのだが、今回の参加者はその中でも古強者ばかりだ。それでも暑さに負けてエイドステーションで休んでいた人が多かったのはこの日の暑さが尋常でないことを物がたっている。
このため走行距離は伸びず、全員の走強距離を足しても名古屋どまりだった。

今回の8時間走のレース中の写真を掲載します。ちはら台走友会の古強者のオンパレードです。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/19916

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(19.6.10)ちはら台走友会はがんばっている

 ちはら台走友会をご存知だろうか。ちはら台のかずさの道をホームグランドにしている走友会だ。
  ちはら台に住む住民が立ち上げた走友会だが、私のように他地区からの参加者も多い。会員は40名弱だ。

 私のようにおゆみ野に住む住民がちはら台の走友会に参加している理由は、この近在で走友会として本当に活動しているのはこの走友会だけだからだ。

 毎週土曜、日曜が定例の練習日になっており、夏場は午後5時からかずさの道の往復約8Kmを走っている。
 必ずしも集団走をしなければならないわけでなく、遅い人は早めにスタートしてもかまわない。

 なにしろ走友会にはフルマラソンを3時間ちょっとで走る人が何人もいるため、私のように4時間弱の走者はどうしても早く走り始めることになる。

 この走友会では、年2回は会員が必ず参加するレースがあるが、それ以外は個人個人が自由にレースに参加している。
 また、年に2回程度登山を行っており、今年も7月末に中房温泉から槍ヶ岳、上高地への登山計画が組まれている。

 今日(9日)は、走友会が実施するふた月に1回のかずさの道の清掃日だったが、私は始めての参加だった。
 全員がゴミ袋とゴミバサミを持って、かずさの道に散らばって清掃をする。参加してみた印象としてはゴミが非常に少ない。

 おゆみ野の四季の道の場合、私が毎日清掃しても45Lの袋が一杯になるほどゴミがでる。一方かずさの道は2ヶ月に1回の清掃なのに、可燃ごみが2袋、不燃ごみが1袋だったのには驚いた。

 通常の半分程度だったとのことだが、それにしても少ない。いつもかずさの道を走るとき、「この道はなんと美しいのだろう」と感心したが、一番の理由はゴミが少ないことだったと再確認した。

 清掃活動をしている人はもちろんいるのだが、それよりも汚す人が少ないという印象を受けた。
 さらに驚くのは盗難自転車(放置自転車)をほとんど見かけないことだ。
 モラルの高いいい街だ。

 今回の写真は清掃活動の様子を写したものだが、一部はコンピュータ絵画に編集している。

(写真、コンピュータ絵画)
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/OzOYEE

 なお、ちはら台走友会は会員の募集を常時行っているので、参加希望者は、このブログのメール機能を使用して参加希望を示していただければ、会長のYさんにつなげます。
 私はこの3月からの会員ですが、とてもフレンドリーな走友会との印象を得ています。

 ちはら台走友会関連の記事は以下のとおり。
http://yamazakijirou.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/19515_947f.html
http://yamazakijirou.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/19311_24d2.html

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(19.5.15)ちはら台走友会

 私がちはら台走友会に入ってほぼ2ヶ月になる。しかしあまり出席率のいい会員とは言えない。特に先月の中旬から身体の調子がおかしくなりしばらく走友会の定例練習(土曜、日曜)に出席していなかった。

 先日(12日)、久しぶりに定例練習に出席したが、その日が月に一回の定例会の日だった。定例会では1ヶ月間の実績報告と、今後のレース等の参加状況の確認を行う。しかし一番の目的は親睦にあることがわかった。

 参加費用1000円で、楽しい宴会になる。会長のY氏が、活動実績の報告をした。5月の連休のメーンイベントは丹沢への集団登山だった。 私は体調不良で出席できなかったが、総勢15名が参加し、蛭が岳までのトレイルランを楽しんだとのことだった。

 走友会にはいくつかの決まりがあり、その一つに練習コースのかずさの道の清掃活動がある。2ヶ月に1回行っている。ランナーが清掃活動に積極的な理由は分かる。
そもそも私が四季の道の清掃を始めたきっかけは、JOGをしていてあまりに道が汚れていることに辟易したからだ。
今後はかずさの道の清掃にも積極的に参加しよう。

 定例会では、ちはら台走友会のグループブログを管理しているTさんから、ホームページの作成を検討しているとの話を聞いた。
グループブログは会員限定の情報手段なので、ホームページを作って一般の人にも活動を知ってもらい、会に参加してほしい」のだという。

 確かに走友会のメンバーの年齢構成はかなり高い。40才台と50才台が中心で、若い人が少ない。若いメンバーの加入が急務なのだ。

 今回の写真集は、かずさの道である。走友会の定例練習場で往復約8Kmある。桜並木が続いており、春はことのほか美しい。
 四季の道かずさの道はいづれ連絡されて日本有数の美しい遊歩道になるはずだが、残念なことに現状はゴルフ場のところで途切れている。
 早く道がつながってほしいと思わずにいられない。今回はかずさの道がいかに美しい道かスライドショーで見てもらいたい。

 http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/nDpvxB

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(19.3.11)走友会に入ってしまった

 思わぬことで走友会に入ってしまった。
 四季の道を清掃していたときである。ロングタイツでピシッと決めた女性ランナーを見た。手にはペットボトルを持っている。LSD(長距離走)をしていた。私は根がランナーだから、このような人を見るとつい声をかけてしまう。

 Kさんという。ちはら台に住んでおり、ちはら台走友会のメンバーだと自己紹介された。私もマラソンが趣味だと言ったところ
走友会に入りませんか」と誘われた。
 実を言うと、過去に何回か走友会に勧誘された経験がある。そのたびに断ってきた。走友会のイメージが怖かったのだ。

 怖いお兄さんが竹刀を持って叫ぶ。
おまえ、それでも走ってるんか、ブタでもそのぐらい走るぞ
 この年になって、ブタ呼ばわりはいやだ。せめてコブタと言ってほしい。

 しかし今回はうら若き乙女から誘われてしまった。乙女から誘われて断ったことはない。かみさんは「鼻の下が長いのだ」と言う。
断じて違う。乙女の心を傷つけたくなかったのだ。
主よ、このロドリゴは主のほかに愛をささぐる事なきを、お信じください

 ちはら台走友会の例会は、毎週土日の午後4時から1時間程度と決まっているらしい。創立は1993年と言うから足掛け14年の歴史がある。私がおゆみ野に越してきてからの年数と同じだ。

 ちはら台には実に美しい遊歩道が整備されている。かずさの道と言う。特に桜並木が美しく、花見の時期は人出でにぎわう。
 ちはら台走友会はこのかずさの道をホームグランドとしており、往復で約8kmのコースとなっている。道にゴミはほとんど落ちていない。定期的に清掃する人がいるらしい。この街を愛している人がいることがひしひしと伝わってくるような遊歩道だ。

 ちはら台走友会の会長さんはYさんと紹介された。一目でマラソンランナーと分かる精悍な身体つきをしている。とても若く見えるが実年齢は分からない。マラソンランナーは確実に実年齢より10歳は若く見えるためだ。身体にも顔にも脂肪がついていない。

 サブスリーランナーだと言う。フルマラソンを3時間以内で走ると言う意味だが、マラソンをしたことがない人は、この意味を理解できない。実は3時間以内で走るためには血のにじむような努力をして、それでも素質のある選ばれたものだけが到達できるレベルなのだ。
 私は仕事にかけるエネルギーを、すべてこのマラソンに注ぎ込んだ時期があるが、それでも3時間18分が最高だった。

 次々に紹介されるランナーを見て、心底驚いてしまった。マラソンが命と言う感じがにじみ出ている。小学校5年の少女もいた。とても速いのだという。
小学生に負けるようでは、完全に引退を決心しよう。『駄目ですね・・・もう少し速く走れるとおもっていましたが・・・足がもつれてしまって・・・引退ですね』」円楽師匠の気持ちになってしまった。

 しかし幸いなことにこの会は、自分の実力に合わせて練習をすることになっており、陸上部の選手のような集団走はしていなかった。たまたま実力が同じくらいのFさんと併走したが、かずさの道のRUNは心が躍るほど楽しかった。

 ランナーは気持ちのよい人が多い。ストレスをRUNで発散しているので、気持ちが前向きで明るい。吉永小百合を彷彿とさせる方も居た。私は喜んでこの走友会に参加させてもらうことにした。

 だがしかし、昔みたいにマラソンにのめりこんだらどうしよう。『走ることと、寝ることだけがとりえ』と言われていた昔に戻ってしまう。

主よ、このロドリゴにせめてブログを書く時間と、主を讃える時間をお与えください

 

 

 

 

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