(20.8.26) 貧窮問答歌

 万葉の歌人、山上憶良(やまのうえのおくら)の「貧窮問答歌」に次のような一節がある。

直土(ひたつち)に 藁(わら)解き敷きて 父母は 枕の方に 妻子どもは 足の方に 囲み居て 憂え吟(さまよ)ひ 竃(かまど)には 火気(ほけ)ふき立てず 甑(こしき)には 蜘蛛の巣懸(か)きて 飯炊(かし)く 事も忘れて・・・・・


地べたにじかに藁を解き敷いて、父母は枕の方に、妻子は足の方に、自分を囲むようにして、悲しんだりうめいたりしており、かまどには火の気もなく、甑には蜘蛛の巣がはって、飯を炊くことも忘れたふうで・・・


 この「貧窮問答歌」を読んで「当時の人は大変だったんだな」なんて同情していたら人ごとでなくなってきた。
最近の物価上昇ははなはだしく、今まで105円で買っていたアイスクリームが126円になり、大好きなぶどうパンも200円前後になってしまった。
もう、アイスクリームもぶどうパンも食べられない

 こうなると我が家は年金生活だから、物価の上昇に対応するすべは緊縮財政以外に手はない。

 仕方なしにジャスコの時間割引お客様感謝デーの割引を狙って購買をしていたが、それでも追いつかずついに餓死線上に突入した。
米びつは空っぽになり、妻は空腹のために動くこともできないでいる。

 たまたまテレビを見ていると下北半島のニホンザルが厳しい冬をこすために木の皮を食べている場面があった。
猿でも木の皮で飢えがしのげるなら、人間でもしのげるだろう

 猿をまねて我が家のサクランボの木の皮をなめして食べていたら、これを見た知り合いの有徳の女性が山形のサクランボを持ってきてくれた。
お坊様が毎日元気に清掃活動をされているので、よもやこのような状況になっているとは知りませんでした。ぜひぜひ、サクランボの木の皮でなく、木の実を食べていただきとうございます

 この有徳の女性のサクランボおかげで妻は元気を取り戻し、危機を脱出することができた。

 しかし私は相変わらず木の皮をなめして生きながらえていたのだが、今度は小太郎姉さんがこれを見かねた。
ロドリゴ様、神の僕(しもべ)とはいえ余りにおかわいそうなお姿。
幸い我が家にはスイカとマクワウリが誰食べることなく、置いてあります。どうか遠慮なくこれを食べてください
」持参してくれた。
以来スイカマクワウリでここ数日生き続けることができている。

 もっともスイカマクワウリだけでは身体が保てないらしく、あばら骨がハープの琴線のように出てきてしまった。
先日この琴線を使用して、バッハの名曲「飢餓線上のアリア」を奏でていたら、そのメロディーが余りに悲しかったのだろうか、Y姉さんが蕎麦とうどんを持ってきてくれた。
ロドリゴ様、ロドリゴ様が琴になってしまうのは余りに悲しゅうございます。蕎麦とうどんで炭水化物を補給してくださいまし

 ありがたくいただいたが、しかし我が家には餓死寸前の妻がいるので、この蕎麦とうどんは妻に食べさせた。
私は小谷小学校のつつじの芽をつまんで食べていたら、そばに住んでいるFおばあちゃんが見かねて塩せんべいを持ってきてくれた。
山崎しゃん、いくらなんでもつつじより塩せんべいのほうを食べなさいよ

 こうして、おゆみ野に住む優しい心の人々のおかげで、我が家はつらく厳しい夏を乗り切ることができた。

 

 

| | コメント (0)

(20.8.19) ボリショイサーカスを見に行った

 先日(15日)、ボリショイサーカスを幕張メッセに見に行った。数ヶ月前にかみさんが生協に4枚前売り券を頼んでいたものだ。
かみさんと私、それに息子夫婦の4人で出かけた。息子の嫁さんはオーストラリアのタスマニア島出身で「ボリショイサーカスは見たことがないのだろう」とかみさんが気を利かせて招待したものだ。

ボリショイてどういう意味だろう」とかみさんが聞く。誰も知らないのであて推量で答える。
どこかの地名じゃないか」息子がいう。結局後で調べることになったが「ボリショイ」とはロシア語で「大きい」という意味だと知った。
ボリショイサーカス」とは「大サーカス」という意味だ。

 かつて社会主義圏ではサーカスを国家事業で育成していた。「ボリショイサーカス」とは外国で公演する時に使用する名前で、正式名をソビエト連邦サーカス公団と言っていたが、現在はロシア連邦サーカス公団と改称している。

 私は社会主義というものを評価していないが、全てがダメだと言うことはなく、このサーカスの人材育成システムはとても優れたものだと思う。
日本ではサーカスの団員は一種のアウトローのような目で見られるが、旧社会主義国ではアーティストとして非常に高い地位を認められサーカス学校で組織的に育成されていた。
せめてサーカスとパンだけは人民に提供しよう」という政府の方針が思わぬ成果を生んだと言うわけだ。

 このサーカス公団には約8000名のアーティストとスタッフ、6600頭の動物、および100箇所の常設・仮設劇場を持っており、世界最大であり、世界各地で公演している。
だから、今回日本で公演しているボリショイサーカスはその中のあるグループが来日していることになる。総勢は何名か分からなかったが、どう見ても200名以下のようだった。

 今回の出し物はサーカスの花の空中ブランコシーソーアクロバットトラのサーカス、熊のサーカス等であった。
空中ブランコシーソーアクロバットは非常にレベルが高く、かつ危険な業であり、時にアーティストが失敗してネットに落ちた時などは、かみさんが「あー」と悲鳴をあげていた。

 実は私もボリショイサーカスを見るのは始めての経験だった。かつて35歳の頃、後楽園でボリショイサーカスをやっていたので子供達を連れて行ったことがある。
当日券は販売されていたのだが、半日程度待たねばならなかったので諦めて後楽園遊園地で遊んで帰ることにしたので、その時は見損なってしまった。

 その話を娘にしたところ「お父さんは後楽園遊園地で落下傘と言う遊戯や、コーヒーポットと言う遊戯に乗って気持ち悪くなり、帰りの電車ではいた」と思い出を語ってくれた。

とってもお父さんがかわいそうだったので良く覚えている」と娘が言ったが、実際当時は真珠腫性中耳炎が悪化して体調が最悪だった。
ボリショイサーカスに行こうとしたのも、「何時死ぬか分からないのでその前に子供達にボリショイサーカスを見せてやらう」としたのだと言うことを思い出した。

 幸いに62歳まで生きることができ、あの時見損なったボリショイサーカスを生きて見ることができたのだから、神様に感謝しなければならないだろう。


ボリショイサーカスの写真を掲載します。場内では撮影禁止だったため多くの写真は有りません。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/20815?authkey=lvnztYFrpqA

| | コメント (0)

(20.8.15) 62歳の誕生日

 今日(14日)は私の62歳の誕生日だ。62年間も生きてきたことに感無量だ。
というのは自分としては40歳までしか生きられないのではなかろうかと、かつて思っていたからだ。

 35歳前後から常時に耳鳴りと目まいに悩まされていた。真珠腫性中耳炎(悪化すると死に至る)だったのだが、私は死期が近づいていると思い、子供たちが小さかったので「せめて40歳まで寿命を延ばしてほしい」と真剣に思ったものである。

 幸いに順天堂大学病院で手術を行なって真珠腫を摘出したため、その後生きながらえることが出来たが、右の耳の聴力はひどく落ちてしまった。
だが、聴力の低下は命との引き換えだから文句の言える筋合いではない。

 その後の寿命目標50歳にすることにした。40歳で死ぬつもりだったから50歳まで生きれれば神様に文句を言わないことにしたのである。その余禄の人生がすでに12年も続いている。心からありがたいことだと思っている。

 しかし年齢を重ねるに従って、予期せぬことが起こるものだ。
一番驚いているのは、実年齢と肉体年齢のギャップがひどくなってくることだ。高校や大学の同窓会に出てみると、若者と老人の集まりみたいだが実際は同年齢の学友であることに驚いてしまう。
肉体年齢はその人の生き方と強い相関関係が有るらしい。

 幸いに私は真珠腫性中耳炎を患った後は、病気と無縁(坐骨神経痛は病気と言うより、長生きしたための証みたいなものだ)になった。

 毎日筋肉トレーニングを欠かさなかったのと、マラソンを中心とするスポーツを中心に生活をしていたので、ストレスがたまらず病気になりようがなかったからだ。
おかげで筋肉は40歳代みたいだが、こんどは個人レベルの実年齢と肉体年齢のギャップに悩まされている。
頭頂部がすっかりはげてしまったからだ。

なんてことだ。一人の人間の中に若さと老人が同居している

 頭髪は筋トレが効かないのと、育毛剤が宣伝ほど効果がないので対応のしようがない。

 仕方なく肉体と頭髪のひどいギャップをカバーするためにいつも帽子をかぶっている。
先日四季の道でよく会う女性から「まあ、山崎さんはどう見ても40歳代だと思っていました」と言われたが、帽子を取らなければという前提条件があるのがつらい。

 おかげでますます帽子が取れなくなってしまった。弟からは「ローマ法王みたいだ」なんていわれるし、息子からは「親父が帽子に投資した金額を合わせればかつらが買えたのではないか」なんて冷やかされている。
うさ吉というお茶漬け屋さんのご主人からは「食事をする時に帽子を取らない不思議な人」と思われてしまった。

 さらに先日Googleおじさんからダメ押しをされた。
Googleおじさんは、新都市ライフのホームページを見て私のハゲの写真を見つけたのだ。
新都市ライフから補助金を受けていた団体の責任者の集合写真があって、その中に帽子を取った私の写真があった。
山崎さん、すっかり禿げてましたよ」実に嬉しそうだった。

 40歳で死ぬつもりが62歳まで生きてしまったために、生き恥をさらしているようなものだ。

主よ、ロドリゴはまだ美しかった時に、主に召されたほうがよかったのでしょうか

 

 

 

 

| | コメント (1)

(20.3.3)電話

おゆみ野四季の道」のテーマソング。以下のファイルをダウンロードすると曲が始まります。
 「pianotokurarinetto.mid」をダウンロード


 私は普段電話はほとんど使用しない。もっぱら電子メールを使用しているからだ。数ヶ月前に携帯電話を購入したが、これは埃をかぶったままだ。

 携帯電話を購入したのは世の中の人のほとんどがこれを使用しているので「携帯電話とはどのようなものか」知りたかっただけだ。
使ってみてあまりに複雑なのと、親指がうごかないのと、画面の小ささに閉口した。音質もいまいちだ。
ばかばかしくなって今は1週間に1回程度しか使用しない。

 実は私は昔から電話は好きになれない。まだ私が現役の頃、商談等で会話をしている最中に電話が来ると、ほとんどの人が会話を中断して電話に出ていた。

 相対で話をしている人よりも、電話のほうが大事と思うらしい。実際はマージャンやゴルフの誘いのようなたわいもない話が多いのだが、目の前にいる人より電話が大事だとする態度は解せなかった。

 以来私は商談中に電話が来ても絶対に電話に出ないようにしたが、相手のほうが心配して「出なくていいのですか」とよく聞かれた。
ええ、かまいません」と答えたが、出ないほうが正しい態度だと今でも思っている。

 我が家ではかみさんが電話フリークだ。固定電話にかかってくる9割がかみさんに対するものだ。
一度かかってくると30分から1時間は話をしている。
娘は自分の携帯を使用しているから固定電話はかみさんの専用電話のようなものだ。

 私にはほとんどかからないので、最近は電話を取ることもしなくなった。かみさんのいない時は私も娘も電話にでない。
緊急の電話だったらどうするの」とかみさんは言うが、かつて一度もそのような電話を取ったことはない。

 あまりにしつこい電話の時は仕方なしに出るが、相手が私の声に驚くのは毎度のことだ。
ご主人がいらっしゃたのですか」という感じだ。存在感がまるでない。

 電話などなくても、電子メールがあればまったく問題がないことは私の生活が証明しているのだが、世の中には電話フリークが実に多い。

 私のように電話をほとんど使用しないものから見ると、電話が命みたいな人はなんとも不思議な感じがする。

・ なぜ人は電話を必要とするのだろうか
・ なぜ人は四六時中携帯電話を見ているのだろうか
・ なぜ人は長電話をするのだろか
・ 固定電話がなくなることはあるのだろうか
・ 携帯電話にカメラやメール機能を付加することにメリットはあるのだろうか 


 一度「電話の社会学」のような分析をしてみるのは面白そうだ。

 

 

| | コメント (0)

(20.2.12)雪が屋根から滑り落ちた

おゆみ野四季の道」のテーマソング。以下のファイルをダウンロードすると曲が始まります。
 「pianotokurarinetto.mid」をダウンロード


 今月3日に降った大雪の翌日、我が家の屋根から大量に雪が滑り落ちた。雪は直接庭に落ちたのではなく、2階のベランダに落ちたのだが、物音がものすごく、かみさんが飛び上がって驚いていた。

 実は我が家の屋根の南側には雪止めがない。そのため暖かくなると雪が屋根を滑って落ちてくる。山で言えば表層雪崩のようなものだ。

だから、Mホームはやだよ。手抜き工事ばかりしているかみさんはひどく立腹していたが、これはMホームの責任とはいえない。
私がMホームと交渉して、南側の雪止めを止めさせたのだ。

千葉のような暖かいところでは、雪止めはいらないでしょう
雪がいっぺんに落ちてきたら、周りの住民から文句がでますよ

家は庭が広いから隣に落ちることなんてないはずですが
しかし雪止めがあってこそ、100年の保障が出来るのです
Mホームのうりは100年保障だ。

雪の降らない場所で、雪止めをつけなければMホームは100年保障をしないというのですか

 結局妥協して、北側だけ雪止めをつけることにしたが、13年目になって大雪が降り、ベランダに大量の雪が滑り落ちてきた。
雪止めを止めた事による費用の節約は約10万円だったので、結局、ベランダからシャベルで雪を庭に落とした作業が10万円に相当したわけである。

 実はMホームとの契約ではひと悶着があった。本体価格は実にリーズナブルな価格だったのだが、付属設備を加えていくといつの間にか高価な買い物になってくる。
付属経費が本体価格の2分の1程度に膨らんだ時、これはやばいと気がついた。

 それからは不必要な設備を徹底的に削ることにしたのだが、そのうちの一つが雪止めだったのだ。

 Mホームの場合もそうだが、大手のプレハブメーカーと契約すると、一つ一つの資材や、工事に値段がついており、その積み上げ方式になっている。
かかった費用が具体的に分かる仕組みになっており、価格設定が明確です」そお宣伝していた。

 ただし素人にはなぜその資材や工事が必要なのか判断が難しい。
私も当初はMホームにまかせっきりにしていたが、あまりに付属経費が膨らむので、内容を懸命に吟味した

 するととても不思議な経費が一括して計上されていることに気がついた。
更地に建設するのに「既存建物解体工事費」があったり、交通の便がこれほどよいところはないのに「部材等小運搬費」が計上されている。

部材等小運搬費」とは道が狭いので大型トラックで資材が運べない場合に小型トラックに積み替える費用だ。

 クレームをつけてこうした費用を抑えたり、設備を価格の安いものに変更したりして約3百万円ほど削ることが出来た。
私としてはやれやれと思っていたのだが、最近になってカモシカ姉さんから実に興味深い話を聞いた。

 カモシカ姉さんの家は地元の中小規模の建設会社O住宅と契約して立てたのだが、かみさんが「こんなすてきな家は見たことがない」と言うぐらいすてきな家だ。

手すりの形や、窓枠などをこちらの要望を言うとその通りにしてくれて、それで費用がかからないの。

前のSハウスの時は、変更するとこれだけの費用がかかりますなんて言われて、思いどうりに出来なかったのよ。

100年保障はないけれど100年なんて生きられないのだから、気に入った家のほうがいいのよ

 私の場合、散々Mホームと価格交渉で悩んだので、O住宅が何を変更しても費用がかからないと聞いたのにはびっくりした。それで実に立派な家が建っているのだ。

 どうやら大手プレハブメーカーが品質的にも価格的にも地元のメーカーより上だと思うのは間違いだったのではないかと思うようになってきた。

 また家を作るだけの財政的余裕はないが、もし可能であったならカモシカ姉さんのような家を、一度信頼できる地元のメーカーに依頼して作ってみる経験をしたいものだと思っている。


(お願い)住宅建設における興味ある情報があったら教えてください。


大雪が降った翌日(4日)の雪景色の模様を掲載します。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/2025?authkey=JZEjeVPSur4




 

 

 

| | コメント (0)