(20.8.1) 散歩おじさんからの便り
私のところに散歩おじさんから定期的にメールが届く。
散歩おじさんは毎日早朝、四季の道を2周しているので必ず私とは会っている。
「何か良いことは有りませんか」私の口癖だ。
「そんなに、いいことはありませんよ」散歩おじさんはいつもそう答えていたが、先日のメールで宗旨替えをしたことが分かった。
散歩おじさんは友達から年賀状で言われたそうだ。
「毎日のニュースは、・・・悪い記事ばかり目に付きますが、勇気が持てるような一日一つ『よいこと日記』を書き続ける年にしたいです」
「今日から良いことを毎日一つ見つけよう」散歩おじさんは決心した。
さっそくよく四季の道で会うカモシカ姉さんに言ったそうだ。
「今朝は美男でもないし、ちょっと頼りない散歩おじさんですが、また会えてよかったと思いましょう。そうすれば元気でいつも清掃活動できますよ」
実際は会えてよかったのは散歩おじさんの方だったようで「今日は元気なカモシカ姉さんに会えた」ことが「良いこと日記」だったらしい。
また散歩おじさんのメールにあった花形賃貸住宅の話は示唆に富む話だ。
1950年代、日本住宅公団が当時の花形賃貸住宅として建設した団地があった。
足立区だが埼玉県との県境にあり、2DKタイプ、洋風トイレに風呂付の当時としては最新鋭の団地だったそうだ。
そこに散歩おじさんも16回も抽選に応募し、ようやっとのことで入居できたと言う。
「これで俺も、都市住民として憧れの生活ができる」25年間そこで過ごしたそうだ。
ところが最近新聞を見てびっくりした。
「築44年、足立区の旧公団住宅で、孤独死」と見出しが躍っている。
そこは紛れもなく散歩おじさんが若き日を過ごしたあの団地だ。
1998年、団地の老朽化による立替計画が出来て、新規の入居が停止されたため若い人の入居がなくなり、現在は総戸数2725戸のうち、約1000戸が空き家になっているという。
散歩おじさんは書いている。
「44年の時間の経過と共に、我が故郷ははやあこがれの住まいではなく、人も団地も老い孤独死を生む集落に変貌してしまった。
憧れの公団団地は今や、世帯主の65%が65歳以上になり街としての機能をうしないつつあるという。
20歳代から過ごした、憧れの団地にも老いが迫り消えていくのは悲しい」
街を活性化させるためには若い新たな住民が入ってこないとダメと言う事例だ。そのためにはこの街に住んでみたいという気持ちにさせるような努力が必要だ。
ほっておくと街は老い、そして荒廃する。
私たちクリーンクラブはこの街を少しでも美しくし保つことによって、この街を見た人が「こんな美しい遊歩道がある街に一度住んでみたい」という気持ちを起こさせるために活動している。
地味だけれど重要な活動だと散歩おじさんの花形賃貸住宅のメールを見て再認識した。


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