(20.8.1) 散歩おじさんからの便り

 私のところに散歩おじさんから定期的にメールが届く。
散歩おじさんは毎日早朝、四季の道2周しているので必ず私とは会っている。

何か良いことは有りませんか」私の口癖だ。
そんなに、いいことはありませんよ散歩おじさんはいつもそう答えていたが、先日のメールで宗旨替えをしたことが分かった。

 散歩おじさんは友達から年賀状で言われたそうだ。
毎日のニュースは、・・・悪い記事ばかり目に付きますが、勇気が持てるような一日一つ『よいこと日記』を書き続ける年にしたいです

今日から良いことを毎日一つ見つけよう散歩おじさんは決心した。

 さっそくよく四季の道で会うカモシカ姉さんに言ったそうだ。
今朝は美男でもないし、ちょっと頼りない散歩おじさんですが、また会えてよかったと思いましょう。そうすれば元気でいつも清掃活動できますよ

 実際は会えてよかったのは散歩おじさんの方だったようで「今日は元気なカモシカ姉さんに会えた」ことが「良いこと日記」だったらしい。

 また散歩おじさんのメールにあった花形賃貸住宅の話は示唆に富む話だ。
1950年代、日本住宅公団が当時の花形賃貸住宅として建設した団地があった。

 足立区だが埼玉県との県境にあり、2DKタイプ、洋風トイレに風呂付の当時としては最新鋭の団地だったそうだ。
そこに散歩おじさんも16回も抽選に応募し、ようやっとのことで入居できたと言う。
これで俺も、都市住民として憧れの生活ができる」25年間そこで過ごしたそうだ。

 ところが最近新聞を見てびっくりした。
築44年、足立区の旧公団住宅で、孤独死」と見出しが躍っている。
そこは紛れもなく散歩おじさんが若き日を過ごしたあの団地だ。

 1998年、団地の老朽化による立替計画が出来て、新規の入居が停止されたため若い人の入居がなくなり、現在は総戸数2725戸のうち、約1000戸が空き家になっているという。

 散歩おじさんは書いている。
44年の時間の経過と共に、我が故郷ははやあこがれの住まいではなく、人も団地も老い孤独死を生む集落に変貌してしまった。
憧れの公団団地は今や、世帯主の65%が65歳以上になり街としての機能をうしないつつあるという。

20歳代から過ごした、憧れの団地にも老いが迫り消えていくのは悲しい

 街を活性化させるためには若い新たな住民が入ってこないとダメと言う事例だ。そのためにはこの街に住んでみたいという気持ちにさせるような努力が必要だ。
ほっておくと街は老い、そして荒廃する。

 私たちクリーンクラブはこの街を少しでも美しくし保つことによって、この街を見た人が「こんな美しい遊歩道がある街に一度住んでみたい」という気持ちを起こさせるために活動している。

 地味だけれど重要な活動だと散歩おじさん花形賃貸住宅のメールを見て再認識した。

 

 

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(20.7.18) 逆井(さかさい)の鐘が快調だ

 「大人の絵本」作家、花牟礼祐一さんの「逆井(さかさい)の鐘」が快調に仕上がりつつある。全5章、100枚の水彩画からなるこの物語も、現在第3章、64枚の水彩画が上梓された。

 逆井城利根川江戸川が分岐する関宿の近くにあった城で、中世から戦国にかけて関東の覇権を左右するほど重要な戦略的拠点でも有った。

 この地をめぐって新興勢力の北条氏と旧勢力の古河公方(こがくぼう)がつばぜり合いをしていた。北条氏は戦国大名の雄であり、一方古河公方は室町幕府の関東における将軍である。

 逆井城主逆井常繁は古河公方方の武将で、北条氏に攻められ落城するのだが、その歴史的事実をモチーフに花牟礼さんは戦国絵巻を「大人の絵本」として私たちに見せてくれる。

 水彩画はほとんどが戦闘場面だが、黒澤明監督の「影武者」のシーンのように一枚一枚が躍動感があり興味深い。
花牟礼さんの水彩画が単なる絵コンテでないのは、すべての水彩画によく推敲されたストーリーがあるからで、花牟礼さんはこれを「電子紙芝居」と言っている。

 こうしたジャンルは他にほとんどなく、まったく花牟礼さんのオリジナルといってよい。

 実際この時代を映像で分からしてもらえるのは実に貴重な体験だ。特に戦国前期城郭の構造についてはほとんどの人が知らない。
私たちがイメージするのは織田信長が安土に築いた安土城以降近代的城郭であり、それ以前の城のイメージを持っていない。

 花牟礼さんの「逆井の鐘」を見ると戦国前期の城が城郭と言うよりに近いものだったことが分かる。
当時の城とはこんな形をしていたんだ」感心してみてしまった。

 また、この物語を読んで、当時ここには南北30km東西1km飯沼と言う沼があり、逆井城がそのほとりにあったことを知った。
この沼は江戸時代に干拓されて今は農地になっているのだが、この地に霞ヶ浦のような大きな沼があったとは全く知らなかった。
利根川の流域には利根川の水路の変更に伴う、多くの湖沼があったことになる。

 私はよくマラソンの練習で江戸川を遡り、関宿から利根川を下っていたが、かつてここで関東の覇権をめぐる壮絶な闘いがあったことを、花牟礼さんの「逆井の鐘」を見て始めて知った。

 そうした意味で花牟礼さんの「逆井の鐘」は私たちがほとんど知らない北関東の歴史を美しい映像で教えてくれる。
余りに映像が美しいので、外国人、特にアメリカの映画監督が見たら、あのラストサムライのイメージでハリウッドで撮影したくなるのではなかろうか。

花牟礼さんのホームページは以下のURLをクリックすると見ることが出来ます(クリックして拡大してみてください)。
http://8760.y.mepage.jp/ss-sk-nav.html

 

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(20.7.2) 友達 その2

 最近は信じられないことばかり起こる。友達が何かと支援してくれるのだ。

 男気の大将は毎日早朝、四季の道をJOGで一周しており私が清掃活動をしている時に必ず会う。フォームはとても綺麗で速さもなかなかのものだ。
私は大将がレースにも出ているものと思っていたが、健康維持のために走っており競技には興味がないとのことだった。

 男気の大将は、四季の道で未成年者がタバコを吸っていたり、空き缶をポイ捨てしているのを見つけると厳しく叱責して止めさせる。
あんた、空き缶を道に捨てるなんて常識がないじゃないか。ちゃんと拾っていきなさい
未成年者がタバコを吸うなんてダメだ。止めなさい
見てみぬふりを絶対にしない。

 男気の大将は私のブログのファンでもあり、私がユニクロのマラソン用スポーツウェアを探していることを知っていた。
「使ってないユニクロのスポーツウェアがあるけど、使う?」
ここ1年以上もユニクロのマラソン用スポーツウェアを探していたので、飛びついてしまった。
ぜひ使わせてください」喜んで着ている。身体にぴったりだ。

 このマラソン用スポーツウェアはユニクロが慶応大学と共同で開発したもので、上下で6000円程度するのだが、大将は「使用していないので代金はいらない」と言う。これまた夢ではなかろかと思っている。

 これも先日のことだが、金沢小学校の近くに住んでいる有徳の女性がいて、私の貧しい生活を知って何かと支援してくれる。この人も私のブログのファンだ。
お坊様が毎日四季の道を清掃して下さっているおかげで、毎日気持ちよく過ごすことができます。これは些少ではありますが、山形のサクランボをお召し上がりください
いや、このような高価なものはいただくわけにはいきません

お坊様、功徳と思っておうけとりください
されば、我が家には餓死寸前の妻がおりますので二人でありがたくいただくことにいたしましょう
ここ数日サクランボで飢えをしのいでいる。

 有徳の女性は、私が花を街のあちこちに植え、この街をフラワータウンにしようとしていることも知っている。
もしよろしければ、我が家にありますアジサイの苗木をお使いください」プランターに植えてあった苗木を分けてくれた。
 これを小谷小学校の周りの、植栽が枯れて裸状態になっているところに植えるつもりだ。

 新都市ライフOさんも、私が乏しい年金でペンキを購入し、落書きを消しているのを見かねた一人だ。
山崎さん、新都市ライフがおゆみ野の市民活動の助成をしていますので、応募されたらいかがですか」情報を教えてくれた。
応募し審査をうけたら、適切な活動だと評価され5万円の助成金をいただいた。おかげで落書き消しを心置きなくできるようになった。

 なぜこのような僥倖が次々に起こるのかはわからないが、ありがたいことだとしみじみ思っている。
おかげで毎日にこやかに清掃活動ができるのだが、先日四季の道でよく会う女性から「山崎さんの笑顔を見ていると、とても幸せな気持ちになる」と言われた。

 私は私を支援してくださる方に感謝して笑顔になっているのだが、さらに私の笑顔で幸せにな人がいるのなら、これは信じられないような好循環だ。
私の笑顔程度で喜んでくれるなら、これからもいつもにこやかにしていよう」そう思っている。 

 

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(20.6.29) 教養のある人

20627  時々四季の道で会うAさんは、いつも手に摘んできた野草を持っており、それを私に見せて説明してくれる。
今回は写真にあるネジバナを見せてくれた。ネジバナは野草ではあるが、栽培している花のように美しい。

 私自身はネジバナという名前は知らなかったが、この花が道端に咲いているのはよく知っていた。

この花、ネジバナというのよ。ねじれているでしょ。一名『もじずり

note
みちのくの しのぶもじずり たれゆえに みだれそめにし われならなくにnote
の『もじずり』よ。百人一首にあるでしょ、じゃあね、バーイ
私があっけにとられているうちに行ってしまった。

うーん、教養ある」驚いた。
Aさんは私より年配の女性だが、そおいえばこの年代の女性は正月の遊びとして百人一首を良くやっていた。
だから子供の頃から素養として身についているものらしい。しかし話の途中で和歌がすらすらとでてくるのにはびっくりだ。

 一方私の素養は高校までの国語でならった和歌がせいぜいだから、この歌の意味がさっぱり分からない。帰ってから百人一首の解説本を開いてみた。
作者は源融(みなもとのとおる)で、紫式部光源氏のモデルとした人だと言うことが分かった。

 歌の意味は「陸奥のしのぶもじずりの乱れ模様のように、私の心は乱れているが、誰のせいで乱れてしまったのか。みんなあなたのせいだ」という恋の歌である。
昔だったら恋文だから、「Aさんはもしかしたら、私に対し恋心を打ち明けたのかしら」なんて一瞬思ってしまった。

 実はかつて私もうん蓄のあるところを見せようとして、懸命に和歌を記憶しようとしたことがある。
私の記憶力だからせいぜい二首が限界だと思い、作者は最も有名な紫式部清少納言にした。

 紫式部は『めぐりあいて 見しやそれとも わかぬ間に 雲がくれにし 夜半の月かげ』
(意味:
久しぶりにめぐりあったのに、その人かどうか判別がつかないうちに雲に隠れた夜半の月のように、友達があわただしく帰ってしまった』という歌で、女性の友達との別離を歌った歌で、恋の歌ではない。

 一方清少納言は『夜おこめて 鳥の空音は はかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ
意味:夜の明けきらないうちに、鶏の一番声をまねて函谷関(中国の有名な関)をあけることはできても、私のような固い女を口説こうとしても無駄よと言う歌で、当時はこおした即妙の社交の歌がはやっていた。

 私はこの2首だけを記憶し、話の途中でこの歌を挟んで「まあ、山崎さんたらなんて和歌の素養があるのでしょう。すてきだわ」と言われようと機会を待っていたが、いざそのチャンスがやってきてもすぐに思い出すことができない。
えーと、あのー、なんだっけ。ほら紫式部が歌っていた、鳥の空音の歌は・・・・

 私の記憶力ではAさんのような教養あるところは金輪際見せることはできないらしい。

  

 

 

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(20.6.22) Shall We Dance

 世の中長く生きていると何が起こるかわからない。友達のWさんから社交ダンスに誘われた。Wさんおゆみ野クリーンクラブみやこ会の会員で、一緒にボランティアをしている仲だ。

 Wさんは浴衣がとても似合う女性で、社交ダンスをするよりも日本画のモデルになった方がよさそうな人だったので、社交ダンスと聞いてびっくりした。

山崎さん、土曜日に鎌取コミュニティーセンターで社交ダンスの教室があるのですが、見学にきませんか
社交ダンスですか
躊躇した。なにしろ最近は坐骨神経痛で腰がまともに曲がらない。特に後に曲げようとすると極度に痛む。
意識して腰を伸ばさないとモンキーウォークそのものだ。とてもダンスができるような状態ではない。

 考え込んでいたら言われてしまった。
ブログの記事にもなりますよ
これは殺し文句だ。なにしろ毎日ブログを書いているためネタ探しに四苦八苦している。新聞の連載漫画の作者みたいで、何とかブログの記事を埋めないと寝ることもできない。
女性からの誘いでもあるし、体験学習として出かけることにした。

 社交ダンスといってもいくつかの種類があるらしい。このダンススクールは「千葉東ダンススクール」と言うのだが、スポーツとしての社交ダンスを目指しているらしい。基礎練習をみっちりやって基礎が身についてから本格的なダンスを教えるようだ。
柔道で言えば受身と打ち込みの練習が主で、剣道で言えば素振りばかりだと思えばよい。
毎週土曜日の11時半から12時半までがレッスン時間だ。月謝は2000円とすこぶる安い

Wさんが前もって知識を授けてくれた。
全くの初心者向けレッスンですので、大丈夫です。ただ、先生のおっしゃることが理解できるようになるには1年かかるかも知れません。
ですから1回だけでは何が何だか分からずに終わるものと思ってください

 全くそのとおりだった。先生は何かしゃべっていたが、私にとっては異国の言葉みたいにさっぱり分からない。

 さらに問題なのは、こちらの身体は61年に渡って酷使してきた身体だ。
何を言われようとコチコチで全くダンスの動きができない。腰が落ちて前かがみになっている。大きな鏡があるので自分の動きを見て驚いた。
ここは猿の惑星か!!」

 先生からは「あなたは本当にダンスがはじめてですね」としみじみ言われてしまった。

 Wさんは夫婦で華麗なワルツのステップを踏んでいる。私も挑戦したがこちらは阿波踊りのようなステップだ。先輩の男性が見かねてステップを教えてくれた。
先生の教え方は初歩の人には難しいのですよ。私が教えてあげましょう。ワルツのステップが身につくまで1ヶ月程度はかかりますよ」親切な人だ。

 助手の女性が私の相手をしてくれたが、まともにステップが踏めない。女性と相撲を取っているみたいになってしまった。
はやくレッスンが終わらないかしら」神に祈った。

 レッスンは1時間程度の時間だったが、汗だくになり緊張感でへとへとだ。
是非入会してください」助手の女性から言われたが、さすがに即答しかねた。
さて、どうしたら良いだろか。そもそも私が今後ソーシャルダンスをするような機会があるのだろうか。しばらく悩むことにしよう。

 ダンス教室の写真です。
ダンスをしている時の写真はビデオモードになっていて写真がありません。緊張してて分からなかったみたいです。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/20621?authkey=aaxjPF_IGFc

 

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(20.6.8) 逆井(さかさい)の鐘

おゆみ野四季の道」のテーマソング。以下のファイルをダウンロードすると曲が始まります。
 「pianotokurarinetto.mid」をダウンロード



 「絵はがきにならない風景スケッチ」を描き続けている花牟礼祐一さんが、「逆井(さかさい)の鐘」という「大人の絵本」を作成している。
逆井(さかさい)は茨城県坂東市(ばんどうし)にある旧跡で室町から戦国にかけて非常に重要な城があった。逆井(さかさい)城という。

 今回はこの城を舞台にした戦国絵巻で、見てみると黒澤明の「影武者」の絵コンテを見ているようだ。特に戦闘シーンや、出撃シーンがいい
話は花牟礼さんのオリジナルで、全体で五章からなり、今回はその第一章だ。

 本人も「長丁場なので激励をよろしくお願いいたします」と言っている。
仕上げるまでにはかなり時間がかかるだろうが、第一章を見ただけで非常に期待が持てる。
映画監督が見たら、映画にしたがるのではなかろうか」そんな気がして、皆さんに紹介している。下記にURLを添付したので是非見ていただきたい。

 ところで坂東市をご存知だろうか。私は茨城県の地図を見たのだが発見できなかった。「なぜ坂東市がない」あわててインターネットで検索して、この街が平成17年3月岩井市猿島町が合併してできた街だと知った。

 名前を板東市にしたのは、坂東関東の旧名であり、何よりここに平将門坂東の独立国を作ろうとした場所だからである。
ちょうど利根川江戸川が分岐する場所に当たり、戦国時代までは交通の要所で坂東の中心地と言ってもよい場所だった。

 花牟礼さんのこの物語はとても面白いのだが、若干の歴史の知識がないと本当の筋が読めない。坂東の室町から戦国にかけての大雑把な知識が必要だ。

 私もあわててインターネットで検索した。普通の人は戦国時代の坂東について知っている人はほとんどいない。小説にも書かれることは少ない。しかし、当時は京都周辺と並んで、最重要な戦略的拠点だったようだ。

 特に、この逆井(さかさい)城の城主、逆井常繁古河公方(こがくぼう)の配下にあったのだが、この古河公方が坂東の歴史を知る上でのキーマンだ。

 公方とは将軍のことであり、室町時代この坂東は鎌倉府鎌倉公方によって統治されていた。室町幕府とは別にもう一つの幕府があったと思うと感度が合ってくる

 形式的には室町幕府の支配化にあったのだが、実質的には独立王権のようなものだった。なにしろここは源頼朝の鎌倉幕府を支えてきた御家人のメッカだ。

 最も当初は室町幕府の軍事力が強かったから、鎌倉府室町幕府に恭順していたが、幕府成立から約100年立った1438年鎌倉公方足利持氏が完全独立を目指して、室町幕府に反逆した。
ここは頼朝公以来の武士の本家だ。京崩れした室町幕府の指図などばかばかしくて聞いていられるか

 この闘いは鎌倉府の負けで、持氏は殺されたのだが、持氏の子が鎌倉を脱出して1455年下総古河で、「自分が公方だ」と宣言した。
この坂東の地は、父の意思を継ぎ私が古河で将軍として統治する。室町幕府何するものぞ」と言うわけだ。

 それから約130年に渡り古河公方坂東の統治が続いた。そのかん室町幕府が実質的に有名無実化したのにたいし、古河公方は長い間坂東の実質的支配者だったのである。

 最終的には北条氏に圧迫され、古河公方は滅びるのだが、逆井(さかさい)城の城主、逆井常繁は古河公方方の有力武将である。

 くどいようだが、古河公方を理解すれば、坂東の歴史は理解できるほどの重要人物だ。
こおした知識をもって、花牟礼さんの「逆井(さかさい)の鐘」を見るととても楽しく見れるのではなかろうか。


以下のURLをクリックすると、花牟礼さんの「逆井(さかさい)の鐘」を見ることができます。絵本のように一枚ずつめくりながら見るようなスタイルになっています。

http://8760.y.mepage.jp/ss-sk-nav.html
 

 

 

 

 

 

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(20.4.8)四季の道のワンチャン

おゆみ野四季の道」のテーマソング。以下のファイルをダウンロードすると曲が始まります。
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 四季の道を毎日清掃活動をしていると、きまって同じ時間に犬の散歩をしている人と出会うようになる。互いに挨拶を交わしているうちに、犬とも仲良くなってきた。

 もともと私は犬好きだが、転勤族だったので犬を飼うことはしなかった。それでも子供時代は我が家にも雑種の犬がいた。ハチと呼ばれたその犬は昼間は家につながれていたが、夜は鎖を解いて勝手に遊ばせていた。
もう50年以上も前になるが、当時は鎖につないでいるほうがまれで、放し飼いが普通だった。

 朝になると自分達の残り物をアルミの器に入れて、ハチを読んだものである。
ハーチ、ハチ、ハチ」しばらくするとどこからともなく飛んで帰ってきた。

 私の犬のイメージはそうした雑種で屋外で放し飼いで、しかも番犬として飼っていたので最近の犬事情とはかなり違う。
最近は屋外で飼われている犬は非常にまれで、ほとんどが屋内で飼われてており、雑種はほとんどなく、また食べ物もペットフードがあてがわれている。毛並みも実につややかだ。

 またほとんどの人が、自分が飼っている犬を「この子」と呼ぶのにはびっくりした。
どうやら、犬が子供と同じらしい

 最初はびっくりしていたが、ようやく最近の犬事情に慣れてきた。毎日あっていると犬の性格がそれぞれ違うのに驚かされる。

 秋の道で最初に会うワンチャンはラグビーボールぐらいの身体のワンチャンなのだが、歩く速度が飛びぬけて速い。人間のほうが引っ張られていつも走っている。
私を見ると速度を上げて走ってくるのでとてもかわいい。
イメージは女子マラソンの野口みづきだ。

 冬の道で、若いお兄さんが散歩をさせている、黒い大型犬はめちゃくちゃに人懐っこい犬だ。私を見かけると尻尾を振っていつまでも私を見ている。
身体にはちきれんばかりの筋肉がついていて、レスラーみたいなので最初は恐ろしかったが、お兄さんが「この種類の犬はとても人になつくのです」と説明してくれた。まったくみかけと実際が違う。

 Aさんのワンチャンは黒い中型犬だ。最初は私がゴミバサミを持っていたため警戒していたが、最近はすっかりなれた。このワンチャンには犬仲間がいて、仲間が来るまで芝生の上で一歩も動かないらしい。
Aさんが「まだお仲間が来ないから、帰ろうとしないですよ。私は早く帰りたいのにね」とよく言っている。

 Bさんのワンチャンは、ここの犬仲間だが、鉄道マニアだ。京成電鉄とJRの電車を見ないと気がおさまらないらしい。電車に合わせて走るので、Bさんはそのたびに走り回っている。

 京成おゆみ野駅近くに住んでいる花ちゃんは、珍しく家の外で飼われている。犬小屋が四季の道から見えるので毎日挨拶をするが、花ちゃんは挨拶代わりに必ずお尻を向ける。
サルの世界で、ボスざるに対して子分のサルがお尻を向けるが、それにそっくりだ。
私はボスじゃないからお尻を向けなくてもいいんだよ」と花ちゃんに言うが、習慣になっているみたいだ。

 花ちゃんのそばのジャスミンちゃん大型の栗色のワンチャンだ。普段は家の中にいるのだが、気候がよくなると外のベランダで遊んでいる。
私の声や姿を見ると、大声でほえる。最初は警戒してほえているのかと思ったが、喜んでほえているのだ。
何かライオンに呼ばれているような気持ちになるが、目元はいたってかわいらしい。頭を撫ぜてやるとじっと見つめるところなんかは、女性に見つめられているような気持ちになる。

 寅ちゃんは老齢のワンちゃんだ。人間だと80歳を越えている感じだ。後ろ足がまともに動かないらしく、散歩をしているときもよたよたしている。
先日も何も食べなくなったのでもう駄目かと思っていたが、何とか持ち直してんですよ」とCさんが言っていた。
 ところが最近また散歩をしている姿が見えなくなった。どうしているのか心配だ。

 Dさんが散歩させていく小型犬は柵や遊具があると器用に登って遊んでいる。サーカスでよくやっている犬の芸だ。芸をしている時は夢中になって集中しているところは人間と同じだ。

 実に犬もさまざまだということが分かった。

 

 

 

 

 

 

 

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(20.3.22)散歩おじさんからの便り

おゆみ野四季の道」のテーマソング。以下のファイルをダウンロードすると曲が始まります。
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 四季の道を毎日2周散歩していた散歩おじさん、ふくろはぎに軽い肉離れを起こして散歩を取りやめたのは1月の下旬だ。
その後、1ヶ月以上リハビリをしていたが、ようやく3月になって散歩に復帰した。

 その間私は多くの人から散歩おじさん消息について聞かれたものだ。散歩おじさん四季の道ではなかなかの人気者なのだ。

Aさんを最近見ないけど、山崎さん、消息を知りませんか
今、ふくろはぎに肉離れをおこして散歩を中止しているのですよ。でもそのうち復帰するはずです
そうか、あの人の散歩は半端じゃないから、身体に負荷をかけすぎたのかな

 3月に入って復帰した散歩おじさんからメールが入った。復帰挨拶だ。
散歩を取りやめていた間は)遅寝・遅起きの習慣がつき、7時前に起床するのが、とても辛く感じております。

 (
散歩をしていない間は)空腹感を感じる時がなくなったせいか、食事があまり美味しくなくなってきました


 そして元気に歩き出してからいつもの鶯の便りをくれた。散歩おじさんは四季の道の季節の移り変わりに敏感だ。

3月6日、我が家の前の泉谷公園で、ウグイスの初鳴きを聞きました。
昨年の日記を調べてみたところ、3月2日に小谷小学校の前の藪から聞こえてきたという記録が残っていました。

 驚くことに、昨年は2月26日に通称「富士見台」の辺りでヒバリの初音を聞いたとあることです。
 ウグイスよりヒバリの方が早く鳴き始めるという現象も、意外でした。
 寒さが厳しかった今冬、それだけに春は遅いと思っていましたが、ウグイスの初音は例年通りだったということがわかりました。

彼らは、寒暖よりも、日の出に春を感じているのかも知れません


 散歩おじさんから鶯の初音を聞いたと言うので、気をつけていたら昨日(20日)、私も小谷小学校の前の都川源流の里山で鶯の声を聞くことができた。

 この声を聞くと生命の息吹を実感できる。

 実は、私事ではあるが私の1年は正月から始まるのではない。
毎年、1月下旬から2月の上旬の最も寒い時期を越すと、新しい年が始まると思い、鶯の初音を聞くと今年1年、また生きていけると実感する。

よかった、今年もまたブログが書けるぞ」そう思うのだ


四季の道のさくらの開花状況の写真を撮ってきました。扇田小学校の前のさくらが咲き始めました。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/203?authkey=ELO53xpWMAg

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(20.3.20)筆談

おゆみ野四季の道」のテーマソング。以下のファイルをダウンロードすると曲が始まります。
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 おゆみ野春の道公園で不思議な人を見かけるようになったのは、2ヶ月ほど前からである。かなり年配の女性だが、いつも春の道公園の遊具を使用して、懸垂腹筋バランス運動腕立て伏せを行なっている。
とても熱心にしているので感心して声をかけた。、私はスポーツ好きな人を見るとどうしても声をかけたくなる。

ずいぶん、熱心にトレーニングしてるのですね
相手の女性はきょとんとして、しばらくしてから「ワタシハ チュウゴクジンデス」と言う。どうも日本語はそれ以外知らないらしい。
私も若干驚いたが、唯一知っている中国語で「ニー ハオ」と挨拶してその時は別れた。

 ところがこの女性Aさんの運動時間と私の清掃活動の時間がぴったりとあうらしく、ほぼ毎日顔をあわせることになった。
そうなると「ニーハオ」だけでは物足らない。Aさんは中国語で何か言っているのだが、こちらはさっぱり分からない。仕方ないのでこちらは日本語でとりあえずしゃべることにした。
今日は、本当に暖かですね。もうすぐさくらも咲きそうだ。あなたもお元気そうで何よりだ

 互いに何をしゃべっているのかはちっとも分からなかったが、最後はハイタッチをして別れることが続いた。
言葉が分からない時はボディーランゲッジしか手はない。

 ある日、クリーンクラブカモシカ姉さん四季の道で立ち話をしていたら、ちょうどAさんが散歩しているところにであった。

 互いに精一杯の笑顔で挨拶をかわす。言葉が分からなければ笑顔が武器だ。
この方は中国の方なんですよ」とカモシカ姉さんに紹介したら、カモシカ姉さんは私よりはるかに多い中国語の単語を並べた。
カモシカ姉さんのご主人は中国との商取引のために中国にしばしば訪れており、カモシカ姉さんも同伴することがある。
だからカモシカ姉さんは簡単な中国語を数語知っている。

 Aさんは会話の取っ掛かりができたとすっかり喜んで、地面の上に私の持っていたゴミバサミで文字を書き始めた。
そうだった。中国人とは漢字で意思が通じるんだ
明治時代、宮崎滔天(とうてん)と日本に亡命中の孫文筆談で会話を交わしていたことを思い出した。
しかし明治人は正確な漢文の素養があったが、残念ながら昭和人の私はそれほどの素養はない。かろうじて分かると言う程度だ。

 ようやく「Aさんは中国の東北部瀋陽から来ているのだが、娘さんが日本人の男性と結婚し、このおゆみ野に住んでいる。
Aさんは日本にはほぼ3ヶ月間滞在し、また中国に帰る
」ということが分かった。

 正直言うと筆談している時はこのように明確に分かったのではない。たまたまカモシカ姉さんがこの女性に誘われて自宅まで行き、そこで娘さんにあって詳細な内容が分かった。
この娘さんは高校で中国語を教えているが、実に流暢な日本語をしゃべる。

 Aさん20日には日本を去ると聞いて、カモシカ姉さんと3人で送別会をしようと計画したのだが、具体的な話はさっぱり通じないのでこの計画は諦めた。
仕方なくちょっとした餞別をあげることにした。

 今日(19日)、カモシカ姉さんかみさんの3人で、Aさんの娘さんの家を訪れた。
とても瀟洒で家で、内部は中国風の置き物が飾られおり、一般の日本人の住宅とは一味違っている。

 実はAさんに今日の早朝会ったとき、午後訪れることを筆談で伝えたつもりだったが、理解されていなかった。
家に来るのか、家に来いと言うのか分からなかったが、分かったふりをしたの」と言われた。動詞が明確でなかったらしい。
やはり、俺の漢文の知識はその程度か」納得した。

 しかしAさんも娘さんも大変喜んでくれて、実に楽しいひと時を過ごせた。またAさんは瀋陽ではマイナス20度のなかで寒中水泳をしており、それをパソコンで見せてくれた。なかなかのものだ。

 ときどきこうした国際交流をするのはいいものだとしみじみ思った。

 

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(20.1.7)友達はありがたい

おゆみ野四季の道」のテーマソング。以下のファイルをダウンロードすると曲が始まります。
 「pianotokurarinetto.mid」をダウンロード

 友達は実にありがたいものだと思う。自分ひとりではとても入手できそうもない情報を教えてくれる。

 ちはら台に住んでいるKさんは、私をちはら台走友会に誘ってくれたり、周辺のベストなジョギングロードを教えてくれたりしてとても感謝をしているのだが、今度はすてきな水彩画を教えてくれた。

 Kさんの親戚筋にあたる人に「辺田に住む花牟礼(はなむれ)祐一さん」という方がいて、「数年前から趣味で都川の葦を筆にしてスケッチ画を描き、一昨年には、土気で個展」を開いたのだそうだ。

さらに「昨日は、カレンダーをもらったのですが、ブログを見たら山崎さんの愛する四季の道の絵も描いていました。私は、彼の人柄のとおり、優しい癒される絵とおもいます」ということで、花牟礼さんのホームページのURLを教えてくれた。
HPの題名は「絵はがきにならない風景スケッチ」という。

 四季の道と聞いてはほっておくわけにはいかない。さっそく花牟礼さんのHPを開いてみたら、見知っている四季の道のスケッチがあった。

おゆみ野スケッチ」といい、「私の住む町の近所、千葉市緑区のニュータウン「おゆみ野」の住環境に深く溶け込んだ四季の姿を描いていきます」と記載してある。作品数は22点だった。

 見てみると私がよく写真をとる場所でスケッチしている。
だれでも残しておきたい情景は同じなんだ」うれしくなった。

 正直に言うと私にはスケッチをみてその技術的優劣を評価できる能力はない。しかしKさんの言うとおり「優しい癒される絵」ということは確かだ。
見ているだけで、楽しくなる。

 花牟礼さんはこの「おゆみ野スケッチ」をふくめて722点のスケッチを公開されており、また水彩画によるストーリーという「水彩画の紙芝居」のようなものも作られている。
このストーリーを作られるセンスはなかなかのものだ。

 水彩画のスケッチに興味をもたれる方は、是非以下のURLをクリックして、花牟礼さんのHPを開いて見られることを進める。
きっと気に入られるのではなかろうか。

http://8760.y.mepage.jp/






 

 

 

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(19.12.24)金坂邸のクリスマスコンサート

おゆみ野四季の道」のテーマソング。以下のファイルをダウンロードすると曲が始まります。
「guitar.mid」をダウンロード

 金坂さんのお宅でクリスマスコンサートが開かれた。金坂さんのご主人は「おゆみ野タウン情報」というホームページを18年間にわたって主催しており、おゆみ野walkersの「この人に会いたい」にも掲載された街の著名人だ。

 それに何よりも私は、おゆみ野walkersTさんY さんと一緒にホームページ作成の手ほどきを受けたことがある。

 先日、おゆみ野walkersのTさんからメールがはいった。
金坂さんからクリスマスコンサートに来てほしいと誘われているのですが、山崎さんもご一緒しませんか
金坂さんには恩義があるので断るわけには行かない。出かけることにした。

 しかし、行って見てびっくりした。家庭で開催するコンサートだから、「親類縁者が集まるうちわの演奏会」だろうと思っていたが、まったく予想が外れた。

 金坂さんの美しいお嬢さんがフルートを演奏し、イル・ド・フランス国際ピアノコンクールで第2位の吉田さんがピアノを担当し、パーカッションという前衛的な演奏の数少ない奏者保木口さんが、初めて聞くパーカッションを演奏してくれた.。
大きな会場を借り切って演奏してもおかしくない、本格的なコンサートなのだ。

 曲目は9曲で主としてドビッシーの曲が選ばれており、演奏時間は約1時間だ。
お嬢さんのフルートの音色は実にやさしさがただよう。

 また私は知らなかったが、パーカッションとは音が出るものならなんでも楽器代わりにしてしまう演奏で、四角い箱やスプーンを使ってリズムを取っていた。

うぅーん、これはすごい。並みのレベルではない
金坂さんのお宅には20名強の聴衆が集まっていたが、この日(23日)は午前と午後の2回コンサートが開催されるので、全体で50名弱の人数になる。

 数人の知り合いにも会った。ちはら台走友会に私を誘ってくれたKさんや、私のブログの読者で初対面のAさんである。

 演奏が終わると、金坂さんの奥さんが自慢のケーキを振舞ってくれ、楽しい語らいのひと時を過ごす時間を用意してくれた。
私とおゆみ野walkersのT さんは、ピアノ奏者の吉田さんのお話をうかがった。
ショパンのバラードはとてもすてきでした。手の動きに見とれてしまいました」とTさん。
吉田さんによると、このような演奏をするために、「毎日5~6時間は練習を欠かさない」のだと言う。

 しかしおゆみ野の私邸で、こんな立派なコンサートが開かれているとは「おゆみ野の文化度」もなかなかのものじゃないか。
なんとなく嬉しくなってしまった。

演奏会の写真を掲載します
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/19122303?authkey=ya0FeV7Q7bc


 

 

 

 

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(19.12.4)カモシカ姉さんのカレーパン

 カモシカ姉さんカレーパンを10月の初旬に夫婦で食べさせてもらったのだが、すっかりこのカレーパンの虜になってしまった。
なんとかまた食べさせてもらいたいものだ」かみさんと語り合ったが、「また、食べさせてほしい」なんて、さすがにいいづらい。

 ところが先日うれしことにまた招待を受けた。
カレーパンを作るので来ませんか」どうやら顔にカレーパンが食べたいと出ていたらしい。

 かみさんとさっそく行くことにしたが、ちょうど焼きあがった時が一番おいしいので、頃合を見計らってカモシカ姉さんから電話をもらうことになっていた。
しかしいくら待っても電話が来ない。1時近くになって「こちらから電話をかけるのも催促しているみたいで悪いし・・・」かみさんが受話器を持ってうろうろし始めた。

 私はカレーパンのことが頭から離れず、午前中いっぱいそのことばかり考えていたので、かみさんから受話器を奪って電話をした。

あ、いけない。電話をするのを忘れてたカモシカ姉さんは朝からパン作りに熱中していたため、電話をするのをすっかり忘れていたみたいだ。

 さっそく、かみさんと飛んでいったが、相変わらず素敵なテーブルウェアと、とびきりおいしいカレーパンを用意してくれていた。
さらにケーキパンロールパンまで作ってくれており、どうやら朝の8時ごろからいままで奮闘していたようだ。

 カモシカ姉さんは、カルチャーセンターでパン作りを学んだそうだが「最初は手に小麦粉が粘りついて、平べったいお好み焼きのようなパンしかつくれなかった」という。
今は、カレーパンで喫茶店が開けるわよ」かみさんが本気でそういった。

 カモシカ姉さんおゆみ野クリーンクラブのメンバーであり、普段は清掃スタイルとマラソンスタイルしか見ていないが、カレーパンを作ってくれる主婦の姿は実に新鮮だ。

 とても幸せな気分になって帰宅したのだが、さらに絵手紙まで作ってくれた。柿の実の絵と、俳句が添えてある。

四季の道 人のこころを つなぐ道

 カモシカ姉さんはなかなかの風流人だ。

 おいしいカレーパンの写真を掲載します。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/1912103?authkey=qtkxE4WBR2s


 

 

 

 

 

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(19.10.21)石窯パン工房 ルマタン

 京成電鉄おゆみ野駅の近くに、この8月オープンした「石窯パン工房 ルマタン」がとても繁盛している。私はたまたまこのパン工房の建設の責任者だったAさんと四季の道でよく会い、会話を交わす仲になっており、友達の一人だ。
通常は奥さんと二人で散歩しており、年齢はかなり高く病気がちだそうだ。

 「このパン工房が私の最後の仕事になるでしょう」と言われていたが、今もとても元気だ。先日東北方面に温泉旅行に行かれていたが、次は私と温泉旅行に行くことになっている。
約束を忘れちゃ、ダメですよ」いつものあいさつ言葉だ。

 この石釜パン工房に、おいしいパンを食べに数回行ったが常に人がいっぱいいるのには驚いた。60台収容の広い駐車場を完備し、屋内と屋外に自由に食事ができるテーブルが用意してある。コーヒーは無料なので、ちょっとした食事気分が味わえる。

 石釜は古代ローマ時代から使われた、伝統的なパンつくりの方法だそうで、熱の通りがことのほかよいのだという。残念ながら私には石釜で焼いたパンとそおでないパンの区別がつかないが、きっと味の違いが分かる人もいるのだろう。

 私は昔からパンが好きで、今までは主として千葉南警察の近くのリヨンを愛用していていた。リヨンのパンもとても好きなのだが唯一の欠点は駐車場が狭いことだ。仕方がないので道路に駐車したりしているが、どう見ても駐車禁止の場所みたいだ。
周りの店や住宅からクレームがでているらしい。

 どうやら郊外型のパン屋さんが繁盛する条件は、広々とした駐車場と広々とした食事スペースで、こおした条件が備えられれば、競争力が大幅にアップすることを知らされた。

 私は常々、郊外型のファーストフード店が提供する食事が、マクドナルドのような高脂肪食品しかないのに閉口していが、このパン工房のようなおいしく、ヘルシーな食事を提供してくれる店ができたことは大歓迎だ。

 もしかしたらこのパン工房のようなスタイルは、マクドナルドに対抗しうる郊外型ファーストフード店の日本版として根付くのではなかろうか。
一日もはやくそおした日が来ることを願ってやまない。

開店当初の無料優待日の写真を掲載します
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/1982602

この店に実際に行かれた方の印象を教えてください

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(19.10.11)おいしいカレーパン

 最近信じられないことに友達が増えている。まだ現役だった頃は職場の同僚と、数少ない登山とマラソン仲間が友達のすべてだったのに、引退してからは加速度的に友達が増えている。

 おゆみ野クリーンクラブみやこ会ちはら台走友会に知り合いができ、最近はおゆみ野WALKERSおゆみ野自転車共生会議のメンバーとも知己が増えた。
さらに人間だけでなく、四季の道を歩けば散歩しているはみんな顔見知りだ。犬まで友達になってしまった。
我が家に帰ると、亀ゴンもいる。

 友達が増えるとよい事も増える。先日(9日)、クリーンクラブのメンバーで走りながら四季の道を清掃しているカモシカ姉さんから、「おいしいカレーパンを食べませんか」と招待を受けた。
私のカレーパンの腕は、パン屋さんのカレーパンに引けをとらないのよ
招待を受けるなんてあまりないことなので、勇んでかみさんと二人で出向いていった。

 カモシカ姉さんの住まいは、おゆみ野地区でも最近建設が始まった場所で、瀟洒なたたずまいの住宅地の中にある。住居は広々とした庭と、工夫を凝らしたこれまた広々としたな家が良く調和が取れ、かみさんが
こんな素敵な家は始めてだ」と感嘆の声を上げていた。

 カレーパンはうわさにたがわずおいしく、おもわず「もう少し食べたい」と言うところだった。
カモシカ姉さんによると「カレーパンは揚げたてを食べるのが一番おいしい」のだそうで、本当に揚げたばかりのカレーパンを食べさせてくれたのだ。
普段私はカモシカ姉さんの走っている姿と、ゴミ袋を持って清掃している姿しか知らなかったので、主婦としての姿はとても新鮮に見えたものだ。

 かみさんは、すっかりカモシカ姉さんのファンになってしまい、また私の友達の範囲の拡大に驚いていた。
パパさんは、昔はまったく友達がいなかったのに、最近は色々な人と知り合いになってるのね
まったくいなかったは言いすぎだが、確かに定年後の人間関係は自分でも驚いている。
定年後の人生がこんなに楽しいものだとは思いもしなかった。

カモシカ姉さんが揚げてくれたカレーパンの写真を掲載します。http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/HBVeOD/photo#5119524553041616738

本件と関連する記事は以下の通り
I 姉さん 奮闘記

 

 

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(19.5.24)四季の道アラカルト

 毎日同じ時間帯に清掃活動をしていると、顔なじみになる人が増えてくる。何人かを紹介しよう。

 Aさんは、理容師さんである。毎日早朝RUNを欠かすことがない。仕事柄早朝が一番自由な時間が取れるらしい。
 フォームが美しく、早さもなかなかのものだ。きっとレースにも参加していると思って声をかけてみた。
いやー、仕事で日曜日をあけるわけに行かないんですよ。レースには出たことがありません」との回答だった。

 このAさんから面白い話を聞いた。「人間は重力にかなわない」と言う話が男と女ではまったく意味が違うと言う話だ 。
 男の場合には、「腰痛の根本原因は、人間が立って歩いたからで、年を重ねるにしたがって腰周りの筋肉が衰え、腰痛になる」と言う話になる。

 ある日、中年の婦人客にAさんが世間話で「人間、重力にはかないませんね」と言ったところ、その婦人は急に不機嫌になって「女性にとってはお尻がたれたり、おっぱいがたれたり、目じりがたれてるのが一番つらいのだ」と怒り出したというのだ。

 なるほど、女性の重力問題はそんなところにあったのかと妙に納得してしまった。

 Bさんは、春の道周辺でよく見かける人である。挨拶を交わす仲になってBさんから質問を受けた。
毎日清掃しているようですが、どこかの団体に所属しているのですか
私が、「おゆみ野クリーンクラブの会員で、会員数は3名だ」と説明したところ、
自分も定年になって、カラオケアサーから、さくら公園まで、ほぼ毎日清掃しているのだが、一緒に参加しようとする人がなかなか現れないのはなぜだろう」と言われた。

 「それなら、おゆみ野クリーンクラブに参加しませんか。各自が自由に活動するクラブです」と勧誘しておいたが、Bさんの悩みは良く分かる。
 私の経験でも、過去13年間清掃活動をしているが、その間クリーンクラブのメンバーになったのは私を含めて3名なのだ。Bさんが加入すれば4名になるが、この種の会員はなかなか増えるものではない。
そんなものですよ」と、とりあえずBさんを慰めておいた。

 Cさんは、90歳を越したご婦人である。足腰の鍛錬のために毎日500m程度の散歩を日課としている。娘さんと思われるご婦人がエスコートしていることが多いが、たまには一人で歩いている。
互いに定年退職者ということで意気投合した。
若い時代は、看護婦をしていて、それはそれは良く働いたものですよ。 まあ、これからは互いに定年退職者だから、健康に留意して生きなくてはね」と言われる。
大先輩に対して、私も「そうですね、おばあちゃん」と相槌を打つのが会ったときのお決まりのせりふだ。

 今回の写真集は、四季の道を一周して写したものだ。スタートは夏の道だ。おゆみ野に住んでいる人にとってはなじみの風景のはずだが、知らない人には「おゆみ野四季の道」を堪能してくれたらうれしい。また、スライドショーで見てください。

http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/bRQToI

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