(20.7.19) 苅田郷の陶三様展

Image0  京成おゆみ野駅から歩いて10分程度の場所に、おゆみ野とは全く異なった昔ながらの村落があり、その一角に古民具工芸の村苅田郷(かったごうがある。

 その苅田郷7月19日から27日までの9日間、若手陶芸家の陶三様展が開催される。開催時間は午前10時から午後5時までである。
苅田郷には土蔵を改修した凌雲堂というギャラリーがあり、そこで若手陶芸家が精魂こめて作った作品が展示即売されている。

 私は陶芸家の一人、高梨洋一さんとは知り合いなので陶三様展について聞いてみた。
何時から陶三様展を始めたのですか
3年前からです。私がほかの二人に呼びかけてはじめました

高梨さんは笠間で修行されていますが、皆さん、笠間焼きの作陶家と言っていいのですか

たしかに笠間で修行を積んだ仲間ですが、必ずしも笠間焼きというわけではありません。それぞれが工夫をしながら新しい陶芸を目指しています。
それと私自身については陶芸家と言われるような位置にあるとは思っていません。焼物屋と自分では思っています

どのような作品を展示されるのですか

主としてコップやお皿ですが、できるだけ品質の良いものを展示即売します。悪いものを売ると、あそこはそうしたものを販売するところだと客さんから思われてしまいます。長い目で見るとそうした評判は取りたくないのです

 高梨さんは非常にまじめな方で、今日からの陶三様展に全力を注いでいる様子がよく分かった。
以前会ったときに比べると身体が痩せ細っている。

ずいぶん痩せましたね
準備が大変なのです。今日も夜中までかかりそうです

 ここおゆみ野に隣接して、おゆみ野とは異なった異空間が存在し、そこで若手陶芸家(焼物屋)が努力している姿を見ることができる。
苅田郷そのものも魅力ある場所なので、もしこの場所を知らない人がいたら、一度訪問されることを勧める。
きっと気に入られるのではなかろうか。

出品作品の写真を撮ってきました。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/20715?authkey=0SyNNbCp2sQ

(別件)

* 「おゆみ野の森」の草刈について

 7月18日(金)に出られる人だけ(5人)で草刈を実施しました。事前に「休日であれば草刈をしたい」と申し入れをいただいた方には、大変申し訳ないと思っております。
次回からは「休日に草刈をして見よう」との案も出ておりますので、検討することにしました。

 なにしろ雑草の成長力は強く、ほっておくとどこまで伸びるか分からない状態です。今後とも草刈隊の活躍が期待されます。


* おゆみ野の森の活動日(第3日曜日)

 7月20日が定例的な活動日です。時間は10時からおよそ13時ごろまでで、参加は自由でかつ無料ですので、まだこられた経験のない方は是非来て見て下さい。子供連れの参加者が多いのが特色です。
今回はそうめん流しを予定しています。

 なおそこで会員になっていただければ次回からは連絡が届く仕組みになっていますので、気軽に会員になってください。

(注)私自身は「おゆみ野の森を育てる会」の事務局ではないのですが、事務局メンバーのOさんから、「おゆみ野四季の道」で是非情報発信をしてほしいと言われてます

 

 

 

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(20.6.19) おゆみ野 泉谷公園の蛍

 私は15年以上おゆみ野に住んでいるので、近所の泉谷(いずみや)公園蛍まつり大々的に行なわれていたことは知っていたし、最近は規模を縮小して「蛍の道しるべ」という行事が行なわれていることも知っていた。

蛍の道しるべ」とは竹を輪切りにし、その中にろうそくを立てて300個のろうそく立てを作り、泉谷公園の坂道に設置して蛍を楽しむ行事である。

 しかしその蛍をどのようにして飼育し、どのくらいの数の蛍を蛍まつりに合わせて放なつのかは知らなかった。
誰かがなにかをやってるのだろう

 私が急に蛍に興味を持ったのは、おゆみ野の森のインストラクターの齋藤さんから「ここのゲンジボタルはオスだけしか放出しないはずだ。ただし確認は生態園にしてほしい」と言われたからである。
泉谷公園の一角に「蛍の生態園」があり、ここで蛍を飼育している。

いくらなんでもオスだけでは、蛍もかわいそうだ。何のために光っているのだか分からないじゃないか」疑問がふつふつとわいて来た。
友達のNさんが、生態園の近くに住んでいるので、「一度確認してもらえないか」と依頼しておいたところ、17日にタイミングよく生態園木村さんから説明してもらえることになった。

 木村さんはここの生態園ができた当初から勤めている蛍のプロフェッショナルで、あと2年で定年を迎えると言う。
以下は木村さんの説明をまとめたものである。

・ この生態園は元々公団(UR)が作ったもので、URとしてはここおゆみ野を蛍の里として一種の観光名所にしたいとの希望を持っていた。
過去に大々的な
ほたる祭りをしたのはその一環である。

・ その後公社公団の経営統合問題等が発生し、URとしても仕事の見直しをせざるを得なくなって、ここ生態園を千葉市に譲ることにした。
木村さんは以来20年にわたり、(一時期のブランクはあるが)ここで
蛍の飼育をしている

・ 人口飼育している蛍は
ゲンジボタルで、これは日本では一番大きく、よく発光するので日本人に愛されている。

・ ゲンジボタルは清流を好み、エサはカワニナであるが、完全な井戸水だけではゲンジボタルもカワニナも育たない。そのため生態園では川の水と井戸水を混ぜて使用している。

・ 成虫のオスとメスを交尾させ卵をとって孵化させるのであるが、卵が1万個以上あっても成虫まで成長するのは1000匹内外である。

・ 今年は1100匹の蛍の飼育に成功したが、昨年度は350匹だった。最大では5000匹の飼育に成功したことがある。ただしなぜ個体数が多くなったり少なくなったりするのかの原因は分からない。

・ 成長した蛍の約半数を泉谷公園に放出している。残りの半数は翌年用の蛍の卵を生ませるため放出できない。
最初はオスを中心に放出するが、産卵した後のメスも時期を見計らって放出している。
蛍はメスがいないとオスが発光しないので、
オスだけということはない

・ 祭りの6月上旬に合わせて蛍を放出するが、昨年のように個体数が少ない場合は木村さんが自宅で育てている蛍を持ってきて放出した。子供達に蛍がいなくて寂しい思いをさせたくないからだそうだ

・ 来年からは
ゲンジボタルだけでなくヘイケボタルも生育する計画を立てている。ヘイケボタルゲンジボタルと異なり、田んぼのような環境でモノアラガイ等を食べて勝手に生育する強い蛍。
このため菖蒲園の一部に
ヘイケボタルの生育環境を作るつもり。

・ 生態園の設備は20年近くたち、いたるところで故障が発生している。たとえば井戸水を汲み上げるポンプが故障すると1基50万円程度補修にかかるが、最近は予算措置に苦慮している。

・ 千葉市としてもこのような施設を何時まで維持すべきか悩んでいるようだ。財政再建のためには取りやめたいが、一方蛍の育成のような自然環境保全運動に資する設備を取りやめてよいものかジレンマにたたされている。

・ 後継者問題は難しい。木村さんが退職したあとの適切な人材確保策はされていない。

 だいたい以上のような話を聞くことができた。私としては蛍に関する知識が皆無だったが、ここで説明を聞き、施設を案内してもらって始めて蛍の人工飼育と言うものを知った。

 特に木村さんは、おゆみ野の蛍のために半生をささげているような人であり、蛍祭りで子供達をがっかりさせないために、休みもとらずに蛍の健康管理に心を砕いている。
従業員は6名いて、3人交代で蛍の世話をしているが、本当の意味の技術者は木村さん一人で、実質的に木村さんがこの施設を維持しているようだった。
こんな人がいたんだ」感激してしまった。

 私たちはこおした縁の下の力持ちのような人に支えられて生活しているのだが、通常はそのことに気づかない。
わー、蛍だ、綺麗だ」と言って喜んでいるだけだ。
私自身もそおした人の一員だったが、人知れず努力されている木村さんに深く頭を下げて帰ってきた。


 写真も撮らせて頂きました。写真を見ると蛍の人工飼育というものがよく分かると思います。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/20617?authkey=16iwMXSpmIA

 

   

 

 

 

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(20.6.2) おゆみ野の街の散策がおこなわれた

おゆみ野四季の道」のテーマソング。以下のファイルをダウンロードすると曲が始まります。
 「pianotokurarinetto.mid」をダウンロード



 今日(1日)、かねて計画していたおゆみ野の街の散策がおこなわれた。この催しは元千葉市花の美術館の館長の齋藤さんと、が計画したものである。
齋藤さんは千葉市の職員であったとき、URが作成したおゆみ野の街基本計画に対する指導や注文を市の職員として担当していて、この街に愛着がある。


 「散策しながらおゆみ野の住民にこの街のあり方を考えてもらおう」と言うのが主旨だが、何しろこのような試みは初めてであり、果たして参加者がいるのかどうか心配した。

 私もブログで何回も案内を出したのだが、この日はおゆみ野地区の運動会と重なったり、クリーンデイと重なったりしていたので、参加が危ぶまれたのだ。

 しかしふたを開けてみると信じられないほどの人が集まってくれた。総勢で約25人の参加者だ。こちらが驚いてしまった。
親子連れも多く実ににぎやかだ。私の顔なじみのブログの読者も数人参加してくれている。

 鎌取駅を出発し、夏の道のケヤキを見、泉谷公園の森をとおって、川の道沿いに大百池近くの森まで行って、そこで散会した。

 齋藤さんおゆみ野の街の基本設計の段階からかかわっていただけあって、当初のコンセプトについて詳しい。以下のような話を聞くことができた。

 この街は自動車道路と人の歩く道を完全に分離し安全な街づくりを目指した。このような街作りは他に余り見られない特色だ。

 街のコンセプトは市とURで作ったが、この街を実際にどのような街にするかは住民が自発的に決めて行かなければならない段階にきている。

 泉谷公園をはじめ多くの自然が残る公園を整備することができた。また泉谷公園から大百池に至る小川と川の道を作ったが、ここはかつて水争いが頻繁に起こっていた地域で水が非常に大事に扱われていたので、その記念として整備してみた。

 この街のシンボルとして三角屋根と建物のカラーの統一を図ろうとした。カラーは自然にある色で、どぎつい人工色は禁止にしたが、罰則規定がないため、特に郊外型の量販店がこの規則に従わなかった。
またマクドナルドのような看板にまでは規制が及んでいない、

 商店街の集積を図ろうと商店街地区を指定していたが、鎌取駅周辺を除き、実際はケーズ電気からMr.Maxにいたる通りに店が集積してしまった。これは計画外である。

 この街の破壊行為が後を絶たないが、このようなことは想定していなかった。他の街では波があるのだが、この地区では継続的に破壊行為が続いている。原因はなぜかよく分からない。
その結果、公園整備等の予算が、破壊行為の後始末に費やされてしまって、新たな設備等の導入がはかられない。

 泉谷公園にはカタクリの花が生息しているが、カタクリの花は絶滅種で保護をしないと消えてしまう。
またメダカも放流してみたが、すぐさま他の魚の餌になってしまい、消滅した

蛍は源氏ボタルのオスだけを放流している。ここは元々平家ボタルの生息地のため、生態系を破壊しないようにした措置である。

 一方、私は夏の道のケヤキの剪定泉谷公園のあずまやが放火されて消失してしまったことを説明した。

 このような催し物に参加する人は非常にまじめな人が多く、真剣に話を聞いてくれたのには頭が下がる。
齋藤さんはまた、このような催し物を計画するらしい。また誘われそうだが、断れないのが私の弱点だ。

今回の散策時の写真です。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/2061?authkey=u0JAvapoHOE

  

 

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(20.5.27) おゆみ野の街の散策をしませんか

おゆみ野四季の道」のテーマソング。以下のファイルをダウンロードすると曲が始まります。
 「pianotokurarinetto.mid」をダウンロード



 おゆみ野の森インストラクターをしている齋藤さんから、おゆみ野の街を散策し、この街のあり方について自由に語ろうと言う提案を受けた。
できれば多くの人に参加してもらって、お話を聞ければいいですね

 散歩しながら語り合うのがポイントで、ちょうど古代ギリシャで、ソクラテスとその弟子が歩きながら問答をしていたが、そんなイメージだ。

 齋藤さんは稲毛浜にある花の美術館元館長だから、非常に植物について詳しい。植物のスペシャリストだ。
私はこのおゆみ野の街のレポーターだから、この街の出来事には詳しい。特にこの街の遊歩道公園の現状について毎日チェックしている。

 そこに色々な方も参加してもらって、散策しながら雑談をしようとの提案だ。参加は自由で、発言も経験談も自由にしてもらう。

日程は以下のとおり

① 日程  6月1日
② 時間  午前9時半から12時まで
③ 集合場所  鎌取駅改札口(ここに齋藤さんと私がいます)
④ 散策コース

・鎌取駅周辺  ここでどのような清掃活動が行なわれているかの確認をする。

・四季の道(夏の道) ここでケヤキ並木の剪定がされたがその後の経緯について確認する。

・泉谷公園  森および菖蒲園の散策  植生について齋藤さんのレクチャーあり

・泉谷公園 川沿いの道  あずまやや水車小屋が放火や破壊されたが、その後の経緯について確認

・苅田郷  時間があればここまで足をのばす。時間がなくなれば学園前駅で解散。

⑤ 雨の場合は取りやめ(別途日にちを設定する)

ところで山崎さん、うまく人が集まるだろうか。佐倉市の草笛の丘で、同じような企画をしたのだが、今のところ申し込みはゼロだそうだ

そうですね。このような企画は難しいから、もしかしたら齋藤さんと私の二人しか参加しないかもしれませんね。その時は二人で散策しましょう。いい機会だからこの街のよい所とそうでないところをすべて案内してあげますよ

本当は多くの人に集まってもらいたいけれど、二人になってもがっかりせずに散策しますか

本当の気持ち) できるだけ多くの方が来て頂くのを歓迎します
ラストリゾート) たった二人でも実施する。


なお、事前にこのブログのコメント欄か通信欄を使って、参加の希望をいただけると幸いです。

 

   

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(20.5.2)村田川のこいのぼり その2

 おゆみ野四季の道」のテーマソング。以下のファイルをダウンロードすると曲が始まります。
 「pianotokurarinetto.mid」をダウンロード



 毎年この時期になると、村田川瀬又地区こいのぼりを見に行っている。数年前に村田川をサイクリングしていたときに偶然このこいのぼりを見つけたのだが、以来とても気に入っている。
村田川ちはら台の南を横切り、東京湾に注ぐ中級河川だが、上総の国下総の国を隔てる境界線の川で、歴史にも何回も出てくる川だ。

 今年もきっと空に向かって力強く泳いでいるはずだと、期待しながら自転車で出かけた。村田川の土手はサイクリング道路になっていて気持ちがいい。
今日(1日)は特に気候がよかったのか、サイクリング道路ヤマカガシマムシか判別できなかったが、蛇が寝ていた。

 もう少しで自転車で踏みつけそうになって、蛇も私も悲鳴を上げた
心臓の鼓動が収まらないうちに、今度は大きな毛虫がサイクリング道路を横切っており、よけるのに一苦労した。
暖かくなると外に飛び出してくるのは人間ばかりではないらしい。

 村田川の水はお世辞にも清流と言うわけには行かないが、がすむのには十分らしい。この時期、鯉の恋の季節なのだろうか、数匹のが背びれを出しながら群がっていた。よく見てみるといたるところにが泳いでいる。
こいのぼりを見るつもだったが、本物のもこれほどいるとは知らなかった。

 瀬又地区こいのぼりは地元に住んでおられる方が、ある時期から始めたらしい。川の両側にポールを立てて縄を渡し、おそらく農家の奥にしまわれていたこいのぼりをみんなで集めてきたのだと思う。

しまっているだけじゃ、仕方あんべえ。みんなで集めて、こいのぼりの川渡しをして瀬又の名物にすんべい

 農村部では男の子がいると必ずこいのぼりを飾る風習が残っている。子供が大きくなって飾ることがなくなるが、そおしたこいのぼりが多く残っていて、それをもう一度飾ろうということだろう。
私はこおした農村の伝統を守ろうとする習慣が好きだ。

 若い頃は伝統と言うとそれだけで、時代遅れだと思っていたがその考えが間違いだったことに気づいた。
こいのぼりもいいじゃないか

 過去は十分大事にするだけの価値がある。
今は過去と現在と未来にそれぞれ3分の1の価値を置いて生きていきたいと思っている。

 今年もまた、村田川こいのぼりを見ることができた。
サイクリングも気持ちよく、とても幸せな気持ちになった一日だった。

村田川周辺とこいのぼりの写真を掲載します
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/2051?authkey=GhEHhnDtzU8

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(19.12.11)朝霧の街

 12月に入り寒さが増してきた。朝の清掃活動に出発するときは完全防備の姿ででかけるが、一方で冷えた朝方は朝霧が発生する条件が整うらしい。

 ここ都川源流の調節池の上空に朝霧がかかり幻想的な風情をかもしだしている。数日前から朝冷の日に発生しており、朝の7時前後にもっとも濃くなり、朝日が出て暖かくなると消えてしまう。

 朝霧は冷えた空気が、暖かな調節池の水と接触してできるらしい。しかも調節池は窪地状になっているため、霧が流れず上空に漂っているため、かなり長い時間朝霧が見えるようだ。

尾瀬みたいだ」見て感動した。
昔、私の息子が小学生だったころ、この調整池を見て学校の作文に「ぼくが今度住む場所は、尾瀬みたいなところです」と書いていたがその通りになった。

 この調節池は、私も所属しているみやこ会が里親になって保全に勤めている場所だが、朝方の朝霧に包まれた調節池は言葉に言い表せないほど美しい。
いっそのこと「おゆみ野の尾瀬」と名付けてしまいたいほどだ。

 この場所はかつてはゴミ捨て場になっていて、里山や調節池周辺はゴミの山だったが、みやこ会が全力でゴミを片付けた結果、見違えるほどきれいな場所に変わった。

 調節池の周囲には約1kmの周回路があり、散歩やJOGをする人が絶えない。
本当に森が綺麗になり、ゴミもなくなったので、散歩してても楽しいです」散歩中の女性から言われた。

 しかし、なんといってもこの場所が最も心にしみるような姿を現すのは、朝霧が発生している時だ。
おゆみ野周辺に在住していたり、朝四季の道を散歩している人は、是非この調節池に漂う朝霧を見てもらいたい。

 きっと街の真ん中に、これほど幻想的な景観が発生するなんて信じられない思いがするはずだ。

朝霧の写真を掲載します
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/1912902?authkey=mHojomBY6-c

おゆみ野周辺にお住まいの方にお伺いします。この調節池の朝霧を見られたことがありますか。

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(19.12.8)散歩おじさんの地名録

 散歩おじさん四季の道地名をつけている。秋の道公園の高台を「富士見が丘」と名づけたことはすでに記した。おゆみ野で、もっともよく富士山が良く見える場所だからだそうだ。

 もっとも「余人は知らず」だから正式名ではないが、なかにはなかなかの命名もある。
なにしろ散歩おじさんは四季の道を毎日2周歩いており、余人の追随を許さないくらい四季の道の命名については一家言あるのだ。
私のコメントも入れていくつかを紹介しよう。

木漏れ日通り
 夏の道のケヤキ通りのこと。「ケヤキは、春は新緑に映え、夏ともなれば木陰と心地よい風を招き、秋には黄葉して目を休め、冬には落ち葉が絨毯となってくれる」のでこう名づけたのだという。

柿の木坂
 秋の道のこんもりとした森の前。保育園の近く。「6本の柿木がある」のでこのように命名したのだそうだ。ここの柿は甘柿で、取っている人もいたぐらいだから柿の木はいいとしても、実際は坂というほどの傾斜はない。「柿の木通り」ぐらいではなかろうか

カリンの道
 秋の道の秋の道公園の反対側の傾斜面。アパートが建っている所の下の斜面に当たる。
秋の道公園の丘とは反対側が法面(傾斜地)になっているが、ここにはカリンの木が10本ほどあり、秋には洋なしの形をした実がなる」のだそうだ。
私はカリンがなっているとは知らなかった。

おゆみ野梅林
 冬の道の金沢小学校とはちまんがた公園の前。「40本ほどの梅が続いている」のでこのように名づけたのだという。なお金沢小学校では「登校時間の8時5分に♪ 童(わらべ)は見たり、野中のバラという「野バラ」の曲が聞こえてくる。この音楽が流れると、大急ぎで学校に駆け込む児童たちの姿を見かける」のだそうだが、私は知らなかった。
さすが散歩おじさんは詳しい。

せせらぎの道
おゆみ野道のこと。
保育園とその先の扇田小学校の間を小さな小川が流れている。
泉谷公園内の泉に源を発し、泉谷小・中学校の脇を流れ、水車を回し、有吉公園を経て、ここ扇田小学校の横を通り過ぎ、大百池公園を経て池に注いでいる。

 小川にはカワセミが飛び、白セキレイも尾を上下にしながら、小川をせわしく飛び回っている。また白鷺が羽を休めている光景も見られる
」という。

 たしかに「おゆみ野道」よりも、「せせらぎの道」のほうが風情がある。

おゆみ野渓谷
春の道の扇田橋から春の道橋までの谷間。扇田小学校の前。
道の両側のモミジが美しい。今年紅葉は特に見事に色づいている。
紅葉の名所「おゆみ野渓谷」と名付けたら素敵だと思う
」というのが散歩おじさんの命名だが、渓谷というには川がない。
私はここは「もみじ谷」がいいと思うのだがどうだろう。

桜の園・春の道
 春の道のメイン通り。春の道橋から日照田橋(ひだりたばし)までの道
両側に桜並木が続き、成長した桜は見事な花をつけ、今や桜の名所として鳴り響いているようで、花見の季節ともなれば、陣取り合戦が華やかに繰り広げられる」場所だ。

 やや命名が長いので口頭で言うときがつらい。簡単に「桜通り」あるいは「さくら道」くらいが言いやすい。

 このように散歩おじさんが趣味で名前をつけて歩いているが、そのうちに通称になるかもしれない。

 今回は四季の道の最近の映像を紹介します。上記の名前の場所と一致はしていませんが、あまりに美しいので撮影しておきました
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/1912602?authkey=1sL-CyGKaVE

 

 

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(19.11.30)龍化山 徳雲院

 龍化山 徳雲院(とくうんいん)といいてもほとんどの方が知らないと思う。東京あきる野市の山あいにある臨済宗建長寺派禅寺である。

 ここに私の父の墓所があるのだが、ここを墓所としたのはたまたまで、この寺の住職が私の弟のつれあいの親戚筋だったからである。
私は家の宗派がなんだったか知らなかったので、墓所を定めたついでに「臨済宗建長寺派」の仏教徒を名乗ることにした。
にわか仏教徒である。

 というのも日本に住んでいる限り無宗派でなんら支障がないのだが、海外旅行などして「何の宗教を信じているか」と聞かれたときは要注意だ。イスラム教圏やキリスト教の影響が強い国は特に注意がいる。
もし気軽に「無宗教です」なんて言おうものなら「こいつは悪魔の手先にちがいない」なんて誤解されてしまい、人間扱いをしてくれない。

 そんな訳で、海外旅行では「臨済宗建長寺派」の敬虔な仏教徒になっているが、それ以外に私が仏教徒になるのは父の墓参りのときだけである。

 先日この寺で、父の17回忌の法要が行われた。一般に17回忌は死後16年目に行われるのだが、母が「自分が死んでしまうと17回忌ができないから早めに実施したい」と、実質2年早めて行うことにしたのである。
一族郎党が集まったが、親戚が集まるのは冠婚葬祭のときだけになってしまっている。

 この寺に私も将来墓所を定めることになるのだが、私の信仰心はともかくとしてこの徳雲院のロケーションは非常に気に入っている。
とても美しいのだ。
墓所としては最適だ

 徳雲院は秋川の支流の養沢川沿いに立てられた禅寺で、開山は1557年というから織田信長の子供時代に相当する古刹だ。
近くに大岳御岳に登る登山道もあり、ハイカーがよく通っているので登山好きの方はもしかしたらこの寺を見たことがあるかもしれない。

 春は梅の花、6月には源氏ぼたるが舞い、11月半ばからは境内は紅葉に包まれていた。
禅寺だからここで修行することもできる。

 今回も写真に収めてきた。私はとてもこの場所を気に入っているので、写真を見られた方も気に入っていただければ幸いだ。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/219111?authkey=ayKGdP6aX6Y

 

 

 

 

 

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(19.11.21)富士見が丘

 ここおゆみ野で富士山が見えると教えてくれたのは、四季の道を毎日二周している散歩おじさんである。
本当に見えます?疑ってしまった。
それというのも、この地に13年住んでいるが一度も富士山を見たことがなかったからである。

富士見が丘という場所がある。もっとも私がつけた名前だから余人は知らない」散歩おじさんは自信たっぷりだ。
富士見が丘ってどこですか?
K'S電気の前にある公園の、一番の高台が富士見が丘だ」秋の道公園のことらしい。

ただし富士山が望める日は一年でも数日しかないので、その条件は大変厳しい。雲が無く晴れ上がった西南の水平線上を眺めるとよい。大風や木枯らしなどで、大気の汚れが吹き飛ばされた寒い朝にだけ、おがむことができるのだ。

私は毎朝、気をつけて眺めているが、今秋、まだお目にかかっていない

 どうやら散歩おじさんは毎日富士山を見ることを楽しみにしているようだが、目的を達成していないらしい。

 実は私も富士山を見るのが大変好きなのだ。もちろんその秀麗な姿が美しいこともあるが、それよりも子供のころを思い出すからである。
私の故郷は武州三多摩だが、少し小高い場所に登ると丹沢山塊の背後に、冬、雪をかぶった富士山がいつも見えた

 冬になると、丘に登ってはチャンバラ遊びをするのが子供たちの日課だったが、東映映画に影響されて、さしずめ清水の次郎長黒駒の勝蔵の富士川の決戦みたいなものだった。
富士山が見ているから、卑怯なまねをするんじゃねいぞ」(これはボスの台詞)
へえ、おやぶん、がってんだ」(これが私の台詞)
そのときの記憶がよみがえる。

 本当におゆみ野から富士山が見えるなら見たいものだと思う。そのときは写真に撮って「おゆみ野の富士見が丘から見た富士山」としてブログに掲載しよう。
もしかしたら南貝塚公園からも見えるかもしれないので、いろいろな場所で取った写真を掲載するのも面白いかもしれない。

富士見が丘の場所の写真を掲載します。今日(20日)は曇り空で富士山は見えませんでした。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/191120

 

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(19.11.11)千葉市科学館に行ってみた

 千葉市科学館に行ってみた。科学館が10月20日にオープンしたことは、四季の道で会うAさんから聞いていた。
Aさんは科学館でボランティアの案内人をしており、Aさんから「是非、科学館にきてほしい」と誘われたからである。

 開館当初は混雑が予想されたので行くのを躊躇していたが、今日(10日)は雨で清掃活動やマラソンもできそうもなかったので千葉市科学館に行くことにした。
千葉県庁の近くに建設された10階建ての立派な建物である。その7階にプラネタリウム、8階から10階までが科学館になっていた。

 ありがたいことに60歳以上は無料で、入場料(科学館500円、プラネタリウム500円、合計1000円)は払わなくてすむ。
鶴岡市長の福祉政策に感謝したが、60歳以上を無料にする理由がすぐにわかった。

 来ている人の中にほとんど老人はおらず、もっぱらお母さんと子供の組み合わせか、次は土曜日のせいかお父さんと子供の組みあわせだった。
なぜ年配者が来ないかは「いまさら科学なんて」という気持ちもあろうが、それ以上に疲れることにあるようだ

 8階はワンダータウンといって、視覚に対する反応を体験させてもらえるが、私のような年配者は老眼で、耳が遠くなり、反応なんて当の昔に忘れているので、何をやってもさっぱりだ。

 目は疲れてしょぼしょぼになり、音など何も聞こえず、動体視力などまったくないので何も見えない。
これは、目も耳も反射速度もいい、子供の遊び場だ」納得した。

 唯一私が興味を持ったのは、9階のテクノタウンに展示されていた過去の電化製品のコーナーで、昔のテレビやビデオデッキを見て「ああ、こんなものがあったなあ」なんて懐古趣味にふけったが、これでは「三丁目の夕日」の世界だ。

 科学館は私にとって疲労以外の何者でもなかったが、一方プラネタリウムは最高だった。最新鋭の設備を誇っており、ゆったりしたリクライミングの椅子に腰掛け、夜空をみていたら瞬く間に眠ってしまった。
習慣とは恐ろしい。夜になったのでいつものように寝てしまったのだ。

 プラネタリウムの上映時間は45分程度で、夕方から明け方までの12時間あまりの星空を見せてくれる。千葉市の夜空には天の川は見えないが、プラネタリウムの夜空には美しい天の川がはっきりと見える。
さすがに後半は目を覚まして、カシオペアがどうのこうのと見入っていたが、すぐに朝になってしまった。

 正直言って科学館は子供向けであり、シルバーといわれる人にとっては疲労がかさなるだけだが、一方プラネタリウムはシルバー向きだ。夜空を見ながらゆっくり眠ることができる。
プラネタリウムだけでも見学に行かないと鶴岡市長の福祉政策が泣いてしまいそうだ。

千葉市科学館の映像です
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/191110

科学館とプラネタリウムに行かれた方の感想をお伺いします。

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(19.11.7)ちはら台unimoに行って見た

 ちはら台unimo(ユニモ)に始めて行ってみた。この9月にオープンしたことは知っていたがショッピングセンターは蘇我にもあるし、買い物は鎌取のジャスコで十分間に合っていたので行く機会がなかった。

 ところが先日四季の道で良く会うSさんから耳寄りの話を聞いた。
山崎さん、unimoにはCINEMAXと言う映画館があって、60歳以上は1000円で映画が見れるんですよ。それにこのあたりの本屋の2倍以上はある書店があって、ほとんどの本が手に入りますよ

 実は私のおゆみ野生活での悩みは映画館と本屋だった。映画を見るためには千葉まで行かなくてはならないし、退職者だからJRの定期券は持っていない。せっかく60歳以上1000円で映画が見られるのに、往復で400円程度かかるので、シルバーパスのご利益も今ひとつだ。

 もう一つの悩みは規模の大きな本屋がないことで、最近ではもっぱらインターネットを使用してアマゾンで購入していたが、やはりなんといっても本屋で手で触れて本を探す楽しみは捨てがたい。

 Sさんの話を聞いて早速行って見た。たまたま映画では「ALWAYS続・3丁目の夕日」をやっていたし、本屋も見てみたかった。
映画館には心底びっくりした。シネマコンプレックスと言うだけあって劇場が10もあり、座席の規模も100人程度から400人程度と大小さまざまだ。

 最近のシネマコンプレックスは概して規模が小さいと思っていたので、今回ALWAYSを見た劇場の椅子の数が約400だったのには圧倒された。
しかも信じられないことに平日の2時だというのに3分の1程度の客が入っている。

 千葉ではこの時間帯に行くと、10名前後の観客しか入っていないことことが多い。ALWAYSが評判の映画だと言うこともあるが、それにしても良く入っている。近隣から自動車でやってくるのだろが、集客力は以外に大きいらしい。

 ACADEMIAと言う本屋も満足のいく規模と品揃えをしていた。ようやくこれで東京の丸善や紀伊国屋まで足を運ばなくて済みそうだ。
本屋はやはり規模だから、ACADEMIA程度の規模がないと好きな本が手に入らない。

 それにしてもunimoのおかげで文化不毛都市などと陰口をたたかれていた悩みが解決したのは本当にうれしい。
最新の映画を最高の環境で見ることができるし、立派な本屋もありますよ」自慢したくなった。

unimoの現況が分かる写真を掲載します。

http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/1911

 


 

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(19.6.29)苅田郷(かったごう)

 京成電鉄おゆみ野駅の南に、緑区刈田子(かりたご)町と呼ばれる一画がある。
 おゆみ野が近代的な都市空間だとすると、古き良き日本をそのまま残している異空間で、その中でも「苅田郷(かったごう)」(注1参照)と呼ばれる、「古民具工芸の村」は特に異彩を放っている。

 不思議な場所と言ったほうが良い。
 農家の一角にギャラリーがある。 約200年前の蔵を改造した「凌雲堂(りょううんどう)」という蔵がギャラリーになっており、古い陶磁器や絵画が展示されている。
 それに続く蔵には農家が使用していた農機具類が、所狭しと置かれている。
 すべて、販売品であるが、オーナーのT氏によると
古美術の目利きが来たときは売れるが、普段はあまり売れない。昔の名のない職人の仕事の価値を認めてくれればいい」と淡々とした表情で話していた。

 どう見ても、販売目的よりも、こうした古美術を展示して人に見てもらうことを楽しんでいる風情だ。
 蔵の横には陶芸教室が開催されているが、ここに通っている娘によると「ほとんど資材の原価以上の費用は取らず、自由気ままに作陶ができる」のだそうだ。

 T氏は、なんとも不思議な人物だ。自宅の一角をギャラリーや作陶教室に開放して、特に収益を上げようとせず平然としている。奇特な人としかいいようがない。

 私は以前から面識があるのであえて聞いてみた。
HP(ホームページ)を作って、もっと宣伝すれば、多くの観光客が来るのではないですか
駄目だね、そんなことすれば私と家内二人でやっているのに、飯を食う時間もなくなってしまう。このあたりの人が口コミで少しづつ来てくれるくらいがちょうどいい
 どうやら欲の世界とは関係ない人のようだ。

 ここ、おゆみ野のそばに、このような場所が存在すること自体不思議としか言いようがない。
 古い日本があり、その古い日本を懸命に守っている人がいる。

 ホームページもないし、道しるべの看板もない。道は曲がりくねって分かりにくい。ここに行くには先だちに連れて行ってもらうしかないという、なんとも古い日本の様式どおりだ。

 今回は苅田郷とその周辺の写真です。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/oPiZYK?authkey=YGwzVVWttqU

(注1)もともとこの土地は、長野の苅田郷(かったごう)からの落ち武者が、この地に移り住んで永住したとの言い伝えがあり、それが変化して現在の「刈田子(かりたご)」に変わったと言う。
 当、古民具工芸の村は、自分たちのルーツを明確にするため、あえて昔の苅田郷(かったごう)の名前を使用しているのだと言う。

 

 

 

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(19.6.24)千葉市埋蔵文化財調査センター

 千葉市埋蔵文化財調査センターが、ここおゆみ野の近くの、中央区南生実(おゆみ)町にあるのをご存知だろうか。この街の由来となった、あの「おゆみ」町である。

 場所は、京成電鉄学園前駅の近くで、千葉明徳高校の裏あたりといったら分かるだろうか。はっきり言って非常に分かりにくい場所にあり、私は地図検索をして出かけたのにもかかわらず、ようやくたどり着いた。
何で、こんな場所にあるのだろう」普通の人はそお思う。

 しかし、ここは歴史的には重要な場所で、小弓城(おゆみじょうがあったことで分かるように、鎌倉時代から戦国時代にかけて千葉の覇権をめぐって、何度も戦いがおこなわれている場所だ。
 その頃はここおゆみ野は有吉六通を除いて、単なる荒地だったはずだから、センターがある場所は、このあたりの文化の中心地だったと思えばいい。
  いまでも、古い農家のたたずまいが残っている。

 この調査センターの役割は、遺跡の発掘調査とその整理作業であり、実に地味な作業だが、私はこの仕事にとても興味を持っていた。
退職したら発掘作業員になるんだ」 同僚にそのことを話したら
発掘作業は農家のおばちゃんたちの副業だし、整理作業は家庭の主婦の副業さ」とのつれない返事だった。

 実際炎天下の発掘作業はクーラーなしに生きられないサラリーマンにとっては、灼熱の地獄のようなものらしい。
また、整理作業も実に根気の要る仕事で、私のようにアバウトな人間には向かないらしい。
 それでもあきらめずに、当調査センターのホームページを覗いていたら、発掘した土器類の整理作業員の募集をしていた。昨年の8月頃のことである。

やれ、うれしや」と思って応募したのだが、当センターの担当者から「未経験者はだめだ」とのつれない返事が来た。
今は、未経験者だが、そのうち日本を代表する整理作業員になる」と説得してみたが、「そうなってから雇う」なんて軽くいなされてしまった。

 「おゆみ野風土記」には「こうして当調査センターは日本を代表する整理作業員の獲得に失敗した」と出ている。

 ところで当調査センターには、展示室があり、月曜日と祭日を除いて展示物を見せてくれる。展示場は必ずしも広くはないが、まじめな展示がおこなわれているので、おゆみ野近在の人であれば一度は訪問したい場所だ。
  また、センターの近くには、大覚寺山古墳八剣(やつるぎ)神社があり、ここが古来からの文化の中心地だったことが良く分かる。

 特に考古学に興味のある人であれば、この近在は縄文時代から古墳時代にかけての遺跡に事欠かないのだから、おゆみ野に住んだことをきっとうれしく思うのではなかろか。

 下記に、当調査センターと八剣神社の写真を掲載しておきます
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/196?authkey=XhphOpHLNAo

 なお、本ブログと関連するブログは以下のとおり
(なぜ「おゆみ野」と言うのだろう)
http://yamazakijirou.cocolog-nifty.com/blog/cat7917236/index.html

 千葉市埋蔵文化財調査センターのホームページは以下のとおり
http://www17.ocn.ne.jp/~maibun/

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