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(22.10.7) 文学入門 耕治人 「そうかもしれない」 「どんなご縁で」

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 今回の読書会のテーマ本は耕治人こう はると)氏の「そうかもしれないと「どんなご縁で」という短編だった。
私はいつものように耕治人氏をまったく知らなかったが、戦前から戦後にかけての詩人兼文学者で、私小説作家として著名な人だという。

 1988年口内炎のがんで亡くなっているが、その最後の1年間に認知症患者だった妻と耕治人氏との間で交わされた言葉や、自身の闘病記がこの小説の主題になっている。

 「そうかもしれない」とは耕治人氏が口内炎のがんで入院していた病院に認知症の妻が訪問した時に、「この人があなたのご主人ですよ」といわれてつぶやく言葉である。
そうかもしれないが私には夫かどうか分からない」という意味だ。

注)この時期耕治人氏の病状は悪化しており、最後の看取りとして認知症の妻を施設の人が連れてきた。

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 一方「どんなご縁で」は認知症が進み、夜失禁した妻の下の世話を耕治人氏(この時は耕治人氏はまだ入院していない)がするのだが、その時妻が言った言葉である。
どんなご縁でこんな親切な対応をしてくださるのですか?」という意味だ。

そうかもしれない」は雪村いづみ桂 春團治の主演で映画化され、雪村いづみが渾身の演技をしたと評判になった映画だそうだが、私は見ていない。

 ただこの短編を読んだ感想を正直に言うと、印象はあまりいいものではなかった。
一種の闘病記で、それを自分の周りに起こった事件というよりは日常を細部にわたって書いてあるのだが、そうした闘病記は今ではありきたりになっており新鮮な感覚で読めない。

注)もしかしたら1988年の段階でこうした癌や認知症の闘病記を発表するのは相当勇気の要ることだったかもしれないが、私には判断する材料がない。

 露骨な表現を許してもらえれば、癌も認知症も今では普通にある病気で年をとれば誰でもかかる病気だから、単なる老人看護の話の一形態に過ぎないのではないかと思ってしまう。
したがって当時は評判だったとしても、今では耕治人氏が残した小説は時代から遅れてしまい、読む人はほとんどいなくなったのではなかろうかと推定された。

注)現在耕治人氏の小説はほとんどが絶版になっている。

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 今回の読書会の対象ではなかったが「赤い美しいお顔」という短編が「そうかもしれない」と一緒に講談社の本の中に納められていた。
これは川端康成氏に師事した耕治人氏が、一途に川端氏を尊敬し「私だけの先生」とまで思慕する小説である。
ほとんど一方的な片思いの恋愛小説みたいだ。

 もちろん「赤い美しいお顔」とは川端康成氏の顔だが、あまりに思い入れが強すぎて、川端氏は辟易していたと思われる。
だんだんと川端氏が耕治人氏を避けるようになると、さらに思い入れが募り、最後は川端氏の些細な言葉で傷つき神経症になっていく様が描かれている。

 私にはこの「赤い美しいお顔」という短編が一番面白かったが、それは繊細すぎる人間がいかに精神的に崩れていくかよく分かるからだ
自分と川端氏を一体化すれば、すべての川端氏の言動が耕治人氏に向けられたことになるが、実態は川端氏と耕治人氏は別人格で、それぞれの人生を歩んでいるにすぎない。

 それを無理やり自分と川端氏だけの世界に限定して解釈して神経症になってしまうのは、心がか細すぎるからであろう。
最も詩人の素質はそのか細い繊細な神経にあるのだから、詩人としては一流でも、生活人としては精神病院で治療を受けるのも止む終えないと思われた。

注)その後耕治人氏は川端氏にだまされたと一方的に思って川端氏が死去した後、川端氏の家族を相手に裁判を起こし敗訴している。


なお、この読書会の主催者河村義人さんが、以下の詳細な評論を書いていますので参照してください。

個別具体的な「老い」(リンクが張っております)

 

 

 

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