« (22.10.29) WTOの機能不全とTPPの登場 TPPに乗り遅れるな | トップページ | (22.10.31) 文学入門 山本周五郎 「青べか物語」 その2 »

(22.10.30) 文学入門 山本周五郎 「青べか物語」 その1

22105_006
(現在の江戸川河口。青べか物語の舞台

 今回の読書会のテーマ本は山本周五郎氏の「青べか物語」である。
担当は私だが、この「青べか物語」を読んだことがあるわけではない。この本を選択した理由は山本周五郎氏の他の本が気に入っていたからで、「きっと青べか物語も面白いに違いない」と思ったからだ。

 私が山本周五郎氏の本を最初に読んだのは大学生の頃で、友達の本棚に「ながい坂」が置いてあった。
この本の要旨は「見知らぬ世界に想いを馳せ」と言うブログに、以下のように適切にまとめられていたので参考にしてほしい。

下級武士の家に生まれた阿部小三郎は、いつも使っていた小さな橋が権力者の都合で取り壊されるという出来事を屈辱に感じ、勉学や武芸に励み平侍の子どもはなかなか入れない一級の藩校で学ぶ。
その後藩主飛騨守昌治(ひだのかみまさはる)に信頼されるようになり、元服して主水正(もんどのしょう)と改名し大火事や孤児対策で手腕を発揮し異例の出世を遂げることになる。
その後、昌治が計画した大堰堤工事の責任者に命じられ、工事を進めるが藩主継承争いや藩内の利害関係の中で工事は妨害され、主水正は命をも狙われる。様々な困難、そして孤独に耐えながら主水正は人生を歩んでゆく
。」

 私はこの「ながい坂」がとても気に入り、その後山本周五郎氏の代表作でもある「樅の木は残った」「さぶ」「赤ひげ診療譚」などを読み「山本周五郎と言う作家は、何と誠実な作家なのだろうか」と感嘆し、さらに「赤ひげ診療譚」にでて来る庶民の生活の描写のうまさにうなったが、なぜか「青べか物語」は読んでいなかった。

 青べかとは青く塗られた一人乗りの平底舟で、これを使用して現在の江戸川下流域にある浦安一帯の漁師が貝や海苔取りに使った舟のことを言う。
山本周五郎氏は昭和3年前後の数年間、この浦安で生活しておりその時見聞した経験を元に、1960年にこの「青べか物語」を上梓した。

22105_008
妙見島付近)

 「青べか物語」は実に興味深い本だ。当時(昭和の初期)の庶民生活が手に取るように分かると言う意味で刺激的だ。
特に私のように戦後の教育を受けてきたものにとっては、戦前は全否定の世界で、特高警察が常に思想弾圧を行っており市民は逼塞してものも言えず、暗く何ともやりきれない世界と説明されてきた。

 しかしよく考えてみると思想弾圧などと言うかなり高等な営為は、そもそも思想なるものを持っているインテリ階層が対象で、小学校を出るかでないかがほとんどの庶民にとっては、当初から対象外だ。
数少ないインテリ世界と圧倒的多数の庶民生活はほとんど切り離されており、庶民には庶民の生活があった。

 そこでは東京あたりからやってくる裕福な釣り客をどうだまくらかして金をせしめるかとか、男女の性道徳なんぞはまったくないところで自由な性生活を互いに楽しむとか、男女差がなく生活力が上のものが優位に立ち男女が平等に競争しているとか、何とも騒がしくほほえましい世界が広がっている。

 この舞台になった浦安は今では日本有数の住宅地だが、当時は辺鄙な漁村で交通の便はもっぱら蒸気船だったのだから、ほとんど陸の孤島と言ってもいいような場所だった。

 私はこの浦安一帯がとても好きで、よく江戸川沿いをJOGするのだが、当時有った「沖の百万坪」と言われた広大な荒地は埋め立てられ今はディズニーランドがそびえている。
また東の海も埋め立てられ、とても品のいい住宅地になっているが、かつてはここで浦安の漁師が貝や海苔採取をしていた場所だ。

22105_003
沖の百万坪は今では東京ディズニーランドになっている

 この本の題名になっている「青べか」はここの芳爺さんにだまされて購入させられた「青いペンキの塗られたぶっくれ舟(たちの悪い舟」で土地のものからは軽蔑されていた舟だが、先生と呼ばれていた作者はこの舟を強引に売りつけられる。

 先生は当初この舟に見向きもしなかったが、子供たちがこの舟に石を投げつけて壊すのを見て、愛着の情が起こり、なんとかこの「ぶっくれ舟」を操作する方法を覚えて、江戸川の河口で釣りをして遊ぶことができるようになった。

 この小説は全体で33章からなり、それぞれが独立したエピソードになっている。その始めの章に「青べかを買った話」があって、この小説の導入部になっている。

 この「青べか物語」は小説と言ってよいかかなり迷うところだ。ルポと言っても間違いではなく山本周五郎氏はこの浦安の庶民生活を帳面に詳細に残しており、明らかに将来小説の素材にしようとしていたことが分かる。

 33の章ので出来具合は、サマーセット・モームの短編集のように完成度の高いものと、そうでないもののごった煮だ。
しかし読み始めるとやめられないのは昭和初期の日本と言うものの庶民生活が分かるからで、庶民と言うものがかなりおおらかで、かつ食わせ物であることを知ることができる。

注)なお、読書会の主催者河村義人さんの読後感がありますので、一緒に確認してください。私の評価とは正反対になっています。
http://yamazakijirou1.cocolog-nifty.com/shiryou/2010/11/221110.html

 

 

 

|

« (22.10.29) WTOの機能不全とTPPの登場 TPPに乗り遅れるな | トップページ | (22.10.31) 文学入門 山本周五郎 「青べか物語」 その2 »

個人生活 文学入門」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« (22.10.29) WTOの機能不全とTPPの登場 TPPに乗り遅れるな | トップページ | (22.10.31) 文学入門 山本周五郎 「青べか物語」 その2 »