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(22.9.1) ロドリゴ 蝦夷地探訪記 その4

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 蝦夷地を探索してみて最も驚くことは歩く人がほとんどいないということでございました。
ちょっとした集落に立ち寄っても、歩いている人はほとんどなく、ましてや集落から集落の間の道路には自動の車と称する乗り物に乗って移動する人以外は皆無という状況でございました。

 かつてロドリゴが故郷セビリアの神学校で神の教えを学んでいた頃、生徒の間で僻地を徒歩で旅することが若者の証であったのを思い出します。
当時はカーキ色の横長のリックを背負ってひたすら歩いていたのですが、後ろから見るとカニの甲羅のように見えるため、カニ族と呼ばれておりました。

 しかし元禄のこの世で蝦夷地を歩く人はロドリゴ一人ではないかと思われるほどカニ族は絶滅していたのでございます。

 さて今日(元禄3年8月11日)はキャンプを張った音調津(おしらべつという漁港を後にしたのですが、この頃から足の小指に水ぶくれができ、歩くことに支障が出るようになりました。
途中のフンベの滝で足を水に浸したして冷したりしたものの、水ぶくれは徐々にひどくなり、気持ちは段々とナーバスになっていったのでございます。

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これがフンベの滝。岩の間から水が湧き出している

 ロドリゴの履いていた靴はアシックスのGELという、マラソン用シューズで、甲高でだん広の足にはとてもフィットする靴でございます。
しかし真夏の太陽に照り付けられた道路面は50度以上に熱せられ、長時間歩いたり走ったりいたしますと、ちょうどフライパンの上に足を乗せた状態になり、一種の火傷のような状態になるのでございました。

昨日も昨日も10時間以上歩いているんだから水ぶくれも仕方ないか・・・
休むたびに針で水抜きをしてまた歩くのですが、状況は改善せず歩くたびに「イテー」と悲鳴をあげるようになりました。

こりゃ、だめだ。少し足の手当てをしなければ納沙布岬までとてもいきつけない。今日は早めにキャンプを張ろう

 音調津(おしらべつから広尾までは10kmあまりで、さらにそこから3kmあまりのところにシーサイドパーク広尾というキャンプ場がありました。
今日は無理をせず、このキャンプ場で休息をとることにしたのでございます。

22824_125_3  (キャンプ場からながめた景色。手前がラッコ川、その向うに十勝港が見える

 実はこの時本音を言えば、足の痛さに絶えかね「ああ、やだ。こんなに足が痛いのなら帰ろうかしら・・・・」と思っておりました。
しかし、おゆみの野の在を出立した時、「ロドリゴがんばれ、我らの誇りだ。カニ族だ」と盛大な送別会をしてくれた同僚の顔を思い浮かべ、その思いを断ち切ることにしました。

 もしここで帰宅すれば「ロドリゴは修道士の恥だ。おゆみ野には一歩たりともいれず島流しにしろ」なんていわれそうだったからでございます。

 ここ広尾はアイヌの言葉でピオロと言い、石があるところの意味だと聞きました。
広尾は松前藩とアイヌとの間の一大交易所で「場所」と称し、多くの和人とアイヌが住んでいる場所でございます。
また広尾を含めてこの一帯をトカチといい、ここ広尾には寛政の時代から十勝神社が祭られており、アイヌに対し和人の神をあがめることを強制しているようでございました。

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十勝神社の参道

 しかしここ広尾も蝦夷地の他の集落と同様に人口減に悩まされており、1980年に約1万2千人いた人口が、昨今は8千人まで減少し、かつてあった広尾線も廃線になっておりました。
蝦夷地の集落はどこも寂しいものですが、ここ広尾もそうした寂しさを漂わせておりました。

22824_130_2  (これが私のテント。このテントの中でひたすら寝ていた

 この日はキャンプ場で足の手当てとして水抜きを行い、昼ごろから後は疲れを取るために、主に祈りをささげながら寝ていたのでございます。
主よ、我に歩く力をお与えください

 

 

 

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