(22.8.24) 夏休み特集 NO16 失敗記 数学者の巻き
私が数学ができなくなった高校生に、何とかして再び情熱を持って数学に取り組ませたいと考えたのは、私自身が高校生になってからまったく数学が理解できなくなったからである。
当時はすっかり悲観して、「もう二度と数学なんかするものか」と思っていたが、その後社会人になってから再び数学のとりこになった。
もっとも計算問題を解くようなことではなく、数学の思想、数学史に興味が集中した。
そして、「何と数学は奥深いのだ」と感嘆してしまった。そうした喜びを数学を諦めた高校生に教えてやりたいと思い、数学コンサルタントの取り組みを行おうと思っている。
今回の記事は私がどのようにして再び数学に興味を持ったかの報告である。
(19.4.3)失敗記 その5
信じられるだろうか。私は数学者になろうとしたのである。数学ができるからか。否、まったくできないからだ。
(数学者の巻)
数学がわからなくなったのは、高校1年生の一学期からである。複雑な因数分解がまったくできなかった。以来数学は苦闘の連続だった。
対数や三角関数なんてほとんど理解できなかった。教師は大変丁寧に教えてくれていたのだけれど、何しろ基礎がまったくないのだから理解のしようがない。
だから、高校3年生になって、数学の授業を受けなくて済んだときは、心底ほっとした。「これで数学とは永遠におさらばだ。数Ⅲなんて知るか」
しかし、正直言ってこの数学ができないことは、私の心の中に深いコンプレックスとして残ってしまった。本当は数学者になれる才能があったにもかかわらず、ちょっとした手違いで道を踏むはずしてしまったのではなかろうか。
就職では、別に数学ができなくてもなんら問題はなく、数学のことはトンと忘れていた。ところが私が30歳になったある日、衝撃的な本を見つけてしまった。
本の名前は「数学をつくった人びと」と言う。E・T・ベル著で、この本は1937年に発行され、その後、数学史上ではもっともよく読まれた名著だった。
物語数学史で、数式は簡単なもの以外はまったく記載されていない。もっぱら数学者の生き様と情念を記載していた。私はこの本をむさぼるように読んだ。
その結果、「数学界の王者はガウス」で、「貧困の天才はアーベル」で「天才と狂気の数学者はガロア」だ、というような知識でいっぱいになってしまった。アーベルの味わった貧困に涙し、20歳で決闘によって散っていったガロアに同情した。ガウスの誠実さには心を打たれた。
そして、信じられるだろうか。私は数学者になると決心したのである。情念だけで数学者になろうとしたのだからすごい。さっそく数学関係の本を買いあさった。
ヒルベルトの「幾何学の基礎」やカントールの「超限集合論」のような、歴史的文献を集めて、本棚に飾った。棚が数学書でいっぱいになった。
「うん、数学者らしくなった。本がないと学者らしくない」
しかし、こうした本は、何が書いてあるかさっぱり理解できなかった。これでは数学文献のコレクターだ。大学の数学の教科書で勉強しなおすことにした。
「大学の数学ぐらいならわかるだろう」
昔、数学専攻の友達が、高木貞治の「解析概論」を持っていたのを思い出して、まねて勉強を始めた。しかしこれも最初の1ページを見ただけで、何が書いてあるのかさっぱり理解できなかった。
「うぅーん、大学の数学もタフだ」
仕方ないので、基礎から始めることにした。高校の数Ⅰ、数Ⅱ、数Ⅲを学びなおすことにしたのである。定評のあった矢野健太郎(ヤノケンと呼ばれていて高校生の間で評判が高かった)の参考書を買い込んで勉強を始めた。
私は当時営業担当だったが、あいている時間はいつもヤノケンの参考書を解いていた。営業の途中でも参考書を忍ばせた。夢中になると降りる駅を間違えて、約束の時間を違えた。言い訳が大変だった。
「ちょっと、考え事をしていて、降りる駅を間違えました。申し訳ありません」
「頭のええ人は、考えることがぎょうさんあって、大変でおますな」と思いっきり皮肉を言われた。
こんなに努力した結果、3年目にようやく数Ⅲにたどり着いた。高校時代にすっぽかした、あの数Ⅲだ。ここで極限の概念をはじめて知ったが、何度読んでも極限が理解できなかった。覚えておられるだろか、∞ー∞のような、不定形の概念である。ここを突破できなければ、数Ⅲの微分や積分に到達できない。
しかし、当時の参考書はどんな人間にも極限の概念を理解させるようなレベルに達していなかった。ヤノケンの参考書でもそうだった。私は涙を飲んで数学者になる夢をあきらめた。
「しょうがない、この会社に骨を埋めよう」
それから20年以上たったある日、定年後のことを考えた。
「定年になって有り余る時間を過ごすのは大変だ。時間つぶしがないと生きていけない」
昔、数学の参考書を時間を忘れて読んでいたことを思い出した。今度は、大学受験の雄、馬場敬之(けいし)の参考書で勉強を始めた。彼が「どんな人間にも数学を理解させることができる」と豪語していたからだ。
「パーでも大丈夫」といっているに等しい。
私は彼の参考書を読んで初めて極限の概念を理解し、数Ⅲを理解した。
「もしかしたら、数学者になれるかもしれない」再び舞い上がった。
しかし、まあこの年だ。
数学者にはなれそうもないが、数学の愛好家ぐらいにはなれるかもしれない。希望を持って生きよう。
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