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(22.5.31) スペイン経済の激震とユーロ

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 スペインのちっぽけな貯蓄銀行の倒産が世界経済を揺るがしている。
カハスール銀行と言うこの貯蓄銀行は、コスタ・デル・ソル(太陽海岸)近辺の不動産融資でリーマン・ショックまでは我が世の春を謳歌していたが、08年9月以降業績が急激に悪化し、5月22日にはスペイン中央銀行の管理化に置かれた。

注)コスタ・デル・ソルは日本のバブル最盛期に、別荘地として日本人にも人気があった。

 負債総額は最大約20億ユーロ2200億円程度)だから、日本的感覚では住宅専門会社がつぶれた程度だが、市場はこれをスペイン経済崩壊のシグナルとみなした。

 スペインの貯蓄銀行は45行あり、融資はもっぱら不動産融資で、45行で26兆円規模に達している。
スペインの銀行は中央銀行の指導もあり、ディリバティブのような危険な商品には手を出さなかったが、不動産バブルに躍った国内の企業や個人に湯水のような不動産融資をおこなった。
ちょうど日本の80年代の不動産バブルとそっくりだと思えばいい。

 なにしろEU全体に占めるスペインのGDPは約10%なのに、EU内の建設の30%がスペインで占められた。
北欧やイギリスやドイツのような冬が長い国の国民にとってコスタ・デル・ソルのような場所は夢の別荘地だったし、スペイン国民も負けじと不動産投資に熱中したからだ。

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 現在普通銀行と貯蓄銀行をあわせた不動産融資の金額はGDPの約半分になり、不動産バブルの崩壊で融資額全体の約10%程度が不良債権と推定されている。
金融機関の収益率はそれほど高いものではなく、日本の銀行などの収益率は総資産の1%にも届かないので、収益で損失を補填するのは並大抵のことではない。

 したがってスペインの貯蓄銀行のほとんどが倒産危機にあり、スペイン政府は45の貯蓄銀行を15に統合する計画を出したが、もたもたしている間に倒産が始まりだしたと言う感じだ。

 市場はギリシャの次はスペインと狙いを定めており、格付会社フィッチは5月28日、スペイン国債の格付を最高位のAAAから一段階下げてAAプラスにした(S&Pは先月から引き下げている)。
このためスペイン政府はギリシャと同じく国債発行での資金調達が難しくなり、EUからの資金援助だけが唯一の調達手段になりつつある。
しかし、EUの支援条件は緊縮財政だ。

 このためスペイン政府はEUからの支援を得るため緊縮財政法案を5月27日にやっとのことで通過(賛成169、反対168)させた。
公務員給与の5%カット、年金の凍結等で本年殿財政赤字をGDP対比10%以下に抑えるという(09年度はGDP対比11.2%だった)。

 もっともこれには労働総同盟が大反発しているのはギリシャと同じで、サパテロ社会党政権はいままで労働者を甘やかせてきたツケを一気に支払わされている。
EUなんてくそ食らえ。とんでもない、ゼネストだ!!」大騒ぎになっている。

注)イメージとしては日本の民主党政権が急に子ども手当を打ち切ると言ったようなもの。

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ユーロの威信は地に落ち、いまや1ユーロは111円前後にまでなって、この先どこまで落ちるか分からない。
スペインのこのちっぽけな貯蓄銀行の倒産がユーロの大崩壊につながるのか、それともローカルな銀行倒産に過ぎないのか判断は難しい。
市場は大崩壊を予想し、政策当局者はあまりにナーバスすぎると火消しに躍起だ。


注)日本のバブル崩壊に比較すると、住専がつぶれた段階。現在長銀や日債銀クラスの金融機関についても不穏なうわさが出ている。

 しかし確実に言えることはスペインは日本と同様に不動産バブルのツケを支払わなくてはならないと言うことで、スペイン経済は長い停滞局面に入ったことだけは確かだ。


注)時価会計中心のアメリカやイギリスはすぐにツケを支払わされ、簿価会計が中心のユーロは時間をかけて支払わされるが、いづれにしてもツケは必ず支払わされる。

 

 

 

 

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(22.5.30) アップルのタッチパネル革命

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 5月26日、アップル社株式の時価総額が、マイクロソフトの時価総額を抜き、約20兆円になったと言う記事が新聞をにぎわせている。
アップルマイクロソフトに時価総額で抜かれたのが、1989年の12月だから、約20年かけてIT業界NO1の地位を取り戻したわけだ。

 アップルマイクロソフトは共に70年代の半ばに創業し、80年代は圧倒的にアップルのパソコンがマイクロソフトを凌駕していた。
私がパソコンに触りだしたのはこの80年代だが、アップルのパソコンは機能は抜群で画面も美しかったが、なにしろ価格が高くてとても手が出せなかった。
仕方なくNECのパソコンで我慢していたのを思い出す。

 そのアップルが凋落したのが90年代で、特にマイクロソフトOSWindows95を発売してからはまったく、アップルのマックは歯が立たなくなっていった。
マイクロソフトのOSはどのメーカーの機種でも採用できたが、マックOSはアップル社の製品に限る戦略で失敗したからだ。

 デザイナーなどの特殊な人を除いてはマックの使用はなくなり、OSと言えばWindows、事務用ソフトといえばOfficeになり、パソコンの世界ではマイクロソフト一色になってしまった。
一方アップルと言えば、赤字に悩む斜陽企業で、もはや復活は不可能と思われていた。
マックもロータス1.2.3と同じ運命をたどったのか・・・・・・

注)ロータス1・2・3はOfficeが出るまでは事務用ソフトの代表だった。

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 しかし信じられないものだ。アップル社は不死鳥のようによみがえった。

 01年にアップル社はiPod(アイポッドと言うデジタル音楽プレーヤーを発売して大人気を博したのだが、これでアップルが復活するとはとても思われなかった。
やれやれ、アップルはマックが売れないので仕方なしにプレーヤーを発売したのか」そんな感じだった。

 しかし続いて07年にスマートフォンのiPhone(アイフォーンが発売されると世界が驚いた。スマートフォンがタッチパネル方式の携帯になっていたからだ。
それまでのタッチパネルは単にアイコンを指でタッチすると言うものだったが、アップルのタッチパネルはまったく違っていた。

 縦横を変えられ、拡大縮小も思いのままで、しかも画面のスクロールもできるのだから、操作をした人は目を見張った。

注)私は携帯を使ってないが、一番の理由は日本の携帯は操作方法が実にややこしいからだ。
特にメールを打とうとするとパソコンの操作卓と異なって、少ないキーに何文字も割り当てられているので、面倒なことこの上ない。


 iPhoneは従来の携帯に比較すると圧倒的に操作性はよさそうだったが、それでもまだ私は使う気がしなかった。
画面が小さすぎて老眼の目になじまない
しかしこのiPhoneでアップル社は完全によみがえった。
パソコンの時代が終わり、携帯の時代に移っており、その携帯の操作方法で革命を起こしたからだ。
 
 かつてアイコンをクリックすると言う手法を編み出してパソコンの世界に革命をもたらしたのはアップル社だが、今度は独特のタッチパネル携帯の操作を簡便化する革命を起こした

Biz1005280848005n11  そして今回発売されたiPad(アイパッド)には驚いた。大きさは一般の書籍程度の大きさで、電子書籍の閲覧、ネットの閲覧、Eメール、動画視聴等ができるのだと言う。
電子書籍はページをめくる感覚だ。

 ここに来てようやく私が望んでいた大きさと機能を持った端末が現れた。
パソコンの機能を持ち、タッチパネルでスムーズに操作性ができ、適切大きさの画面で、老眼でも疲れない端末。
これならモバイル用端末(持ち運び用の小型パソコンの市場を完全にiPadが塗り替えるだろう。

アップルさん、おめでとう。あなたの勝ちだ。あなたのタッチパネルはまったく革命的だ。マイクロソフトのOSの時代が終わり、アップルのタッチパネルの時代になった。あなたはまるで不死鳥のようによみがえった

注)iPadの映像は産経新聞より

 

 

 

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(22.5.29) 弱剪定とペンキ屋さん

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弱剪定前の植栽。植栽が蔓草や他の植物に表面を覆われている) 

 この時期になると急激に植物が成長を始める。そうなると私の弱剪定の季節が始まる。
剪定には強剪定弱剪定があり、前者は枝葉をばっさばっさと切り取ってしまうのだが、一方後者は伸びすぎた枝を切る程度で、あとは植栽が蔓(つる)や蔦(つた)に絡まれていたり、雑草におおわれていたりするのを除去する作業だ。

 ここ四季の道では年に数回は業者が選定や草刈をするのだが、なにしろ雑草や蔓草の生長はとてつもなく早く、それだけでは植栽の管理がままならない。
私はほぼ毎日四季の道の清掃をしながらチェックをしているが、四季の道の植栽が蔓草に覆われて光合成ができなくなってくると、この弱剪定に取り掛かる。

今日は天気がよさそうだから、夏の道の太鼓橋の周りの植栽を手入れしてやろう
この太鼓橋の下の両脇の植栽は従来蔓草に覆われて、ほとんど死に絶えていたのだが私が毎年蔓草を除去していたらすっかり元気になってきた。
植栽は太陽光線さえあれば病気にならず成長する。

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弱剪定後。蔓草等を除去しておくと植栽が元気に育つ

 太鼓橋の下で作業をしていたら、いつもこの場所でセーフティウオッチャーをしている顔見知りのNさんが出てきた。Nさんは私がこの作業をしているのを前から知っている。
山崎さんは四季の道すべての面倒を見くれてはるの?」
いつもの軽やかな関西弁で声をかけて、私が刈り取った枝を袋に入れる作業を手伝ってくれた。

 実は今日は忙しい日だ。午前中はこの一帯の弱選定をし、午後からは有吉中学校の近くのベンチのペンキ塗りだ。
最近四季の道やその周辺のベンチが風雨にさらされてぼろぼろになってきている。

 かつてはいずれもペンキが塗られて木材の表面を保護していたのだが、既に20年近くも経って、ペンキははがれ、上には薄くコケが生え、木材が腐りはじめている。
このままでは、ベンチをみんな更新しなければならなくなりそうだ
だが、このご時勢だから、おいそれと予算措置は取れそうもない。
できるだけ現在の施設を長持ちさせるために、ペンキを塗ることにした。

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ペンキが剥がれてベンチの表面にコケのようなものが付着している

 だがしかし、四季の道は周囲6kmあまり、その回りに大小あわせて10ヶ所程度の公園がある。
こりゃ、一度にするのは難しそうだ
とりあえず夏の道公園からはじめて時計回りと反対の方向でベンチのペンキを塗っている。

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ペンキを塗っておいた。ペンキはすぐに乾くのだが念のためペンキ塗りたての注意書きをしておいた

 今日は天気もよくペンキ塗りには最適なのだが、太陽光線が強くすっかり疲れてしまった。
家に帰って風呂に入り、1時間あまり寝込んでようやく身体が動き出した。

 これからしばらくは1週間に1回程度の割合で弱剪定とベンチのペンキ塗りをする予定だが、老人の身にはかなりの重労働だ。
老人疲れやすく、草木繁茂し、ベンチ朽ちやすし」だ。

 

 

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(22.5.28) マルチはマルチ ビズインターナショナルの仮想空間

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 石川五右衛門が「浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ」と言ったが、それは本当だ。
次々と新型のマルチ商法が現れ、今度はビズインターナショナルの仮想空間だと言う。
ワールドオーシャンファームのときは「海老」であり、円天商法のときは使っても減らない通貨「円天」だったが、段々と実態がないものに移ってきた。

 今回の仮想空間では約40万円のビジネスキットを販売することで、紹介料をもらえる仕組みだから、実態は今までのマルチ商法と何ら変わりがない。
ビジネスキットはビズインターナショナルが開発したIP電話のセットのことで、それ自体は数万円の価値しかない(実際は使用されないのでまったく価値はない)。

 仮想空間はほんの付け足しで、「この仮想空間で不動産投資をおこなえば巨万の富を得ることができる」と勧誘したが、実際の仮想空間では不動産投資のシステムは未開発だった(開発するつもりはなかった)。

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 勧誘時のうたい文句は以下のようなものだそうだ。

① まったく新しい仮想空間でセカンドライフとは異なる(アメリカにある仮想空間セカンドライフをイメージしていることが分かる

② 所ジョージが毎月5000万の収入を得ている(
こんなところで名前を使用された所ジョージ氏はさぞ迷惑なことだろう

③ NTT DOCOMOの参入あり(
ドコモにとっても迷惑な話だ

④ 回りの人にも出資してもらう必要がある(これがマルチの常套手段で、新規出資者がいなくなったところでマルチは破産する

⑤ 価格はビジネスキッドで約40万円(
この価格設定は老人のような小金持ちを対象にしたものではなく、仮想空間に慣れている若者を対象にしているとが分かる

⑥ 出資は09.5.31まで。それ以降は一般会員になるので配当金が少なくなる(
出資者の気持ちをあせらせる措

⑦ 仮想空間の不動産投資で莫大な賃貸料が入り、必ず儲かる(
実際はこの仮想空間は用意されていない

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 こうした歌い文句で強引な勧誘を進め、昨年の11月段階で、会員数が3万人弱、約100億円の出資金を集めたのだそうだ。
もっとも何時までたっても不動産投資などできないので、会員から出資金返済の訴えを起こされ、昨年の11月には消費者庁から6ヶ月間の営業停止処分を受けている。

 しかしこの程度でへこたれないのがマルチ商法で、ビズインターナショナルは業務を子会社のIT企業に移してマルチ商法を継続していた。
名前をかえてさらに同じマルチを繰り返すのも、マルチ商法の常套手段だ。

 しかしマルチ商法が次々と手を変え品を変えて現れるのは、すべての人が損失をこうむるわけではなく、主催者と当初の会員は必ず儲かるからだ。
一方後に入った会員は後になるほど出資金を損をする仕組みになっている。

注)マルチ商法は蜜の味を参照

 マルチ商法は新会員の出資金を先に入った会員に配当する仕組みだから、新会員がいる間はこの仕組みは継続する。
どの程度継続するかの目安は配当金にあり、配当金が約50%であれば約2年、30%であれば約3年で、配当率の逆数に比例する(その段階で金がそこをつく

 こうしたマルチ商法が次々に現れてくるのを見ると、やはり石川五右衛門の言葉は正しかったと思う。
世に盗人の種は尽きまじ」だ。

 

 

 

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(22.5.27) 大相撲とヤクザ

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 大相撲ヤクザの関係は昔から切っても切れない縁があるらしい。
最も大きな理由は地方巡業をするときの手配師の多くを、その土地の暴力団が取り仕切っていることにある。

注)ただし、相撲協会は現在では暴力団が興行を取り仕切っていないと主張している。
なお芸能界でも暴力団との関係が深いが、これも地方の興行権を暴力団が独占しているためである。


 今回問題となっているのは昨年の名古屋場所で向正面の溜席たまりせき)にのべ55人の暴力団幹部が相撲観戦をしていたことで、通常はたにまちと言われる人たちの観戦席になぜかくも多くの暴力団関係者が座っていたかということが問題となった。

 私は当初、「暴力団関係者だって相撲好きの人がいるだろう」ぐらいに思っていたがどうもそんな簡単なことではないらしい。
この溜席は一定額以上の寄付をしてくれた人に割り当てられる特別席で、土俵の周りの約300席が割り当てられているのだという。

 私は相撲ファンだからNHKの相撲放送を常時見ているが、昔からこの土俵の回りの溜席に、どちらかといえば花柳界の女性と思しき人が多いのに不思議に思っていた。
和服を上手に着こなした美人が座っていると力士よりその人に目が行ってしまう。
今回はさらに暴力団幹部だという。

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 今回問題になっている暴力団関係者とは山口組系弘道会のことだが、弘道会は名古屋でスポーツ関係のイベントを主催しており、それが資金源になっているのだそうだ。
当然大相撲との関連は深い。

 名古屋場所では親方2人を通して、溜席の入場券を入手したのだそうだが、なぜ暴力団幹部がこの席に座っていたかの理由を聞いて驚いた。

 相撲放送は刑務所でも見れるのだが、この向正面の溜席はちょうどテレビで観戦者が映る場所にあり、服役中の山口組6代目組長、篠田受刑囚に組員が元気に組を守り立てているところを見せたかったのだという。
本当だろうか? 手でも振って合図でもしていたのだろうか?」不思議な気がした。

 この席に暴力団関係者がいたことを発見したのは愛知県警の暴力団担当だったようで、相撲協会はその事実を知らされ上を下への大騒ぎになった。
なにしろ相撲協会の武蔵川理事長が「暴力団との関係を絶つ」と言明していたのに、実際は特別席に55人も暴力団幹部を招待していたのだから話が合わない。

 朝青龍問題がようやく片付き、「やれやれ、これでお荷物がなくなった」とほっとしていた後だけに、「またも大相撲の不祥事か」と思われてしまう。

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 さらにこの事件との関連性は分からないが大関琴光喜が違法な野球賭博に手を出し、暴力団関係者から1億円の口止め料を要求されているとの報道が週刊新潮に掲載された。

 琴光喜本人はこれをきつく否定しているが、関係者が数人おり既に警察の事情徴収を受けているようだ。
これが事実だとすると、暴力団員の相撲観戦問題より大事件になり、現役力士の引退問題まで波及する可能性がある。

 白鵬の二場所連続全勝優勝で盛り上がってきた大相撲を、こうした暴力団関連の事件で水を指されるのは本当に残念だ。
しかし暴力団抜きの地方巡業ができない限り腐れ縁は絶てそうもないので、この問題は根が深そうだ。

 

 

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(22.5.26) 韓国の9.11 哨戒艦天安の撃沈にいかに対処するか!!

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 韓国の哨戒艦天安が北朝鮮の魚雷攻撃によって撃沈されたことが明らかになって、南北関係は一挙に緊迫の度を加えている。
李明博大統領は24日談話を発表し、以下のような制裁措置を取ると言明した。

① 北朝鮮の謝罪と関係者の処罰の要求
② 国連安保理へ北朝鮮の制裁決議提出
③ 開城工業団地を除く対北経済交流の中断
④ 領海、領空侵犯等には即時自衛権の発動
⑤ 北朝鮮船籍の韓国側海域の通行禁止


 また国防相は、米韓合同の対潜水艦訓練を近く実施、今年後半に韓国周辺海域で大量破壊兵器拡散防止構想に基づく海上封鎖訓練を準備していると発言した。

 これに対し北朝鮮は猛反発しており「韓国のでっち上げだ」と主張しているものの、明確な魚雷攻撃の証拠があり、また過去何回も韓国に対しテロ攻撃を仕掛けた前科があるだけに、国際世論は「テロ国家北朝鮮がまたやったのか」という受け止め方だ。

注)83年のラングーン事件では韓国の閣僚17人が爆死させられ、87年の大韓航空機爆破事件では115人が犠牲になっている。

 もっとも韓国国内では金大中、ノムヒョンと2代続いた左派政権が10年余りも太陽政策を推し進めていたことから、北朝鮮はもはや韓国に対してテロを仕掛けることはないのではないかと見られていただけに韓国内のショックは大きい。

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 また李明博大統領も基本的にはこの太陽政策を継承してきたが、今回の談話はその太陽政策との決別を意味し、全面戦争を避けながらも、二度と北朝鮮がテロ攻撃を仕掛けないようにさせるにはどうしたらよいかとの苦心のあとが見られる。

 実は韓国にとって最も重要で実質的な措置は国防相が発表した、米韓合同の対潜水艦訓練と核拡散防止構想に基づく海上封鎖訓練である(北朝鮮を刺激しないためわざと大統領ではなく国防相から発表させた)。

 対潜水艦訓練は、北朝鮮小型潜水艦によるホーミング魚雷による攻撃に対処するためだ。
今回の事件で北方限界線NLL近海では北朝鮮が制海権を握ってしまったので、この制海権を取り戻どさなければならない。
また核拡散防止構想による海上封鎖が必要なのは、現在北朝鮮の輸出物資が核物質とミサイルになっているからである。

注)ホーミング魚雷とはスクリュー音を追尾して敵船の真下で爆発するようにセットされた魚雷

 一方経済協力の全面停止後も、開城工業団地の引き上げは除いているが、これは韓国にとっても北朝鮮にとっても犠牲が大きすぎるからだ(ここからの引き上げは全面戦争になる可能性が高い)。

 開城工業団地には121社の韓国企業が進出しておりこの団地の貿易額は、南北の貿易額約1500億円56%約850億円の規模となっている。

 北朝鮮はこの団地で4万人の工場労働者が勤務しており、その給与等の収入は年間約45億円といわれている。
北朝鮮にっては核物質とミサイル以外のまともな貿易は対韓国貿易だけであり、この工場団地が閉鎖されれば対外的に完全に孤立する。

注)これ以外には中国との貿易があるが、実質は中国の経済援助であって、貿易とは言いがたい。

 一方韓国は常時1000人規模の韓国人が開城工業団地で経営指導に当たっており、もしこの団地から完全撤退をすると、団地で働いている韓国人がすぐさま戦争捕虜になってしまい、さらに今までの投資額約5億ドル450億円相当)の資産を失うことになる。

 李明博大統領としては、北朝鮮との全面戦争は避けるが、NLL周辺の局地戦争では負けない体制を作り上げるということで、二度と北朝鮮がテロ攻撃に出ないような体勢さえ築ければ了としたいようだ

800pxnorthern_limit_linesvg1  だがしかしNLLと言われる北方限界線は実に厄介な問題が存在している。
ここは朝鮮戦争終結時点で、連合国側が海上の軍事的優位を背景に一方的に設定したものであり、北朝鮮はこれを認めていない。
実際地図を見てみると分かるが、NLLは北朝鮮の沿岸を取り巻くように設定されており、北朝鮮から見れば許しがたい領海設定になっている。

注)この海域では1999年に第一延坪海戦、および2002年に第二延坪海戦(西海海戦)がおこなわれており、北朝鮮が北方限界線を越境、韓国軍に戦闘を仕掛けている。
また2009年11月10日には、大青海戦と呼ばれる両国間での銃撃戦が発生し、北朝鮮の警備艇が大破しながら逃げ帰った。

 
ここNLL周辺海域は互いに領海を主張しあっている場所なので、いつでも戦闘が起こる。
両国とも全面戦争を避けながら、この局地戦と言われる領海紛争は負けるわけに行かない。
そして最も懸念されるのが互いに意地を張り合って、局地戦が全面戦争になってしまう危険性だ。


注)市場はこれを懸念してウォンと韓国株式を売っている。

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局地戦で勝利し、かつ全面戦争にしないための決断とは何か
韓国大統領は常時白刃のヤイバの上に座って決断しているようなものだ。
この韓国大統領に与えられた試練に比較すれば鳩山総理の普天間基地問題など試練に値しないことが分かる。

 一方は戦争の瀬戸際でぎりぎりの判断を要請され、一方は実質的にアメリカの庇護の下に安全を図られているため、防衛問題を住民の負担軽減の問題と思っている者の差である。

 韓国の大統領と比較すると、日本の首相は親に甘えている子どものようだ。それでも首相をしていられるのだから平和国家日本を喜ぶべきなのだろう。


 

 

 





 

 

 

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(22.5.25) 文学入門 中島敦 「山月記」

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 次回の読書会のテーマ本は中島敦の「山月記」である。この本をテーマ本に選んだのはTさんだが、Tさんはいつも古典中の古典というような本を選んでくれる。前回はヘルマン・ヘッセの「車輪の下」だった。

 私は過去(たぶん高校時代)に中島敦の小説を読んだはずなのだが、まったく記憶に残っていなかった。おそらく読もうとしたが漢字が難しく、また漢文の素養がなかったので読めなかったのではないかと思う。

 中島敦は明治の晩年に生まれ、戦時下の昭和17年、喘息の発作で33歳の若さで死去している。
この山月記が文学界に掲載されたのがこの昭和17年で、中島敦の他の作品が世間に知れ渡るようになったのは死後のことである。

 中島敦の中国古典文学に対する素養は群を抜いており、それは父方の一族が漢学者で儒者だったことから来ているようだ。
山月記はほとんど漢文読み下し文のような短編小説で、語句や引用について丁寧な解説がないととても読めるような代物ではない。
幸いにこの新潮社の文庫本は本文と同じくらいの解説がついているのでとても読みやすい。

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山月記」のストーリーは中国の古典、唐代の「人虎伝」に素材を仰いで、それを中島敦の世界に投影した作品である。
ほとんど中島敦本人の人生そのものと言っていい。

 主人公李徴は唐の玄宗皇帝の時代に科挙の試験に優秀な成績で進士となり、江南で地方官を勤めていたが、自分は詩作によって死後百年に名声を残そうと、官吏をやめ山にこもって詩作にふけった。

 しかし李徴が作った詩は世の中で認められず、たちまちのうちに貧窮しふたたび節を曲げて官吏の下っ端になったが、そのときは同僚ははるか高官に上り詰めていた。

 李徴は自分の地位が極度に低く、一方それによって立とうとした詩才がまったくないことに悲観して精神的に追い詰められていった。
あるとき汝水のほとりで宿を取ったとき発狂し、そこを飛び出し二度と世間に戻ってこなかった。ようとして行方が分からなくなったが、李徴は山野に分け入り虎になっていた。

 それから1年後、李徴と同時期に進士に合格し、唯一仲のよかった監察官のがこの地にやってきて、山越えをしようとしていた。地方官の一人が「この山には人食い虎がいるので夜間の山越えをしないように」と止めたが、袁は人数が多かったこともあり、あえて山越えをすることにした。

 はたして袁は人食い虎に襲われたが、なぜか虎は直前で襲うことをやめた。そして叢にかくれたまま「あぶないところだった」とつぶやいている。
はその声の主が、かつての同僚李徴であることを認めた。

 叢をへだてて袁と李徴は旧友を暖める。李徴によれば虎になってからもときどき人間の心に戻るのだが、段々とその時間が短くなってきておりそのうちに完全に虎になってしまいそうだという。
しかし虎になっても今だ人生をかけて作った詩の数十篇は諳んじている。自分が存在していた証として「これを後世に伝えてもらえないか」と李徴は袁に懇願する。

 袁は快くその申し出を受ける。
李徴は長短およそ30編の詩を朗々と歌い上げたが、袁はその詩を部下に書き留めさせた。袁は李徴の詩が間違いなく第一級の詩で、格調が高く作者の非凡さをうかがわさせたが、しかし「このままでは、第一流の作品となるのには、何処かかけるところがあるのではないか」と思ってしまう。

 李徴は妻子の生活をにたのみ、そして最後にこの道を二度と通らないように袁に言う。もうその時は完全に虎になってしまっているはずだからだ。

 最後に分かれてからしばらくたって振り返ってほしいという。そのとき自分の虎になった姿を見せるが、それはが再び私に会いにこの場所に戻ってくるのをやめさせる為だという。

虎は、既に白く光を失った月を仰いで、二声三声咆哮したかと思うと、又、元の叢に躍り入って、再びその姿を見なかった」とこの短編小説は終わっている。

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 やはりこの短編小説の虎は中島敦そのものだと思う。喘息の持病のため朝日新聞社に入社できず、横浜高女で教鞭をとったがそこも止め、南洋庁で編集書記をしていたが身体を壊し、結局小説家として世に出ようとしたが、この山月記を世に問うたのが、鬼籍に入る33歳の時だ。

 死後中島敦の代表作の一つ、「李陵」を文学界に掲載し、世間に中嶋敦を認めさせたのは、唯一の友人といってもよかった日本百名山の著者深田久弥だが、中島敦が李徴で、深田久弥が袁だとすれば、小説と実際の人生が完全に符合する。

 私はこの山月記も、またこの新潮文庫に一緒に納められている名人伝、弟子、李陵も傑作だと思うが、中島敦自身は自分の才能を完全には信じていなかったようだ。
に「このままでは、第一流の作品となるのには、何処かかけるところがあるのではないか」と言わしめたのがそれで、中島敦ほどの才能の人でさえ、完全には自身の才能を信じることができなかった。

 中島敦の短編は実にいい。この漢文調の硬質のリズムは特に好きだ。私は高校を卒業してからは漢文にいそしむことはたえてなかったが、中国古典の世界も捨てたものでないとつくづく思ってしまった。


 なお、本件については読書会の主催者、河村義人さんと「名月記」のレポーター、M.Tさんが詳細な感想文を書いていますので是非参照してください。
http://yamazakijirou1.cocolog-nifty.com/shiryou/2010/06/22616.html

 

 

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(22.5.24) ちはら台走友会の青葉の森リレーマラソン

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(スタート。11番がちはら台走友会のエース 小栗さん

 千葉市の青葉の森公園で毎年開催されている青葉の森リレーマラソンは年々盛んになっているらしい。
このリレーマラソンはフルマラソンの距離を、10名以内の選手一周約2kmの距離をタスキリレーして競う競技で、今回の参加チーム数は220チームだった。

 主催者は、どうやら220チームで足きりをしているようで、ちはら台走友会は当初3チームで申し込みをしたのだが、2チームしか参加が認められなかった。
私のよく知っているおゆみ野リリーズも今回は抽選漏れだったといっていたので、競争率はかなり高くなっている。

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ちはら台走友会のテント。雨だったのでテントがないと体がひえてしまう

 今日(23日)はあいにくの小雨模様でレースの間中小雨がぱらついていた。最も走るほうから言えば小雨ぐらいがちょうどいいので、反対に太陽が燦燦と降り注いでいたりすると、暑さで脱水症状になってしまう。

 ちはら台走友会の2チームは早いチームと、それ以外という組み合わせで、早いチームは上位入賞を狙っていた。ゼッケン番号は申告タイム順で早いチームは11番、遅いチームの番号は89番だった。

 結果は早いチームが総合で12位クラブ別では2位2時間37分でゴールした。遅いチームは3時間8分90番台だった。

注)この競技では総合10位までの表彰と、この10位までを除外して、クラブ部門や男女混合部門等の表彰が行われる。

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ちびっ子ランナーも大人にまじって走っているが、なかなか速

 私は遅いチームのメンバーなのだが、約2kmを8分13秒から34秒の間で走っていた(3回走った)。
最近はかなり真面目なトレーニングをしており、ウルトラマラソンや、スピードプレイの練習もしているので、いつになく持久力とスピードが復活してきている。
今年の目標が、フルマラソンの年齢別ランキングで日本で100番以内を目指しているので、気持ちの持ちようが違うみたいだ。

 しかしいつものことだが、このリレーほど面白いものはない。個人走だとどうしても苦しくなったら手を抜いてしまうが、団体のリレーでは目いっぱい走ってしまう。
普段は絶対に走れないようなスピードで走れるので、終わった後の満足感が違う。
そうか、まだまだスピードも出すことができるんだ

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仮装ランナーも楽しいものだ)

 走友会のメンバーも楽しげに走っていた。他にも知り合いの四季の道ランナーズおゆみ野NASのメンバーが走っていた。
何か千葉近在のランニングクラブが総出のような大会だった。


(別件)

ここおゆみ野の地で昨日(23日)から花器展が開催されています。場所は苅田郷でこの近辺では珍しい農村風景の残っている場所です。


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花を待つ花器 ~作家の花器と生け花展~
期日:2010年 5月23日(日)~5月29日(土)
時間:AM11;00~PM5;00 期間中無休
場所:苅田郷内 ギャラリー凌雲洞(りょううんどう)
   千葉県千葉市緑区刈田子町13番地  
   043-235-7757(開催中問い合わせ先)
主宰:苅田郷 代表 髙梨

※26日(水)のみ、生け花の展示はありません。


陶芸家が1点1点心をこめて創り上げたエネルギー溢れる土もの(つちもの)の花器に、苅田郷に自生している葉物をふんだんに利用した生け花が花器を飾ります。花器は主に栃木県益子や茨城県笠間、千葉県に在住する作家が創った花器で、水盤、筒型、壺、不定形な形のものから小瓶に至るまで、いろいろと取り揃えてございます。皆さまのお越しをお待ちしております。

 

 

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(22.5.23) 小谷小学校の運動会

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 私が評議委員をしている小谷小学校の運動会が22日(土)に開催された。学校から招待状が送付されてきていたのだが、本音を言えば今回はあまり乗り気でなかった。
毎年出ているので今度で4回目だ。もうそろそろサボらせてもらおうか

 しかしそうは問屋が卸してくれなかった。私はほぼ毎日四季の道の清掃活動をしているのだが、ちょうど小谷小学校の登校時間にかち合って、セーフティー・ウォッチャーのお母さん方に会う。

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 私はこのセーフティー・ウォッチャーのお母さん方とは顔見知りなので、いつも気安く声をかけあっている。
山崎さん、今度の運動会に来てくれるでしょう、私の子どもは黄色組みなの
私の子は赤組よ、来てね
私の子どもは青、青応援してね

 とても行かないというような雰囲気でなくなってきた。
はは、私は小谷小学校の審議委員ですから、必ず行きます。子どもたちを応援しましょう」調子よく答えた。
いつものように頼まれると断ることができない。

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 22日はほぼ一日中晴れていて、風も実に心地よい運動会日和だった。来賓席の一番前に陣取って、カメラとビデオをセットして運動会風景を写したが、見ている限りはなかなか面白い。

 私はマラソンが趣味だし、子どもたちにマラソンを教えている関係からどうしても徒競争に目が行ってしまう。
走り方の上手なフォームの整った走りなど見ると惚れ惚れする。

うぅーん、この子は陸上をすればきっといい選手になるだろうな
なんで上級生になると急に体が太って熊みたいな走り方になるのだろうか
なんて気持ちで見ていた。

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 小谷小学校のグランドは直線で50m程度しか取れないため、それ以上の距離の場合はトラックを使って曲線を走ることになる。
見ていると一番外側の選手がほとんどトップで入ってきたが、これは内側になるほど急角度に回らなくてはならないのでスピードを出せないためだ。
狭い運動場のトラックは絶対に外側が有利だ、これじゃ内側の選手がかわいそうだ」同情してしまった。

 私が小学校の運動会をしていたのははるかに50年以上も前のことだが、現在も種目はほとんど変化がなく、徒競争、綱引き、玉入れ等実に伝統的な競技ばかりだった。
そうか、運動会はいつまでたっても昔ままか・・・・・」少し感慨深かった。

(別件)ベンチのペンキ塗りについて

 最近四季の道や周辺の公園のベンチが腐りはじめており、とても気になっていました。また当初はペンキが塗ってあったのですが、既に剥げ落ちてしまい、その上にうっすらとコケが生えていたりしています。

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ペンキを塗っておきました

 2ヶ月ほど前からベンチのペンキ塗りに取り掛かっています。本当は腐った場所を木製パテ等で補修した後ペンキを塗りたいのですが時間がかかるため、当面は腐りそうなベンチにペンキを塗るだけにしております。
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年数がたって腐りかけています

 

 

 

 

 

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(22.5.22) 口蹄疫について 赤松農相の深き責任

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 今回の口蹄疫(こうていえきの封じ込め作戦を見るにつけ、初期対応の必要性と、なぜ今回これほどひどい拡大をしてしまったかと不思議な気がする。
それというのも前回2000年に口蹄疫が発生したときは、宮崎県と北海道で封じ込めに成功し、宮崎で35頭、北海道で707頭の牛の殺処分で済んだからだ。

 ところが今回はすでに12万頭の牛と豚が殺処分にされ、さらに口蹄疫が発生している宮崎県の4町の半径10km以内の全家畜にワクチンを接種した上で、殺処分を施すのだという。

 ワクチンを接種するのは生かすためではなく、ウィルスが増殖して蔓延する速度を弱めるためで、そうでもしないと封じ込めがまったく効果がないという。
この殺処分対象の牛は約5万頭、豚は約15万5千頭で、合計20万5千頭になるそうだ。

追加)23日のNHKの放送では全体で16万5千頭となっていた。数字はその都度変更されるので、概算の意味しか持たない。

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 すでに口蹄疫が発生して農場全体の家畜が殺処分にされることになっている家畜を加えて合計で約32万5千頭の牛や豚が殺処分されることになる。
なぜ前回は封じ込めに成功し、今回は失敗したのだろうか。

注)殺処理される牛1頭当たり60万円、豚1頭当たり3万5千円の補償費を農家に支払うの案を出したが、自治体から承認は得られず、評価額に応じて補償費を支払う案で交渉中。
概算で500億円程度の費用が必要になりそう。


 口蹄疫が確認されたのは4月20日が第1号となっているが、3月にA農場が飼育していた水牛に口蹄疫の症状が出ていた。
当時は風邪と診断されていたが、残されていた検体を4月に確認したところ陽性反応が出たので、これが実質的な第1号と言われている。

注)なぜ3月段階で検体の分析をしなかったのかは不明。

 もし、この段階で当該農場とその周囲1kmのすべての家畜を殺処分していたら、これほどの拡大はなかったはずだと専門家の一人が言っていた。
口蹄疫の封じ込めは火事対策と同じで、初期消火をすれば小火で終わるのに、何もしないで放って置いたために大火になってしまったようなものだ。

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 そうした意味で今回の赤松農相の対応は担当大臣としては失格だった。
農水省が口蹄疫を正式に確認したのが4月20日で、この日に農水省内に対策本部を設置している。

 しかし農水省の対策本部長だった赤松農相は、口蹄疫問題を軽く見ていたらしく4月30日~5月8日までの間外遊に出てしまった。
外遊先はキューバ・メキシコ・コロンビアだが、特別な会議があるわけでなく、表敬訪問の域をでない。
現地では赤松農相ゴルフをして楽しんだと報道されており、この訪問が緊急なものでなかったことが分かる。

 一方自民党が政府に対し口蹄疫対策を申し入れたのが4月30日で、赤松農相は自民党との会談をキャンセルして外遊に出発している(鳩山総理が対応した)。
この頃まで政府首脳も赤松農相もこの口蹄疫問題をまったく重要視していなかったことが分かる。
赤松農相の外遊をとりやめるほどのこともあるまい。赤松君にも息抜きが必要だ。ゴルフでもしてきたらいい」危機感がほとんどない。

 この間、政府側の責任者は副大臣が勤めることになっていたが、大臣と副大臣の場合の危機発生時点の対応はまったく異なる。
最高責任者の農相がいない場合は、副大臣は決定的な決断はほとんど下さない。
大臣がお戻りになってから結論を出しましょう」必ずそうなる。

 特に10km以内の家畜の全頭殺処分などという決断は、農相や首相以外の人ができるはずがない。
口蹄疫の蔓延が明らかになった5月17日、政府対策本部の本部長を首相に格上げしたが、これは「赤松農相ではダメだ」という意味だ。
地位と責任がある人が、その最も大事な時期にゴルフをして遊んでいるようでは、こうした人に決断を求めるのはどだい無理だ。

 自民党の石破前農相が「大臣在任中の海外出張で現地で1泊以上越えたことがない。危機管理とはそうしたものだ」と言ったが、この場合石破前農相の言葉はまったく正しい。

 今回の口蹄疫の蔓延をすべて赤松農相のせいにするのは酷としても、赤松農相4月30日~5月8日までの間、その職務を全うしなかったことは確かで、今回の口蹄疫拡大の責任が一番重い。

 地位にはそれに伴う責任がついて回る。地位だけをむさぼった今回の赤松農相の外遊は歴史的失態だったと私は思っている。

 

 

 

 

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(22.5.21) 第2のリーマン・ショック前夜 5月10日の攻防 ギリシャを救え

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 5月10日、西欧の金融市場がすんでのところで、第2のリーマン・ショックに陥るところだった。
ギリシャ、ポルトガル、スペインの金融機関を中心に、短期金融市場で資金調達ができない銀行が現れ、金融機関の連鎖倒産が起こりそうだったからである。

 通常、金融機関は短期金融市場で無担保で数日(通常翌日までが多い)の資金のやり取りをして資金繰りをまかなっているのだが、この短期金融市場が凍りついてしまい、資金の出し手の金融機関がなくなってしまった。
ギリシャ国債を持っていそうな金融機関には金を貸すな!!

注)短期金融市場のレートは通常とても低い。たとえば0.1%だとすると1億貸して1日の利息は300円程度。だから出し手の銀行は、こんな小額の利息を稼ぐよりは手持ちをして安全を図ろうとするので、危ないうわさが出るとたちまちのうちに短期金融市場は凍りつく

 すでに(3日EUとIMFギリシャに対して1100億ユーロ約12兆円)の資金援助を公表していたのに、まだ市場は疑心暗鬼だった。
どうせギリシャは公務員給与の引下げや年金の引下げなんかできるはずがない。結局ギリシャ国債を持っている金融機関は国債の棒引きに応ずることになる

 どこの金融機関がどれだけギリシャ国債を持っているか分からないので、とりあえずギリシャ、ポルトガル、スペインの銀行には金を貸さないことにした。
ギリシャの次はポルトガルとスペインだ。これらの国の国債はクズだし、金融機関も危ない

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 あまりに急激な資金ショートに世界各国の首脳は驚いた。
これは第2のリーマン・ショックになる。世界経済が再び崩壊する!!
オバマ大統領、メルケル首相、サルコジ大統領、スペインのサパテロ首相が電話をかけまくり、対応策を検討した。
何でもいいから市場を驚かすような大規模な支援をうちだそう

 決まった支援策は、以下の通りだった。

① EUとIMFで総額7500億ユーロ(約83兆円)の融資枠の設定(EUの資金はドイツやフランス等が保証してEUが調達

② ECB(欧州中央銀行)による国債購入

③ 日・米・欧の中央銀行が短期金融市場にドルを供給

④ ユーロ圏各国の財務の相互監視


はギリシャ以外の国が金融危機に陥った場合の救済措置、は買い手のなくなったギリシャ、ポルトガル、スペインの国債をECBが購入する措置(ただし市場から)、は資金調達ができないギリシャ、ポルトガル、スペインの金融機関に短期金融市場を通じて中央銀行がドルを供給する措置、はドイツやフランスといった財務状況が好調な国がギリシャ・ポルトガル・スペインの予算・決算を監視する措置である。

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 こうした措置は確かに市場を驚かせた。
やれやれ、EUの今回の対応で金融危機は回避されそうだ。EUの連携は立派なものだ

 それまで買い手のなかったギリシャ等の国債が買われるようになり、また危なかった金融機関も倒産を免れた。
ユーロは再び信任されて、各国の株式も上昇したので政策当局はほっと胸をなぜ下ろしたものだ。
よかった、第2のリーマン・ショックをすんでのところで食い止めた

 こうして5月10日の金融当局と市場の攻防は金融当局の勝ちに終わった。

 確かにこれで大パニックを押さえ込むことには成功したのだが、冷静になってみると市場はあることに気がついた。

これで金融機関の倒産や、国家の倒産はなくなったが不良資産がECB(欧州中央銀行)に集められ、ドイツやフランスの保証債務が増えるだけではないか!!

それにギリシャやポルトガルやスペインが財務改善に失敗すれば不良資産が増えるし、反対に本気になって財務改善を図ると緊縮財政になり成長戦略はとれない。
どっちに転んでもヨーロッパは長期にわたって景気後退が続く・・・


こりゃ、だめだ。ヨーロッパは日本のように成長力のなくなった社会になってしまった

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 さらに18日、ドイツが発表したユーロ圏の国債、CDS、ドイツの銀行株の空売り禁止が市場の心理を冷やした。
そうか、もうヨーロッパでは空売りで儲けることができないのか。ならヨーロッパから資金を引き上げて新興国や資源に投資資金を移そう

注)から売りは値下がり局面で収益を確保する手法。これを仕掛けられると国債価格等は止め処もなく値下がりする

 5月10日に120円台に持ち直したユーロも、また株式も再び売られだした。現在のユーロは112円から113円になっており、そのうちに1ユーロが100円程度になりそうだ。

 ユーロ圏は国家倒産の危険性はなくなったものの、将来にわたってまったく魅力のない市場に変わってしまった。
そして今投資対象からはずされ、資金の大移動が始まっている。


注)市場の動向は上記に述べたファンダメンタルな部分で動くが、投資技術的な面でその動きが増幅される。

 たとえば国債を扱うディーラーは常時持高と収益で監視されており、今回のようにギリシャ国債の値下がりが発生すると、持高制限にひっかかかり、ギリシャ国債を売らなければならなくなる(ギリシャ国債は今まで10億まで持ち高を許されていたのが急に5億に引き下げられる)。

 さらにギリシャ国債を売却することで損失が出ると、その穴埋めに利益が確保されている他の国債(ドイツ国債等)を売却して収益を確保しようとする。

 このためギリシャ国債もドイツ国債も売られて価格は低下し、ファンダメンタルを反映した低下幅以上に増幅して低下することになる。

 

 

 

 

 

 

 

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(22.5.20) NHKスペシャル アフリカンドリーム 「資源回廊の挑戦」

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 私はアフリカについてほとんど知らない。地図など見ても国名と位置が一致するのは地中海に面した諸国と、南アフリカ、それとエチオピアぐらいで、あとは国名を知らないか、位置を正確に指し示すことができない。

 日本とアフリカの関係は元々希薄でヨーロッパのような直接的な利害関係がないから知らないのも当然だが、そのアフリカが変わりつつあるという。
NHKスペシャル、アフリカンドリームはそうした変わりつつあるアフリカの現状を紹介してくれるので、とても参考になる。

 今回は2回目だが「資源回廊の挑戦」と副題が記されていた。今アフリカでは資源開発が熱を帯びており、従来の西欧資本だけでなく、中国・インドといった新興国、およびそこに住む住民が参加して、かつてのゴールドラッシュのような賑わいになっているという。

注)現在世界的規模で資源バブルが発生しており金価格等の高騰が続いている。投機資金が資源国に一斉に流れており、資源大国を潤している。

 今回の対象国はボツワナ、ザンビア、タンザニアだった。この3国に南アフリカを加えて、一直線上に並んだこの4国は資源大国という。
ボツワナのダイヤモンド、ザンビアの銅、タンザニアの金でいずれも世界の中のシェアが高い。

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 この3国の中で最も成功しているのがボツワナで、世界の30%ダイヤモンドの取引を行っているが、その取引所(DTC)2年前ボツワナに開設された。
私はこの事実をまったく知らなかったから驚いてしまった。元々DTCロンドンにあり、このDTCを牛耳っていたのが世界最大のダイヤモンド採掘・販売会社デビアスだった。

 デビアスはボツワナで掘ったダイヤモンドをロンドンに運び、ロンドンのDTCを経由して世界中のバイヤーにダイヤモンドを販売していた。
ボツワナは世界の30%のシェアを持っていながら、実際の利益は1.5%程度に止まり、残りはデビアス等に吸い上げられていたことになる。

 ボツワナの挑戦はこのデビアスDTCボツワナに移設し、そこで取引を行うことで相応の税務収入を得、かつボツワナ人の就業場所を確保し、さらに研磨工場と言った周辺工場を誘致して一大ダイヤモンド産業を育てることに有った。

 幸いに2005年にデビアスとの50年間の採掘権契約が切れるのを機会に、ボツワナ政府はデビアスにDTCをボツワナに移設しない限り延長契約に応ぜず、採掘権は中国かインドの企業に販売すると脅した。

 かつて世界のダイヤモンドの80%を販売していたデビアスのシェアは最近50%まで落ち込んでおり、さらにボツワナの鉱山がなくなるとデビアスのシェアは20%程度に落ちてしまう
デビアスは妥協し、こうしてDTCがボツワナに開設され、世界最大のダイヤモンド取引所ができたのだという。

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ボツワナに開設されたDTC)

 一方タンザニアはアフリカの金の生産では南アフリカ、ガーナに次いで3番目で、年間50トンの生産をしているのだという。
私などはタンザニアと聞くと、セレンゲティ国立公園キリマンジャロ山を思い出して、野生の王国ではないかと思ってしまうが、その王国の下に金が眠っているのだそうだ。

 国土はすべて国有地で外国資本は政府から土地を借りて金の採掘をしており、その賃貸料は3%だという。
いままでは金の採掘はもっぱら外国資本だけが行っていたが、昨今の金価格の上昇により民衆レベルでの採掘でも十分ペイするようになった。

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タンザニアの首都、ダルエスサラーム。金取引で毎年7%の経済成長をしている

 このため約80万人規模のタンザニア国民が金の発掘に乗り出し、いたるところで穴を掘るので野うさぎの王国と呼ばれているという。

 従来のニューヨークやロンドンの市場ではこうした野うさぎの金を相手にしないが、最近開設されたドバイの金市場では少ない量の金の取引が可能で、この野うさぎの金は集められてドバイ市場で売買されている。

 タンザニアの野うさぎが掘る金の量は全体の40%で、毎日衛星放送やインターネットで金価格の推移をチェックしていた。
イヤー、アフリカもインターネットを駆使しているのか」驚いてしまった。
タンザニア政府もこうした実情を追認して、外国資本とのうさぎが共存できるような土地政策を策定するようになったという。

 ザンビアについては銅の産地だが、こちらはインドや中国の外国資本に牛耳られて相変わらず昔のままの植民地のようだった。
ここはこれからどのようにして採掘権を取り戻すのかが課題のようだ。

 今回のアフリカンドリームではボツワナの例が最も印象深かった。取引所の誘致とはまったく驚いた戦略だ。
取引所を握ったところが勝利するのか・・・・・・

 日本の証券取引所は没落の一途だが、資源なき日本では、税金を無料にしたりして最も使い勝手のいい取引所にしないかぎり限り、取引所相互間の競争に負けてしまうだろうとしみじみ思ってしまった。


(別件)
ここおゆみ野の地で下記の花器展が開催されます。場所は苅田郷でこの近辺では珍しい農村風景の残っている場所です。


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花を待つ花器 ~作家の花器と生け花展~
期日:2010年 5月23日(日)~5月29日(土)
時間:AM11;00~PM5;00 期間中無休
場所:苅田郷内 ギャラリー凌雲洞(りょううんどう)
   千葉県千葉市緑区刈田子町13番地  
   043-235-7757(開催中問い合わせ先)
主宰:苅田郷 代表 髙梨

※26日(水)のみ、生け花の展示はありません。


陶芸家が1点1点心をこめて創り上げたエネルギー溢れる土もの(つちもの)の花器に、苅田郷に自生している葉物をふんだんに利用した生け花が花器を飾ります。花器は主に栃木県益子や茨城県笠間、千葉県に在住する作家が創った花器で、水盤、筒型、壺、不定形な形のものから小瓶に至るまで、いろいろと取り揃えてございます。皆さまのお越しをお待ちしております。

 

 

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(22.5.19) 危険水域に入ったタイ情勢  タイ式解決か、階級闘争か!!

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 タイの政情がとうとう危険水域に突入した。タクシン派UDD(反独裁民主戦線)と政府治安部隊との衝突で、すでに38人の死者がでて、これからいくら死者が出るか分からないからだ。
これは今までのタイの歴史を知っているものには驚天動地の出来事に見える。

 従来タイの政争では軍事クーデタが発生したり、空港首相府が占拠されてもほとんど死者がでないのが普通だった。昨年のタクシン派によるASEAN首脳会議阻止のデモも、死者が2名出たことによってタクシン派の首謀者が投降し、すぐさま収束した。

 タイでは人が死ぬと軍隊も警察もデモ隊も責任問題が発生するため、できる限り流血を避け、そのためにはASEAN各国の首脳の警備責任さえ放棄する国だった。

注)「タクシン派の4日戦争」を参照

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 ところが今回の約2ヶ月に及ぶバンコック中心街の占拠に対する対応はまったく違う。それまで流血をあれほど避けていたアピシット政権も、タクシン派のUDDも人命をなんとも思わないような銃撃戦を繰り返し、すでに38名の死者と300名あまりの負傷者が出ている。

 一体タイという国の有様がこれほどまでに劇的に変ったのはなぜなのだろうか。なにかタイの深層部で、大きな変化が起こったとしか思われない。

 もともと現在のアピシット政権は選挙による正当性を与えられた政権ではない
06年の軍事クーデタでそれまで首相であったタクシン氏を追い出し、それから1年3ヶ月後に行われた選挙で再びタクシン派が勝利すると、タクシン派の首相を軍隊が憲法裁判所を使って追い落としを図って成立した政権である。

注)詳細は「タイの政局は不思議の国のアリス」参照

選挙を実施して民意を反映させろ」とUDDが主張するのは、アピシット政権がほとんどクーデタまがいで成立した政権であるので当然の要求だが、アピシット首相が今年の11月に選挙を約束し、デモの解散を求めた頃から状況が急速に流動的になってきた。

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 UDDが穏健派と急進派に分裂し、穏健派はアピシット首相の妥協案を受け入れたが、一方急進派はアピシット首相の早期退陣を求め、要求をエスカレートさせたからだ。
何が何でもアピシット首相は即時退陣しろ。これは階級闘争だ!!

 この急進派を率いていたのがカティア将軍で、この将軍が治安部隊の狙撃兵によって頭を狙撃されて死亡したことで、まるでタイがイラクやアフガニスタンのような状況になってきた。
銃撃戦だけでなくロケット砲まで打ち込まれたのだからほとんど内戦そのものだ。

微笑みの国」といわれ、あれほど流血を嫌っていた国に何が起こったのだろうか。ホームズワトソン君の話を聞いて見よう。

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ホームズ、タイがおかしくなってきたが、なぜ今までのような死者の出ない政権交代ができなくなってきたのだろうか

問題はUDD急進派がなぜ妥協を拒否して徹底抗戦をするかだね。アビシット首相が11月に選挙を行うと約束したのだから、目的は達成できたはずだ。
選挙を行えばタクシン派が勝利を占めて政権に返り咲くのは確実とおもわれているので、通常ならばこれで妥協するのがタイ式だ。実際に穏健派は妥協した

しかし今回は急進派がUDDの主導権を握って、銃撃戦を継続している。急進派はどうしてここまで強気なのだろうか

一番考えられるのはUDD急進派を背後で支援する勢力がついたということだろう。資金や武器の支援があれば急進派は長期間戦える。選挙ではなく実力で政権を奪おうということだ

従来タイは他国の干渉を排除してきた国のはずだ。だからこそタイ式方式という何とも分けの分からない政権交代ができた。今回はそれが民族紛争や階級闘争のようになっている。どこが支援しているのだろうか

状況証拠として考えられるのはこの機会にタイに自国の覇権を及ぼしたい国だ。従来タイは日本の植民地と言われるぐらい日本との経済的結びつきが強かったが、鳩山政権はほとんど内政で他国を省みる余裕はない。

東南アジアきっての経済大国タイが内乱状態になれば、これを利用して自国に有利な政権を樹立したくなる国がある

すると背後で動いているのは覇権国家中国ということかい

中国にとってはミャンマーを衛星国にしたが、ここは単なる貧乏国だ。一方タイが中国の衛星国になればアセアンを押さえかつ完全にインド洋に進出できる。宿敵インドを牽制できるし、日本を東南アジアから追い出すことにもなる

しかしUDDは簡単に中国の手先になるだろうか

今は色々な要素が錯綜しているからはっきり見えないが、今後UDDが階級闘争を強化してくれば、必然的に中国の影が明らかになってくるはずだ


追加)19日、治安部隊が突入しデモ隊の排除に乗り出した。デモ隊の責任者7名が投降しデモの終了宣言を発した。ほとんどのデモ参加者は解散したが、これに不満を持つ最強硬派がなおもバリケード等に火を放って抵抗している。

 
 

 

 

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(22.5.18) 野辺山ウルトラマラソンを走ってきた。

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野辺山高原からは八ヶ岳が目の前に見える

 いやはや驚いた。参加数の増加にである。東京マラソンでマラソン熱に火がついたというのは本当だ。石原都知事の唯一の実績になるかもしれない。
100kmマラソンの通常の参加者は1000名前後なので、今回もそうだと思っていたら1739名の参加だという。
かつてはウルトラは一部の人しか走れないと言われていたが、ほとんどフルマラソンのレベルになってきた。

 この大会は2006年から100km、71km、42km3種目で開催されているので、全参加者は2479名だ。
野辺山の駅周辺は普段は閑散としているのだが、このときばかりは実ににぎやかだ。

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荒川静香さんがゲストスタータだった

 私はこの大会の出場は3回目だが、1回目は完走、2回目は71kmの滝見の湯で風呂に入ってしまい、すっかり走る気が起こらなくなってリタイアした。
この種のレースでは食事に時間をかけたり風呂に入ったりしたら、まず完走はおぼつかない。

注)通常は参加申込者の1割程度が体調不良等で参加を取りやめ、実際に走った人の約半分がリタイアする。従って完走者は参加申込者の45%程度になる。

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約30kmの八ヶ岳の林間コース。砂利道なのでバランスが必要

 今回はシリアスに走ることにしたが、相変わらずタフなコースには音を上げた。最初は八ヶ岳の中腹まで約600m高低差を駆け上がり、そこから松原湖方面に約1000m高低差を一気に下る。
これが1回程度なら秋田リゾートカップ100でもあるのだが、ここ野辺山では再び馬越峠に向かって約700mの高低差を登らされ、約300m高低差を下る。

 ほとんどのランナーが最初の八ヶ岳中腹の登りは走っているが、2回目の馬越峠は歩いて越す
もうやだ、足が一歩も動かん」そんな感じだ。

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目の前に八ヶ岳の主峰 赤岳が迫っていた

 天候は朝方霧が出ていたが、たちまちのうちに晴れ上がり日中は非常に暑かった。
エイドステーションにはビニール製の幼児用プールが用意されていて、通常はほてった足をクールダウンさせるのだが、今回は多くのランナーが頭から水をかぶっていた。
私もそうしたが、そうでもしないと頭の体温が上がってふらふらになり、走る気力がなくなる

 今回の目標タイムは13時間で、前半6時間、後半7時間の予定だったが、ほぼその通りは走ることができて12時間54分でゴールした。
順位は分からないが、途中で応援してくれていた人が「まだ380番目だ。がんばれ」と言っていたのでそのあたりの順位だろう。

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途中で応援してくれていたチアガール

 それにしても身体のダメージは半端でない。特に下り砂利道を走るときにブレーキをかけたりバランスをとるのだが、それを制御する大腿部の両脇の筋肉が悲鳴をあげている。
この大腿部の筋肉は普段余り使用しないため、こうした高低差のあるマラソンをした後や、登山をした後には猛烈な筋肉痛になる。

 今日(17日野辺山高原から電車で帰ってきたが、キャンプ道具一式を持ってJRの階段を下りるときはヒア汗が出た。
手すりにつかまって下りるのだが、大腿部の筋肉がまったく機能していないので、手を離したら転げ落ちそうだ。

 今も足を前に出すのは筋肉というよりも、身体の反動を利用して足をだしている。
こうした筋肉痛は2~3日は続くので、それまではまともに身体を制御できない。
仕方がないので家の中でははって歩いているが、乳飲み子になってしまったみたいだ。

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野辺山の典型的な農村風景

 そんなにまでしてなんで100kmも走るのかと言われると、答えようがない。
趣味です」これが唯一の答えなのだが、それにしても大腿部のダメージの大きさにはいつもの事ながら驚かされる。

注)私は今回もテント泊まりにした。この大会はありがたいことにそばにある公園を利用させてくれる。芝生の上にテントを張ると絨毯の上にいるようで、とても寝心地がいい。大会前日と大会後の2泊テントで寝たが、かなり多くの人がテント泊をしていた。
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(公園のテント村)

 

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(22.5.17) 高速増殖炉もんじゅの再開

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 夢の技術といわれている高速増殖炉もんじゅの実験炉が、14年5ヶ月ぶりに再会された。
95年のプルトニウム漏洩事故を契機に、長い間操業を中止していたが、今回安全策等の整備ができたので再開にこぎつけたという。

 私を含め一般の人は原子力発電に詳しくないが、通常の原子力発電ではウランを燃やし、軽水といわれる水を沸騰させてタービンをまわして電力を得ている(蒸気機関車と同じで、燃料が石炭ではなくウラン)。
この軽水炉といわれる原子炉は世界各地で稼動しており、その技術的な課題はほとんど解決されている。

 ところがこの軽水炉は原料のウラン価格の高騰という問題に常に悩まされており、ここ10年間で価格が4倍に上がてしまった。
さらに各国で原子炉の稼動が続いて、今後とも価格が高騰しそうな状況になっている。

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中国、ロシア、インド、韓国等で原発の建設ラッシュが続いている

 日本のような資源小国にとって、このウラン価格の高騰は影響が大きい。
そしてさらに問題なのはウラン資源の抱え込みがあると、ウランそのものの入手も難しくなるという問題がある。

 12日のNHKクローズアップ現代でこの高速増殖炉もんじゅが取り上げられていたが、日本はこの問題を解決するために、使っても減らない実際は少しずつ減っていく)といわれる高速増殖炉に国の未来をかけたのだという。

 私のような物理音痴のものにはこの使っても減らないというところがどうしても理解しがたい。
説明によると通常の軽水炉で使用されるウランは、実はその一部が燃えるだけで残りは放射性廃棄物として捨てられるだけだという。
それでは高価なウランがあまりにもったいないという訳で、この放射性廃棄物を再処理して、プルトニウムを抽出し、それを原子炉の燃料に使用するというのが高速増殖炉の原理だそうだ。

注)ウランは中性子を取り込むとプルトニウムに変わる。プルトニウムは従来は核爆弾の原料にしか利用方法がなかった。

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高速増殖炉のイメージ。使用されないウランをプルトニウムに変えて燃料としている

 高速増殖炉軽水炉とのもう一つの違いは、熱せられる物質が水でなく液体ナトリウムであることで、液体ナトリウムは空気と接触すると激しく燃える性質がある。
このため空気との遮断技術がことのほか難しいらしく、95年の事故もナトリウム漏れに伴う火災事故だった。

 日本においては原子力発電と聞くと、核爆弾や放射能漏れをすぐに連想するように核アレルギーがことの他強い。
そのため事故が発生すると、その影響範囲を越えて不安心理が増幅する傾向にあり、発電所が設置されている地方自治体やマスコミも過剰に反応する。

 このため従来から軽水炉や高速増殖炉の事故について、施設の担当者は外部に影響が出ない場合は隠蔽する傾向が強かった。
今回のもんじゅ再開に当たってはこの隠蔽体質を全面的に改めることになったが、実際は「事故か事故でないかの区別」が難しく、相変わらず隠蔽体質があると非難されている。

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もんじゅの施設の近くに家屋が存在している

 ここ1週間の間に、放射能物質検出器の誤作動が6回、制御棒の操作ミスが1回発生したが、それが速やかに地方自治体に報告されなかったことが問題になっている。
福井県知事は「どのような些細なことでも報告するように」と釘を刺していた。

注)私はかつてシステムの管理責任者をしていたが、当初はトラブル報告は外部に影響が出た場合のみ報告し、内部で処理できたものは報告しなかった。

しかしそれはシステムセクションの隠蔽体質だと指摘されて、今度は何でも報告(夜中に部長をたたき起こすことになる)するようにしたら、部長から夜寝ることもできないので重要事故の場合だけの報告にしてほしいと修正された。
以来事故にランク付けをして報告するように変えた。

 実際、実務者とそれ以外の人との認識の最大の差は、実務者はトラブルは常時発生するもので、それゆえ監視活動をしていると思っているが、一般の住民は事故は絶対に有ってはならないものと思っている。

 すべての報告をすると、重大な事故や些細な問題のない事故雑多に報告されることになるので、住民は当初は驚くはずだ。
こんなにトラブルがあっていいのだろうか?」

 しかし報告を繰り返し行っていると、報告を受ける側も慣れてきて、トラブルの階層化が図られるようになる。
ああ、このぐらいなら大騒ぎしなくてもよさそうだ

注)トラブルというものは常時発生するのが当たり前だという認識を、住民も共有するようになるのが大切だ。

 現在この高速増殖炉の実験炉を持っているのは日本ロシアだけで、フランスやアメリカや中国はまだ研究の段階だ。
本格稼動は2050年と、まだ40年も先の話になっているが、石油やウランの原料問題がどのように推移するか分からないのだから、この夢の技術の開発に日本人は技術立国の立場から積極的に推進すべきだと私は思っている。

24.5.28追加)私は当時このように判断していたが、東日本大震災の福島原発の事故を見て原子力行政について疑問を持つようになった。
現在ではもんじゅの実験は不要と判断している。

 

 

 

 


 

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(22.5.16) 今日は野辺山100kmマラソン

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 今日は野辺山100kmマラソンだ。正式名は「星の里八ヶ岳高原100kmウルトラマラソン」という。
星の里という意味はここに電波望遠鏡による観測施設があるからだ。

 このウルトラマラソンは100kmマラソンの中で最難関のコースといわれているが、その理由はアップダウンが激しいからだ。
一般に初期の100kmは平坦な土地に設定された。サロマ100が典型的にそれで、ほとんど上り下りがない。
その後だんだんとコースが厳しく設定されるようになり、この野辺山100になって、山岳マラソンみたいになってきた。

 スタート・ゴールの野辺山駅近くの体育館は標高1300m位だが、そこから八ヶ岳の中腹の1900m地点まで駆け上がらなくてはならない。
標高差600mだが、今度は一気に1000m程度くだり、再び700m程度登り300mほど下る。。
その間にも小さなアップダウンはのべつ幕なしにある。

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 走ってみると分かるが最初の30km程度トレッキングコース八ヶ岳山岳レースみたいだ。
私は過去2回このレースに出ており、最初は完走したが2回目は71km地点の滝見の湯でリタイアした。

 2回目の敗因はこの滝見の湯で温泉に入ってしまい、すっかり気持ちがなえてしまったからだ。こうしたレースを完走するには食事に時間をかけたり、温泉に入ったりしたらお終いで、ただひたすら時間が許す限り動き続けなければいけない。

 私はこの4月に富士五湖で100kmをかけてきたが、その時の目標タイムは12時間だった。今度はやたらと上り下りが激しいので13時間を目標タイムに設定した(なお制限時間は14時間)。
前半6時間、後半7時間で走れれば御の字だろう。

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 このレースで大事なことは前半で体力を使いきらないことで、特に標高差600mの登りはゆったりとした気持ちで走る必要がある。
また標高差約1000mのくだりも曲者で、ここを飛ばすと足に多大なダメージが与えてしまう。
気持ちを抑えて50kmまで走れれば完走が見えてくる。

 今回は一人で行くので行きは直行バスを利用することにした。新宿から3時間あまりでいける。
宿泊は近くの公園にテントを設営して寝る事にし、レースが終わったらまたテントで寝て翌日帰宅することにした。
私は定年退職の身だから、時間には制約がない。八ヶ岳高原を満喫して帰ることにしよう。




 

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(22.5.15) 口蹄疫について

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 私は酪農や畜産についての知識がほとんどない。そのせいもあって現在宮崎県を中心に蔓延している口蹄疫について、その問題の所在が分からなかった。

 そもそも口蹄疫という病気がどんなものかも知らなかったのでWikipediaで調べてみた。専門用語が多く、やや読みにくいが内容は分かる。

① 偶蹄類(牛、豚等)がかかるウィルス性の法定伝染病で、感染すると発熱、元気消失、多量のよだれなどがみられ、舌や口中、蹄(ひづめ)の付け根などの皮膚の軟らかい部位に水泡が形成され、それが破裂して傷口になる。

② 幼畜の場合、致死率が50パーセントに達する場合もあるが、成畜では数パーセントである。しかし、上の症状に伴い乳収量や産肉量が減少するため、畜産業に対しては大きな打撃となる。

③ 家畜の伝染病の中では最も伝染力の強い疾病でもあり、感染動物からの体液、分泌物、糞便との接触だけでなく病原体が付着した塵により空気感染もする。
空気感染では、水疱が破裂した際に出たウイルスや糞便中のウイルスが塵と共に風に乗るなどして、陸上では 65km、海上では250Km以上移動することもある。

④ 本疾病に対して治療が選択されることは基本的に無い。

 致命的な病気ではないが、前記のとおり偶蹄類が感染する伝染病の中でも最も伝染力が強く、蔓延すれば畜産業界に経済的な大打撃を与えかねない疾病でもあるため、患畜として確認され次第、家畜伝染病予防法に基づいて全て速やかに殺処分される。


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 新聞報道では宮崎県川南町一帯で発生している口蹄疫により、すでに8万頭弱の牛や豚が殺処分されており、この殺処分された牛や豚を埋める場所がなく、困惑しているという。

 赤松農林水産相がこの殺処分に対する補償については「農家に負担させない」と述べたが、1頭でも口蹄疫にかかっていることが判明すれば、その農場すべての家畜が殺処分されるのだから、当然の措置だろう。

 実はこの殺処分の方法について私はいつも不思議に思っていた。
致命的な病気ではなく、成畜の場合はほとんど死ぬことはないのに、なぜ感染した家畜だけでなく、農場すべての家畜を殺してしまうのか?」
しばらく前の鳥インフルエンザの時も同様だったが、その農場のすべての家畜が殺処分されて埋められる。

注)口蹄疫の場合は鳥インフルエンザと異なり、人間には基本的に感染しない。

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 これを恐れて農家はしばしば秘密裏に感染した家畜を処分していた事例があった。
また中国では鳥インフルエンザの時はワクチンを投与して拡大を防いでいた。

 このすべての殺処分とワクチン投与と本当はどちらが正しい対応なのだろうか
人間で有ればインフルエンザにかかったといって殺処分しては人権問題になるのだが、牛や豚の場合は基本的に殺処分される。

 ワクチンの完全性が保証されていないので殺処分するのだということになっているのだが、畜産関係者はそれを正しい処理として了解しているのだろうか。
直る病気なら治したほうがいいのではないか? 何とも不思議な気がする。
一度専門家の見解を聞きたいものだと思う。

バイオマスおやじの日々是天職のyokuyaさん、教えていただけるとありがたいのですが・・・・・)

コメント欄にyokuyaさん、走友会Y会長、横田さん、TADAさんからのコメントが掲載されています。とても参考になりますので一読ください

またyokuyaさんが5月18日のブログにとても印象的な記事を書いています
http://biomass.exblog.jp/13745036/

(以下はWikipediaから転写

 

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(22.5.14) サッカー南アフリカ大会 ワールドカップの行方

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 後1ヶ月でサッカー・ワールドカップが南アフリカで開催される。これに先立ちサッカー日本代表メンバー23人岡田日本代表監督から発表された。

 しかし正直言ってワールドカップへの熱狂はほとんどない。
サッカーの日本・韓国合同大会が開催されたのは今から8年前だが、あの時のようなサッカーに対するマスコミや日本人の熱気は消えうせてしまった。

 当時はトルシエ監督の一挙手一動がマスコミで報道され、選手の一人一人の動静まで分かったが、サッカーフリークだった私でさえ、今回は発表された選手の半分の名前も知らない。

注)かつてはNHKの衛星放送で土曜・日曜は数試合サッカーが放送がされていたが、最近は月に何回かの放送になってしまった。テレビ観戦する人が激減したからだろう。

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 南アフリカ大会の岡田ジャパンの目標は4強に入ることだが、私を含め多くの日本人は「それはほとんど不可能だ」と思っている。
前回のジーコジャパンの戦いは予選リーグで1分け2敗で大敗したが、それが世界の中の実力であることをはっきりと認識してしまった。

そうか、ジーコのような監督を擁しても日本は1勝もできないんだ。それほど日本はレベルが低いのか」ため息を交えながら私は納得した。
娘は「これじゃー、ジーコ監督がかわいそうだ。あまりに選手が弱すぎる」と言っていた。

 あれから4年、日本のサッカー技術が上がったとの証拠はない。対戦相手のカメルーンオランダデンマークもはるかに日本より強く、とても日本が勝利を奪うことができそうになく、引き分けたら御の字だ。

 この組の予選突破一位はオランダが確実で、第2位はデンマークカメルーン日本が最下位というのが常識的な予想だ。

 私はサッカーファンだからJリーグの試合も、またNHKの衛星放送で世界最高峰の一つといわれているイングランドのプレミアリーグをよく見ているが、そのレベルの差に愕然とする。
何か大人のサッカーと子どものサッカーを見ているようだ。

注)アジアのクラブチームNO1を決める今年のアジアCLで鹿島アントラーズもガンバ大阪も準々決勝に進めなかった。日本のクラブチームはアジアでも強くはない。

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 Jリーグプレミアリーグの最大の差は2つある。
一つはパス回しの速さでプレミアリーグではパスは、ほとんどワンタッチでしかも恐ろしいほどの速さでパスが回される。
一方Jリーグではワンタッチで捌けず、2タッチであることが多く、しかもボールを前に出せなくてバックパスを多用する。
私はこのバックパスを見るたびに「これでは世界と戦えないな」といつもため息が出る。

 バックパスなど出していたら、相手チームは守備陣形を整えてしまい、とてもそれを切り崩すことができない。
Jリーグはもたもたとして遅く、世界のスピードについていけない。

 もう一つはフォワードの能力差だ。マンUルーニーといえば昨年度のプレミアリーグMVP選手だが、相手のディフェンダーを翻弄してシュートする動きには目を見張る。
トリッキーで力強く、自分がシュートするのかラストパスを出すのかまったく読めない。
こんなフォワードを相手にしたら、日本のディフェンダーは穴だらけの網になってしまう。

 ルーニーは特別に力強いFWだが、世界にはルーニーには若干見劣りするがそこそこのレベルのフォワードがごろごろいる。
日本は得点力がないとよく評価されるが、はっきり言えば世界に通用するフォワードがいないからだ

 最も日本にも世界レベルと思われるのがあり、それはセットプレーからの得点だ。これは中村俊輔とか遠藤保仁とかいったフリーキックでは世界的レベルの選手がいるからだ。
日本の勝機はここ以外にありそうもなく、フリーキックで得た得点を何とか守りきるというのが戦略になるが、公平に見てそれだけでは予選敗退というのが一番ありそうなシナリオだ。

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(22.5.13) NHKスペシャル 自動車革命 「電池を制するものが世界を制する」

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 先日(11日)放送されたNHKスペシャル自動車革命電池を制するものが世界を制する」は実に示唆に富む内容だった。

 今後10年の間に電気自動車の販売台数が1800万台日本と中国の販売台数を合わせた数字に匹敵)になると予想され、それに搭載されるリチウムイオン電池世界標準を確立した国が世界を制するというのだ。

 リチウムイオン電池は元々日本が開発し、携帯電話パソコンで使用されているので、「それなら日本が世界を制するのではないか」と思ってしまうが、どうもそう簡単な話ではないという。
携帯やパソコン用のリチウムイオン電池と自動車の電池ではまったく求められるパワーと安全性の水準が違うのだという。

 急加速に耐えられる出力と、どんな低温や高温にも耐えられ、かつでこぼこ道でも壊れないリチウムイオン電池の開発が、世界各地で行われており、分けても日本、中国、アメリカそれと韓国)が、世界標準の覇権争いに参加しているのだという。

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 現在リチウム電池の開発方向ははっきりと2方向に分かれており、一方は適切な品質と低価格で市場獲得を図る方向、もう一つが価格は相応に高いが高性能・高品質で勝負をかける方向だという。

 前者は中国とアメリカ連合、後者がオールジャパンが目指す方向だそうだ。
何か携帯電話の開発競争のときと同じ状況で、日本の携帯電話が高品質ではあるが世界標準になれず、日本という狭い市場でのみ生き残ったガラパゴス現象を彷彿させる。

 現在のリチウムイオン電池の日本メーカーのシェアは約6割だそうだが、アメリカのベンチャー企業と中国の電池メーカーが提携して、安価で大量の電池生産に乗り出しつつあり、この2国が組むと世界標準を握られてしまうというのが日本企業の懸念になっている。

注)アメリカのベンチャー企業のA123システムズ(電池メーカー)と中国の上海自動車が合弁で自動車用リチウム電池の生産に乗り出すという。アメリカの頭脳と中国の安い労働力を結びつけ、さらにリチウムの主な生産国が中国なので、資源を独占する戦略だと説明されていた。

 リチウムイオン電池の技術的な問題はいくつかあるのだが、そのうちの一つに高温では安定性にかけるという問題がある。
これを解決するためにアメリカのメーカーはリチウムにリン酸鉄を混ぜるリン酸鉄方式を編み出した。

 これで安定性は確保できるのだが、高温になれば蓄電能力が低下するという。アメリカ・中国の企業はこの安定性を重視し、少々蓄電能力が低下してもかまわないというりン酸鉄方式を採用している。
一方日本では安定性と蓄電能力の両方を確保するため、ニッケル・マンガンを加える日本方式を採用しており、高品質ではあるが操作が難しい方式を採用しているのだそうだ。

 現状は日本が技術で一歩リードしているものの、リン酸鉄方式は相当の脅威であり、かつアメリカ・中国の追い上げがきつく、このままでは日本のかつての半導体事業のように瞬く間に追い抜かれてしまいそうだという。

注)今回の番組では韓国企業の動向がまったく触れられていなかった。韓国には現代自動車とサムソンという巨大企業があるのだが、おそらく取材ができなかったのだろう

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高速でリチウムイオンが電極の間を行きかうモデル

 日本もただ手をこまねいているだけでななく、NEDO新エネルギー・産業技術開発機構)が音頭をとり、オールジャパンで高性能リチウムイオン電池の開発に取り組んでいる模様が紹介されていた。
またホンダ技研GSユアサが共同で高性能リチウムイオン電池の開発を手がけている模様も放映されていた。

 日本メーカーのリン酸鉄方式に対抗する開発のポイントは現在のリチウムイオン電池の出力を現状の3倍に上げて、一回の充電で現行の200kmを600kmにすることにある
そのためにはイオンの出力にブレーキをかけている未確認物質の解明に全力を挙げているところだそうだ。

 現在日本の誇る最先端技術が次々に中国・韓国・アメリカに追い上げられている。かつての半導体は見る影もないし、液晶サムスンがトップ企業だ。
太陽光パネルも瞬く間に追い抜かれてしまったし、新幹線技術は世界のトップを走っていたが、今ではフランスのTGVとドイツのICEといいとこ勝負になってしまった。

 ここで次世代の産業の米といわれるリチウムイオン電池で敗北するようなことがあれば、日本の未来はない。
いままで日本は産業政策にいつも失敗し、世界標準を取り損なってきた。
携帯電話が最も典型的な例で、日本仕様の携帯電話は高性能だが、日本以外では使用できない。

 鳩山政権は事業仕分けに熱心でも、次世代技術についてまったく無知で、世界最速コンピュータの開発にも、高速増殖炉「もんじゅ」の実験炉にも「なぜこのような予算が必要なのか」と疑義を呈していた。

 子ども手当てを捻出するために何とか予算を削りたい一心ではあるが、リチウムイオン電池の例を見るまでもなく、技術という金儲けの道が閉ざされれば、そもそも子ども手当てを支給する財源などなくなる。

 日本の最大の不幸は技術が最大の資産だということに気がついているのが企業だけで、政府はまともな後押しをせず、国民は福祉にのみ目がいっていることだ。

 結局、日本という国は技術で生きるしか生き方はないことをよく教えてくれたという意味で、このNHKスペシャルは優れた報道だといえる。

 

 

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(22.5.12) ケヤキの剪定問題 再録

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 ケヤキの剪定問題については私がケヤキの芽吹きと景観問題」で問題提起し、それに対し樹木や草花の専門家の佐々木さんが論文を寄せてくれました(22.5.5~7の記事)。
今度はUR都市機構でこの街のプランを担当したOさんが、この問題について感想文を送付してくれました。

 とてもありがたいことにケヤキ剪定問題がみんなの検討事項になりました。
以下、Oさんの感想文を掲載いたします。

(Oさんの感想文)

 
四季の道
をはじめとするおゆみ野地区の街路や公園緑地等の空間は、UR(旧公団)が千葉市と協議をしながら、構想、計画、設計を行い、整備をしてきたものです。
景観的に、管理的に、住環境的に...さまざまな視点から検討が加えられたものと思いますが、完璧、完成というものはなく、街が成長するとともに手を加え、変化させることも必要な場面が生じてくるものと思います。

 さて、今回の剪定や街路樹のあり方につきましては、地域運営の課題としてとらえること、それを地域で議論することが重要なポイントでは、と考えます。
剪定の技術的な課題もさることながら、その背景には「見る立場」(景観論)、「住む立場」(住環境、安全性)など地域の人々の異なる立場での意見や利害関係を調整できぬまま対策を講じていることに根本的な問題があるものと思われます。

 私が住む武蔵野地域でもケヤキ他の並木や樹林地がまだところどころ見られます。
地域の中で、景観、安全、住環境...といった要素による利害相反する問題が起こっています。
武蔵野の並木道」と言えば聞こえはいいですが、並木に直面して住む人からは、 「落ち葉がひどい、庭に積もって大変」「タバコでも投捨てられたら怖くてたまらない」「日照が妨げられる」等々...苦情が管理者に寄せられました。
結果として管理者は、強剪定及び一部伐採という措置で対処しました。
景観的にはとても寂しいものになってしまったことは言うまでもありません。

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 一方の言い分を根拠に管理者が拙速に対処してしまった、という行為も問題ですが、根底には地域の利害相反する問題を調整する場や仕組みがないことに起因するものと思います。

 おゆみ野に限らず、どこでも起こっている問題ですね。
おゆみ野の場合も、(いずれかの方法により)剪定を行ない一時的にしのいでも、いずれ樹勢が回復すれば、相反する利害関係が再び表面化するのではないでしょうか?

 これまでは、問題が起こったら行政に訴える、というのが一般的であり当然の行為でした。
家の前のケヤキの落ち葉がひどくて困る」「日照、通風が妨げられる」「見通しが悪くて危険」等々、行政に寄せられたのでしょう。
一方で、「ケヤキ並木の景観はどうなってしまったんだ?」という意見もあるでしょう。
互いに行政にぶつけ合い、地域の利害相反する問題を行政に委ねて、良い答えが導けるか?という問いですね。
今の行政にその能力が欠けている...というような辛辣な見方ではなく、地域が行動を起こすことの方が良い解決策を見出せることもあるのではないか?という意味でです。

 地域の課題は、地域で解いてゆく...という指向がこれからの地域運営に必要な視点であり、そのシステムが求められるといわれています。

 これまでUR及び関連会社の新都市ライフにより、地域や行政の委員を交えて、おゆみ野市民活動助成事業まちそだて委員会といったものが運営されてきました。(今年の春でひと区切りとして終了したところです
これは、そのような地域運営のシステムの試行的なモデルとなることを意図して行なわれてきたものであり、今後、その考え方を踏襲した仕組みが千葉市、おゆみ野地区で構築されることを期待したものでした。

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 幸いにも、おゆみ野地区には昨年春より「おゆみ野まちづくり協議会」という活動が始まっています。
まさに、地域の課題を地域で解いてゆこう...という行動の基点となる場です。
現在、交通、環境等の分野別の部会が運営され、環境部会の中では「樹木の剪定」についても課題として取上げようとしていると聞きます。
そのような地域の議論の場にて、「並木のあり方」を議論するのも一方策かと考えます。

適切なアドバイザーや審議役を据えて、専門的な助言を受けながら街路樹のあり方や剪定の方法などを議論ができたらとても意義あることと思います。
その議論の成果を地域の総意として、地域から行政に提案することができたりしたらすばらしいですね。
また、議論することによりソフトな利害関係緩和方策も見いだせるかもしれません。


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最後に事例を紹介します 。

既にご存じかもしれませんが、NHKの「ご近所の底力」(2004年放送)で紹介されたものです。
題して「緑は欲しいが落ち葉はイヤだ

一つは東京都立川市の似た事例です。
並木通りに面した住民が落ち葉で困っていた。
行政に「街路樹を切るべき」と訴えた。
当然ながら、街路樹に面する人、見るだけの人で意見は異なった。
地域で話し合った結果、通りに面していない奥(裏側)の人たちが、
景観を楽しませてもらっている
みんなの並木なので一緒に清掃をやります
ということになった。
道路、歩道のほか、並木に面したお宅の玄関先等も交代で落ち葉掃きをする光景がTVでは映されていました


簡単にこんな美しいストーリーには至らないかと思いますが、行政頼みや行政批判でなく、地域での議論と行動が解決の糸口にもなるのかなと思います。

もう一つ紹介されたのは大分県の事例です。
ある種類の街路樹が成長し落ち葉が排水の妨げ等になっていた道がありました。
これに対して、地域住民が緑化計画を検討、行政に提案し、植替えを行うまでに至ったという活動です。
この活動は、街路に花を...という活動に端を発し、一万円の拠出で100人が集い、10年間で基金は一千万円に。
これを基本財源に行政機関への働きかけを続け、地域住民が希望する街路樹を植えてきた、というものです。


 すぐにここまでの活動に昇華させるのは大変ですが、まさに地域による道普請ですね。


四季の道や街路、公園等のあり方にはいろいろな意見があると思います。
街を長く運営し良い方向へ育ててゆく上では、地域で話し合うことが不可欠と考えます。
おゆみ野地区では、まちづくりに関しての課題を地域で話し合う協議会がすでに始動していますので、私が住む地域より数段進歩しているものと思います。

 おゆみ野という街が「地域提案型のまちづくり」を目指して発展して欲しいと考えます。


なお、Oさん以外にも以下のブログで「ケヤキの剪定問題」が取り上げられておりますので参考にしてください

① ひたち海浜公園の管理責任者齋藤さんのブログ
http://midorinochiba.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/post-134d.html

② 市議会議員福谷さんのブログ
http://fukutani.blog.ocn.ne.jp/blog/2010/05/post_2406.html

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(22.5.11) 文学入門 「ボローニャ紀行」 井上ひさし

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 今回の読書会のテーマ本は井上ひさし氏の「ボローニャ紀行」だった。
井上氏が最近なくなられたので、井上氏を悼み氏の本を読んでみようということになったのだが、私はこの「ボローニャ紀行」なる本をまったく知らなかった。

 私が読んだ井上氏の本は伊能忠敬を主人公にした「四千万歩の男」だけだったので、これが2冊目になる。
そもそもボローニャといわれてもほとんどの人が、この北イタリアにある人口40万人の地方都市を知らない。

 私が知っているボローニャに関する唯一の知識は世界最古(11世紀)の大学がこのボローニャに開設されたということだけだった。
この大学のことは、羽仁五郎氏都市の論理、「開設された大学をユニバーシティと呼び、それは学生組合を意味した」のだとは知っていた。
しかし大学の開設はともかく、学生組合が歴史的に重要な出来事とは思えなかった。

注)羽仁五郎氏はこの学生組合を自治組織の先覚的な取り組みと評価し、「大学は学生が自治組織を作って管理すべき」と、70年代の学生運動に大きな影響を与えた。

 井上氏のボローニャに対する入れ込みは半端ではなく、「30年間の机上の勉強でいまでは恋人より慕わしい存在となったボローニャ」に2003年12月初旬に始めて訪れたそうだ。
この本はその時の紀行文を元に加筆して完成された。

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 この本を読んでみると分かるが、井上氏はこのボローニャをほとんど地上の楽園として描いている。何が地上の楽園かというと以下のようなものだ。

① 世界最古の大学、ボローニャ大学の卒業生は目がくらむ。
カンタベリー大司教トーマス・ベケット、詩人ダンテ、同じくペトラルカ、風刺作家エラスムス、地動説のコペルニクスetc

② 第2次世界大戦のレジスタンスの都市で多くの犠牲を出しながらも、市民の力でドイツ軍とイタリア・ファシスト旅団を追い出した。

③ イタリアの小型精密機械はほとんどがボローニャ産であり、中小企業を基礎とした工業が発達している。

④ 文化による街の再生を集中的に行って、その手法が1970年代に「ボローニャ方式」として世界中に喧伝された。そしてEUは2000年にこの街を「ヨーロッパ文化都市」に指定した。

 井上氏のボローニャに対する思慕はこの後も延々と続くのだが、いささか「あばたもえくぼ」の感がしないでもない。
いかに「あばたもえくぼ」かというと、井上氏はイタリアのミラノ空港に着いた途端に、スリ集団に鞄をすられその中に約300万円の現金、帰りの航空券、ボローニャに関する研究成果のノートがあったのだが、それを以下のように反省しているからだ。

ナポリではアメリカの潜水艦が盗まれたことがある。・・・私は潜水艦を盗まれた船長よりまだ幸せかもしれないと思ったら、見る見る気がはれてその夜はぐっすりと眠れました

 有り金全部盗まれたイタリアに対する評価がこのようであるので、ボローニャに対する入れ込みはかなり割り引く必要がありそうだ。

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 実は(調べてみるとボローニャは戦後のイタリア政治史においてかなり特殊な位置づけにあることが分かる。それはドイツ軍に対するレジスタンスを指導したのがイタリア共産党だったこともあり、戦後一貫して共産党の市政の元に有り、ここがイタリア左翼の牙城になっていたからである。

注)1999年に一時的に右派政党の市長が誕生したが、すぐに左派政党の市長に敗れてしまった

 一方イタリア政界は右派政党が握っていたため、政府とボローニャ市との間には常に緊張関係が有り、市は政府の支援を期待できなかった。
このためボローニャはかつての自由都市の伝統を復活させて、独自の政治を展開し、それが「ボローニャ方式」として、特に冷戦時代西ヨーロッパ社会主義陣営のショーウィンドウの役目を果たしていた。

注)東ベルリンがソビエト型社会主義のショーウィンドウだったのに対し、ボローニャは西ヨーロッパ型社会主義のショーウィンドウだった。

 井上氏によれば、ボローニャ方式のポイントは戦後すぐに作成された以下の「4つの誓い」に現れているという。

① 復興のためには女性の力が必要である。・・・・(そのために)まず公共保育所を建てる。
② 街の中心部の歴史的建造物と郊外の緑は市の宝物であるので、この二つはあくまで保存し、維持する。
③ 「投機」を目的とした土地建物の売買は禁止する。
④ 職人工場については、業績が良くなっても増築せず、分社化して大工場はつくらせない。


 このような努力をすることで、ボローニャ70年代にはイタリア有数の有数な裕福な都市になったのだという。
井上氏はこうしたボローニャの取り組みを「この日常を守る取り組み」として激賞する。

 井上氏は演劇作家らしく、さらにこのボローニャの文化政策に注目する。
車を追い出して、都心中心に41の劇場と50の映画館が存在し、古い家畜市場を老人と学生と幼児が終日過ごすことのできる施設に改造し、旧い証券取引所を図書館に改造し、女子修道院を女性問題研究センターにする。

 さらに旧いタバコ工場を世界一の映像センターやフィルム改修センターにし、歴史的建造物は外観を修復保存しその内部を老人と学生の住まいとする・・・・・・・・・

 こうして「住民と大学と行政が力を合わせて、都心に潤いと厚みを取り戻そうとしており、そこから新しい価値が創造されていく」という。

 このボローニャ紀行は「西ヨーロッパ型社会主義の成果」にかなり肩入れした報告で、井上氏の目から見た調査報告という色合いが強い。
確かにこの都市は文化都市としての性格を持ち評価されているが、一方で産業政策は中小企業優遇の、競争を排除したかつてのギルド的体質を持っている。

注)一般的にはギルドは歴史の進歩を遅らせた特権組合と評価されるが、ボローニャの例を見ても社会の安定化には大きな役割を果たすことがよく分かる。

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 従って経済成長期の日本や現在の中国のような花々しい発展は望むべくもないのだが、一方でそこそこの発展はしており、西ヨーロッパ型社会主義に好意的な人からは高く評価されてきたのも事実だ。

注)こうしたこともこの「ボローニャ紀行」を読んではじめて知った。

 当のイタリアでは、しばらく前には政府が財政赤字から脱却のためにボローニャ方式を真似て成功したとの報告もあった。
しかし実際はリーマン・ショック後はイタリアもご他聞にもれず経済不況に悩んでおり、GDPに対する財政赤字の割合も増加している。

注)この紀行文が書かれたのは2004年のことなので、ヨーロッパがまだ好況を謳歌していた時期だった。

 はたして「ボローニャ方式」というイタリア左翼の実験は成功したといえるのだろうか。井上氏は激賞しているが、私には知識が少なくて評価ができない。
今後イタリア経済を分析していく過程で、このボローニャ方式について再度確認していきたいと思っている。

なお、本件についてはこの読書会の主催者、河村義人さんの評論もありますので合わせて読んでみてください。
http://yamazakijirou1.cocolog-nifty.com/shiryou/2010/05/22518.html

 

 

 

  

 

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(22.5.10) 海の男のハードルは高い  ヨット奮闘記

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 私は船酔いに弱い。船に乗ると思っただけで酔ってしまう。
ところがこんなに船酔いに弱い私がヨットに再び乗ることになってしまった。

 30フィート約9m)の本格的な外洋クルージング用ヨットで、持ち主はこのおゆみ野に住むテラさんだ。
山崎さん、天気がいいし航海しよう」よく誘われる。

 私は船酔いのことがあるので本当は断りたいのだが、従来から誘われたら断れない性格が災いして今回もヨットに乗ることになった。
船酔い」のことを思っただけで、いつものように胃の調子が悪くなり、胃酸がグチュグチュ出てきて胃壁を溶かし、行く前からほとんど病人になってしまった。

 今回(6日)は私のと私、館山でヨットの修理場を経営しているヨットのベテランYさん、それとオーナーのテラさんの4人のクルーだった。
娘は大学時代にヨット部に所属しており、何回かのレース経験もあり、かなりの成績をあげたベテランだ。

 この日はテラさんのヨットが係留されている内房の富浦漁港から直線距離にして10kmあまりの保田漁港まで行って折り返してくるコースだという。

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 私は当初ヨットは海岸線に沿ってほぼ直線に進むものだと思っていたが、それは大変な間違いだった。海岸近くは岩礁が多く、また定置網等の漁場になっていて近寄れない。
そのため一旦沖まで出で、そこから平行に海岸線をたどり、目的地が近づいたら一気に漁港目指して入港する。
だから思いのほか相当の距離を走ることになる。

 この日は天気がよく落ち着いていたが、沖に出ると風が強く波が逆巻いていた。波の高さは1m前後だ。
前回3m前後の波の中を走破した経験があったので、波そのものには驚かなかったが、いつものようにたちまちのうちに酔ってしまい、口をきくのもいやになってしまった。

 ヨットは追い風を受け、実に快適に進んでおり、娘などは久方ぶりのヨットを満喫していたが、私は舵を握りながら天に祈った。
主よ、もっと強く風を吹いてください。そして早く保田漁港に着かせてください
幸いに1時間あまりで保田漁港に着いた。

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(私が食べた刺身定食

 保田漁港にはこの地で大変有名な「番屋」という漁協が経営している食堂があり、海産物を中心とした値段の割には思いっきり豪華な食事がとれる。
船酔いでどうかと思ったが、刺身定食をたっぷりと食べながら考えた。
こんなに酔ってしまうのだと、帰りは大変だ。胃には刺身定食が詰まっているから吐くようなことがあったら男が廃

 なにしろ帰りは逆風だから2時間程度はかかりそうだ。悶々と考えて一時は走って富浦漁港まで帰ろうかと思ったぐらいだ。
だが、しかし、ここで船を下りてしまえばさらに男が廃る
娘に一生語り草にされそうなので、意を決した。
たとえ何が起ころうとも、俺はヨットに乗」顔が引きつった。

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(すっかり酔って保田漁港の桟橋で寝込んでしまった私。テラさん撮影

 しかし分からないものだ。海には奇跡が起こる。帰りは逆風で波の高さも半端でなかったが、信じられないことにまったく酔うことがなくなった。
胃に刺身定食が詰まっていたので、胃酸が出ても中和されて胃壁を溶かさなくなったらしい。

 鼻歌まで出てきた。
海よ~ 俺の海よ~・・・・・・・・・・・
すっかり調子が出てきた。私は行きも帰りも舵を握らせてもらったのだが、大きな波が来ると得意のサーフィンをする余裕まで出てきた。
大波よ来い、お前の波頭をすべるように走って見せよう。我が名はポセイドンだ!!
ギリシャの航海士になった気分だ。

 行きと帰りの違いに娘とテラさんが驚いていた。
いやー、山崎さんは海の男だ」褒められてすっかりのぼせあがった。

だが、その後があった。
今度は山崎さん、本格的な講習をしましょう。
① メインセール Set、② ジブファーラーSet、③ オートパイロット装着、  ④ フェンダー、⑤ エンジン出艇前確認、⑥ ロープワークです

海の男のハードルは高い。再び胃酸が出てきて、病気になりそうだ。
   

 

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(22.5.9) 鳩山首相の幼児性見栄坊症候群

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 鳩山首相
を見ていると、その幼児性見栄坊が際立って混在しており、その性質ゆえに国政を混乱させていることが分かる。

 鳩山首相がいかに幼児的でありかつ見栄坊であるかはいくらでも証拠がある。

① 地球温暖化対策としてCOP15開催に先立ち、日本は20年度までに90年対比で25%の温暖化物質を削減すると表明した。
これには世界が驚き、とくにヨーロッパでは絶賛を浴びたが、実際はできもしないことを約束しただけだった。
11年度中に行おうとした国内排出量取引の道筋も立っていない。


② 母親から政治資金規正法に違反した贈与を約13億円規模で受領していたが、これを支持者からの小口献金と偽って収支報告書に記載していた。
鳩山総理自身は本件については不起訴になり、すべて秘書が独自に鳩山首相の母親に贈与を依頼したことになっているが、それが本当ならば自身で資金手当て一つできないお坊ちゃんということになる。


注)実際は鳩山首相が母親に泣きついたと思われるが、いつまでたってもオシャブリではやはり自主性が欠如している。

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③ 郵政問題で亀井金融・郵政担当相が国営化方針を打ち出し、貯金と保険の限度額の大幅引き上げを行うと発表したが、これに対し鳩山首相は閣議で決まったことではないと反対した。
私は鳩山首相もさすがに郵政国有化に反対なのかと思ったが、実際は閣議を開いてあっさりと亀井氏の案を了承した。
単に最終決定は自分にあると言うことを見せ付けたいだけのパフォーマンスだったことが判明し、一方亀井氏は「
総理は立派な決断をされた」と皮肉をこめて激賞した。

④ 普天間基地の移設問題では「国外・県外」「最低でも県外」といって5月末までに決着すると大見得を切ったが、実際は辺野古への移設と、一部鹿児島県の徳之島への訓練場移設しか案がなかった。
誰が見ても辺野古は沖縄県にあり「
最低でも県外」とは言いがたい。

 鳩山首相以外はこの案でも決着はまったく不可能と思っており、岡田外相は「
普天間基地の存続が止む終えない状況にある」と述べるし、北澤防衛相は、はなから辺野古以外の移転先を考えていなかった。

 鳩山首相だけが徳之島への一部移転にこだわっているが、徳之島の住民が断固反対しており、とても移転できる状況下になく5月末の決着は不可能だ。

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 以上のような鳩山首相の行動を見ていると、自身をできるだけ格好良く見せたい願望と、しかしそうするための道筋と実行力の欠如が際立っている。
通常大人であれば、このありたい自分と、ありえる自分との乖離は、その間を埋めて両者を近づける工夫をするものだが、鳩山首相はそうした努力をまったくしない。

 民主党の内部から「鳩山首相は夏休みの最後になってあわてて宿題をする小学生のようだ」と言われ嘲笑の的だ。

 日本を取り巻く政治・経済情勢は厳しくなる一方で、日本の周りには中国や北朝鮮といった海千山千の政治家がゴロゴロしている。
日本の首相はそれに伍して行かなければならないが、鳩山首相は鷲に襲われる小鳩のようだ。

 私は鳩山首相を何回も「無責任」と評価してきたが、はっきり言えば「子ども」で、そもそも責任能力がないというのが実態だ。
だからそうした人物に国政を任せている日本国民の方にも問題がある。

 5月末までに普天間基地の移設問題が解決しないのは明白だから、鳩山首相には責任を取って辞任してもらおう。
しかし鳩山首相は「責任はぼくちゃんにはない。沖縄まで行って努力した」と居座る可能性も高い。

 だから「ねえ、ぼくちゃん、ぼくちゃんの気持ちは分かったからもう政治ごっこは止めて遊園地で遊ぼうね
そう言って国民から引導を渡すべきだと私は思う。

 

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(22.5.8) 西洋の没落 ユーロの終焉

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 シュペングラー「西洋の没落」を書いたのは第一次世界大戦が終了した傷跡生々しい戦争直後だった。
確かにこの戦争は、それまで世界の中心だった西洋からアメリカに覇権が移ったという意味で「西洋の没落」を象徴する戦争だった。

 それから1世紀たち、フランスとドイツが手を結び、ヨーロッパは再びEUユーロ圏という形でアメリカに対抗できる一つの政治的・経済的核として復活したように見えたが、それが幻想であったことが明確になってきた。
ユーロ圏が終焉しようとしているからだ。

 現在ギリシャ、ポルトガル、スペインとユーロの弱い輪が次々に破綻し始めた。
ヨーロッパの内部でこれを収拾することができず、IMFというアメリカ主導の救済機関にギリシャへの資金援助を依頼した。
いたしかたなく総額1100億ユーロ(約12兆円)の支援を、ユーロ各国とIMFは決めたが、その支援条件があまりに厳しいために、今度はギリシャ国民が切れてしまった。

給与も年金も下げて付加価値税を引き上げる。俺たちはどうやって暮らせばいいんだ
ギリシャは貧富の差が激しく、普通の国民の給与は10万円~20万円程度だ。

こんな薄給の身で、さらに給与が引き下げられたら、俺たちは生活できない
ゼネストは収まる気配がなく、ついに3名の命が失われた。

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 一方市場はこのギリシャの状況を見て驚愕した。
これでは1100億ユーロ程度の支援では収まりそうもない。ギリシャ政府は給与も年金も引下げができず、財政支出は削減できない」

「まずい、ギリシャ国債を持っている金融機関は国債の一部放棄をせざる得なくなる。ギリシャ国債と金融機関の株式を売っぱらえ!!!」

注)ギリシャ国債の残高は約2700億ユーロ(約32兆円)でこのうちの4分の1がギリシャの国内銀行、約7兆円をフランスの銀行、約4兆円をドイツの銀行が引き受けていると想定されている。

 EU各国の株価は大幅に下落し、ユーロは叩き売りの状態となって、1ユーロは120円を大幅に下回ってしまった。一方上がったのはドルと円で、アメリカも日本も褒められるような経済状況ではないが、あまりにヨーロッパがひどいので、資金がドルや円に逃避している

 ヨーロッパの経済状況がなぜここまでひどくなってきたかの原因は、会計制度に遠因がある。
アメリカの場合は基本的に時価会計のため、株式や不動産やディリバティブの価格の急落はすぐに収支に現れ、対応も早い。一方ヨーロッパの場合は過去の日本と同様に投資勘定と商品勘定の区分が厳密でなく、市況が悪くなるとそれを投資勘定に移してしまう。

これは投資のためのディリバティブだから、取得時の原価で評価します
このためヨーロッパの金融機関の損失は外部に現れにくく、そのためリーマン・ショック後の対応についても時価会計を採用しているイギリスを除いて、ドラスティックな対応がなされなかった。
それが2年遅れでギリシャ経済の崩壊と言う形で表面化し始めた。

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 90年代に日本のバブルが崩壊し、08年にリーマン・ショックでアメリカのバブルが崩壊したあと、2年遅れのギリシャ・ショックでヨーロッパバブルが崩壊したと考えるとイメージが沸く。

注)ヨーロッパのバブルの崩壊の仕方はかつての日本と似ている。徐々にそして確実に崩壊していく。

 遅かれ早かれ、どこの経済であろうともバブルのつけは支払わなくてはならない。
ユーロ圏はどのようにしてこのつけを支払うことになるのだろうか?

 おそらく1枚岩のユーロが崩壊し、強いユーロ圏と弱いユーロ圏に別れ、ユーロも第一ユーロと第二ユーロに分かれるというのが、最もありそうなシナリオだ。
弱いユーロ圏にはギリシャ、ポルトガル、スペイン、アイルランドあたりが含まれ、通貨の切り下げを実施して経済の建て直しを図ることになる。

注)現在、単一通貨ユーロを導入している国は通貨の切り下げと言う手段がとれず、残りは緊縮財政しかないため、国民の不満が一気に爆発してしまう

 金利政策も自由に第二ユーロ圏として取れるようになるため、ギリシャショックのような時に、弾力的な金融政策が実行できる(独自に金利の引下げが可能になる)。

 確かにこれで弱いヨーロッパは救われるが、これはEU、わけても通貨統合で一つのヨーロッパ共同体を作り上げようとしたヨーロッパの夢の崩壊でもある。

注)もう一つのシナリオはユーロ圏についていけない弱い国を切り離すというシナリオがある。

 通貨統合から約10年、西洋のバブルが崩壊し、今こうしてフランスとドイツの「西洋の復活」の夢が潰えようとしている。

(5月11日追加)
EUおよびECU(欧州中央銀行)はこのギリシャ危機に対応するため、大規模な支援策を10日発表した。
これによるとEUは総額90兆円規模の融資枠を確保し、またECBは市場で流通している国債の買取を実施することになった。

市場は一様に好感し、株価は値上がりユーロは再び120円台に上昇した。
この措置で当面の危機は乗り切ったが、今後はギリシャがEUのシナリオ通りに財政削減に応じるか否かにかかってきた。


 

 
 

 

 


 

 

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(22.5.7) ケヤキ剪定問題 佐々木さんの提言 その3

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(剪定をされていないケヤキは青々と葉を茂らせている

 私が最も不思議に思っていることは、誰が見ても不必要と思われる剪定作業をなぜ毎年繰り返して、わざわざ樹勢をそぐようなことをするかということです。

昨日の佐々木さんの提言2は以下のような内容でした。

① 木の性質を把握して適切な場所に植える。特にケヤキは巨木になるので場所が限定される。
② 間違って巨木を植えると剪定問題が発生するが、行政も公園設計者も育った後の状態を無視して計画を進める傾向にある。
③ 日本では公園は都市公園法で設置が義務付けられており、そこにコストを削った公園を大量生産してきた。
④ その場合も時間軸の概念が喪失していて、コスト的に見合う樹木が適当に植えられてしまった。
⑤ 公園や道路の樹木の植栽は公共事業の一環として実施されているため、無意味でもやめることがない。

以下佐々木さんの最終稿です


 こうして好き放題に批判していると、「あんた、公園行政の誰かに恨みでもあるのか」と思われそうですが、そうではありません。
むしろ、個々人は緑を愛するよい人が非常に多いのです。
ところが、彼らの複合体であるシステム全体がこうした時間概念を無視した公園を際限なく生産する装置となっており、個々人がいかに好人物でもシステム全体を変更しない限り、できることには限界があります。

原点に戻りましょう。そもそも、街路樹は本当に必要でしょうか? 
僕は(高木を無理やり使うのであれば)街路樹は不要と考えます。
どうしてもあのスペースに植えるなら、低木にするか、つる植物をうまく活用すべきです。高木を植えたいんなら、それ相応の土地を用意しましょう。

街路樹を一掃すれば、
①イニシャルコスト(伐採の)がかかるが、管理コストはゼロになる
②落ち葉が落ちるというクレームがなくなる
③同様に、木が育ってうちのベランダにかかるんですというクレームも消えてなくなる
④同様に、街路樹の剪定が拙くてみっともない、というクレームがなくなる

2255_036  (筒切りされて傷つきはじめたケヤキ

 千葉市はどうだったでしょうか? 
緑豊かな地所をもちながら、わざわざそれを切りつくし、大金を投じてまた木を植えて、今度はそれが気に入らないと言って文句を言う。
困ったのは行政のみではありません。市民全員です。
庭(=公園、街路樹、緑地、森)は、冷蔵庫ではありません。お金を出したら際限なくいいものが手に入るのではなく、市民が「良き旦那」として
見る目と、潤沢な資産をもつ必要があります。
もし、資産がないのであれば、自らの手で作り、手入れするほかありません。

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こうした傷口から菌が入ってくる

 結局のところ、街路樹から始まる景観全体の問題は、意思決定する人が誰かという点に帰着します。
かつては、藩主や領主のリーダーシップがそれであり、もっと狭い範囲では共同体の規範(月1回、共有地の草を刈るというような)が景観をある質で維持してきた本質的なシステムでした。

 従って、よい景観を取りたければ、藩主はいませんが、「こういう景観がいい」という意思決定者に個々人の市民がなるよりほかありません

 その一方で、ほかの行政サービスを削ってまで、公園行政なりに予算を回す価値があるかどうか、を検討すべきです。
美観を損ねる街路樹を大金払って維持するくらいなら、ないほうがましです。さらに、削らなくてもいい緑を削る予算を削れば済む話です。

 街路樹の問題は、まるで古典的な夫婦で「家のことはあたし(妻=行政)がやっとくから、あんた(夫=国民)はとにかく稼いできてね」という時代の終焉を示唆しています。なにも考えず、仕事に明け暮れていられた男性にとって幸福な時代の終焉でもあります。

 自分の住む場所にとって、何が大切か自分で考え、人任せにしていなかったら、気がつくと街路樹がサボテンだったという状態は回避できます。

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(
街路樹にはこうした低木が相応しいという。主としてもみじが植えられている

・いい街路樹をご所望なら、スペースに見合った木と予算を確保するべきです
・予算がないわけですから、現状を維持するか、街路樹を全廃するか、中間をとるか、といった仕分けをすべきです。
市民は行政・政治にそれを求めるべきです。
・どんな街路樹が欲しいのか、そもそも要るのか、市民一人一人が自分のこととして考えるべきです


以上が佐々木さんの提言のすべてです

佐々木さんの提言は以下のように要約されます。

① 大きな樹木(ケヤキもその一種)は街路樹にはなじまないので、計画の当初からはずす必要がある。
② 公共工事の一環として際限なく拡大する公園の見直しが必要でこのままでは無意味な公園がいつまでも作られ続ける。
③ すでに街路樹として植えてしまった後は、市民が自分の問題としてどのような管理をすべきか考えて、行政任せにしないということが必要。

 市民が自分の問題として街路樹に向かい合うシステム作りがどうやら最も重要なことだと私は理解しました。

 

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(22.5.6) ケヤキ剪定問題  佐々木さんの提言 その2

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(筒切りにされた後、その場所が腐ってきている。このままではこのケヤキは枯死する

 私はおゆみ野夏の道ケヤキ剪定問題に悩んでいるが、やはり専門家の話は聞くものだと思う。佐々木さんは千葉大の園芸学部を卒業後、景観関連の会社に長い間勤務していたがこの4月に退職し、個人的な景観プランナーとして独立した。

 おゆみ野の森でも佐々木さんにはずいぶん教えてもらってきたが今回の「ケヤキ剪定問題」では専門家としての含蓄のある話を紹介してくれた。
昨日の問題点の指摘をまとめると以下のように整理される。

① 剪定方法としての「筒切り」は木に強烈なダメージを与え、回復が難しい。
② 樹木は根を伸ばすホルモンを葉で生産し、一方芽を伸ばすホルモンを根で生産する。
③ 「筒切り」を行うと、葉が極度になくなってしまうので、根を伸ばすことができなくなる。
④ この結果水分や無機塩類を供給できなくなり、病気に弱くなって枯死してしまう。


 おゆみ野夏の道のケヤキは最近元気がない。芽の出方が遅く、そして葉がすぐに散ってしまう。幹の表面は地衣類で覆われてまるで老人のようだ。
筒切りをした後、樹形を整えると称して、毎年せっかく出てきた枝を再び切り取っており、これでは樹勢を回復することもできない。

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2年前に筒切りにされ、その後毎年枝を切り落とされている夏の道のケヤキ

 今回は佐々木さんの提言の第2回目を掲載します。
以下佐々木さんの提言です

 日本の行政では道路など土木構造物や建築の規格を先に決め、その「空き地」に木を植えるという思想が底流にあります。
公園も下手をすると、住宅の間にある空き地です。
そのこと自体は仕方のない面があります。住宅の広さ、車の運行を優先しているからです。
本来は、そのスペースに合った木を植えれば、こうした問題は回避できます。
狭いところでも平気な木を探せばいいのです。千葉駅前のように、トラス構造を組んで、藤を這わすという手もあります。

 ケヤキはどうでしょう? 時に高さ20m、直径が1mかそこらに成長する木です。ところが、植える桝はわずかに1m~2m四方足らずです。
スタートから、そもそもスケールに合わない状態でプランが作られているのです。
同様に、巨樹になることでおなじみのクスノキも各地で街路樹にされ、歩道を根で破壊して問題になっています。土気のあすみが丘がひどかったように思います。

 街路樹にひそむ問題はただ一つ。「時間」を想定していないという点です。木は育つのです。育ったら(人との共存のために)剪定が必要になります。

 しかし、設計者はカタログをペラペラめくり、「高さ3m枝張りこれこれのケヤキがここに生えてたら素敵ね」と、インテリアを選ぶかのように絵を描きます。
施工業者はその通り施工し、生産者はカタログ通りにしか植木を作らず、行政は、その時間が止まった規格を維持するために予算を費やします。

 したがって、(巨木になってしまった後は)数値に合うためにはばっさり切るしかやりようがないわけです。
木が枯れようが知ったことではありません。また、同じ木を植えりゃいいのです。まず、絵があり、現実をそれに合わせるという手法を取ります。

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(春の道公園のケヤキ。ここでは頭をそろえる目的でばっさり筒切りが行われた

 住宅、道路などは必要なものです。従って、多少を質を落としてでも、造る必然性がありました。
必要は発明の母で日本の景観が崩壊したのは、この「必要さ」と「コスト」をすり合わせた結果、「材料の質」を下げればよい、という方程式を解いたために起こったといっても過言ではありません。。

 木はどうでしょう? 木の必要性は、「日陰ができる」「気温を下げる」「季節感を感じられる」「景観をよくする(ここポイント)」といった「機能」によって担保され、「空いている」土地に、人間が植えたわけです。

 さて、日本庭園を作る際に、いちいち個々の樹木の「機能」を分析して、「この木は景観をよくするので植えましょう」などと言っていたら、親方に即刻首にされます。庭とは、本来、旦那さんが持つものでした。従って、「庭に足を踏み入れたら心地よい」のが基本にして唯一の「機能」です。
従って、「よい感じ」の木を選び、「よい感じ」の庭を作るのが植木屋さんや造園家の仕事です。

 公園や街路樹はどうでしょうか? これは、国家行政が旦那さんになった庭園です。日比谷公園や神宮外苑は西洋式です。
明治神宮の森は鎮守の森の再現、上野公園や飛鳥山公園は桜の名所をアレンジした(現状にはいろいろ不満はありますが)日本屈指の名公園です。
樹木のスペースはゆったりとられ、今でも雄大な樹木が影を落とし、休日を過ごすにはもってこいです。

 さて、戦後民主主義が進歩するにつれ、全国民が等しく富を享受すべしという考え方が台頭しました。
所得倍増、日本改造、いずれもその延長線上にあるはずです。
その結果、都市部ではたくさんの緑地が住宅や工場として姿を消して行きました。

 じゃ、「代わりに庶民には公園を与えよう」と、一定の面積にはこれこれの規模の公園を作りなさいというかなり無理なな法律ができました。都市公園法です。
さて、ここでポイントですが、本来都市部であっても社寺仏閣や川沿い池の周りなどなどには緑が多いものです。
江戸時代に大火が繰り返しあったことへの反省からです。もちろん、屋敷にもたくさんの樹木がありました。

 ところが、相続税などの土地政策の失敗によって、地所はコマ切れとなり、用地のほとんどを建物が占め、しかもその比率が中途半端なゆえに、微妙に隙間がある(そのため、規制のない他国にあるような隙間のない街でもないグロテスクな街並みが成立しました。

 わざわざ、豊かな緑地を捨て去ったわけです。これを回復するためには、上記のように機械的に「一定面積当たりに公園」という強制力を働かせるよりほかなかったと思われます。

 結果どうなったか? 「法律に書いていあるので、作ればいいんでしょ?」という投げやりな公園行政が全国を覆い尽くしました。街路樹も同様です。
どこに行っても同じ遊具の公園、はこうしてできました。

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樹勢が弱まると表面に地衣類がはびこってくる

 反動で、個性的な公園や防災面を強化しましたという公園が昨今流行り、僕の住む市原市では、養老川の氾濫原だった駅前の土地にとても素晴らしいヨシの生い茂った湿地があったところに(野鳥がいっぱいいました)大変立派な防災公園ができました。

 さて、いっぽう県の管轄ですが、養老川では流れによどみを作ってヨシの生い茂った湿地を復元しています。

 ここでも時間概念が喪失しています。養老川の氾濫原は数千年維持されてきたものです。従って、復元したヨシ原がその状態に回復するには、たぶん、数十年はかかるわけです。下手したら数百年かかります。ヨシ原が惜しいのではありません。
そのことを分からずに、簡単に埋めて、また植えりゃいいや、という思想が非常に危険だと思うわけです。

 これは、公共事業で雇用・需要を維持するための一つの道具として公園・街路樹が位置づけられていることを意味します。
樹木・ヨシ原はどうでもよく、絵を描いて、そのとおり穴を掘り、また埋めるという無意味な事業を繰り返して、お金を循環させることが全てです

 彼ら(行政・業者)からすれば、なんでもいいから予算を消費し、もっともらしい使途の方便が立てばよいのです。
 (さらにつづく

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(22.5.5) ケヤキの剪定問題について、おゆみ野の森の専門家 佐々木さんより回答をいただきました。提言その1

(22.5.2)の記事「ケヤキの芽吹きと景観問題」(筒切りされたケヤキの芽吹きが遅れている問題)におゆみ野の森の樹木や植物の専門家、佐々木さんから回答をいただきました。一回で掲載できませんでしたので3回に分けて掲載いたします。

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(2年前に筒切りをされた夏の道のケヤキ並木

以下佐々木さんの全文
 昨年の9月に、樹木医要請講座のようなものに参加しまして、そこで教わった話など交えて申し上げたいと思います。
堀大才先生という樹木医制度の父ともいえる大先生から授業とフィールド実習を受けました。(名前をググってみてください

 山崎さんのおっしゃる通り、「筒切り」などの強烈なダメージはちょっとやそっとで回復しません。
堀先生は樹木至上主義なので、「可能であれば、剪定なんぞしないほうがいい」という過激なご意見でした。
講堂いっぱいの植木屋、造園業者を前にして、です(笑)

 樹木は根を伸ばすホルモンを葉で生産し、芽を伸ばすホルモンを根の成長点で生産しています。
従って、葉を一気に切り落とす剪定は、根のホルモンの供給を止めて、芽のホルモンだけ供給するという状態に陥ります。
細かくはいろいろありますが、だいたいそんなことです。
すると、芽のホルモンだけの状態になった木は、切り口周辺から、過剰ともいえる芽を新たに出します。

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この時期になってもなかなか芽吹かない

 人間でいえば、けがをすると、白血球が集まり、回復しようとしますが(まったく仕組みは違うものの)その代わりに、木は、猛烈に芽ぶき、葉を茂らせます。

 ところが、根の伸長は一時的にストップしますから、体内のストックを消費して新しい梢を延ばす羽目になります。
つまり、借り入れ、入金がないのに貯金を切り崩して設備投資する羽目になるのです。
これを繰り返せば、いずれストックは無くなるばかりか、体を支え、水分や無機塩類を供給する根が決定的に衰退し、最終的には菌類の攻撃に耐えられなくなってキノコが生え、物理的にもろくなって折れたり、倒れたりします。

 さて、一方、人間が切らなくても、樹木は不要な枝を落とす戦略を取っています。
特に背の高い木は、これをしないと体のバランスを保てず、倒れるリスクが増大します。
おゆみ野の森にも小枝がよく落ちているのはこのためです

 また、種類によって、こうした「破損」への抵抗性が違います。
これはそれぞれの種類がとる生存戦略によって異なります。
雑木林に多い、コナラ、クヌギは比較的破損に強く、バッサリ切っても力強く芽を吹いて新たな幹を再生します。
一方、ケヤキやイヌシデは比較的そうした破損に弱い傾向があります。

 やや乱暴なまとめ方ですが、破損に強いタイプは、斜面崩壊、乾燥などのプレッシャーに耐えながら、新天地を次々に開拓していくタイプです。

※木からすれば、人間が地面を完全に固定している都市の環境はかなり想定外なはずです。
いっぽう、破損に弱いタイプは比較的安定した土地に生え、どっしりと腰を据えて種を周りに撒き散らしながら、後継者を育てる戦略を取ります

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剪定をしていないケヤキはすでに緑一色だ

 ケヤキははっきり言って中間なのですが、自生地を見ると、おゆみ野の森のような台地の縁の斜面に特に多い樹木です。水分を好み、一度生えるとどっしりと腰を据え、風で種を散布して、適した苗床があれば、そこで新世代が育ちます。

 庭園や都市部で樹木を植えるということは、こうした性質を踏まえて、ある意味樹木の限界の力を引き出すというのが管理するうえで重要です。
低木のツツジ類が非常にたくさん植えられているのは、ツツジが自生環境では、風雪や河川などの過酷な環境に耐えるという性質で、人間の激しい剪定や排気ガスなどに耐え、美しい花を咲かせるからです。

 いっぽう、イメージ先行であまりタフではない木を植えることが多々あります。
最悪な例は、クリスマスツリーにするモミの木です。そのものズバリ「モミ」はクリスマスツリーっぽい形でないため、樹形が整っているウラジロモミがよく利用されます。
ウラジロモミは本来、標高1000m以上に自生しますが、種から育てるとそれなりに下界でも育ちます。

 しかし、無理を言って、来てもらっているわけですから最高のもてなしで管理しないと樹形はあっという間に乱れ、あっさり枯れます。生きていても、青息吐息です。
あまつさえ、クリスマスのデコレーションを施されさらにダメージを加えられます。
袖ケ浦駅前に立派な死にかけのウラジロモミが植えられています。

 ここがポイントなのですが、感情的に木がかわいそうというのはある意味簡単です。
いっぽうで、人間の住む環境に木があったらやっぱり素晴らしいのです
ですから、三顧の礼でもってお出ましいただき、おでましいただいたからには、木の表情を見ながら、過酷な環境ならそれなりの礼をもって管理するのがスジです。 

 (つづく

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(22.5.4) ちはら台走友会の葉山合宿

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 ちはら台走友会葉山合宿が5月1日、2日の両日にかけて葉山で行われた。私は1日の午前中に用事があり、その日の夕刻から合宿に参加したのだが、葉山という街を訪れたのは今回がはじめてだった。

 天皇の葉山の御陵邸や吉田元首相の別邸があったので有名な場所だが、地理的な位置はまったく知らない。
葉山って一体どこにあるんだ

 地図をながめて見ると、葉山町は逗子市と横須賀市に挟まれた三浦半島の付け根で相模湾に面している
「なるほど、明治時代はこのあたりが別荘地として最適だったのか・・・


 ここ葉山町で合宿することになったのは、メンバーのMさんの会社の寮がここにあったからである。Mさんがすべての手配をしてくれた。

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 葉山は昔からの別荘地だけあって企業の寮が多い。しかもこの会社の寮はありがたいことに関係者以外にも開放してくれていて、私のようなまったく関係にない人も泊めてくれる。
総勢10名の合宿になった。

 初日は葉山寮から逗子の海岸を通り、鎌倉の由比ガ浜・七里ガ浜を通って江ノ島まで行き、帰りは江ノ電で引き返したそうだ。
江ノ電ってこんなに混む電車だったのだろうか」メンバーの一人がそう言っていたが連休でことのほか鎌倉は混んだみたいだ。

 私は残念なことに由比ガ浜も七里ガ浜も走ることができなかった。小学校の臨海学校が七里ガ浜だったこともあり、鎌倉の浜辺は好きな場所なのだが残念だ。

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   当日の寮の食事は飛び切り立派なもので、あまりにおいしく普段の数倍の量を腹に詰め込んでしまった。
そういえば私が勤務していた会社の保養所もそうだったが、こうした寮の食事の立派さは目を見張る。それを市価の数分の一の低価格で食することができるのだからありがたいことだ。
Mさんに感謝した。

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 翌日は葉山の裏山のマラニックを行うことになった。海に面して200m足らずの丘が迫っている。そこにハイキングコースが設定されていた。高さも距離もたいしたことはなかったのだが、思いの他急坂が続き、気持ちの良い汗をかくことができた。

 はじめての経験だったが三浦半島の相模湾側は風光明媚な印象で、もし空気が澄んでいれば伊豆半島の山々や富士山が見えるのだという。
裏山から見た葉山の海はヨットやウィンドサーフィンのメッカのように見えた。
そういえば石原裕次郎がヨットに乗っていたのもこの葉山の海だった。

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なお、この合宿を企画してくれたMさんが走友会のグループメールに感想文を記載していましたので一部抜粋して掲載します。

今回の企画、予想以上の感動多く貰いました。
これも皆が楽しもうと言う、気持ちが前面に出してくれた結果と思っています。
それに雲ひとつ風も無い最高のコンデション、素晴らしい海・山・人
何回か江ノ島へ行っていますが、この道是非皆と走りたいなーと常々思っていました。
夢が叶えて最高でした。ありがとう!!!
生シラス丼を食べた3階の景色、サザエ・アジのたたきで飲んだベランダからの湘南の海、それを引き立たせる食材とビール
感動の1日目
2日目は人との出会い、心の温かさをたっぷりと感じた旅でした。
沢山の出会いが出来、走った思い出が隅の方に行ってしまった合宿でした。
仙元山ハイキング企画したくれたマユさん良かったですよ!!!
マッスルありがとう。美酒たっぷりと頂きました。ありがとう
みんなの笑顔が幹事をして一番嬉しかったです。

マユさんのブログも掲載します。
http://myoume.air-nifty.com/pocky/2010/05/post-445e.html

 

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(22.5.3) 我が家の事業仕分け

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 人事(ひとごと)でなくなってきた。我が家もとうとう事業仕分けが必要になり、不必要な経費支出をカットしなければならなくなった。
ことの起こりはかみさんから、「どうもNTTの電話料金が急激に上がっている」と指摘を受けたからである。

 実は恐れていたことが発生してしまった。最近回線を光にかえたのだが、従来のアナログ回線もそのままにしておいた。
本来はインターネットを光にかえたのなら、同時に電話回線も光にすればよかったのだが、私はYahooのBBフォンの契約をしているので、それとの関係が分からずとりあえずアナログ回線を残していたのである。

 そうしたらNTTから光回線とアナログ回線の両方の請求をされるようになった。
しまったな、やはり請求はアナログと光か・・・・・
年金生活者は不要な支出はご法度だ。

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 今まで回線料や電話料金やプロバイダー料金やブログ料金の請求書が毎月送られてきているのだが、実際は何がなんだか分からなくなっており、請求書のままに引き落としを行っていたのが実態だ。

 「しかし本当は不必要なものがあるのではなかろうか?」
ふつふつと疑問がわいてきた。
今日はさっきから引き落としの料金明細書とにらめっこしている。確認をすると、以下の請求書が毎月送付されていた。

① ブログ使用料 nifty      約1500円
② 携帯使用料  ソフトバンク   約5000円
③ プロバイダー使用料 Yahoo  約1600円  
④ BBフォン使用料   Yahoo   約2500円~3000円   
⑤ アナログ回線使用料  NTT  約2400円
⑥ 光回線使用料      NTT  約5200円


こりゃ、まずい。事業仕分けが必要だ

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① ブログは自分のブログの他に、他の人の4つのブログの管理責任者になっている。この費用については削れない。

② 携帯については基本的に携帯したことがない。私の書斎の横に置いてあるだけなので固定電話と変わりが無い。留守電の知らせもほとんどチェックすることがないので、こちらからかける時以外は使用しない。→ 本件は事業仕分けで不必要と判断されたのですぐに解約する。

③ インターネットに接続するためにはプロバイダーが必要なので、この料金は必須(私はそう思っているけれども、本当は必要ないという話があるのだろうか?

④ BBフォン使用料は現在アナログ回線で使用している。これを光回線で使用すればいいのではなかろうか(今のところ変更の仕方が分からない→要検討

⑤ アナログ回線については光回線にかえれば不要になるのだが、BBフォンをアナログで使用しているために変更していない。上記④の手続きを進めて、早急にアナログ回線をNTTに返す必要がある。

⑥ 光回線を今後とも使用するのでこの費用は必須。

 我が家の事業仕分けでは②と⑤が不必要であることが分かった。携帯の契約はすぐに解約したのだが、BBフォンを光に変える方法を今検討している。
何とか早く対応できたらいいのだが・・・・・・

我が家も日本政府と同様に、適切な資金の使用法が必要なのが分かった。

(大事なご連絡)
上記のように携帯の使用を中止しましたので、私への連絡はEメールを使用して行うようにお願いいたします。

注)今回の事業仕分けの作業を行いながらあちこちチェックしていたら、重要なことに気がついた。私は回線を光100Mに変えたのだが、ちっとも速くならなかった。その原因が分かったのである。

 実は従来のADSL8Mの接続回線をそのまま使用して、光ルータと接続していた。これでは回線ネックが発生して、今までの8Mの速度しか出ないのは当たり前だ。
接続回線を変えたら急に速度が速くなった

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(22.5.2) ケヤキの芽吹きと景観問題

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(強剪定された後の夏の道の並木道 この時期になっても芽吹きが遅い

 この時期になると私を悩ますケヤキの問題が発生する。20年の1月に強剪定され丸坊主になったケヤキの芽吹きがなかなか始まらないからだ。
このまま枯れて死んでしまうのではないだろうか」やきもきする。

22429_048  2年前に市がおゆみ野四季の道ケヤキ並木をばっさりとチエンソーで切断してしまい、その後は巨大サボテンの並木道になってしまった。
景観としてはまことに無様なのだが、通常はそうしても5年程度で元の並木の戻ると言われていた。

 しかしなかなかそうはならない。
私が最も心配しているのはサボテンにされたケヤキは樹勢が極度に落ちてしまい、春の芽吹きが遅く、一方秋には真っ先に散ってしまうことだ
成長する期間が極度に短くなり、木そのものも弱弱しくなっていく。

 これはまったく剪定しないで放って置かれたケヤキと比較すると一目瞭然ですでにこの時期木は青々しているのに、サボテンケヤキはまだはが出てこない。
お前、本当に大丈夫なのか?」
私はほぼ毎日この四季の道を清掃しているので、そのたびにケヤキに問うている。

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このケヤキは剪定されていない。この時期青々と茂っている

 ケヤキの剪定方法についてはまず基本的な問題がある。通常剪定には強剪定弱剪定があり、「筒切り」と呼ばれる強剪定はよほどの理由がない限りすべきでない。
木も人も同じで、強剪定は人で言えば大手術をしたようなもので、胃をすべて摘出したのと同じになる。

 従ってその後の養生は特に必要なのだが、人間が体力が弱まるように木も樹勢が弱まって病気にかかりやすくなる。
だから通常は弱剪定といわれる「枝抜き」や「透かし」の方法を取るのだが、これには植木職人のような技術者が実施しないとどこを抜いたりすかしたりしたらいいのか分からない。

 一方強剪定の筒切りはチエンソーでばっさり切ればいいので、チエンソーさえ扱えれば誰でもでききる。はっきり言えば強剪定は安い費用でできるので、どうしても費用だけ考えれば強剪定を選んでしまう。

 しかしその後の景観は散々だ。ここを通る人はかつての美しいケヤキ並木を懐かしみ、一方現在のサボテン通りを悲しみの目を持って眺めている。
市とはわざわざ景観を壊すために税金を使用するところなのだろうか・・・・・

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NASのそばのケヤキ並木。ここは筒入りに近い枝抜きの方法だったがそれでもなかなか芽吹かない。右は道路のケヤキでこちらは芽吹いてる

 さらに私が問題と思っているのは、筒切りをした後、毎年樹体を整えると称して、ようやく生えてきた枝をばさばさ切ってしまうことだ。
再び丸坊主に近い状態になる。
今年もそのわずかに残された枝から芽吹きが始まるのだが、あまりに小枝が切られてしまって、いつまでたっても木が元の状態に戻らない。
しばしば剪定をするので盆栽のようだ。

 こうした剪定は明らかに間違いだと私は思っているが、おゆみ野の森の木や植物の植生の専門家からアドバイスいただけないだろうか

 

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(22.5.1) 久方ぶりの落書き消し 

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 久方振りに落書き消しに出動だ。このところ四季の道周辺の落書きがされないことに気をよくしていたが、そうは問屋がおろさなかった。

 場所は夏の道からジャスコ方面に向かう太鼓橋の下で、ジャスコ側の欄干の下にひどい落書きがされてしまった。
この場所は周囲から見えず、また雨宿りにも最適なため、よく浮浪者のねぐらになっていた場所で、従来は食べ散らかしたゴミの始末に苦慮していた場所だ。

 最近浮浪者がいなくなったと思っていたら悪がきのたまり場になってしまい、悪質な落書きがされてしまった。
今日は、この落書きを消そう」気合を入れた。

 落書きはすぐに消すことが原則で放って置くとだんだんと落書きがエスカレートし、そのうちに芸術的な落書きまでされてしまうと、消すほうが躊躇する。
もしかしたらこれを書いた人はピカソやクレーのような天才ではないかしら・・
そうした芸術村になる前に消し去ることが必要だ。

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消しておきました

 私はペンキの操作には慣れているが、ペンキは何と言っても水生ペンキが使いやすい。水で薄めたり手についたペンキを水洗いできるのがとてもいい。
このペンキは水分が蒸発すると、後にペンキの皮膜が残るようになっているのだが、昔それを知らずに雨模様の日に塗ってひどい目にあった。

 水分が蒸発しないですべてのペンキが下に流れ落ちてしまうのだ。だから水生ペンキを使うときは晴れた乾燥した日が一番だ。
このところ雨模様の日が多く、消すタイミングがなかなかとれなかった。
今日(30日)はどうやら一日中晴れそうだ。

 水生ペンキの他には油性ペンキがあり、皮膜はこちらの方が丈夫なのでプロは大抵油性ペンキを使う。
ただしこのペンキはシンナーで薄めたりするので、気をつけないと頭が痛くなる。私はこの匂いに弱く、従って油性ペンキを使用しないようにしている。

注)先日のおゆみ野の森の倉庫の外装は油性ペンキを使用して塗った。
本当は油性ペンキはいやなのだが、すでにペンキが用意されていたので、それを使用した。案の定頭がガンガンして気持ちが悪かった。

 ペンキは景観を保持するには必須のアイテムで、落書きを消したり、色落ちがしてさびが出ている場所を補修したりすると、すっかりもとの美しい景観が取り戻せる。
クリーンクラブはそうした景観維持にも積極的に活動しており、私はすっかりペンキ塗りのプロになってしまった。
さあ、気合をいれて落書きを消そう」 
 

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