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(22.4.18) 文学入門 子どもたちへの文学案内 河村義人

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(エコさん撮影 山崎編集)

 ここおゆみ野で毎月1回程度の頻度で読書会が開催されている。主催者はこのおゆみ野が誇る文学者で「子どもたちへの文学案内」の著書、河村義人さんだ。

 私もこの読書会には毎回参加し、その都度このブログに記事を書いてきた。
今まではどちらかと言うと文豪と言われた人の本や、相応に社会的評価が高かった著書の本を読むことが多かったが、今回は主催者の河村義人さんの著書を選択した。
 
 報告者は私で、この本を選んだのには訳がある。私は読書量が他のメンバーほど多くはなく、この読書会で紹介される書物もほとんど初めてのことが多い。
だから河村さんの著書も読んだことがなかったが、一度じっくりと読んでみたかった。
しかし私のことだ。だがタダ本を読めといわれても、読むことはない。

義務を課すと私は必ず読む。それには読書会のテーマ本にするのが一番だ」そう思ったのである。

 河村さんは著名な著者とは言いがたいが、私は読書会等で何度も話を聞くうちにその読書量に驚愕した。
この本にも自身の過去がつづられているが、中学生頃からいわゆる文学少年で、高校生の頃はあまりに多くの本を読んだために学業がおろそかになってしまったほどだと言う。

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(エコさん撮影 山崎編集)

 河村さんの文学に対する態度は「文学の精神とは、メジャーなものよりも、むしろマイナーものに進んで目を向けることだ」という態度で貫かれており、「天下国家を論ずる大説ではなく、・・・小説」なのだという。

 私などはこのブログで経済批評や政治批評を好んでしてしまい、「大説」ばかり記載するところがあるが、私と対極にある人だと想像していただければ大体当たる。

 この本は10章からなり、その最初の章は「カエル・愉快な仲間たち」である。カエルという小動物を通して文学がどのようにそれを扱っているかを見ようという試みで、河村さんはあえて「身近だが無視されやすいカエル」を取り上げたのだと言う。

 読んで見ると分かるがこの本は相当タフな本である。著者である河村義人さんの現在(確か40半ばだと思う)までの読書遍歴をできるだけやさしく解説しようとした意図は明確だが、しかし内容は濃い。

 それでもこの第一章の「カエル」は相対的にやさしく、できれば中学生にも詠ませたいとの意図は感じられた。
取り上げられた素材は主として俳句・詩であり、松尾芭蕉、小林一茶、草野心平、萩原朔太郎あたりまでは中学生でも読めそうだが、中村草田男、中村汀女あたりになると俳句の素養が必要となり、梶井基次郎の小説「交尾」の紹介はかなり本格的だ。

 河村さんはこの「交尾」を「カタルシスの文学」と定義したが、この文章を読んで清清しいカタルシスを感じるのはかなりの文学的素養が必要だろう。

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(エコさん撮影 山崎編集)

 
河村さんはこの本のあとがきで「これは中学生くらいから読むのが適当だと思うが、わからなかったら、またいつか読んでみたまえ」と言っている。
私の素直な感想としては「中学生ではやはり無理だろう」と思った。
日本の国語教育で古文を含めた過去から現在までの日本の文学が読めるように訓練されるのは高校に入ってからだからだ。

 私は必ずしも優秀な国語の生徒ではなく平均的な生徒だったが、平安期の古文はほとんど歯が立たず、日本の古典で読めたのは平家物語と言った鎌倉期以降の文学で、それも対訳がないと苦労するような代物だった。

 第2章の「ミクロとマクロ」になると河村さんの本格的な文学論が展開される。ここでも川端茅舎(ぼうしゃ飯田蛇笏(だこつの俳句が紹介されているが、著者が本当に紹介したかったのは島木健作の「赤蛙」という短編だ。

 この短編はかなり有名なので読んだ人が多いと思うが、川の中州にいる赤蛙が対岸に渡ろうと急流に飛び込んでは何度も失敗し、最後は力尽きて川面から消え去るまでの描写と、それを見ていた島木健作が大自然の神秘を感じたと言う短編である。

私は自然界の神秘とふことを深く感じていた。・・・・自然の神秘を考えるときにもたらされる、厳粛な敬虔なひきしまった気持、それでいて何か目に見えぬ大きな意志を感じてそこに信頼を寄せている感じ」と島木健作はその時の印象を綴っている。

 河村さんはこの赤蛙の無駄と思われる死と自然界の摂理を論じた文章に「ミクロとマクロ」の相互交換が行われており、「ミクロからマクロにジャンプするスピードが・・・一気に加速される感じ」と絶賛している。

 ミクロだけを論じるのではなく、それがマクロの中でどのように位置づけにあるかを書ききるのが小説家の役割だというのである。
このあたりまで来ると小説論と言ってよく、かなり難しい。

 この本の中身はかなりタフでその文学論まで理解するにはかなりの経験が要りそうだ。
やはり河村義人さんがその人生の大半をかけて読了してきた文学の真髄を理解するには、河村さんと同程度の人生経験と読書量がいるのだろう。

注1)河村さんとM・Tさんの感想文を書きに掲載いたします。
http://yamazakijirou1.cocolog-nifty.com/shiryou/2010/04/post-825f.html

注2)なお、河村さんの「子どもたちへの文学案内」はアマゾン等でも購入は可能ですが、おゆみ野在住の人であれば、このブログのメール機能で私宛連絡いただければ、河村さんにメールを転送いたします(河村さんのところに在庫があります)。

 

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