(22.4.13) タイの農民戦争 タクシン派の反乱
タイの政局はほとんど収拾がつかない状態になってきた。
アピッシト首相が1ヶ月も続いたタクシン派による都心部の占拠や、国会乱入に業を煮やして非常事態宣言を発したのがこの4月7日だったが、タクシン派からは「かえるの顔にションベン」と無視されてしまった。
「どうせ、アピッシトはまともな対応なんかできるはずはない」
これにはアピッシット首相も自制心を失った。
「それなら、実力行使がどういうものか見せてやる」
10日に治安部隊に命じてデモ隊の強制排除に乗り出した。幸いに軍はアピッシト首相を支持している。
注)通常タイでは軍隊は中立を守ることが多い。その場合は首相が命令しても軍隊はサボタージュを決め込む。
しかしこの治安部隊による排除で大混乱が起きてしまい、21名あまりの死者と1000人近くの負傷者が出てしまった。
この中にはロイターが派遣した日本人カメラマン、村本博之さんも含まれる。
こうまでして排除しようとしたのに、実際はまったく効果がなく、相変わらずバンコックの繁華街はタクシン派によって占拠されたままだ。
おかげでアピッシト首相は恒例のアセアン会議にも、オバマ大統領が召集している核サミットにも出席できなくなってしまった。
タクシン派のデモは成功し、アピッシト首相は世界的に恥をかいた。
タイの治安維持がいつも難しいのには訳がある。タイはよく「微笑みの国」と言われが,、その理由は流血を極度に嫌う平和な国柄だからだ。
デモも当然平和裏に行うのだが、これを排除しようとすると必ず流血の惨事になって、流血の責任を問われる。
「首相はなぜ人を殺したのだ。軍や警察はなぜ発砲したのだ」となって、首相は退陣、軍や警察の首脳も首を切られるので、それを恐れて誰も手を下そうとしない。
秩序を維持することよりも流血を避けようとするのだ。
今回のタクシン派による繁華街の占拠は1ヶ月続いたが、一昨年の反タクシン派の首相府占拠は約3ヶ月、空港占拠は約1ヶ月続いた。
仕方なく首相のほうが折れて退陣するのがいつものパターンだ。
こうしたタイの政権交代方式は他国にはないタイ独自なもので、日本人から見ると何とも奇妙に見える。
「この国は秩序を維持しようとする意志がないのではなかろうか」と映るからだ。
タイの政局はこのように不思議の国のアリスだが、実際の対立構造はどこの国にもある都市と農村の対立であり、それが選挙による政権交代ではなく、しばしばデモやクーデターによるところがタイ式だ。
バンコックに行ってみると分かるが、この都市は非常に近代的な都市であり、中間層や富裕層も多く、日本と変わりが無い。
繁華街には日本のデパートが進出して、消費活動は非常に活発だ。
バンコックだけ見ればタイは非常に裕福な国に見える。
一方一歩農村部にいくと、遅れた昔のままのタイが残っている。私がタイを訪れたのは15年以上も前だが、アユタヤのタイ人が泊まる宿は一泊100円で、食事は50円でできた。
裸電灯とベットと扇風機だけの部屋だったが、「こんなに安いのなら一生タイに住もうかしら」と思ったほどだ。
私はそうした遅れた何もないタイが好きなのだが、タイ人にとっては「なぜ都市住民は裕福で、俺たちはこんなに貧乏なのだ」と言うことになる。
情報はテレビ等で十分行き渡るので、一旗あげようとバンコックに出てみても、田舎出身者は最下層の貧しい仕事しかなく、中間層にも富裕層にもなれない。
なにしろ教育水準が違いすぎて貧富の差は固定されたままだ。
「農民はいつも虐げられている。バンコックに出てきても俺たちは二流の国民だ」
こうした不満を吸収して01年2月に首相になったのが、今はタイを追われているタクシン元首相で、タイ東北部の農村地帯に補助金をばら撒き、農民の心を捉えた。
もっとも都市住民からは大ブーイングで、「バンコックの富を農村にばら撒いて人気を取っているトンでもないヤツ」と言うことで06年9月に軍事クーデターが発生し、タクシン元首相はタイを追われて流浪の旅を余儀なくされた。
その後は軍隊と富裕層と中間層が手を組んで08年12月に都市党のアピッシト政権を成立させたが、リーマンショック後の経済停滞を背景に失業者が増大し、農村党のタクシン派が盛り返してきたのが今の構図だ。
果たして都市党と農村党のこの争いはどう決着がつくのだろうか。
21名にも及ぶ死者が出てしまえば、アピッシト首相は責任を取って辞任するのが今までのタイのパターンだが、都市と農村の戦いは今後も継続し、タイのアキレス腱になりそうだ。
注)皮肉なことに都市と農村の対立がこの様に先鋭化するのは、タイが民主国家だからである。中国でも都市と農村の対立は激しいが武装警察が不満を抑えてしまうので、問題が外に知られることが少ない。
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