(22.2.13) NHKスペシャル 「ランドラッシュ」のミスリード
NHKスペシャル「ランドラッシュ」を興味深く見た。
この番組が特に興味深かったのは、現在世界の各地で農地争奪合戦が繰り広げられており、日本がその流れに完全に立ち遅れていることを教えてくれたこと、そしてそれが食料の安全保障の点から必要だと強調されていたからである。
注)ランドラッシュという言葉は西部開拓時代のアメリカで、オクラホマのインディアン居留地を白人が強制的に競争で奪っていった行為をさす。
土地争奪の現場はウクライナやロシア沿海州、アフリカといった経済的には貧しい場所で、一方争奪に参加している国は中国、韓国、インド、中東、セルビアといった20カ国に及ぶ国と紹介されていた。
事の起こりは2年前の食料危機で小麦や大豆の価格がほぼ3倍程度に上昇し世界各地で食料争奪戦が起こったため、国の安全保障の面から農地争奪が始まったのだという。
映像では隣の韓国がイ・ミョンバク大統領の指示で、国家戦略として2030年までに食料の4分の1を海外の農場で生産するという方針を打ち出し、それにそって現代自動車がロシア沿海州で大豆生産を行っている画面が映し出されていた。
注)この農場は当初日本の商社が借り受ける予定だったが、韓国が港湾や道路のインフラ整備の提案をして、急遽現代自動車が借り受けることになったという。
またウクライナの例では、青森県の元大農家、木村愼一氏が50haの土地を借り受けて大豆生産を行っていたが、ウクライナ側のさらに1000haの土地貸与提案に対し、資金手当てができずセルビアの企業がこの土地を借り受けたと紹介していた。
いづれも日本は国家戦略としての食糧自給方針がないため、韓国や他の国に競り負けてしまい、今後食糧危機が発生したらどうするのかと危機感をあおる番組構成になっていた。
しかし私はこの番組を見ていて「NHKは明らかにミスリードしている」との観をぬぐい得なかった。
その理由は、本当に食糧危機が発生した場合は、他国の農場で生産された食料は自国に運んでこれないからである。
常識的に考えてみれば分かるが、飢えた国民が食料を求めて殺到しているときに、「これは外国の企業が栽培したものだから、輸出に回します」なんて言ったら、すぐさまその政府は転覆してしまう。
投資国の食料安保は同時に土地提供国の食料安保でもある。
「今は外国のやつらに生産させておけ。いざとなったらそれを食料にしよう」
だから食料を運べるのは平常時の食料が十分あるときだけで、そうした意味では単なる商行為にすぎない。
中国やインドや中東諸国やセルビアが他国の農地を賃借りしたり購入したりして農業を行うのは、農業生産が相応に儲かると思っているからであり、工場やデパートを作るのと同じように農業投資を行っているにすぎない。
注)韓国は明らかに国家戦略として沿海州で大豆を作ることにしているが、平常時に韓国人に大豆だけを食べさせるわけにいかないから、あまった大豆は市場で売却することになる。だから結果的には商行為になる。
他国の土地が食料安保にならないことは、実際マダガスカル島で韓国企業が農地の約半分を99年間借り受ける契約をしたところ暴動が起き、政府が転覆してしまったことで分かる。
それが当たり前で、他国の土地の食料は食糧危機が発生すれば、その国民の胃袋に入る。
だから食料安保を唱えるならば、日本の場合は普段から自給率を高めておくとか、休耕田をいざというときには再び農地に戻せるようにするとか、豊作のときに備蓄をしておくとか、農地以外での食料生産技術を確立するとかの方法が現実的な方法なのだ。
日本にも外務省と農水省を中心に食料安全保障チームが結成され、大手や食料専門の商社を集めて、貧しい他国の土地で農業生産を行う案を提案していたが、いづれも商社は消極的だった。
これも当たり前でウクライナやロシア、アフリカといった法整備が十分でなく、治安もかなり危ないところで農業生産を行うくらいなら、オーストラリアやアメリカといった法制度も道路も港湾も整備された国で農業投資を行ったほうが、どれほど安全で確実か分かりはしない。
注)ウクライナでは土地を守るために傭兵が雇われていた。これでは戦場並だ。
私がこのNHKの「ランドラッシュ」がミス・リードだというのは、食糧安保は結局は自国の農地でしか達成できないのに、あたかもアフリカやウクライナやロシアが食糧危機の時も唯々諾々と食料供給をしてくれると安易に考えているからである。
ランドラッシュはその語源が示すように、所詮金持ちの貧乏人に対する土地の収奪である。番組で放映された韓国人のロシア人に対する態度などは、植民地主義者のそれと変わりがなかった。
そんな新植民地主義のようなことをするくらいなら、休耕田で米を栽培するほうがはるかに食糧安保に資することは確かだ。
この番組は単なる農業投資をありえない食料安保と結びつけた、程度の悪い報道になっていた。
注)日本が食料安保に必ずしも熱心でないのは、人口が減少してしかも老人人口が増えており、食料そのものに対する需要が少なくなっているからでもある。
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