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(22.1.25) 日本の市場は飽和点  デパート・スーパーの苦戦

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 デパートスーパーの売上高減少に歯止めがかからない。
09年度のデパートの売上高は6兆6千億円で、対前年比10.1%の減少だった。
一方スーパー12兆8千億円で、これも4.3%の減少だった。

 デパートは24年前の水準に戻り、スーパーは21年前の水準だそうだ。
日本経済が最盛期を迎えたのがバブル絶頂期の1990年前後で、その後は長期停滞に入っている。
デパートもスーパーもその日本経済の足取りと歩調を合わせて縮小してきた。

 スーパーに比較してデパートの落ち込みが一層激しいが、これはデパートが高品質・高価格を売り物にしてきたからである。
デパートの主力は衣料品部門で、ここにはファッション性あふれる高価格商品が並んでいたが、低価格・高品質ユニクロにまったく太刀打ちできなくなってしまった。

 1990年代は日本経済の失われた10年といわれており、その間経済成長はなかったが、そうした中で企業が利益確保を図ろうとすれば無駄な経費を削減するほかに方法はない。
贈答品などは無駄の最たるもので、企業はお歳暮・お中元の単価を少しずつ削減し、最後はまったく止めてしまった。

 バブル期に贈答用として最も喜ばれたのが三越伊勢丹のしがみが付いた贈り物で、「いやいや、A企業は今年も三越から贈ってきたよ」なんて言って贈られた者は喜んだものだ。
重要なのはのしがみで、いわば高級品をわざわざ贈ってくれたというイメージだった。そうした贈答品需要もなくなっている。

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 2000年台に入ると実感なき経済成長期といわれ、1~2%の成長はしていたが、これは低金利政策で円安を誘導し、輸出企業にだけ成長機会を与えたものだった。
確かに輸出企業は儲かったが、こちらは儲けをもっぱら海外投資に向けたので、国内の消費に回らず個人レベルでは収入は停滞していた。

注)私は当時金融機関に勤務していたが、給与改革が行われ能力別給与体系が導入された。私の給与はさっそく下がってしまい「やはり能力はないのか」と思ったが、実はほとんどの人が下がる給与カットだった。

 デパートもスーパーも国内消費に依存する業界である。
ところが個人収入がほぼ一定なのだから、個人が少しでも裕福になろうとすれば、低価格・高品質商品を使用することで生活に余裕を持たせようとするのは当然だ。
こりゃダメだ。もうデパートなんか利用できない

注)所得一定の下で、満足度を極大にするには高品質・低価格品にシフトするのが経済行動として最も合理的な選択になる。

 私も衣料品を購入する場合は、まずユニクロに出向き、そこで目的とした商品がない場合はジャスコで探している。デパートは千葉市に行けばあるのだが、このおゆみ野の地に越して15年以上経つが、デパートで買い物をしたことはない。

 こうした状況にデパートもスーパーもただ手をこまねいているばかりではなく、デパートのデパ地下や、ジャスコのファッションショーPBブランド製品の開拓など懸命な努力をしているが、日本人の所得がこれ以上増加することはないのだから限界がある。

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 中国や東南アジアに行くと日本のデパートやスーパーがかつての日本と同様に人があふれかえっているのを見ることができる。特にデパートは高価格・高品質商品を販売するのだから、経済成長が著しい場所でないと購買者を増やすことができない。

注)高所得者層の増大がそのまま売上高増に結びつくのは日本と同じだ。

 デパートやスーパーにとって日本は飽和しきった市場で、中国や東南アジアといった成長市場に資源をシフトしない限り生き残ることは不可能だろう。

 毎回同じ事を言って恐縮だが、人間であれ経済であれ一種の飽和点のようなものがあり、そこに達すれば後は現状維持がせいぜいになるのは致し方ない。


 

 

 

 

 

 

 

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