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(22.1.4) 文学入門 クラクラ日記 坂口三千代

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 今回の読書会のテーマ本は坂口三千代氏の「クラクラ日記」だった。この本を選んだのはこの読書会の主催者河村義人さんである。
坂口三千代といってもほとんどの人は知らないだろうが、作家坂口安吾氏の妻である。

 坂口安吾は戦前戦後を代表する作家で、特に堕落論によって知られているが、すでに文学史の範疇に入っており、こうした書物を好む一部の人を除いては読む人はほとんどない。
私はもともと読書量が多いわけではないので、当然のこととして坂口安吾の作品は読んだことはなかったし、坂口三千代氏のことも知らなかった。

 河村さんは自身が文学者だけにこのような作品に対する鑑識眼が鋭く、今回のテーマ本として選定したようだ。
クラクラ日記」の「クラクラ」とはこの本のあとがきによると「そばかすだらけで、いくらでもその辺にいるような平凡なありふれた少女」というフランス語だそうだ。

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 そういうありふれた少女が、たまたま坂口安吾という戦後を代表する私生活を省みない作家と結婚することになり、書いた私小説(あるいは報告書)が「クラクラ日記」である。
坂口安吾は小説を書くためだけに生きていたような作家だが、精神の緊張に耐えられず覚せい剤と睡眠薬を常用し、その結果うつ病(当時の診断)になって昭和30年48歳の若さで早世した。
三千代氏との結婚生活は戦後すぐから約10年間に及び、その間の坂口安吾との壮絶な結婚生活の報告になっている。

 この「クラクラ日記」は坂口安吾を取り巻く友人の文士たちの応援も得て世にでた「日記」で、たしかに坂口安吾という作家がいなければ、「面白い日記風読み物」といった程度で終わっていただろう。

 文章は巧みで、読む人の心を捉えるが、やはり坂口安吾が精神を病み、どのようにして彼自身の堕落論のように堕落し死去したかが読む人の興味の中心になる。
こうした著名人の妻が書く読み物を「日陰の文章」と私は呼ぶことにしているが、少なくとも坂口安吾という文学者の精神構造の分析のためには弟一級の報告書であることは間違いない。

注)天才には精神病者が多いという心理学をドイツ人心理学者クレッチマーが打ち立てている。

 最近は文学者といっても必ずしも風変わりな人ではなく、かえって普通のサラリーマンよりシャンとしている人が多いが、少なくとも昭和30年代頃までは、文学者は変人だった。
あるいは文学者は普通の人間とは違う異質な才能の持ち主と見られ、芥川賞の受賞者は今とは違って、マスコミの寵児だった。

注)映画オールウエイズ続三丁目の夕日で吉岡秀隆氏が扮する茶川竜之助が芥川賞候補になり、新聞社の記者が押し寄せる場面があった。この当時は芥川賞はノーベル賞の受賞と同じ程度に国民的関心事だった。

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 坂口安吾は東京大学病院精神科に入院して治療を受け、一旦は回復して退院したがすぐに再発している。
覚せい剤と睡眠薬の常用を止められなかったからであるが、この間の事情はこの日記の「闘病記」に詳しい。

 闘病記を読んで驚くのは、患者の周りの人すべてが精神的に病んでいくことで、いまであればすぐさま病院に駆けつけるところを、本人も周りの人もなかなか病院に行こうとしない。
精神病院に入ると世間的に抹殺される」という気持ちが強かったからだと思う。

 坂口安吾も真っ裸になって往来で近所の人を殴打しようとして警察沙汰になり、東大病院に入院している。
こうした対外的に隠しようもない事件があってはじめて精神科にかかるというのが当時の実態だったことが分かる。

注)松沢病院に行くように薦められたが、明らかに精神病院と分かる松沢病院は避けて東大病院に入院している。

Image0_3  私はこの「クラクラ日記」を読みながら、何か画家のビンセント・ゴッホと弟のテオの関係を思い出した。
ゴッホは生きている間認められることのない画家だったが、それを家族を持ちながら支えたのが弟のテオだった。

 ゴッホも坂口安吾も精神を病んだが、なぜかその人を献身的に支える人が現れることが不思議だ。
この坂口三千代氏の「クラクラ日記」も悲しいほど報われることの少ない人生の、それでも献身的に支えようとした狂おしいばかりの女性の報告になっている。

 戦前・戦後の文学史に興味のある方には薦めたい本だ。

 


(注)クラクラ日記の書評を河村義人さんとM.Tさんが書かれています。
特に河村さんの書評は坂口安吾その人まで及び、詳細ですので是非参考にして下さい。

http://yamazakijirou1.cocolog-nifty.com/shiryou/2010/01/post-309e.html


 

 


 

 
 

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