(21.12.3) NHKスペシャル 数学者はキノコ狩りの夢を見る ポアンカレ予想
先日見たリーマン予想の番組があまりに良くできており、私のような数学音痴でもそのポイントが理解できたので、今回このポアンカレ予想の番組も期待して見ることにした。
注)この番組は2007年に放送されたものの再放送で、リーマン予想の番組より前に制作されている。
しかし結論から言うと、このポアンカレ予想の番組は出来が良くない。なぜそう言えるかというと、私が途中で寝てしまったからだ。
自分が寝たから良くないなどと言えば、まったく自分中心の天動説みたいな解釈だが、ビデオを再度見直して、なぜ私が寝てしまったかの理由が分かった。
ポアンカレ予想とは「宇宙の形と構造を調べる方法」にかかる予想である。
ポアンカレによれば、「もし宇宙に一本の縄をつけた宇宙船を飛ばして、宇宙空間を旅した後に、地球に帰ってこれたとして、その縄を手繰り寄せることができれば宇宙は球面だ」という。
これをポアンカレは数学の表現で以下のように数学者に問うた。
「単連結な三次元多様体は、三次元球面と同相といえるか」
縄を途中で引っ掛けることなく回収できるような三次元多様体は球面と同じだと証明してみろ、と言っているわけである。
さて、この番組ではこのポアンカレ予想の説明のために悪戦苦闘するのだが、最初から三次元空間では視聴者がまったく理解しないと判断して、最初は二次元空間の説明から始める。
しかし、この説明がまったく舌足らずなために、私のような数学音痴は理解不能になって白けてしまった。
「一体何を言おうとしてるんだろう、さっぱり分からん・・・・」
二次元空間の例ではマゼランの世界一周から説き起こされる。マゼランは西に艦隊を向け続けて、最後に出発地点に戻ったのだから、地球が丸いことを証明した。
しかしとポアンカレは言う。
「そうでなくてたとえば地球がドーナツ状になっていたとして、その外側を一周しても艦隊は帰ってこれる。だから西に向かって航海しただけでは証明したことにならない」
ポアンカレは地球が球であるためには以下の内容の証明が必要だという。
「マゼランが一本のロープを引いて航海し、最後に戻ってきてからそのロープが手繰り寄せられれば、地球は丸いと言える」
数学音痴の人間はこの説明に頭を抱えてしまう。マゼランの航海なら理解できても、ロープをたどり寄せることなど実際は無理だし、「もし手繰り寄せられるとしてもドーナツ型だって外側に沿った航海ならば手繰り寄せることができるじゃないか・・・・・・、それにそのことがなぜ球だという証明なのだろうか・・・・・・」
実はポアンカレ予想には二つの重要な前提条件があり、その前提条件の下で縄は手繰り寄せられるかと聞いているのだが、番組の当初はその説明がない。
二つの前提条件とは以下の通りである。
① 縄は必ず地球の表面を伝わって引き寄せられなければならない(ドーナツ型だと真ん中の穴に落ちたときに表面から離れる)
② 船がどこをどのように航海しても結び目はできない(マゼランが北極や南極や日本に自由に立ち寄ったとしても縄には結び目ができない)
ポアンカレ予想の証明をしようとした数学者はこの二つの条件の元で証明しようとして苦闘したのである。
そして上記の例は二次元空間だが、ポアンカレ予想はそれを宇宙まで拡大し、三次元空間で証明しなければならない。
「宇宙の形は一本の縄で証明できる。もし、穴に落ちることもなく、結び目もなく手繰り寄せられたらそれは球面だ。だが、そのことをどのようにして証明すればいいんだ・・・・・・」
この番組ではこのポイントが明確にされていない。実際は時間の経過とともに分かるのだが、最初にこのポイントを明確化しないため、なぜ縄が地球表面から離れてはダメなのか、結び目がなぜ重要なのかわからない(だから数学者の苦闘が分からない)。
私のようにビデオを見直して番組を再構成してみれば、番組製作者の意図が分かるのだが、最初みたときには分からなかった。
はっきり言ってしまえばできの悪い教師がだらだらとエピソードを述べ、生徒は懸命にノートをとって、それを見直すことによってはじめて内容を理解すると言ったレベルで、これでは生徒がかわいそうだ。
注)このような問題を解くための数学的方法としてポアンカレは位相幾何学(トポロジー)という数学を考案した。位相幾何学では穴の数だけが重要になる。
20世紀後半の数学界はこの位相幾何学の全盛時代となり、数学者はポアンカレ予想を証明するための方法はトポロジーだと信じていた。
(位相幾何学ではこれは穴が一つなのでドーナツと同じとみなされる)
実際はポアンカレ予想は微分幾何学(19世紀の数学)という手法で証明されるのだが、番組ではこれを証明したロシア人数学者ペレリマン博士のエピソードに多くの時間を費やしている。
ペレリマン博士が、このポアンカレ予想を証明したのに、数学界最高の栄誉であるフィールズ賞を辞退して、賞金100万ドルを受け取らなかったこと。
人と会うことを避けてサンクトペテルブルグの森でキノコ狩りをしながら人目を避けた生活をしていること。
高校時代の恩師呼びかけにもこたえないこと、等が映像で紹介されている。
確かに人間ペレリマンの紹介としては面白いが、なにしろポアンカレ予想のポイントが何なのか良く分からない人間には、「ペレリマンて何よ」という感じだ。
どうやらこの番組の製作者は途中でポアンカレ予想の説明が数学音痴の人間には理解させることができないことに頭を抱え、途中で番組をエピソード数学史に変えたのではなかろうか。
「ダメだ、視聴者にポアンカレ予想を理解させられない。なら、エピソードでお茶を濁そう・・・・・・・」そんな感じだ。
この番組の最後もひどい。ポアンカレ予想を証明したペレリマン博士をプリンストン大学に呼んで説明を求めたのだが、トポロジーの専門家はペレリマンの微分幾何学がまったく理解できず、頭を抱えたと言う話で終わっている。
しかしここで最も重要なのはポアンカレ予想がなぜ最新の数学であるトポロジーでとくことができず、微分幾何学と言う1世代前の数学で解かれたかで、そのさわりの説明に失敗している。
おそらく番組制作者も理解できなかったのだろうが、見ている人はただあっけにとられるだけだ。
注)正確にいえば、ハミルトンのリッチフローを使用すれば、ポアンカレ予想を証明できると説明されており、このリッチフローが微分幾何学の式なのだが、見ている人には何がなんだか分からないだろう。
この番組は多くのことを語たりすぎて自分でも収拾がつかなくなり、適当にお茶を濁した説明ばかりを行った駄作で、先日見たリーマン予想には足元にも及ばない。
製作者が理解できないことは、視聴者が理解できるわけがないということを確認するだけの番組に終わってしまった。
注)この番組ではポアンカレ予想を内包するより大きな予想として、サーストンの幾何化予想と言うものが紹介されている。
サーストンの予想とは宇宙は最大で8つの形からなりそれを証明できればポアンカレ予想が証明できると言うもの。
しかし、ポアンカレ予想でさえ十分理解できない頭には、「これ以上いろいろなことを言うのはやめてくれ」という感じだ。
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