(21.12.26) NHKスペシャル マネー資本主義 集大成版 その1
(内容が長く、とても一回ではブログに記載できないので2回に分けて掲載します)
12月20日に放送されたNHKスペシャル、マネー資本主義は4月から7月にかけて計5回放送されたシリーズの集大成版だった。
このシリーズはNHKが放送したスペシャルシリーズの中でも、特出に値するほど内容が深い。少なくとも経済シリーズの中では最高傑作と言ってよいと思う。
なにしろこの番組を見ることによって、通常の人にはまったく理解できなかった投資銀行、ヘッジファンド、ディリバティブ、金融工学について基本的な知識が身についたのだからすばらしい。
私は長く金融機関にいたのにもかかわらず、最近までマネー資本主義というものが良く理解できなかった。
① 投資銀行とはどんなもので、どんな仕事をしているのか?
② なぜヘッジファンドというようなものができたのか?
③ 資産の証券化はどのようにして始まったのか?
④ 金融工学の言うリスクを閉じ込める技術とは何か?
⑤ なぜ金融の自由化が必要だったのか?
⑥ バブルはなぜはじけたのか?
こうしたことがよく分からなかった。
このシリーズによってその大枠を知ることができたが、なぜこの時期に集大成版が放送されたかは、ふたたびウォール街の逆襲が始まったからである。
信じられないことにバブルが再発しており、いつこのバブルがはじけるかが専門家の主要テーマになっている。
このNHKの特別放送はリーマンショックからたった1年でバブル崩壊をすっかり忘れた人々に「なぜ人間は同じ過ちを繰り返すのか?」ということを問うている番組だ。
昨年世界中が「すわ、大恐慌の二の舞か」と震え上がってから一年、アメリカではゴールドマン・サックスが史上最高の収益を稼ぎ出し従業員に破格のボーナスを振舞っている。
またCTAと呼ばれる商品投資顧問業者(ヘッジファンド)が、リーマンショック後もしぶとく生き残り、石油や金、ユーロに投資をして莫大な収益を上げている。
機関投資家はヘッジファンドに対し、より収益を上げるようにはっぱをかけている様は、リーマンショック以前とまったく変わりが無い。
リーマンショック直後はG20で各国の首脳が集まり、投資銀行やヘッジファンドに縛りをかけようと合意した。
しかし実際はフランスとイギリスが公的資金を投入した金融機関で高額なボーナスを支給した場合に限り、特別税を徴求すること以外に実質的な規制はかけられていない。
注)両国では360万を越えるボーナスの半額を特別税として期間を限って徴求することにしている。
アメリカではすっかり規制の熱気が薄れ、アメリカ上院の公聴会ではヘッジファンドや投資銀行に対する規制反対の声ばかりが強調されていた。
「自由な市場に規制をかければ、香港に市場を奪われてしまう」
注)1998年当時の規制反対理由は「ロンドンに市場を取られてしまう」だった。
現在アメリカを始めとする世界各国の政府が低金利政策をとり、またアメリカでは焦げ付きそうな住宅ローン担保債権や返す当てのないCPまで買い取って、じゃぶじゃぶの金融緩和をしているが、そうした資金が株式市場、証券市場、石油や金などのコモディティ市場に流れ込み、リーマンショックまえと同じようになってきた。
注)リーマンショックまで1兆ドル(約90兆円)だったFRBの資産は現在2.3兆ドル(約207兆円)と2.3倍にも膨れ上がった。この膨れ上がった約120兆円が株式、石油、金、外貨等に流れている。
再び石油は100ドルを目指し、金は史上最高値になり、新興市場の株式はリーマンショック前の相場に近づきつつある。
リーマンショックでヘッジファンドは約半分が倒産したり清算されたが、生き残ったCTAなどのヘッジファンドは再び高収益証券に投資をしていると年金資金などの機関投資家に売り込んでいる。
「これはいままでの証券化商品とは異なり、絶対安全確実です。なにしろ投資先が金と石油です」
今回の番組をみて、アメリカの金融政策とは規制当局と自由を求める市場の戦いであり、結果として規制当局が敗北し、自由な市場がバブルを作っては崩壊していく過程であることが良く分かった。
「なぜ人間は同じ過ちを繰り返すのか?」強欲だからである。
アメリカの規制は大恐慌のあと制定されたダグラス・スティーガル法に始まる。この法律は他のどの国よりも厳しく金融機関を規制するもので、最大のポイントは商業銀行と証券会社を分離したことである。
大恐慌前の金融機関が株式にのめりこみ、倒産した教訓を基にしたものだ。
注)この法律によって商業銀行と投資銀行(証券会社)は分離された。他に商業銀行は預金利率の上限が決められ、州を越えた営業は禁止された。一方投資銀行は株式の仲介等の地味な取引だけを行なうように制限された。
この規制の網をかいくぐって、現在のモンスターのような投資銀行に変身させたのは1984年、ソロモンブラザーズがモーゲージ債を開発したときだと言う。
モーゲージ債とは住宅ローンを証券化したもので、このときから投資銀行は仲介業務ではなく自ら証券を組成して販売するようになった。
注)このモーゲージ債は高利回りだったため、爆発的な人気を呼んだ。商業銀行の利回りは最高限度が決められていたが、投資銀行はこの制約がなかったため、どのような高利回りの設定も可能だった。
投資銀行の収益は拡大し、商業銀行を凌駕するようになったのがこの頃である。
そしてアメリカの若者の勤めたい職種の第一位が投資銀行になった。
思えば1984年は金融規制が崩壊する端緒となった記念すべき年(あるいは悲劇の誕生の年)といえる。
この年カリフォルニアで規制撤廃法案が可決された。撤廃の最大のポイントは資金の出し手であった年金基金のような組織が自由に投資先を選べるようにしたことである。
これで投資銀行はいくらでも資金を得ることができるようになった。
注)それまで年金基金は国債のような安全確実な投資を求められ、株式の投資やモーゲージ債への投資については規制があった。これを利回りを求めてどこに投資しても良いというように変更したもの。
なお、アメリカの金融機関は州ごとに設置されていたので各州ごとに法律の改正をしなければならなかった。
(アメリカ中の資金がウォール街に集まっている様)
当時日本は未曾有のバブルに浮かれており、アメリカのこうした金融資本主義の動きを察知することができなかった(私も当然知らなかった)。
「東京だけの地価で、アメリカ全体が買える」と豪語していたときで、アメリカが産業資本主義を捨てて、金融資本主義で再生するなどとはごうも思って見なかった。
「21世紀は日本の世紀」と言っていたあの頃である。
しかしこの債権の証券化という手法は禁断の木の実だったことが良くわかる。住宅債権が証券化できるなら、自動車債権でもクレジットカードでも何でも証券化できる。
資源でも食料でも債権が発生する場所ならすべて証券化が可能だ。
問題はそうした債権の貸倒確率さえ分かれば、残りを優良債権として証券化して販売できることに気づいたことだ。
それが金融工学で、金融工学の専門家がこの貸倒確率を計算し、不良債権の浄化に成功したのだと言う。
注)ただし、この手法は過去の倒産確率を計算するもので、急激な経済状況の変化には対応できない。住宅価格が急激に下がったり、自動車ローンが信じられない速度で悪化すると、今までの優良債権はすべてクズになってしまう。それがリーマンショック後顕在化した。
さすがにこうした市場の暴走を懸念したのがCFTC(米商品先物取引委員会)のグリーンバーガーで1998年、「投資マネーを誰も監視していないのは問題だ」と規制案を提案したが、ルービン財務長官とグリーンスパンFRB議長から大反対にあって規制はつぶされたと言う。
放送では「お前が規制などすると、経済危機が起こるがその責任を取れるのか」と財務省のNO2からCFTCが脅されらと証言していた。 (世界中の資金がウォール街に集まっている様)
この頃はアメリカがITバブルを謳歌していた頃で、ルービン財務長官の強いドル政策が最も効果を挙げ、世界中の資金がアメリカに集中していた頃である。
「アメリカが最も栄えている時期に規制なんかできるか。世界をすべてアメリカナイズしろ」グローバリゼーションと言う言葉が世界を席巻していた。
1999年にダグラス・スティーガル法は完全撤廃され、これによって商業銀行も自由に投資銀行業務ができるようになった。
自由な市場が勝利し、モンスターが思う存分暴れることが可能になった。
(次に続く)
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