(21.10.8) 文学入門 沢木耕太郎 「凍」
(写真は私が個人的に撮ったものでギャチュンカンではありません)
今回の河村義人さんの読書会のテーマ本は沢木耕太郎氏の「凍(とう)」だった。
私はいつものように沢木耕太郎氏についてまったく知識が無かったが、ノンフィクション作家として非常に著名な人であり、この「凍」でも講談社ノンフィクション賞を受賞していた。
「凍」は登山家山野井泰史氏(やまのい やすし 1965年生)とその妻妙子氏がヒマラヤ、ギャチュンカン7952mの北壁を登坂した記録を沢木氏がほとんど小説と同じレベルで記載したドキュメンタリーである。
山野井泰史氏と言っても登山関連の書物を常時見ているような人でないとほとんど知らないが、世界の最難関な岸壁をソロと言うスタイル(一人で、かつ無酸素で登る方式)で登坂をしている登山家で、ヒマラヤの8千メートルを越えるチョ・オユーやK2の単独登山を成し遂げている。
このソロと言う登山方法を編み出した人はイタリア人、ラインホルト・メスナーでメスナーはソロでかつ無酸素でヒマラヤの高峰を何度も征服している。
山野井泰史氏はこのメスナーの後継者のような人だが、山野井氏のスタイルは困難でかつ美しい岸壁を登るということで、このギャチュンカンの北壁は2000mの高度差でほぼ垂直に聳え立っている。
山野井夫妻はこの北壁をほぼ6日で登坂して降りてくる予定だったが、実際に降り立ったのはその数日後だった。
下降途中でなだれに会い、妙子氏が宙吊りになったのを救出したり、自身が目がほとんど見えなくなっていたからである。遭難の一歩手前だった。
ヒマラヤの登山では登るときよりも下降するときの方が難しい。
多くの場合、疲労困憊してようやく登頂アタックに成功した後で、岸壁を下降しなければならないからだ。
注)私とタムさんを槍ヶ岳の北釜尾根に案内してくれた登山家もその1ヵ月後、K2登頂した後下降時に消息を絶ってしまった。
さらに山野井夫妻のように、少人数の無酸素アタックの場合は荷物を最小限にしているため、下降時のロープやビバーク用の十分なテント、それに食料がほとんど無いから最短時間で下降しないと凍死してしまう。
この本を読んで本当に驚くのは下降時にやむなく絶壁でビバークするその方法である。ロープでブランコを作り、宙吊りになりながらそこで一昼夜を過ごすのだが、マイナス30度を越す吹雪の中で、眠ることはほとんどできず、おしっこはそのまま漏らさざるを得ない。
その後目は酸欠と雪盲でほとんど見えなくなり、以降の下降は手探りでせざる得なくなったという。
手袋を脱いで手探りで岩の割れ目を探したために指がほとんど凍傷になってしまった。
こうして山野井夫妻は足と手の指をほとんど失いながらも、何とかベースキャンプにたどり着くのだが、それから街までは救出に駆けつけたシェルパに担がれて病院に運ばれている。
私はこの「凍」というノンフィクションで初めてヒマラヤの無酸素登山の厳しさを知ったが、かつて自分もこうした登山家になろうとして、六甲のロックガーデンでソロの練習をしていたことを思い出した。
当時は30歳前後で体力的には絶頂にあり、どんな岩場も登れると思っていたが、もし登山家になっていたら、山野井氏のような意志力がないから簡単に死んでいただろう。
さて、この沢木氏の「凍」については、文章力も山野井夫妻の精神のありようも十二分に描ききって申し分ない。
山野井夫妻の奥多摩でのストイックな生活もとても参考になった。
このドキュメンタリーは、ほとんど小説と言っていいレベルに達しているが、さぞかし取材は克明に行われたのだろう。
この作品でたった一つの不満は写真や挿絵が無いことである。ロッククライミングやアイスクライミングの技術は専門の領域であり、普通の人はそこで使用される道具や登坂方法を知悉していない。
こうした専門用語は言葉で説明してもほとんど理解できないが写真を掲載すればたちどころに分かる。
私はかつてウィンパーのアルプス登攀記を読んで感動したが、何よりその挿絵が気に入ったものだ。
私のかみさんが「どうも読みづらい」と言っていたのは、専門書を何の予備知識もなしに読まされるようなものだからだろう。
沢木氏の文章力を認めるのにやぶさかではなく、この本が一流であることを素直に認めるが、さらに映像表現にするとすばらしい物ができそうなことも確かだ。
なお、山野井夫妻の日常と、ギャチュンカン登坂の記録のユーチューブを発見しましたので貼り付けて起きます(最初のコマーシャルは飛ばしてください)。
http://www.youtube.com/watch?v=RZHnQ51uolk
http://www.youtube.com/watch?v=xisCMCuVvjo&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=5Y-cG4ejrRw&feature=related
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