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(21.10.1) デフレの時代とパラダイムシフト

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 総務省29日発表した8月全国消費者物価指数前年同月比▲2.4%05年を100とした指数で、100.1になったそうだ。
前年に高騰していた原油や食料品の価格が落ち着き、一方消費低迷で商品の価格の値下げ競争が激化しているからだと言う。
東京都9月の指数は99.7でさらにデフレが進んでいる。

 私のように年金生活者デフレになると物が安くなり、一方年金額は一定だから生活が向上する。そうした意味ではデフレになればなるほど助かるのだが、一方生産者スーパーのような小売業者にとっては地獄のようなものだ。

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 なぜ物が安くなるのだろうか?
 通常日本のような人口が減少し、高年齢化する社会では物を買わなくなるのでデフレは必須となる。
人口減少はそのまま需要減少につながるし、一方高齢者は若者のように新規機能の製品に飛びつかない。古いものを大事に使うのが高齢者だが、一番の理由は新たな機能を操作できないからだ。

 私などは携帯電話に新規機能が付いたと言われるたびにうんざりする。
パソコンもこれ以上OSが進化してどうなるのかと思うし、最近買い込んだビデオカメラなどはいまだに使い方が分からない。

 物は昔ながらのオーソドックスなものが一番使いやすいし、新しいものはそのたびに苦労するので購入に躊躇する。
だから新製品はなかなか売れなくなり、需要は停滞する。

 ヨーロッパは日本に先駆けて人口が停滞していた社会だが、イギリス人などが古いものを大事にする性質を昔は不思議に思っていた。
成熟した社会では物はあふれかえっているので、自分が好きなものだけを使用し、新しいものが何でもいいとは言えなくなることを知らなかった。

注)一時期イギリス人もバブルっていたが、それまでのイギリス人の性格は古いものを大事に使うと言うものだった

 先日NHKテレビで「中国社会の光と影」と言う番組を放送していた。中国の都市部に住む若者が次々に新製品を購入し、親は子供のために住宅を購入していた。
こうした、発展途上国(人口が増え、若者が多く、まだ商品に対し需要がある国)では、当然インフレが更新しGDPが伸び、それを幸せと感じているが、日本の80年代にそっくりだった。

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 私たちは長らくGDPが増加することが無条件に善だと思っていたが、衣食住が足りればそれ以上何を求める必要があるのだろうか。
まったく無用な八ツ場ダムを作るためにあくせくするよりは、高原で寝そべっているほうがいい。

 成熟社会では必要なものがすでにそろっている。だからGDPを増やすためには、不要なものをつくらなければならないし、そうしたものを購入しなければならない。
成熟社会では無駄に働き無駄に消費することが求められる。
しかし、あるとき人々はこうした生き方に疑問を持つようになるのだ。
われわれは何か間違っているのではなかろうか?」

 前にも記したが私はローマ帝国のような物づくりの好きな社会がなぜ中世のようなGDPが停滞して宗教心だけが向上する社会に変わったのか不思議に思っていた。
しかし最近になって、物はあふれてしまうとそれ以上物に対する興味を失うことに気がついた。

 日本やアメリカや西洋のような成熟社会は今後長いデフレの時代に入りGDPはほとんど増加することは無いだろう。
一方、中国やインドのような発展途上国は相変わらずGDP信仰が盛んだろうが、それも時間の問題だ。
日本はあの80年代からたった20年で、GDP信仰に疑問を持つ社会になっている

 だから21世紀の中ごろまでにはほとんどの国が豊かになり、物に対する興味がなくなるだろう。GDPは停滞から後退局面入り、人々はGDPと言う言葉があったということすら忘れてしまうはずだ。

 

 

 

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