« (21.9.19) 霞ヶ関埋蔵金問題 特別会計と独立行政法人 | トップページ | (21.9.21) 季節の変わり目 PARTⅡ »

(21.9.20) 成熟社会と私の個人的経験

Img_1114
(タムさん撮影 山崎編集)

 最近の民主党の対応を見ていると、しばらく前の私にそっくりだ。
福祉政策を行うために、霞ヶ関埋蔵金や独立行政法人の資産活用に血眼になっている。

 なにしろ消費税は4年間上げないと約束し、ガソリンの暫定税率も廃止するのだから、残った財源は埋蔵金しかない。
官僚機構が隠しているすべての埋蔵金を洗い出せ
注)他に国債増発という手段があるが、これは最後の手段である。

 実は民主党が置かれている状態に今から約8年前の私が遭遇している。
このとき私は55歳で、通常の職員から特別嘱託という職員に資格が変わった。
特別職員になると管理職を止め、給与がそれまでの約60%に落ちる。
果たして生活できるだろうか」不安がよぎった。

 このとき現在の民主党と同じく、生活の徹底的な見直しを行った。何しろ入ってくる給与は大幅に減額されるのだから今までの生活でよいはずがない。

 私の生活を実際に見直してみると、実に多くの無駄な費用や財産があることが分かった。
列挙してみると以下の通りである。

① 保険
生命保険、傷害保険、がん保険、火災保険、自動車保険とあらゆる種類の保険に入っており、特に生命保険などはかみさんが林真須美になるのに十分な金額だった。
がん保険は取りやめ、生命保険と傷害保険は掛け金を大幅に圧縮した。


② 預金
投資信託や個人年金の掛け金を取りやめた。55歳になればこれからは貯蓄をするのではなく、蓄えた資産を消費に回す立場になったからだ。

③ 資産の売却
長野県の小諸市の近くに賃借権の別荘予定地を持っていたのだが、売却した。とても上物を建設できそうになかったからだ売却時期は55歳以前だった

④ 定期契約の中止
WOWOWO、ニュートン、ニューズウィーク、ランナーズの定期契約をやめた。雑誌は図書館で読むことにした。

⑤ マラソンレースへの参加の縮小
現役だった頃はシーズン中は毎週のようにレースに参加していた。年間に30回程度になる。一回あたりの参加費は3000円以上、それに交通費や食事代が入ると、10000円程度かかった。
これを月に1回程度に抑えた。

⑥ 自動車の廃止
最も不必要な資産は明らかに自動車だった。私は年間に1回~2回程度しか乗ることがなく、もっぱら息子と娘が使用していた。
毎年の保険、自動車税、2年に1回の車検はまったくの無駄金だった。
使わない自動車をなぜ購入したかと言うと、持っているとなんとなくうれしかったからである。
しかし、やはり無駄だ。これは最近になってようやく手放すことができた。


Img_0676
(タムさん撮影 山崎編集)

 そうした圧縮の結果、55歳から60歳までの間で、さして生活に困ることはなくなった。子供はすでに成人しており、養育費が要らなかったのと、所得が少ないと所得税が大幅に安くなり、かつ保険や貯蓄に金を割かなくてすんだので、まったく手取りは従来と同じだった。
何だ、問題ないじゃないか」ほっとしたのを覚えている。

 60歳になり退職したが、今度は年金の掛け金や失業保険の掛け金も要らなくなり、通常の生活をする限りは支障はない。
そうか、年をとるとお金を使う必要がなくなるのだ」納得した。

 さて、これが私の個人的な経験だが、実は社会が成熟してくると、私の個人的経験が一般的なものになる。 

 日本のような成熟社会人口が停滞し、老人のウェイトが高くなった先進国をいう)ではGDPはまったく伸びない。成熟社会とは発展が止まった社会ともいえる。従って税金も伸びない。
ただし物はあふれんばかりだし、したいことはほとんど実現してしまった。
これ以上何をしたらいいの」というのが実態だ。
だから成熟社会では今までの生活方法の見直しが必要になる。

注)GDP神話に取り付かれている人は、常にGDPが増加しないと社会が崩壊するように騒ぐが、成熟社会では増えても減ってもさして変わりがない。

Img_1442
(タムさん撮影 山崎編集)

 日本ではインフラも十分すぎる位整い、今後作っても不要なダムかクマが遊ぶ高速道路しかできない。今は不要な資産をいかにして処分するかが課題となる。

 また貯蓄なども世界最大の資産規模に膨れ上がり、ただアメリカの国債を購入するために貢いでいる。お金は使わなくては何にもならない。今の日本に必要なのは貯蓄でなく消費である。

 また老人は元気でゲートボールをして楽しんでいる。登山をすれば老人ばかりだが、医療費を除けば、老人は他にかける費用はほとんどない。食欲はわかないし旅行も体力勝負だからあまりできない。エンターテイメントもテレビで十分だ。

 成熟社会は意外とお金がかからないし、過去の貯蓄を食いつぶしていけば十分生活できる。
自民党政権の成長政策一本から、民主党の福祉政策に大きく舵が切られたが、それはこの社会が成熟社会だからだと思うと納得できる。

注)ただし私の個人的経験では福祉対策は困っている若者を対象にすべきで、さして金の要らない老人にしても意味が無い

 経済成長が止まっても、生活を見直していけば十分満足のいく生活は可能だ。日本はそうした段階になってきた。


注)かつて私は西洋史を勉強して一番不思議だったのは、ローマ帝国のようなGDPを毎年拡大することに熱心だった古代から、生産がまったく停滞した中世に変わったことだった。
時代が逆行したのではないかと思ったが、実は物が十分いきわたれば、それ以上の物質生活を人は求めなくなると言うのが実態だと今は思っている。


 

 

 

 
 

 

|

« (21.9.19) 霞ヶ関埋蔵金問題 特別会計と独立行政法人 | トップページ | (21.9.21) 季節の変わり目 PARTⅡ »

個人生活 家庭」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« (21.9.19) 霞ヶ関埋蔵金問題 特別会計と独立行政法人 | トップページ | (21.9.21) 季節の変わり目 PARTⅡ »