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(21.9.1) リチャード・クー氏の時代 バランスシート不況理論の隆盛

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 ここにきてリチャード・クー氏のいう「バランスシート不況理論」が世界的な認知を得始めた。
一般の人にとっては「バランスシート不況理論」といってもさっぱりイメージがわかないと思うが、この理論はケインズ経済学の不況理論を日本の失われた10年に適用し、それを精緻化したもので、今回のリーマンショックから始まる世界同時不況の処方箋として提案されているものである。

 もっともクー氏に言わせると、この理論はケインズ理論と一線を画するもので、クー氏独自の日本経済分析と1929年から始まる世界大恐慌の分析から生まれたもので、ケインズ革命に匹敵する経済学の新理論ということのようだ。

 私はクー氏の論文はVoice等に掲載された論文しか読んだことがなかったが、このたび発売された「世界同時バランスシート不況」を読んで、この理論の持つ革新性に驚いてしまった。
確かにこれは新理論というのに相応しい。クー氏の鼻息が荒いのもうなずける

 バランスシート不況とはクー氏の定義によると「借金でファイナンスされたバブルが崩壊し、借金に見合う資産がなくなった民間が一斉に利益の最大化から債務の最小化にシフトすることからおこる不況」で、実際は日本の失われた10年、今回のリーマンショック後の世界不況、それと1929年の世界大恐慌に典型的に現れた不況と定義されている。

 ここでのポイントは企業家の行動指針が「利益の極大化」でなく「債務の最小化」になることで、これはアダムスミス以来言われ続けてきた経済人の行動指針が変わったのだから、当然それに対応する経済学も変わらなければならないクー氏は言う。

 なぜ経済人が債務の最小化に走るかというと「バブルに乗って借金までして投資に走った人々が、バブル崩壊によって資産価値が暴落すると、負債だけ残り、債務超過という状況になる。・・・このような状況に置かれた企業や個人は・・・・毀損したバランスシートを修復するために必死に債務を減らすようになる」からだと説明される。

 株式会社の場合、債務超過になれば株価は暴落するし、企業の格付は低下するし、金融機関からの融資は受けにくくなるし、場合によったら経営陣は退陣しなければならない。そうならないために借金を懸命に返済しようとするだろう。

 個人の場合はバランスシートという概念がないが、住宅融資を借りて建てた住宅が半分の価格になってしまったような場合に相当する。この場合は返済しようにも原資がないから、二度と借金をせず、生活は可能な限りきりつめ、住宅価格と借金が同額になるまで窮乏生活をおくりそうだ。

 こうした状況になると、中央銀行がいくら金利を引き下げ、場合によったらゼロ金利になっても借り手が現れなくなる。また量的緩和でやはり中央銀行が金融機関に資金を供給しても誰も借り手が現れないから、その金は金融機関にとどまり死に金となる。

 一言で言えば金融政策がまったく機能しなくなる状況で、実際日本の失われた10年と、リーマンショック後の世界経済がそうした状況下に置かれており、金融政策が機能しない以上、残された処方箋は政府の財政出動しかない。

 この主張は竹中平蔵氏のようなマネタリストに対するアンチテーゼで、竹中氏が小泉内閣の閣僚だった02年から04年ごろのマネタリストの主張「経済政策とは金融政策で行うべきであり、日本の失われた10年のように野放図な財政出動は、国の財政を毀損する悪行だ」という主張と真っ向から対立している。

 クー氏は日本の失われた10年とは、20世紀の世界恐慌が起こった後、約60年を経て発生したバランスシート不況であり、それに対する約150兆円規模の財政出動こそが唯一の処方箋であったし、21世紀のリーマンショック後の世界経済を復活させる唯一の方法だという。

 クー氏はそれを証明するためにいくつかの図表を作成した。図16で日本の不動産(市街地価格指数: 商業地の価格指数で住宅地の指数ではない)が87%も低下したのに、GDPがなぜ低下しなかったかと疑問を投げかける。
日本のように土地本位の経済で、これほど土地価格が低下したのにおかしいではないか

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 次にクー氏はその間、土地と株式で日本が失った富を図17で計算してみせる。その金額は約1500兆円であり、日本の1年間のGNPの約3倍に相当する。あの大恐慌でさえ失われた富はGNPの1年分だった。
GNPの3倍の富を失ったのに、GNPが一度も低下しなかったではないか。これが奇跡といわないで何といえよう

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 その答えは「日本では・・政府が財政出動ということで(誰も使わない)過剰貯蓄を借りて使ってくれたからである。・・・そのことが1500兆円の富を失ったのにもかかわらず、日本経済がGNPを落とさずにすむことを可能にした」という。

たった150兆円の財政出動で、日本経済の失速が免れた。その免れた金額は約2000兆円(失った額と増加した額の合計に相当)だ」とクー氏は試算する。
これが成功体験でなくてなんであろう。日本の失われた10年は実は金融恐慌に対する唯一の処方箋で、リーマンショック後の全世界がこの日本の体験を真似るべきだ」とますますボルテージが上がる。

 クー氏の理論は明確だ。金余りが発生し、その金を企業も個人も使わないときは政府が国債を発行して調達し、土木事業でも何でもいいから使用すればよい、ということになる。そして財政赤字がいかに膨らもうとも、バランスシート不況の場合はそれ以外の対処方法はないのだから、その財政赤字は「よい赤字」だということになる。

 私はクー氏の言う「バランスシート不況」という概念と、それに対する財政出動という処方箋は基本的には正しいと思っている。
確かにマネタリスト得意の金融政策がまったく機能しない不況があり、それをクー氏が「バランスシート不況」と定義したのは卓見だ。

 現在世界経済がこのバランスシート不況に陥っており、各国が政策金利をいくら引下げ、中央銀行が資金供給をいくら行っても資金需要が出てこないことに気づけば、結局は財政出動による景気下支えしかないということに悟る時期が来そうだ。

 そうなるとクー氏の理論は21世紀の大恐慌を救った経済理論となり、ケインズの不況理論を精緻化した経済理論として評価されることになるだろう。


(注1) しかしここまで読んではたと考え込んでしまった。確かに処方箋が財政出動しかないとしても「土木建築でも何でもいい」というのはやはり言い過ぎのような気がする。
クー氏も「羽田空港の拡張」の例を挙げているように、最低でも将来のインフラ整備に当てるべきではないだろうか。

 たとえば私だったら以下のインフラ整備に重点を置いてみたい。


・ すべての電柱の地下への敷設
・ 街にあふれる看板類の撤去と、残った看板の色彩の統一
・ 街のごみ回収システムの再構築(パリやシンガポールのように街にゴミ箱を設置し、それを回収するシステムを構築する)
・ 河川の完全浄化
・ 海岸線に漂着するごみの完全除去
・ 古い町並みの保存

(注2)バランスシート不況に陥って、なおかつ金融政策が有効に働いている例が1つある。それは中国の場合で、中国は本年度すでに約100兆円規模の資金を市中銀行にばら撒いた。

 こうした資金は日本やアメリカのような市場経済の国では、企業や個人が借りないから金融機関にとどまり死に金となるが、中国の場合は強制的に国営企業等にその資金を割り当てた。

 しかし企業としては設備投資の資金需要がないので、仕方がなく土地投資と株式投資で資金の運用をしている。
その結果、かつてのバブル期と同様不動産価格と株式が上昇し、それで利益を得た企業や個人が設備投資や耐久消費財の購入に走りはじめた。

 これが日本や韓国の輸出企業が中国貿易で息を吹き返した理由だが、中国だけがこのバランスシート不況の中で、金融政策がそれなりに機能した稀有な例となっている


 独裁国家の資本主義だけが金融政策が機能するとはなんとも皮肉だ。

 


 

 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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評論 日本の政治・経済」カテゴリの記事

コメント

>私だったら以下のインフラ整備に重点を置いてみたい。

・学校の100%耐震化工事推進
・全国の大規模拠点病院の免震化・手術室免震化とヘリポート設置。公立病院勤務医報酬を3倍・看護士報酬を2倍に。
・全国国公立大学の理科系、工学系施設の充実。外国人留学生にでは無く、日本人苦学生への留学生並みの補助金手当て。
・羽田の完全ハブ化(川崎側の工場郡移転をして多摩川を神奈川側に移動してでも、インチョンレベルの4000m滑走路4本を実現)
・古い首都高のスクラップ&ビルドと二重環状線構築
・東海道リニア化

逆に是正すべきもの
・緑のオバサンの年収800万円、給食士のバカ高い報酬、都営府営バス運転手報酬1300万など、不当な労働対価は即刻廃止。
・NHKや道路公団のファミリー企業を一掃し、不当な利益を国民に返還させ、公益法人全廃。
・NHK解体
・TV電波料金を入札制に切り替え
・海面・海岸権益が漁業者だけに偏ってる現在の法制度を見直し、国民全体の財産とし埋め立てに拠る利権が漁業者だけに流れる構図を是正する。


投稿: X | 2009年12月27日 (日) 02時15分

国債をなんでも使っても良い、などとすると、またその国債が金融に回されてしまいかねないので、使途を明確にするために、地域流通貨幣などに限定すると良いかもしれません。
これなら地域内振興を確実に起こせるはず、と市民記者Sさんの私案です。
特に自治体からボランティアへの謝礼、低所得者のベーシックインカムにはうってつけ、だそうです。

(山崎)リチャード・クー氏の理論の弱点は財政出動について、よいものと悪いものがあるのですが、その区別があいまいなことです。「すぐに何でもいいから財政出動だ」という感じです。
日ごろから「バランスシート不況になったときの財政出動の順序を検討しておくことが必要だ」ということではないでしょうか。

投稿: 横田 | 2009年9月 1日 (火) 13時55分

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