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(21.8.19) 会議について

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 正直に言うが私は会議ほど嫌いなものはない。一番いやなのは時間がやたらとかかることで、その理由は日本の会議は全員がほぼ納得するまで続けられるからである。

 ある特定の個人が反対していると、その人を説得するために延々と会議が続く。いい加減に妥協するのが日本のルールなのだが、時にはこのルールを無視して自説を主張する人がいるので頭を抱えてしまう。
いい加減に妥協してくれ

 会議が終わった後はすっかりくたびれてしまい、かつ精神が興奮しているので寝つきも悪い。
幸いなことに私は定年退職者でリタイアしているので、そうした会議とは無縁になったが、昔を思い出すとよく我慢してきたと感心してしまう。なにしろ40年余りもそうした世界にいたのだ。

 私がもっとも苦手とする人は原則論を主張して一歩も後に引かない人だ。
私が関係した事例では小さな会社を設立することにしたのだが、この会社の定款を大会社のそれとまったく同じように作れと主張してやまない人がいた。
この会社は従業員もほとんどいないのだから、簡単にしましょうよ」といっても聞いてくれない。

 株式会社論をぶたれてしまい、従業員が数人しかいない会社に役員が10名近くになってしまった。
役員会はとても立派なのだが、何しろ従業員が数名だから頭ばかり大きな組織となり、しかも大会社並みの役員会の頻度にしたので、従業員の仕事はもっぱら役員会向け資料の作成になってしまった。

 数年でこの会社は「収益を生まない会社」として整理されてしまったのは無理もない。
私は忸怩(じくじ)たる思いだったが、この原則論を主張した人は、まったく意に返さないようで、その後も相変わらず原則論をはいていた。

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 もっとも原則論がすべて悪いわけではないが、この人の場合は議論では正論といえるような原則論を主張するのだが、議論以外では実に無原則なのだ。
人には時間厳守を言いながら自分は時間にルーズだし、宴会などでは酒を飲んでは結婚している女性をすべて「オマエ」呼ばわりし、「オマエは馬鹿だ」なんて罵詈雑言をはいて泣かせてしまう。

 いつもこちらの方がはらはらしてしまった。
それだけ議論で立派なことを言うなら、実生活も立派にしろ
言いたくなるが、議論を始めるとまた正論を吐くので対応が実に難しかった。議論をしているときだけ立派で、後はすべてだめという人とどう対応したらいいのだろうか・・・・・


 最近は原則論の人だと分かると付き合わないようにしているので、被害は少なくなったがボランティア活動なんかで時に原則論が好きな人がいる。
せっかく楽しい人生を過ごしているのだから、過去の経験を生かして、そうした人には敬して遠ざかるようにしている。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

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