« (21.8.9) ロドリゴ巡礼日誌 パリ番外編その4 | トップページ | (21.8.11) 貿易黒字が減ってなぜ悪い? »

(21.8.10) 老人介護が始まった

21_1140
 私は不覚にもこの年になるまで老人介護のことをまったく考えたことがありませんでした。自分自身が健康で(精神性胃炎がよく起こりますが病弱とは言いがたい)、かみさんも子供たちも病気とは縁遠かったので、どこに介護の必要があるかといった気持ちだったのです。

 確かに私には87歳になる母親がいますが、「子供達に面倒はかけない」が口癖で、父親が死去した後、父親が残した家で一人でけなげに暮らしておりました。

 幸い弟が母親の近くに暮らしており、弟が母親の面倒を見ていましたので、私自身は通常母親のことを思考の外においていたのです(私は就職してからは家を離れ、一方弟は長く家にいましたので、いわゆる末子相続のような関係になっておりました)。

 母親が家の玄関の段差で転んで、第2腰椎の圧迫骨折をしたのは、私が巡礼の旅をしている最中で、全治6週間といわれ、家で寝たきりの生活になっておりました。
その間もっぱら弟が介護に当たり、泊り込みの生活をしていたのですが、昼間は教職につかねばならず、とうとう肉体的にも精神的にも限界に達したようでした。
兄貴、何とかしてくれ」電話がかかってきたのです。

21_1142

 弟は私と違ってとても忍耐力があり耐える性格ですので、その弟からの依頼となると、完全に緊急事態といってよい状況だったのです。

 私の兄弟は私を含め3人で、私、妹、弟がおります。この3人で手分けをして母親の面倒を見ることにし、私自身は毎週木曜日、金曜日の2日間泊り込むことにして、八王子の実家に出かけて行ったのです。

 当初は下の世話と食事の世話、それ以外に買い物や洗濯が必要と思われましたが、幸いにも私が泊まり込む前日から、トイレには手すりを伝わりながら行くことができるようになり、下の世話はしないで済みました。

やれやれ、下の世話がないのは大助かりだ
弟の話ですとそれまで夜半に数回起こされ、それ以降寝付くことができず、昼間の授業がまともにできなかったのだ言っておりました。

 どうやら今回は母親は再び歩けるようにはなりそうですが、年齢から見て今後も圧迫骨折を繰り返し、最終的には歩けなくなるものと想定せざるを得ません。
今までは老人介護保険制度について考えたこともなく人事と思っていました。
しかし今後は真剣に検討しなければならない立場になってしまいました。

21_1130

 母親は「子供達には迷惑をかけず、般若心経の写経をしながら息絶えるのが本望だ」といっていますが、現実は子供達や社会の介護を受けながら、息を引き取るのが通常です。

 考えてみれば63歳(8月でそうなります)まで、老人介護のことを一切考慮せずに生きて来れた方が僥倖というもので、これからは世間一般の常識と同様、老人介護の悩みを共用しながら生きることになりそうです。

 

 

 

|

« (21.8.9) ロドリゴ巡礼日誌 パリ番外編その4 | トップページ | (21.8.11) 貿易黒字が減ってなぜ悪い? »

個人生活 家庭」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« (21.8.9) ロドリゴ巡礼日誌 パリ番外編その4 | トップページ | (21.8.11) 貿易黒字が減ってなぜ悪い? »