(21.7.16) ロドリゴ巡礼日誌 その4
巡礼者の行動パターンは一日約25km~30km歩いたあと巡礼宿に泊まり、また早朝に出発することを繰り返すのですが、この巡礼宿は大きく分けて3種類あることが分かりました。
巡礼宿はフランス国の言葉でGite(ジット)ともうし、教会付属のジット、個人経営のジット、公共ジットの3種類がございました。
教会付属のジットはもっとも古くからあった形式のようで、かつて巡礼者はこうした教会に寝泊りしながら巡礼を続けていたものと思われます。
共同の寝室と共同のシャワー、トイレがあるのはどのジットでも同じですが、教会ジットの最大の特色は宿泊料は個人の献金に任せられていたことでございます。
貧しいものは教会の慈悲で宿泊させてもらい、富める者はその資産におうじて献金をすれば良いことになっておりました。
しかしこうした教会の慈悲に報いるために巡礼者は教会のミサに出席することと、食事の後片付けが必須になっておりました。
個人経営のジットは巡礼者が多くなるにつれて、教会ジットで泊まれなくなった人を収容したのが始まりのようですが、個人の住宅を一部改造して巡礼宿にしたもののようです。
朝食と夕食を用意するところが多く、ジャポンの木賃宿といった雰囲気でございました。
公共ジットはジャポンのおけるユースホステルのような制度で、フランス国が国民の福利厚生の一環として整備しているらしく、最近建てられた公共ジットはとても清潔な感じでしたが、ここでは食事は提供されず、自炊の設備が完備しておりました。
宿泊料は個人ジットも公共ジットも11€(ユーロ)~14€(1500円~1800円)程度で、これに個人ジットで朝食と夕食を依頼しますと15€程度が加わり、全部で25€~30€(3000円~4000円)になりました。
一方教会ジットではわれわれは20€献金(朝食と夕食を食べさせていただいた場合)しましたが、これは途中で友達になったドイツ人、ピーターから教えていただいた相場でございます。
しかしいづれも料金はジャポンを旅する場合に比較してかなり安価に旅ができるシステムが整っておりました。
巡礼者は自分の好みに合わせてこうしたジットを選択して旅を続けるのですが、我ら二人の個人的な好みから言うと、公共ジットが最もしっくり来たのですが、その理由はおいおい説明することにいたします。
我らが出発したル・ピュイルートは、最初中央高地と呼ばれる1000m程度の高地を約200km程度歩むことになっておりました。
フランス国はほぼ平坦な平野が続いているのですが、ここ南フランスの中央高地のみ高原地帯になっておりました。
道はほぼ直線にル・ピュイからサン・ジェン・ピエル・ポーに向かって西南西に向かって伸びており、よほどの山道でなければ迂回をしないタフな道になっておりました。
これは古道の作り方一般の法則らしく、かつて私ロドリゴが旧中仙道や山口の萩往還道を修行のために走っておりましたときにも感じた道路の作り方でございます。
古代においては私有権というような面倒なものがなかったことと、直線に道を通すのがもっとも簡単な建設方式だったせいと思われます。
しかしこの道を実際歩いて見ますと、この直線道の上り下りには近代人は音を上げてしまうのが普通です。
我ら2人も山の上り下りに遭遇するたびに、思わずため息をつき、「さあ、もう一度がんばろう」と声を掛け合ったものでございます。
一見平坦に見える高原地帯も実に多くの上り下りがあり、ジャポンのちょっとした山岳登山のような雰囲気でございました。
しかし当初は精神的な高揚もあり、こうした坂道をなんなくこなしていたのですが、時間が経つにつれ疲労がたまっていったのはいたし方ないことでございます。
ムッシュ タムが「1週間もすれば身体が慣れてくるはずだ」と申しており、「それまでは・・・・」とひたすら草原の道を歩み続けたものの、老齢の身に疲労感が襲い始めておりました。
これがサンチャゴ巡礼フランス道の4日目の報告でございます。
4日目の写真を掲載いたします。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/jDbVaC?authkey=Gv1sRgCLKNjrLwmrPKNQ#
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