次回の河村義人さんの読書会のテーマ本は村上春樹氏の短編小説「蛍」になった。この本を選んだのはビレッジ姉さんで、普段は口数は少ないがとても知的な人だ。
私はいつものように村上春樹氏の小説を読んだことはなかったが、それは30才頃から退職するまでの約30年間、ほとんど小説を読まなかったからである。
村上春樹氏はその間、日本を代表する作家の一人になり、特に海外での評価が高く、しばしば有力なノーベル文学賞候補になっていた。
その程度のことは知っていたものの、なにしろ氏の小説を読んだことがないので、判断の仕様がないというのが実情だった。
今回「蛍」を読んでみて、その文体の易しさと、一方内容の何か乾いた「あっしにはかかわりのねえことでござんす」といったスタンスに驚いてしまった。
話の内容はいたって簡単で、「大学生の主人公が、元友人(この友人は高校生のとき自殺した)の彼女と何回かのデートをした後肉体関係を持ち、その直後に女性が失踪した」という話だ。
理由も何もなくただ会って、話して、肉体関係をもって、そして分かれたという話だ。
とても不思議な感じのする短編小説で、かつてカミュの「異邦人」やカフカの「変身」を読んだときと同じような感覚に襲われた。
「要するにこの世の中には論理で説明できないことがある」ということか。
「蛍」という題名も取ってつけたようなもので、同じ寮に住んでいる友達からもらった蛍が淡い光を発光させながら飛び立っていった。ちょうど彼女のように。だから題名が「蛍」ということらしい。
何とも乾いた短編小説だ。私が好きな平岩弓枝さんの短編小説ような物語性はまったくなく、感情移入できる人物はまったくいない。
一言で言って「日本的な情緒」の対極にあるような話で、確かにこれならヨーロッパの人々から好かれそうだ。
「この世は矛盾だらけで、何一つ意味もなく、ただ現象だけが流れる」
最も「蛍」だけ読んで村上氏の小説を即断するのは危ぶまれたため、他の短編小説にも目を通してみた。
「納屋を焼く」はこれも筋はいたって簡単だ。「妻以外の若い恋人がいる小説家が主人公。この若い恋人はアルジェに行って新しい男性の恋人をつれて帰ってきた。通常の小説ならばここで葛藤が始まるのだが、この小説では、主人公も彼女も、また新しい男性の恋人もまったく気にしない。
ある日彼女と新しい男性の恋人が主人公の家にやってきて、男同士でマリファナを吸う。その時この新しい男性の恋人が「納屋を焼くのが趣味」だという。
そして納屋を焼いていたが彼女はどこかに失踪した」ただそれだけだ(なお、私と同様に読書会に参加している小太郎姉さんは、納屋は若い女性のことで、女性を男性の恋人が殺したのだと言っていた)。
「蛍」と同じように、感情移入できる人はまったくおらず、意味もなく犯罪行為を繰り返し、恋人はまた意味もなく失踪する。
「踊る小人」はファンタジーだが、大人向けのファンタジーだ。「舞台は革命後のロシアのような雰囲気で、主人公は象工場で象を作っている。その行程はいくつかに分かれていて、その行程の一つの部署にダンス好きの美人がいる。
主人公はこの女性をものにしたいが、ダンスがうまくないとものにできない。そこで夢にしばしば現れるダンスが飛び切り上手な踊る小人と契約して、体内に入ってもらい小人に踊ってもらう。
ただし契約内容は「彼女をものにするまでは一言も口を利いてはならない。もし口をきくと小人に肉体を乗っ取られる」というもので、首尾よく主人公は口をきかずに踊りのうまさで彼女をものにできる。
しかし、小人が体内に入って踊ったことがばれて革命軍から追求を受ける」という内容だ。
この小説には若干物語性はあるが、内容は荒唐無稽であり、意味もない。
ここまで読んで村上氏の短編小説は、やはり西洋版木枯し紋次郎だと思った。
「あっしにはかかわりのねえことでござんす。人生には意味なんぞござんせん。ただ男と女がいて、あって別れるだけでござんせんか」といっているように読めた。
(注)その後村上氏は社会との関係性を重視した乾かない小説を発表しているそうだが、私は読んでないので判断できない。
連絡:次回の読書会の予定は以下の通り
テーマ本 村上春樹 「蛍」 担当:ビレッジ姉さん
6/16(火) 13:00~15:00 於:緑図書館集会室
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