(21.5.2) クライスラーの倒産に未来はあるか
アメリカ第3位の自動車メーカー、クライスラーは30日、連邦破産法11条に基づく会社更生手続きの適用を申請して倒産した。
そしてそれと同時にイタリア・フィアットとの提携も合意されたと発表された。
今回破産法を申請したのは、債権者の一部(ヘッジファンド)が債権の70%カットに異議を唱えたからであるが、「そんなに駄々をこねるなら問答無用だ」と法的手続きに訴えたものだ。
実は連邦破産法11条は会社にとって非常に有利な破産法で、① 債務の支払いを一時停止でき、② 経営者はそのまま継続して残り、③ 残った経営者が再建計画を作成する(ただし今回は政府とフィアットが参加する)と言うものである。
もっとも再建計画の承認には、債権者数の過半数、債権額の3分の2以上の賛成が必要であるが、そうした賛成が得られることを前提に破産申請する場合を事前調整型の申請といい、今回の場合はそれに当たる。
ヘッジファンドがいくら異議を唱えても、他の3分の2の債権者が賛同すれば問題ないのだから、今回の破算法申請はこうした不満分子を押さえ込むためだと言ってよい。
オバマ大統領が言っている「破産法申請はクライスラーが復活する道であり、これにより3万人の雇用が維持できる」というのもそうした意味であるが、再建計画はおおよそ以下のような内容になるはずだ。
① 株式は無価値になる(約80%の株式を保有しているサーベラス、約20%の株式を保有しているダイムラーは株式を放棄する)
② UAW(全米自動車労組)は、労務費の削減、退職者医療費の圧縮に応じ、それによりほぼ日本メーカーと同レベルの労務コストとなる。
③ 債権者は貸出金69億ドルのうち約70%の債権カットに応ずる(大口債権者はJPモルガン 16億ドル、チェース・リンカーン・ホスト・バンク 10億ドル、モルガンスタンレー 10億ドル、シティバンク9億ドル)
④ 政府の融資40億ドルは債権放棄する。
⑤ 部品メーカーの売掛債権が債権カットされた場合、債権保証制度(債権額の2%の保証料を支払うとアメリカ政府が全額保証してくれる)により保全される。
株は無価値になり、借入金は70%削減され、政府の公的資金は返済無用になり、買掛債務は支払わなくても済むのだから、これほど会社にとって有利な再建法はない。
これでクライスラーの過去のしがらみは一応なくなり、綺麗になったクライスラーをフィアットが引継ぐのだが、だからと言って将来の展望が開けるかと言うとそうとはいえない。
現状はこれでようやくトヨタやホンダといった日本メーカーと対抗できる下地ができたと言う段階であり、これから日本メーカーの環境対応車との本格的な競争が始まる。
しかしクライスラーが作ってきた車はいづれも燃費の悪い小型トラックやSUVと言った車ばかりで、競争力はほとんど無いと言っていい。
現在年間200万台規模の販売台数も、今後ますます縮小していきそうだ。
フィアットがクライスラーを支援する本当の狙いは、効率のよいフィアットの小型車をクライスラーの工場で作り、それをクライスラーの販売網を使用してアメリカで売ることで、クライスラー社の車を販売する気持ちはほとんど無い。
「必要なのは工場と販売網だけだ」これがフィアットの本音だ。
オバマ大統領はクライスラーの再生を高らかに宣言したが、再生するクライスラーは実質的にはフィアットであり、販売されるのはフィアットの車と言うことになるだろう。
もっともフィアットの小型車の販売が軌道に乗らない場合は、提携が解除され、そのときは完全にクライスラーは消滅する。
だからいづれにしても今回の破産法11条の申請は、アメリカ企業クライスラーの実質的な死と言える。
私は本年度中にビッグ3はビック2になると予想したが、今回の破産法の申請によってその予想は的中した。
なお、今回大口の債権者の中で金融機関は70%の債務の削減に応じ、ヘッジファンドが応じなかった理由は、金融機関は金融安定化法による損失分の補填が期待できるからで、一方ヘッジファンドはまったく期待できないからである。
つい最近まであれほど猛威を振るっていたヘッジファンドもこうして歴史から退場しようとしている。
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