(21.4.6) 疲労感
春めいて気温が上がるにつれてひどい疲労感に悩まされるようになった。身体が温かさについていけないらしい。
年をとるに従って季節の変わり目に弱くなってきている。
それでも秋口から冬に変る時は、身体がびっしとしまった感じになり疲労感をあまり感じないのだが、暖かくなるとからっきしダメだ。
散歩おじさんも同じらしく、互いに「疲れるね」と慰めあっている。
私は毎日朝の清掃活動と、昼間のRUNは欠かさないことにしているのだが、出かけるまでになかなか決心がつかない。
清掃活動は7時には家を出ることにしているのだが、今日はグズグズして30分遅れになってしまった。
身体が「今日は日曜日だし、休日にしてもいいんじゃない」と盛んにささやく。
本当は休みたかったのだが、ここ数日桜の花が満開で、さくら公園や春の道公園は宴会真っ盛りだ。
「せっかくの花見だから、ゴミの落ちていない場所で、楽しく宴会をさせてやろう。それにウォークラリーもあることだし・・・・・・」
私は四季の道の私設管理者なので、心を奮い立たせて清掃活動に出かけた。
四季の道は6km強あるのだが、一周すると45Lのゴミ袋がほぼいっぱいになる。ダンボールや折れた傘を持って歩くと、ぶら下げるのがきつくなって、サンタクロースのように担がなくてはならなくなる。
家についた頃には疲労感が最高に高まって、最近は1時間程度寝ないと体力が回復しない。
「春だから仕方ないか」そう思うが、もしかしたら年のせいかもしれない。なにしろ神様のお迎えが何時来てもおかしくない年齢だ。
今日はここおゆみ野では大きな催し物が2つあって、「さくらさくさくウォークラリー」と「有吉地区の花まつり」が開催されていた。
どちらも知り合いが多く参加しているので、午後からRUNをかねて見学に行くことにした。
有吉公園ではクリーンクラブのメンバーの小太郎姉さんと元気姉さんが、焼きそばを販売しており随分繁盛している様子だった。
「ものによっては非常に収益があがるのよ」と小太郎姉さんに教えてもらったことがある。
今日は春の道公園からさくら公園にかけては、信じられないような人出でとてもRUNをするような状況ではなかった。さくら公園に行ってみるとおゆみ野の森のメンバーが酒盛りをしていたので、ちょっと覘いてみた。
珍しく女性メンバーがいなかったが、聞くと「さくらさくさくウォークラリーの手伝いをしてて花見の時間がとれない」のだそうだ。
家に帰るとまたひどい疲労感に襲われた。1時間余り昼寝をしたが、何か活動するたびに眠らないと身体が持たなくなっている。
かつて高校生だった頃、柔道部の仲間から「疲れを知らない男」と言われていたが、いまでは慰労感が友達になってしまった。
これが季節の変り目の一時的な現象か、それとも年齢相応の疲れなのかもう少し経って見ないと分からない。
「主よ、このロドリゴをお叱りください。極度に疲労し、何をするにも意欲がわかないのです。いまでは清掃活動はおろか、定額給付金の申請書すら記載するのが億劫なのです」
「ロドリゴよ、狭き門より入れ。そして心を奮い立たせるのじゃ。よもやワシとの誓いを忘れはしまい。
『定額給付金が入ったらユニクロで、おそろいのパンツを買おう』と誓ったではないか。
天国銀行は投資に失敗して、パンツを買う金もなくなってしまい、お前の給付金だけが頼りなのじゃ」
今回は桜の写真のオンパレードです。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/2145?authkey=Gv1sRgCKvevNn73bW0zgE#
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コメント
駅伝の先生へ、いつもまちをきれいにして下さってありがとうございます。わたしも春休みから先生のまねをして、ごみひろいをはじめました。いろんなゴミがあって、楽しいです。木のてっぺんまでゴミがあって、わらってしまいました。いっぱい集めて、うちのげんかんにおいておいたら、ハエがいっぱいでてきて、おかしかったです。先生、つかれたら休んでください。
(山崎) チビ太君へ
チビ太君が清掃活動に参加してくれたことを、大変うれしく思いました。ゴミ袋はしっかりと閉めておけば、ハエは出てきません。
私の身体のことまで心配してくれてありがとう。
投稿: チビ太 | 2009年4月 7日 (火) 08時53分
疲労感があるのは生きている証拠、では気休めになりますでしょうか。
ちょい探してみたのですが、心配性の方に多いそうです。下記の終わりの方です。
http://homepage3.nifty.com/jissyoudou/13page.html
(山崎)いつもいろいろなことを教えてくださって、ありがとうございます。
投稿: 横田 | 2009年4月 7日 (火) 08時18分
春は眠くなる。猫は鼠を捕ることを忘れ、人間は借金のあることを忘れる。
時には、自分の魂の居所さえ忘れて正体なくなる。
この一文は夏目漱石著「草枕」からの抜粋である。
ことほどさように、漱石の時代から春は眠くなるものとされていたと思われる。
現代のわれわれもまた、しかりというべきか?
寒さに向かう季節には、体もそれなりに準備を怠らない。動物たちは「夏毛」から断熱効果のある「冬毛」に代えて寒さに備える。
が、残念ながら人間は彼らと同じよう冬毛に脱皮することが出来ないから、衣服で調節せざるを得ない。
、
逆に冬から春に向かう際はどうか?といえば、「春毛」に代えればいいのだが、毛のない人間には出来ぬ相談だ。
そこで、エネルギーの消耗を最小限にする方法の1つとして「眠り」があり、正体もなく眠りこけることこそがその手段として最高の
方法である。
さて、ではいつでも眠れるかと言えばそうはいかない。睡眠がが足りていれば眠りには落ちずに、かえって目が冴えるものである。
答えは、「疲労感」を与えることである。
春は疲労を覚える。従って、正体もなく眠ることが出来る、と言うのが私が勝手に導き出した結論である。
疲労感を覚えることこそ、安らかな睡眠を保証し明日への活力を与えてくれる源と思います。
投稿: 散歩おじさん | 2009年4月 6日 (月) 13時05分