(21.4.29) 人間はどこまで動物か
大阪府西淀川区の小学校4年生、松本聖香(せいか)ちゃんが内縁の夫から虐待を受け殺された事件を見るにつけ、心を突き刺すような痛みと共に「人間もしょせんは動物なんだ」という気持ちに襲われる。
事件そのものは、内縁の夫の小林康浩容疑者(38)が、内縁の妻美奈容疑者(34)の子ども、聖香ちゃん(9)に食事をほとんど与えず、かつ躾と称して長期間ベランダに放置し衰弱死させたもので、死体の処理に困って墓地に埋めたと言うものだ。
こうした内縁の夫が、内縁の妻の子どもを虐待する(正式に結婚している場合もある)ケースがしばしば起こり、そのたびに世間に衝撃を与えるが、これは人間の本性、いわゆる本能に基づく行為ではないかと私は思っている。
よく知られているケースとしてライオンの子殺しがあり、新たに王者になった雄ライオンは、敗れた雄ライオンの子どもを幼児であれば全てかみ殺し、生育した子どもの雄ライオンは群れから追い出される。
なぜそうするかというと、雌ライオンが子育ての間(約18ヶ月)は発情しないため、新たに王になっても自分の子どもを残せないからで、自分の子孫を残すための本能的な行為だそうだ。
以前見たNHKの「ライオンの王者の交代劇」を扱った番組では、幼子を抱えた雌ライオンが山の崖のようなところに子どもと一緒に隠れ住んでいた。
新たな雄ライオンが幼児を殺すのを防ぐためだが、こうした場所はほとんど餌が無く、結果的に子どもは飢え死にし、子どものいなくなった母親のライオンは生きるために、新たな雄ライオンのグループに戻っていった。
人間の脳の構造も本能という部分があり、それを新皮質と言われる理性と言うもので覆っているだけに過ぎない。
通常は理性で制御し、子殺しなどは発生しないのだが、新皮質の発達が悪いか、あるいは本能が強すぎる場合は、ライオンの子殺しと同じような行為が発生してしまう。
聖香ちゃんの場合はまさにそれで、小林容疑者の映像をテレビで見たが、精悍な雄ライオンそのもののような風貌をしていた。
そして美奈容疑者が小林容疑者と会うまでは、聖香ちゃんを愛していたのは確かで、聖香ちゃんが幼稚園を卒業する時の母子のほほえましい映像がテレビに流れていた。
だから私たち人間は「理性的な存在だ」などと余り威張らないで、「本能を残しているのだ」と素直に認めて、こうした事件が発生しないように対応をとる必要がある。
躾と称する虐待には子どもはほとんど抵抗する手段がなく、結果として死亡するより仕方のない運命にあり、救う手段は第三者が強制的にでも手を差し伸べるしかない。
具体的には、妻の子どもが夫の実子でない場合、以下のような条件がある場合は人間においてもライオンの子殺しが発生する確率が高いので、社会全体(学校、近所、行政)で注意をおこたらないことが必要だ。
① 内縁、あるいは正式に結婚した場合も、夫が理性的でなく(話してみれば分かる)、かつ動物的(むきむきの筋肉マンで若い)な場合
② 親戚縁者等が近くにおらず、子どもに逃げ場が無い場合
③ 一般的に家計が貧しく、夫に社会的地位がない場合
④ 学校をしばしば休むか、身体にあざがある場合
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コメント
児童虐待を見聞したら、「通報しなければならない」義務があることも周知したいものです。
中途半端に「躾ですから」と言われて簡単に引き下がってしまうのではなく、毅然と「通報義務がありますので」と統一した認識を持つことも、牽制につながると思うのですが、法が機能してないのでしょうかねえ。
投稿: 横田 | 2009年4月29日 (水) 14時37分