(21.4.21) 人間臨終図巻 山田風太郎
私がこの本の所在を知ったのはNHKが放送している「私の1冊 日本の100冊」シリーズをたまたま見たからだった。
仲畑貴志氏というコピーライター(私は仲畑氏のことは知らない)が選んだ1冊がこの日本臨終図巻で、放送ではその一部を朗読していた。
私はその放送を何気なく聴いていたのだが、内容を知ってビックリしてしまった。この本では日本人を含めた著名人923人のまさに死に際を、年齢別に記載しているのだが、一番目が15歳で火あぶりの刑に処せられた八百屋お七であり、二番目が赤穂浪士の討ち入りに父とともに参加し、15歳で切腹した大石主税になっていた。
「こんな本があるんだ」奇書といっていい。
著者の山田風太郎氏については、私は忍法帖の作者としか知っておらず、若い頃特にエロチックな「くの一忍法帖」を読んで、「こんな素晴らしい忍法で殺されるのなら殺されてもいいのじゃなかろうか」と思ったのを覚えている。
したがって山田氏が日本臨終図巻のような本を書いているとはまったく知らなかったが、人間の臨終などと言う特異な内容だけを集めて本にしてしまう執念には驚き入る。
それぞれの年代の最初に、気の利いた文書が挿入されていて、「十代で死んだ人々」の欄には鴨長明の「知らず、生まれ、死ぬる人、いずかたより来たりて、いずかたへか去る」であり、山田氏本人もところどころに「人は死んで三日たてば、300年前に死んだのと同然になる」と言うような警句を差し挟んでいる。
私がこの本を是非読んでみたいと思ったのは、私自身が還暦を過ぎ、いつ神様のお迎えが来てもおかしくない年齢になったからである。
「やはり、死に方についても、余り往生際が悪いのは問題だろう」
先人の死に方を見て研究する気になった。
人間臨終図巻は全3冊になっていて、第1冊は15歳から55歳で死んだ人が対象になっている。私はすでに62歳であり、ここに記載されている人々は私より早世した人たちばかりだ。
今日までに私が読んだのは32歳までに死亡した65名の臨終の模様である。
若すぎた死は不慮の死か病死(日本の場合は結核)による死が多く、何かとても憐憫の情が沸き起こってしまい、私が目指している静かな往生の対極にある話しばかりだ。
対象は古今東西の有名人ばかりでなく、中には藤村 操(みさお)のように、明治36年、17歳で日光華厳の滝に飛び込み自殺をした人の臨終の模様もある。
藤村は「巌頭の感」という遺書を残し、その当時の多感な青年に強烈な影響を与えた。
「・・・・既に巌頭に立つに及んで、胸中何らの不安あるなし。始めて知る。大いなる悲観は大いなる楽観に一致するを」
私にはこんな台詞は、この年になっても書けそうもない。
また山口二矢(おとや)と言えば、昭和35年、当時人気絶頂だった社会党委員長浅沼稲次郎氏を短刀で殺害した右翼の少年で、この殺害の模様はニュースで大きく取り上げられた。
当時私は14歳で中学2年生だったはずだが、その映像を見て信じられないような思いをしたものだ。
当時の学校教育では「反戦思想を唱えるのが正義で、その反対の立場は戦前への道」だと教えられていたので、浅沼稲次郎氏の死は暗い戦前への回帰のような印象だった。
それだけに山口二矢に対し、非常な憤りを覚えたものである。
「山口二矢を死刑にしろ」そんな気持ちだった。
しかし臨終図巻に記載されている山口二矢の警視庁での態度は「取調べのないときは、雑居房で座禅を組み、瑣末な食事を合唱して食べ、朝はいつも皇居に向かって礼拝していた」のだという。
その後17歳のその少年は少年鑑別所に移送されたのだが、そこでシーツを首にかけて首吊り自殺をした。
残された遺書は「七生報国 天皇陛下万才」であり、山田氏は「彼は戦争中の少年が、15年を経て不死鳥のごとくよみがえったような少年であった」と記している。
私のイメージはイスラム過激派の少年が、身体に爆弾を捲きつけて自爆するような印象だ。
この本は一度読み始めると中断するのがとても至難の本である。死に方と言うものが人生において生きかたと同じくらい重要な位置づけにあるからだと思うが、特に私のように神様のお迎えが近い人間はひときは必読の書と思われるからである。。
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