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(21.3.31) おゆみ野守り人について

 私を含め7名のメンバーで「おゆみ野守り人」を立ち上げることにした。そうしなければならないような切羽詰った気持ちがあったからだ。

 ここおゆみ野は環境としては申し分なく、四季の道をはじめ遊歩道が整備されており、また住宅の区画整理も行き届き、社会的インフラは文句のつけようがない。
こんなすてきな場所に住みたいわ」よく言われる。

 しかし一方で自転車やバイクの破壊行為が繰り返し行なわれ、腰ぐらいまでの街路灯は全てバットのようなもので打ち砕かれ、公園の植栽は引き抜かれ、ベンチの上で火を燃やすためベンチが焼け焦げてしまった。

 また中学生や高校生が帰宅途中に襲われる事件も発生し、近くの中学校の校舎の窓ガラス割られ、壁にはペンキで落書きが何度もされている。はっきり言って悪がきが多いのだ。

どうしたらよいのだろうか。このまま放って置いていいものだろうか
この地区には育成委員や補導員やおやじの会や自治会等のメンバーは当然いて相応の活動をしているのだが、地域の荒廃は一向に収まる気配がない。

これは各組織がバラバラに対応し、地域全体としてのこうした破壊行為に対抗する力が弱いからではないか。全体として地域がまとまって『ご近所の底力』を発揮する方法はないだろうか

 そうした問題意識を持った7名がとりあえず立ち上がることにした。
最終目標としてはこうした問題意識を持った個人や団体に参加を求め、おゆみ野地区の安全と環境をみんなで守っていこうと考えている。しかしそれにはまずは中心になるへそのようなものが必要と思われる。

 そのため今回「おゆみ野守り人」というブログを立ち上げた。
このブログに地域で起こっていることをできるだけ集め、情報共有をすることによって、「何を、どのようにして取り組めば効果的か」をこの地区に住む住民が理解できるような仕組み作りを目指している。

 現状では主としてこの「おゆみ野守り人」に参加したメンバーからの情報を元にブログを更新しているが、メンバー以外の個人および団体からの情報提供も歓迎しているし、今後はそうした情報が入手できるような手段を講じたい。

 もちろんブログ自体は単なる情報共有の手段で、これだけでは何ら有効な手段とはいえないが、一方これが核とすることによっておゆみ野地区に発生する課題を、地区住民が一体となって解決を図ることができることを目的にしている。

 目的意識を持った人がいても個々人ではやはり力は弱く、力を合わせることが必要だ。

 大河の水も最初は一滴の水滴から始まるのだから、今7名はその一滴になるために立ち上がった。

「おゆみ野守り人」のブログは以下のURLをクリックすると見ることができます。
http://yamazakijirou1.cocolog-nifty.com/mamoribito/


また、この会に情報提供してくださる方や、参加を希望される方は「おゆみ野四季の道」「おゆみ野守り人」のメール送信機能を使用して連絡をお願いいたします。

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(21.3.30) 近代経済学とは何だったのだろうか 誰のための学問か?

41tmc1zyzwl_sl500_aa240_1  昨日から中谷巌氏の「資本主義はなぜ自壊したのか」という書物を読んでいる。この第1章は「なぜ私は『転向』したのか」という副題になっているが、中身は中谷氏のハーバード大学大学院経済課程からの思想の遍歴を述べたものである。

 私はこの章を読みながら非常に不思議なノスタルジアを感じた。一言で言って私がかつて経済学を学んでいた時に感じた「一種独特の何ともいえない異様な感じ」について中谷氏が触れていたからである。

 それは中谷氏が帰国し日本の大学生を教えるようになった時、「日本の大学生が、ハーバードで叩き込まれた近代経済学のマーケットメカニズムのすばらしさをなぜか素直に信じることがなかった」と述べているくだりである。
私は中谷氏の講義を聞いたことはないが、確かに素直に信じることがなかった」学生の一人だった。

 中谷氏は私より4才ほど年長であるが、時代背景はほとんど同じと言ってよい。中谷氏が日産自動車を実質的に退社してハーバードの大学院に入学した頃、私は大学生だった。

 当時私の大学は大学紛争の只中にあり、ほぼ1年に渡って学校が閉鎖されていた。ただし、校舎には自由に入れたのでその校舎の一室で友人のY君と二人で、毎日サミュエルソンの経済学上・下の勉強会をしていた。

 サミュエルソンの経済学は当時の大学生の標準的教科書と言われ、とても分厚い内容だったが説明が懇切丁寧で日本のどの経済学者の教科書より分かりやすかった(アメリカの教科書の分かりよさには定評がある)。

 私とY君大学紛争に否定的な気持ちを持っており、一方大学紛争の闘士は勉強をする人間を「学者バカ」といって軽蔑していたが、二人は誰もいない教室で毎日この分厚い教科書と格闘していた。
ちょうど中谷氏がハーバードで毎日1000ページの本を読破していた頃である。

 私は当時は理解していなかったが、サミュエルソンの経済学は「新古典派総合」と言われており、「マーケット・メカニズムを重視する『マネタリスト』という立場と、政府介入を許す『ケインズ経済学』の組み合わせによって、資本主義経済は安定的発展をとげる」という立場だったと言う。

 ただし当時はマネタリストと言う言葉はなく(有ったのかもしれないが私は聞いたことがなかった)、ミクロ経済学とマクロ経済学と言っていた。

 中谷氏と私は場所とレベル差を無視すれば、同じようにこの新古典派総合の経済学を学び、同じように「アメリカ経済学の素晴らしいロジックの体系とその緻密さ」に圧倒されていたのである。
こんな素晴らしい学問体系が有っていいのだろうか」と言った感じだった。

 しかしこの近代経済学といわれたその基礎は私を含めた日本の学生にとってはとても受け入れられないような前提に立っていた。
曰く「人間は経済人であり、自己の利益を極大化すべく合理的に行動する」と言うのだ。それがアダム・スミス以来の近代経済学の大前提になっていた。

 本当だろうか。人間はただ経済行為だけで判断し、しかも利益ばかりを追求しているのだろうか。
日本ではこのような人は金の亡者と言われて最も忌み嫌われる存在で、そのような人間にならないことを美徳とされているではないか。
実際私の周りには近代経済学が前提とする経済人などは見たこともなかった

 信じがたい前提条件であったが、一方その前提条件を全面的に受け容れれば経済のあらゆる事象が合理的に説明できるのだ。
私が感じた「一種独特の何ともいえない異様な感」とはこのことを言う。
「ありえない前提の下にありうる実態を説明しきるとはなんと学問とは不思議なものだ
」これが日本の大学生一般が感じた経済学に対する感想であり、中谷氏の言う「マーケットメカニズムを素直に受け容れない日本の大学生の物分りの悪さ」の内容だった。

 しかし若干逡巡したあと、私はこの不思議な前提条件を受け容れることにした。
これはきっと数学で言う公理のようなもので、それを受け容れないと経済学は成り立たないのだろう
 こうして私はこの不思議な前提条件を受け入れたことで、アメリカ経済学に心酔することができた。

 しかし今にして思えば、こうした前提は日本や多くの国では絶対に成立しないのだが、アメリカのウォール街の投資銀行や商業銀行の金融資本のプレイヤー達には間違いなく存在していた前提条件だった。
金融恐慌の後判明した公的資金までもボーナスとして山分けするアメリカの投資銀行の戦士達の強欲さは、確かに利益を極大化することだけで生きている経済人であることが分かる。

そうかアメリカの経済学と言うものは、アメリカの金融資本のあこぎな金儲けのためのイチジクの葉だったのか
深い感銘を受けた。

 私自身は学者の道を歩んだわけでなく、その後は一介の金融機関の職員で一生を過ごしたのだが、あれから40年の月日を経て再び経済学をながめている。

 そしてアメリカ経済学というものの実態を知った驚きは、間違いなく中谷氏の「深き懺悔」と共有していると言える。

経済学とはなんと利己的な学問なのだろうか!!!!」

 

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(21.3.29) 中谷巌氏の深い懺悔

1285001_2   中谷巌氏といえば、竹中平蔵氏が現れるまでは改革派の急先鋒として知られ、細川内閣の経済改革研究会のメンバーとして活躍し(1993年)、その後小渕内閣の経済戦略会議のメンバーとして構造改革の提言をまとめる作業に携わっていた(1998年)。

 その後は同じく経済戦略会議のメンバーだった竹中平蔵氏が小泉内閣の閣僚として構造改革、規制撤廃の最前線に立つようになったが(2001年)、私は中谷氏は相変わらず構造改革論者として活躍していると思っていた。

 その中谷氏が改革派としての旗を降ろしたと教えてくれたのは、四季の道の百科全書Googleおじさんである。
山崎さん、文芸春秋3月号で、構造改革の急先鋒だった中谷巌が論考『竹中平蔵君、僕は間違えた』と懺悔し、転向してしまった」と言う。

 とても気になったので中谷氏の最新の本「資本主義はなぜ自壊したのか」を購入して読んでみる事にした。

 ここで中谷氏は次のように今まで彼がたたえてやまなかった新自由主義グローバル資本主義)を否定していた。

グローバル資本主義は、世界経済活性化の切り札であると同時に、世界経済の不安定化、所得や富の格差拡大、地球環境破壊など、・・負の効果をもたらす主犯人でもある。そしてグローバル資本主義が自由を獲得すればするほどこの傾向は助長される

改革は必要だが、その改革は人間を幸せにしなければ意味がない

 しばらく前まで「改革なくして成長なし」と言っていたのだが、たとえ成長しても富の偏在化が助長され、地球環境が破壊されて汚物のような川のほとりに住民がすんだり、白熊やアムール虎が生息できなくなるようでは何の意味もないと気付いたとという。
全てにはバランスがある

 分けても中谷氏を悩ましたのが富の偏在で、たとえばゴールドマン・サックスの従業員の世界平均給与が7000万円(アメリカ人だけでないなのに対し、一方で健康保険にも入れないで医者にかかれないアメリカ人が約5000万人全体の約15%)にも及ぶ事実である。

 これを新自由主義は正しい競争の結果だという
これまでアメリカの金融資本はグローバルに規制緩和を推進し、国境を越えた資金移動を自由化し、ITを駆使した金融商品を次々に生み出して、その結果サブプライムローンという毒饅頭を世界各地に売りさばき、自らは7000万の高給を得てきた。

 中谷氏は言う。「今にして振りかえれば、・・私はグローバル資本主義や市場至上主義の価値を余りにナイーブに信じていた」
その結果アメリカにおいても日本においても中流家庭が徐々に、そして確実に崩壊していった。
社会の安定性を支える最も重要な階層は世界中どこでも中流家庭なのだが、その階層がやせ細り、世界は金持ちと貧乏人の世界になってしまった。

 たとえば日本においても年収200万円に満たない層が、ここ10年の間に200万人増加し1000万人全人口の約8%)になり、こうした層がネット難民ワーキングプアと呼ばれる層を形成し、結婚もできない。

 これは「改革なくして成長なし」といって派遣業務を大幅に規制緩和した結果であり、近時輸出産業の不振からこの派遣切りが大々的に実施された結果、ワーキングプアなる階層はますます増大している。

 中谷氏をさらに悩ましているのはモラルの低下だ。
また業者は産地偽装に走り、危険な食材を平気で消費者に提供したりするが、こえは「儲かれば何をしても良い」という新自由主義の悪しき結果だと中谷氏は言う。
金を稼げる人間が一番偉いんだ。だから何をしてもいい。だまされるやつは馬鹿さ

 たしかにアメリカの自由主義の戦士達のモラルは人間としては最低で、メリルリンチAIGの高級幹部は公的資金をボーナスとして配布して恥じることはないし、自分達が販売した金融商品が焦げ付いても責任を取ることはない。
屑のような人間が最高の給与を得る世界はジャングルのおきてのような世界じゃないか」中谷氏の反省である。

 日本においても堀江貴文氏村上世彰氏といった胡散臭いファンドマネジャーが闊歩し、「それが資本の論理だ」と嘯いていたのがついこの間のことだ。

 中谷氏の深い懺悔は「バランスを欠いて一方的に市場絶対主義を推進したことだ」という。
個人の欲望を最大限に許して、それで自然調和が図られるわけがない。しかし新自由主義はあらゆる規制を排除して市場に任せろという。

 その結果強欲な市場戦士と200万円に満たないワーキングプアの世界になってしまい、日本を安定させていた良き中流社会が消失してしまった

私はこんな日本を作るために構造改革を推進してきたのか
中谷氏の懺悔が続く。

 

 

 

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(21.3.28) イオンの反省

Images3_2   国内のスーパー業界を二分するイオンイトーヨーカドー値下げ合戦に突入した。
3月18日、イトーヨーカドー2600品目の衣料品、住居関連商品、食料品の価格を15%~30%値下げすることにしたが、その翌日イオンは信じられないような広告を掲載してイトーヨーカドーに対抗した。

イオンの反省
イオンの価格は他店にくらべて、決して安くは有りませんでした」
「イオンの売場は、欲しいと思える商品が並んでいませんでした」
「もう一度、お客様が求める本当の低価格、売場、サービスを取り戻すことに全力を尽くしていきます」


 具体的には食品や衣料品など5100品目について、食品で20%、衣料・住宅関連で30~35%の値引きを予定しているという。

 イオンが今までの常識を覆すような衝撃的な広告を掲載したのには、深い理由がある。

 実はスーパー業界は完全な冬の時代に入っており、イオン全店売上高は08年8月以降、前期比マイナス11月▲4.9%、12月▲3.9%、1月▲4.6%、2月▲8.4%)が続いている。
そして09年2月連結決算最終赤字になることが確実視されており、イオンは利益を上げることができなくなった

 理由は特に総合スーパーのジャスコ専門店衣料のユニクロ、家電のヤマダ電気、薬のマツモトキヨシ、家具の大塚家具、100円ショップのダイソー)との価格競争に負けているからである。

このままいったら総合スーパーというビジネススタイルは崩壊する
岡田社長の危機感が「イオンの反省」を掲載させた。

 もっともイオンとしても今まで指をくわえて何もしなかったわけではない。総合スーパージャスコのジリ貧をカバーするために食品専門スーパーマックスバリュの展開を積極的に進めたり、PBプライベートブランド)の取り扱い品目を増やしたりして顧客の獲得に努力してきた。

 しかしそうした取り組みも売上の減少速度を弱めるだけで、イオン全体のジリ貧傾向を止めることができない。

 イオンは「イオンの反省」で価格を下げる方針を打ち出したが、この戦略は以下のようだ。

① PBの扱い商品の拡大を目指すことで、現在売上の約10%程度の割合を11年2月期までに20%程度にまで引き上げる。
PBの価格はNB(ナショナルブランド)の価格より10%~40%程度の低く設定されているので価格低下に結びつく。

② PBは主として中国や東南アジアに生産拠点があるが、工場をイオンが所有しているわけでないので需要の増減にフレキシブルに対応できるその結果不要在庫を持たなくて済む。

 イオンがこうした低価格戦略をとることにしたのは、今後の世界経済がデフレ傾向にあると判断したからである。
昨年の夏までは石油価格や穀物価格、原材料の高騰によりインフレ傾向が加速し、イオンもNBブランドを中心に値上げラッシュが続いたが、リーマン・ブラザーズの倒産以降世界経済は完全にデフレ傾向に転じた。

デフレになれば低価格でないと物は売れないしかもデフレはこの先何年も続くだろう
岡田社長の「イオンの反省」はこうした世界経済の潮流に何とか追いついていきたいとの悲鳴のようなものである。

 私のように、年金生活者はデフレは大歓迎だし、またジャスコ鎌取店でほとんどの買い物をする身には、イオンのこの戦略が何とか成功して欲しいと応援したくなる。

反省イオン まけるな やまちゃん ここにあり

 

 

 

 

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(21.3.27) おゆみ野の森の「やってみ隊」

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 ここおゆみ野の森には森をこよなく愛する若いお母さん方が「やってみ隊」という会を組織して、毎月1回程度の間隔で催し物を開催している。

 今回はその第3回目で、テーマは「生ゴミの資源化(肥料化)について」で講師はこのおゆみ野の森の主のような、千葉市生ゴミ資源アドバイザーの額賀章夫氏だった。

 額賀さんとは毎月のようにこのおゆみ野の森で顔を合わせているのだが、今回は普段と違って背広でばっちり決めており、話し方もよそ行きで、普段の額賀さんとは異なった面を垣間見る思いがした。

 実は私自身過去に「生ゴミの資源化」について挑戦し、ひどい失敗をした経験がある。生ゴミ処理については大きく電動式非電動式に分かれるのだが、電動式10万円弱(ただし3万程度の市の補助があるの費用がかかり、当初はどうしてもその10分の1程度の費用で始められる非電動式に挑戦することになる。

 この非電動式にも、① 嫌気性発酵、 ② 好気性発酵があるのだが、当時はこの区別を知らなかった。
とりあえず近くのホームセンターで「生ゴミ資源化セット」を購入してきたのだが、今思えばこれは嫌気性発酵のセットだった。
よし、これで我が家もゴミを外に出さず、エコライフができるぞ」勇んで挑戦したものだ。

 しかし知らないとは恐ろしいものだ。嫌気性の場合はふたをしっかり閉めて内部を乳酸発酵させるのだが、一杯になった後は1ヶ月程度ふたを密閉したまま置いておく必要がある。

 だが私はそんなことを知らなかったので、肥料化の進度を確認するため何度も蓋を開け、嫌気性ならぬ好気性発酵をさせてしまった
そしてある日、蓋をとり中を見て思わず我が目を疑った。

 中には大量のがわき、そのそばにムカデ大のげじげじが大量にはいまわっており、さらに種類は分からなかったがもっと恐ろしい姿をした虫が所狭しと容器の内側に張り付いていた。
これは日本神話にある黄泉の国そのものではないか」おもわず吐き気がした。

 私は殺虫剤を大量にまいて虫を一網打尽にし、地中に容器の中身をすべて埋めて決心したものだ。
もう2度と肥料化には挑戦しない。こんな恐ろしい光景は見るのもいやだ

 あれから10年近くたって、今回額賀さんの話を聞く機会を得た。
肥料化には最初から成功することはありません。だから失敗したら気にせず一般の可燃ごみとして出してください。そうして再度挑戦することが大事です

そうか、1回程度の失敗でめげては、生ゴミ処理もできないのだ
肥料化も簡単にできないことに気がつかなかった。
それに私の場合は嫌気性発酵させなければならないものを好気性発酵させたのだから失敗するに決まっている。

嫌気性発酵ではそもそも酸素はないのですから、虫も生息することはできません。1ヶ月程度何もせずにそのまま置いておけばよかったのです
うぅーん、最初に講義を受けてからやればよかった」悔やまれた。

 ところでせっかく堆肥を作っても、それを利用できない環境の人もいる。
家庭で堆肥を利用することがない人は、おゆみ野の森に家庭で作った堆肥を持ち込んで入れておいてもらえば、ここの畑で利用する計画になっている。

 そのためおゆみ野の森には竹で囲った野積みの堆肥場がある。農家ならばどこにでもあるような堆肥場だが、サラリーマン家庭ではこうした場所がない。

やってみ隊」のお母さん方がこうした堆肥のリサイクルに挑戦しているので、肥料化した後の処理に困る方は是非利用して欲しいものだ。

研修会の模様です。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/21326?authkey=Gv1sRgCPmy5KvNrJOLZA#

 

 

 

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(21.3.26) ジーコは名監督だったか

Kfullnormal20090321057_m1_2   久しぶりにジーコの記事が新聞に掲載されていた。それによるとジーコは現在ロシアのCSKAモスクワの監督をしており、欧州で開幕している最も権威のあるクラブチームの大会(UEFAカップ)で惜しくも強を逃したとのことである。

 この大会に出場している欧州のクラブチームはイタリアのセリエAや、スペインのスペインリーグや、イギリスのプレミアリーグといった世界最高峰のリーグに所属するチームで、この闘いで優勝することは即世界一のクラブチームと認められることになる。

 だから今回のCSKAモスクワ16強といのは、ちょうどワールドカップでの16強と同じように評価されていると思えばよい。

 実はジーコについて私を長い間悩ましてきた疑念があった。それは「ジーコははたして名監督だったろうか」という疑念である。

 私はジーコ鹿島アントラーズにいた頃からのファンで、2002年に日本代表監督になってからは、2006年ドイツ大会では念願のベスト8になれるのではないかと期待していた。
実際2004年のアジアカップで優勝したり、2005年のFIFAコンフェデレーションカップで好成績を残したので「ドイツ大会では予選通過は当たり前で、うまくいけばベスト4までいけるのではないか」とフィーバーしたものだ。

 ジーコ自身も「サプライズを起こす」と言っていたが、実際は絶対勝つと思っていたオーストラリアに3-1で破れ、クロアチアとは0-0で引き分けたものの、ブラジルに4-1で大敗して予選敗退してしまった。
確かに「サプライズは起こった」が日本チームの弱さだけを見せ付けられた思いだった。

 この敗因は一体どこに有ったのだろうか。原因として考えられたのは以下の3つである。
① ジーコが監督として能力がなかった。
② 日本チームが弱すぎた。
③ 監督もチームも問題があった。


 娘もサッカーファンなのだが「日本は本当に弱いのね」としみじみ言っていたのを覚えている。

 ジーコでもこのような弱小チームを率いては予選通過はおぼつかなかったろうと言う気持ちと、ジーコで有れば何とかしてくれても良かったのではないかという気持ちに引き裂かれて、その後しばらくはサッカーの話も、試合を見るのもいやになってしまった。
ジーコの悪口を言う気持ちはまったくなかったが、かといってその不満の捌け口がないという、精神的な閉塞感に落ち込んだわけだ。

 しかし私はあえてこの問題の回答を出すことをしないことにした。何か拙速に回答を出してはならないような気持ちがしたのである。
もう少し、時間を置いて経緯を見ていこう。判断はそれからでもいい

 日本代表監督を辞した後のジーコは、トルコフェネルバフチェでトルコリーグを制覇し、UEFAチャンピオンズリーグでベスト8まで進み、その後ウズベギスタン国内リーグで優勝し、現在はCSKAモスクワをUEFAカップ16強に引き上げた。

 いずれも素晴らしい成績であり、相応のチームを率いればヨーロッパのクラブで16強以上の成績を残すことを示している。
そうだったのか。ジーコは名監督だったが、日本チームが弱かったためにワールドカップで予選敗退したのか」ようやく納得できた。

 ジーコトルシエのように自己主張をしない。「敗軍の将、兵を語らず」というところがあり全ての責任を取る形で日本代表監督を辞した。
だから本当の敗因がどうしても分からなかったが、その後のジーコの監督としての実績がワールドカップ予選敗退の原因を明確に教えてくれた。

 

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(21.3.25) 西洋の没落 EUは立ち直れるか

200pxflag_of_europesvg1  シュペングラーが「西洋の没落」を書いたのは第一次世界大戦の直後だったが、それからほぼ1世紀の時を隔てて再び西洋の没落が始まった。

 二つの世界大戦で完全に疲弊した西洋はEUとして再結集し、加盟国27カ国、人口約5億、GDP約15兆ドルとアメリカをはるかに凌駕する「ヨーロッパ合州国」ができあがった。チャーチルの夢が実現したわけである。
これにより「EUはアメリカを凌ぐ大国として21世紀のモデル」と思われていたが、金融恐慌の荒波に耐えられず、アメリカより早く再び没落し始めている。

 リーマン・ブラザーズの倒産でアメリカ経済が金融恐慌に陥ったとき、私は日本とEUの時代が来たと思い、当然ユーロは米ドルに対し円高、ユーロ高になると予想したが、ユーロ高は完全に外れてしまった。

 予想に反して、EUの金融機関のバランスシートはアメリカのそれよりもはるかに悪く、ヨーロッパの金融機関のほうがアメリカより早く公的資金の導入を必要としたからだ。

 実はサブプライムローン問題アメリカの問題以上に、ヨーロッパの問題でも有った。
アメリカの投資銀行がサブプライムローンをたっぷり含んだ金融派生商品を販売したが、その主な販売先がイギリス、スイス、アイスランド、オランダ、フランス、ドイツといった、ヨーロッパの主要な金融機関だったからだ(日本でも農林中央金庫やみずほ銀行が大量の金融派生商品を購入をしている)。

 ヨーロッパの金融機関はイギリスを除いて自ら金融派生商品を大量に販売することはしなかったが、もっぱらその購入者となっていたため、大パニックに陥ってしまった。

 08年10月イギリスが3行に370億ポンド(約5兆円)の公的資金を導入し、スイスUSB最大5兆円の不良資産を引き取ることを公言し、オランダINGに対し1兆4千億円の公的資金を導入した。
フランスもドイツも右にならえとなり、サブプライム問題がヨーロッパの問題であることが明らかになった。

 最も当初は「日本の失われた10年を反面教師にした」とイギリスの金融当局はうそぶいていたが、実際はアメリカの金融機関が保有するサブプライム関連の不良資産より4~5倍の不良資産をヨーロッパが保有していたからだ(当初は事の本質が分からず、ヨーロッパの対応の早さに称賛の声があがっていた)。

 ヨーロッパの銀行のバランスシートが大幅に棄損した結果、それまでアメリカ以上に不動産融資にのめりこんでいたイギリスやスペイン、アイルランドの金融機関が一斉に不動産融資を引き上げ始めた
いわゆる貸し渋りと貸しはがしが始り、不動産関連の企業の倒産が始まった。

 この時までヨーロッパはアメリカ以上の不動産ブームでここ10年でほぼ3倍の値上がりをしていたが、これはアメリカのほぼ2倍より大きい。
不動産価格が急激に下がり始めて、日本のバブル期と同様に金融機関の不良債権がさらに膨らんでしまった。
まずい、もっと資金を引き上げなければBIS規制に引っかかる

 続いてそれまでおおらかに東欧諸国に融資していた資金が一斉に引き上げられた。東欧はEU先進国にとって中国と同じように高度成長の新興国とみなされていたが、ハンガリー、ルーマニア、バルト3国といった国々が資金流失によって国家破産し始めた(ここにはヨーロッパとアメリカの金融機関が大量の短期融資をしていた)。
財政収支が赤字で、巨額の対外債務残高を持つ国はこの資金流失に耐えられれない。

 こうした金融危機が東欧諸国の消費を一気に冷え込ませ、実体経済に悪影響が現れ始めた。ドイツは主要市場の東欧諸国に対する輸出が激減し、日本と同様GDPが大幅に落ち込んでしまったからだ(GDPの落ち込みの激しい国は韓国、日本、ドイツの輸出立国といわれている3国)。
相対的にまともなのはフランスだけだが、ここは社会主義の強い伝統が残っており、国内では労働者が300万人規模で、首切り反対ストを打ち労働争議が燃えあがっている。

 この状況悪化は私の想像をはるかに越えてしまった。それまでユーロはドルに代わる基軸通貨になりそうだったし、ユーロ圏のGDPの成長は目を見張るものがあった。
EUはアメリカなしでもやっていける」と、つい最近までサルコジがヨーロッパの大統領を自認していたのが懐かしい。

 09年度GDP成長率IMFはユーロ圏▲3.2%と予想しているが、これはアメリカの▲2.6%より大きい(日本は▲5.8%)。
ユーロ圏の成長に急ストップがかかり、アメリカより重症なのは、これが複合不況だからだ。

① サブプライムローンの主要な購入先であり、② 不動産融資にのめり込み、③ 東欧諸国のデフォルトに対応せざる得ず、④ 急激な輸出の減少に悩まされている。

 日本の場合も決して自慢できる状態ではないが、上記の主症状であり、他は相対的に軽い症状だ。

 さて西欧はこの危機から立ち直ることができるだろうか。私の予想はかなり悲観的だ。
① イギリスやアイスランドやスイスといった金融資本主義は未来はない。
② イギリスやスペインやアイルランドの住宅バブルも日本の失われた10年を見ればその後の推移が予想できる。
③ ハンガリーやポーランドのような東欧諸国は荷物になるだけで、EUの拡大もこのあたりが限界。
④ ドイツの輸出は相手の経済が立ち直らないと望み薄


 一方国内消費を拡大するための財政出動にEUは消極的だ。財政赤字をGDPの3%以下に治めるという規定があるからだが、EUはアメリカや日本と異なり財政規律を守ろうとする傾向が強い。
しかし不況時の財政規律では、国内消費の拡大は無理だろう。

 その結果西欧は再び長く厳しい冬の時代に入り、第2回目の西洋の没落が始まり、シュペングラーの時代になると私は思っている。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

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(21.3.24) 福谷さんのムクドリの研究

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(ケヤキを剪定するとこうした状況になります。ただしこの写真はムクドリ対策として剪定されたものではありません

 市民ネット福谷さんのブログ「福谷章子のまちづくり」に「ムクドリの研究」という非常に興味深い記事が掲載されている。

・ムクドリの研究 その1 生態編リンクが張ってあります
・ムクドリの研究 その2 対策と共存編リンクが張ってあります

 ここおゆみ野でも鎌取駅周辺ケヤキの木に毎年大量のムクドリが飛来して、夏場になると糞公害で大騒ぎになる。
特にジャスコの周りは駐輪場として整備されているので、自転車の上に糞を落とされた人が、興フンしてフン慨しているのは毎度のことだ。

 今年も夏場になれば年中行事のようにムクドリの糞公害問題が発生する。
福谷さんの記事は「今までのような、樹木の剪定や音を出して追い払う対策がはたしてムクドリ対策として有効か」と疑問を呈している。

 福谷さんの記事は都市鳥研究会堀越重治さんの話を聞いて、それを取りまとめ、自身の意見を述べたものだが、この記事を読んで「私が長い間不思議に思ってたムクドリの習性」についてようやく納得することができた。

 一番不思議に思っていたことは、ムクドリ夏場から初秋ほぼ8月~10月まで)にかけては鎌取駅周辺のケヤキの木に集まるのに、その季節を過ぎると一斉にどこかに消えてしまうことだ。
一体どこに行ってしまうのだろうか。山にでも行くのだろうか

 堀越さんの説明では「夏(5月~11月)はケヤキやヨシ原、冬(11月~4月)は竹林と本来はねぐらを交代させてきたが、(都市部のムクドリは)最近は夏ねぐらを冬に移行させないで周年ねぐらに近づいている」のだという。

そうか、竹林に冬は移行するのか」ようやく納得した。
ここおゆみ野周辺にはまだ多くの竹林が残っており、ちょっと郊外に出れば農村地帯になる。従って都市部のムクドリとは異なり、冬場に移動する場所があることが分かった。

 従来ムクドリ対策として取られてきた対策に樹木の剪定がある。ケヤキの木をほぼ丸坊主にしてしまうのだが、たしかに丸坊主にされたケヤキからはムクドリは退散するが、これは残っているケヤキにねぐらを移しているだけに過ぎない。

 今度は移された場所を利用している住民からクレームがつき、そのケヤキを剪定すると、街中丸坊主のケヤキ並木になって、美観が損なわれることこの上ない

 夏場は直射日光が当たり、遊歩道を散歩しても気分はブルーになってしまう。
これではメキシコの巨大サボテンと同じじゃないか。おゆみ野はメキシコの砂漠か?

 私はこの樹木の剪定には大反対で、ムクドリの糞公害も一時の辛抱なのだから、樹木を伐採するような愚は犯さない方が良いと思っている。なにしろこの地区では冬場の竹林がいくらでも残っているのだから、数ヶ月すればムクドリは冬場のねぐらに移動する。

 考えても見て欲しい。ケヤキの枝が十分に伸びて夏場の木陰を作り、人々の気持ちが和める遊歩道と、サボテンのような幹だけの遊歩道とどちらが住民にとって大切か。

 福谷さんも「ある程度ムクドリと共生する覚悟をもって対策をとるしかない」といわれている。
自然との共生とは人間は自然の一部で人間だけが特別な存在ではないという立場だから、ムクドリに対してもそうした態度で臨むのが一番いいのではなかろうか。
ムクドリ君、君も私も生き物としては同じだから、仲良くやろうぜ

 自転車にフンが落ちたくらいでケヤキの枝をばっさりと切ってしまう愚はこの辺で止めにしよう。

 

 

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(21.3.23) サンチャゴ巡礼 その3

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 友達のTさんとこの夏サンチャゴ巡礼に行く約束をしている。もっともルートはスペインではなく、フランスだ。
中世にはフランス各地からスペインを通って大西洋に近いサンチャゴまで巡礼路が有ったのだが、Tさんはすでにスペインの巡礼路約800kmを踏破しているので、今度はフランス路約500kmを踏破したいという。

 Tさんはすっかり巡礼モードになっており、先日私のところに巡礼路の大地図と詳細地図、および巡礼の旅行記を送ってきてくれた。
山崎さん、これで十分事前準備をして置いてください」という意味だ。

 今日(22日)は天候が不順だったこともあり、一日家にいて資料に目を通している。
これによるとフランスの巡礼路は大きく4本有ったようで、今回私達が行くル・ピュイからの巡礼路はそのうちの一つということになる。
ル・ピュイはフランスの南部の高原地帯にある人口2万の小さな町だが、マリア信仰の篤い町で、中世巡礼路の出発点の一つだという。

 ここからGR65という巡礼路がスペインのバスク地方に向かってほぼ一直線に伸びている。途中で自動車道によってかなり寸断されているが、それでも日本の旧中仙道旧東海道よりはよく残っている感じだ。

 私はしばらく前までよく日本の旧街道をRUNしたものだが、そうした昔の街道はほぼ直線に道ができており、少々の山道なんかも迂回せずまっすぐに伸びている。
どうやらGR65も同じような道だな」感度が分かった。

 当初私はGR65はまともな道標もなく、地図にもなく路頭に迷うのではないかと心配したが、旅行記を読んだ限りでは杞憂のようだ。
思いのほかルートが整備されており、ちょうど日本の自然遊歩道のような感じに見える。
よかった、これなら単なる体力だけで勝負できる」安心した。

 さらに私をほっとさせたのはこのところの円高でユーロの価値が下がって、日本人の目から見ると全てが安価に見えることだ。
たとえばジットと呼ばれる宿に安ければ10ユーロ程度で泊まれる様なのだが、これだと約1300円イメージだ。
食事も4ユーロ位でできそうで約500円イメージだ。

こんなに安い時はそうはないので旅行するに限る」すっかり私もサンチャゴモードになってきた。

 いまはTさんから送られてきた詳細地図と先人の旅行記を見比べながら巡礼のシュミレーションをしている。
これを事前に十分行なっておけば、旅行そのものは問題なさそうだ。

 あとは如何に相応のレベルの巡礼記を残せるかが問題になりそうだが、今見ている先人の巡礼記もなかなかのレベルだからそれに負けないようにするのは大変だ。

 とりあえず資料集めと写真だけはばっちりと撮っておいて、先人の旅行記を凌駕できるように努力しよう。

 

 

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(21.3.22) おゆみ野クリーンクラブのユニフォーム

21321_002_3  おゆみ野クリーンクラブには長い間ユニフォームがなかった。このクラブができて2年以上経つのだが、その間市役所から腕章美しい街づくり)をもらってつけていただけだ。

 この腕章は美しい街づくりに協力する団体に無料で配布されるのだが、残念なことにこの種の腕章はいたるところにあり、セーフティー・ウォッチャー等との区別がつかない。それとつけているうちに破れてきた。

何かクリーンクラブのメンバーと一目で識別できるようなものはないだろうか
そう思っていたら、最近明確な目印の必要性を感ずることがあった。

 これは小太郎姉さんと清掃活動をしていた時のことだが、四季の道に隣接するマンションの下のゴミを清掃しようとしたところ、急に窓が開いて小太郎姉さんが怒鳴られてしまった。
あなた、一体ここで何をしようとしているのですか
あの、ゴミを拾っているのですが・・・・

 しばらく気まずい沈黙があった後にその人が「ここいらでは最近ドロボーが多い。何をしてるか分からないけど窓の下でうろうろすると警察に通報しますよ」と言う。

 こちらは四季の道を清掃しているだけだが、どうやらゴミ袋ゴミバサミを持ったくらいでは誤解を受けることがあるらしいと分かった。
また、最近クリーンクラブのメンバーが増えているのだが(現在13名)、新メンバーからは「清掃活動をしていることが明確に分かるものが欲しい」との要望が出てきた。

よし、それならユニフォームを作ろう」暖めていた計画に着手することにした。
たまたま私が所属しているちはら台走友会で最近ネーム入りのヤッケを作ったので、走友会のY会長に調達先の照会をしてみた。

 それによると10個ロットベースで、1箇所のネーム入り1着3000円程度だという。
私はこれで行きたかったのだが、会員の意見を聞いてみると、「自分は着ない」という人や「腕章」の方がいいという人や、色々な意見がでてどうも収拾できそうもない。

うぅーん、どうしよう」考え込んでしまった。
ユニフォームは欲しいし、一方いやだという人に強制することもできない。
よし、それならもう少し安価で、明らかに清掃活動をしていると分かる目印となるものを調達しよう

 考えついたのがサッカーで紅白試合をする時に使用するベスト型のチョッキだ。これはメッシュでできており夏冬まったく関係なく着れる。
しかもフリーサイズで身体の大きさも関係ないのがいい。

 近くのスポーツ店カムイアシックスベスト型チョッキを調達した。
全員というわけにはいかないが、主旨に賛同してもらえる方に配っている。
着るのにちょっと勇気がいるわね」との声も有るが、慣れの問題もある。

 最初は何か奇異な感じがするのだが、そのうちにこのメッシュのベスト型チョッキを見れば「クリーンクラブのメンバーだ」と認識してもらえる時が来るだろうと思っている。

本文とは関係有りませんが昭和の森から四季の道にかけてJOGをしたときの写真を掲載します。春景色です。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/21319?authkey=Gv1sRgCNjWs6nVqoj_kQE#

 

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(21.3.21) 会議について

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 正直な話をすると私は会議ほど嫌いなものはない。現役の頃にはしばしば長時間の会議が開催されることがあったが、まじめに参加できるのは最初の1時間ぐらいで、あとは仕方がないので頭のシミュレーションをして遊んでいた。

 頭のシミュレーションとは過去の経験を思い出して回想をするのだが、最もよくやったのは登山シュミレーションで、過去の厳しい山登りのときの岸壁なんかを思い出すのである。そしてその岸壁の新しいルートを見つけたりして遊ぶのだ。

 最も完全にその境地に入ってしまうと、急に質問が飛んできたりするとピンチになるので、眠りであれば完全に寝込むのではなくウトウトしているような状態に保っておく。

 こうして長い会議を我慢してきたのだが、定年退職してこの会議から解放されたときは本当にほっとしたものだ。
やれやれ、これで会議の苦痛から逃れられる

 ところが信じられないことに最近頻繁に地域の会議に参加させられることが多くなった。こうした会議はビジネスの会議とは違って、参加者全員が納得いくまで時間を気にせず了解を得ようという種類の会議が多い。
地域の会議は参加者は基本平等なのでそうした取り組み方をするのだろう。

 私などは大抵の課題に対しすぐに了解してしまうのだが、中にはなかなか了解せず、かといって反対しているわけでもなく、何か自分を納得させるために十分時間を使う人がいる。

 こうなるとしばしば会議が長引き何時終わるか分からなくなってくる。
早く終えてくれ。JOGもできないし、ブログも書けないじゃないか
だんだんとイライラしてきて、目の前にお菓子などあろうものなら、精神安定剤の代わりに無茶食いするので、長時間の会議が終わるたびに胃がおかしくなって下痢模様になる。

 最近はないが、現役の頃の会議だとその後に宴会になることが良くあった。そうなると完全にピンチで、私自身酒がまったく飲めないのと、その席が非常に危険だからだ。
会議ではほとんど発言しなかったような人が急に饒舌になって、「山崎さん、あんたの言うことは分かるが、それは違うよ」なんて長々としゃべり始める。

 相手は酒が十分入ってご機嫌でしゃべっているのだが、こちらはしらふなので腹立たしいことこの上ない。
そんなことは会議の席で言ってくれ」と思うが大人気ないので黙っていると、再び胃が痛んでくる。

 さすがに地域の会議ではこうした酒の席がないのでやれやれと思っていたら、場所によりけりだということが分かった。

 私の娘の嫁ぎ先は農村地帯なのだが、そこの義父から実に興味深い会議の話を聞いた。
ここでは会議は何時終わるか分からないんだ。みんなで朝から酒を飲んでいて、その間は世間話なんかしている。そもそも全員がなかなか集まらない。
全員集まるまでそうして時間を潰しているんだ。
夕方近くになってようやくみんなが集まった頃には、みんなヘベレケになっている。

頃合を見計らって責任者のような人が『こうすべい』というんだ。そうすると全員が『うんだ』といって会議は終わるんだ

 なるほど、会議と酒には深い関係が有ったんだと、民俗学的な深淵を見た思いになった。

本文とは関係有りませんが、四季の道に花が美しく咲き始めましたので、写真に撮っておきました。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/21318?authkey=Gv1sRgCN_evcWij63SWg#

 

 

 

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(21.3.20) 強欲資本主義とオバマ大統領の戦い

Images1 強欲資本主義オバマ大統領との戦いが続いているが、初戦は明らかにオバマ大統領負けだ
なにしろ、バンカメに吸収合併されたメリルリンチには、救済合併以前に36億ドル(約3500億円)のボーナスを食い逃げされ、公的資金100億ドルの36%がネコババされた。

 メリルリンチだけかと思ってたら今度はAIG(アメリカン・インターナショナル・グループ)が1億6500万ドル(約158億円)のボーナスをこの3月13日に支給した。AIGに対しては1800億ドル(約17兆円)の公的資金が投入されている。

政府がいくらでも金を出してくれるから、みんなで山分けしよう
1億円以上のボーナスを73名に支給し、最高額は約6億円だと言う。

 さすがにこれには議会が頭に来てAIGリディ最高経営責任者(CEO)公聴会でつるし上げた。
もちろんリディCEOも負けてはいない。
経営再建のため有能な人材を引き留めるための措置」だと反論した。もっともボーナスをもらった途端に11人がトンズラした。

 議員から賞与リストを出せとせまられたが、「そんなことをすると社員の安全が守られないからダメだ」と拒否した。当然賞与リストの一人にリディCEOも含まれているのだろう。

 一方クオモ ニューヨーク州司法長官(公的資金投入を受けた金融機関の報酬問題の調査責任者によると「賞与が支払われたのは、いづれも損失をかかえ、会社を破綻寸前に追い込んだ部門に所属する職員ばかり」だそうだ。いわゆる金融部門の幹部と言うことになる。

AIGを倒産に追い込んでおいて、有能な職員はないだろう」と議員に噛み付かれて、再びリディCEOは居直った。
経営危機が表面化する前に契約で決まっており、15日までに支給しなければ訴訟を起こされる可能性がある
勿論訴訟を起こす一人にリディCEOも含まれる。

 どこまで話し合いをしても埒が空かないので、とうとうオバマ大統領が切れてしまった。
納税者に対する背信行為だ。あらゆる法的な手段で阻止するようガイトナー財務長官に指示した。

 もっともそのガイトナー財務長官はひどいポカをやっている。3月10日にはAIGがボーナスの支給をする(支給日は3月13日)ことを報告されながら何ら対応をとらなかった。
FRBはもっとひどく、3ヶ月も前に担当者がボーナスの支給計画の会合に出席していた。
ガイトナー財務長官もバーナンキFRB議長も同意していたではないか」とリディCEOに反論されて立場をなくした。
ガイトナー財務長官バーナンキ議長は議会でこの不始末を説明しなくてはならなくなった。

 財務長官FRB議長もまったく無能さを露呈してしまったので、最後は議会が動いた。
公的資金を受けた企業が過度のボーナスを支払った場合、司法長官に返済を求める権限を付与する法案」を可決した。

 しかしこれだけでは相手が返さないと言えば裁判になってしまう。そこでさらに「一定額の年収を越える幹部社員のボーナスに90%の特別税を課す法案」を下院で採決することにした。
しかし一度支払ったボーナスを取り戻すのは至難の業だろう。
すでに金融機関への返済に充てました」なんていわれたらどうするのだろうか。

 政府がもたもたしていたら、今度はファニーメイフレディマックAIGをまねて経営幹部に5000万円のボーナスを支払うのだと言う。
いづれも10兆円規模の優先株購入枠が設定されていて、公的資金が投入されている先だ。

 アメリカでは投資銀行も保険会社も住宅公庫も公的資金で幹部職員にボーナスの大盤ぶるまいだ
公的資金だろうがなんだろうが、一旦入った金はみんなで山分けだ。さっさとボーナスをもらってトンズラしようぜ

 どうやらリディCEOのいう有能な職員とは「税金のネコババが得意」な職員のことを言うらしい。
それに比較して日本の経営者のきまじめさはどうだろうか。
不祥事には全員で頭を下げ、アメリカの幹部職員からみればスズメの涙ほどののボーナスでさえ返上すると言う健気さだ。

 グラスリー共和党筆頭理事がしみじみと言っている。
AIGの幹部が日本の例にならって米国民に謝罪した上で辞任するか自殺するかしたら、私の感情も若干改善する

 しかしアメリカの強欲資本主義の戦士達はこんなことで自殺するようなヤワではなく、すきあらば公的資金をネコババする機会を狙っている。
金融工学でだまして世界から金を集めた。今度は政府をだまして金を強奪しよう

 これがあれほど誉めそやされたアメリカの輝ける市場万能主義の戦士の実態なのだ。日本でもひところアメリカに倣って「規制を排除してすべてを市場に任せよう」と主張する人が幅を利かせていたが、抵抗勢力のおかげですんでのところで踏みとどまった。

 すでにフランスドイツはアメリカのグローバリズムと手を切った。日本は相変わらずアメリカに付き合おうとしているが、この戦略の賞味期限も切れそうになってきた。

 




 

 

 

 

 

 

 

 

 

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(21.3.19) マラソン教師をして良かった

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 昨年の12月の始めに、近くの有吉小学校マラソン教師をした。有吉小学校では授業の一環として長距離走を取り入れ、全員の走った距離をたすと千葉県を一周するようにしたいのだと言う。

 私に3年生以上の学年の生徒全員に長距離走の走り方の指導をして欲しいと頼まれた。私自身は数十年間マラソンを楽しんでいたので、キャリアとしては十分なのだが、小学生を教えたことがない。

 最初は戸惑ったが、決心して指導することにした。子供達の走り方の問題点は、ほとんどの子供が短距離走の走り方で長距離を走ろうとするので、途中で息が上がってしまうことだ。

 長距離を走るコツを授業で教えたのだが、先日信じられないことに有吉小学校の3年生以上の全員から感謝の文集をいただいた。
全員からである。思わず目を見張った。

山崎さん ありがとうございます」「葉市市立有吉小学校 3.4.5.6年生より」とある。

 今回はそのうちの3年生の文集をいくつか紹介したい(4年生以上のについてはまた別途掲載する)。

まえのマラソン教室は楽しかったです。長い時間走るのは考えて走るんだなと思いました」

「走り方を教えてもらったあと走ってみたら心臓がドキドキしなくなりました」

「ぼくはマラソンがにがてだったけど、走り方などを教えてくれたのですきになりました」

「自分のペースをたもったら長く走れることが分かりました」

「あんまり遠くまで走ることができませんでした。でも今では長い距離が走れるようになりました」

「マラソンは楽しかったです。またしたいです」

「うまくなるコツがわかりました」

「私は走るのが大大大大すきです。今度の駅伝大会にも出ます」

「さいしょに軽く走ってからマラソンをすると聞いてビックリしました。走るのがうまくなりました」

「ぼくは走るのがとくいです。山崎さん、また来てください」

「最初の二周走はつかれたけど、二回目の二周走はつかれませんせした」

「前までは速く走りすぎていたけれど、自分のペースでいいことが分かりました」

「先生のおかげで少し体力がつきました」

「もっと練習してはやく走れるようになりたいです」

「四季の道でお会いしたらあいさつをしたいと思います」

「うでを大きく振ることがわかりました」

「マラソンはすこしつらかったけど、楽しかったです」

「準備運動もしてくださってありがとうございます」

「3周はこの前教えてもらうまではできなかったけど、教えてもらったらできたのでうれしかったです


 どうだろうか。私はかつてこれほど子供達から感謝された経験はない。すっかり有頂天になってしまた。マラソン教室はまったく始めての経験だったがいい経験をしたと思っている。

 これなら人生の最後の時間は子供達のためにマラソンを教えることで終えることがよさそうだ。

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(21.3.18) 速読について

 最近極端に速読の必要性が増してきた。一番の理由は私が好んで経済評論を書いているからで、ここに来て金融恐慌関連の本格的な図書が目白押しに出てきた。

 当初は新聞記事インターネット週刊誌月刊誌程度まで目を通していればよかったのが、図書まで次々に現れてくるとこれも一応目を通したくなる。
図書は時間をかけて書いているので、相応のレベル内容になっているのが普通だ。
きっと、私が知らないことが書かれているのだろう」とりあえず買い込むことになる。

 しかし、図書1冊を読むとなると相応の時間が必要で何か一日中資料と格闘するようになってしまった。
こりゃ大変だ。何とかならないものだろうか

 私は専門の学者ではなく、清掃活動をしたりマラソンパソコンを教えたり、1日1回はJOGをしたりしている単なる定年退職者だ。
それが経済評論を書いているのは、当初はブログネタがなくなったからであり、最近は経済情勢の変革が「100年に1度」と言われているくらの激変なので、「せっかく生きているのだから、当時生きていた人がどう思っていたか記録に残しておこう」と思ったからである。

 いわば鴨長明や吉田兼好のような気持ちなのだが、さて本格的な図書を読むとなると時間と体力の勝負になる。
早く、確実に内容を把握できないものだろうか

 昔私がやっていた速読の方法は「漢字とカタカナと数字だけを追っていく」という方法で、確かにこれはすばらしいスピードで読めるのだが、残念ながら「何が書いてあるか」はわかっても「何が参考になるか」までは分からない。

 最近している方法は「目次選別法」で、目次でみて私が知りたいところだけ読む方法である。これはかなり効果的なのだが、書物には全体との関連があり、一部だけ読んでも分らないことがある。
また書物の内容が低いと目次で選んだ箇所は正しいのだが参考にならない。
だからこれも必ずしも十分な効果をあげているとはいえない。

 誰か先に読んだ人が「これはいい本だ」といってもらえると参考になるのだが、最近は読んだ人の評価と私の評価が分かれることが多い。

 そして何よりも問題なのは私の記憶力が極端に悪く、かつ書かれている内容の判断に一定の時間がかかると言うことだ。
私の脳は瞬間的判断ができず、サッカーやテニスの審判など絶対に向かない
読んで覚えているなんてことはまったくないのと、読んだことを反芻して文字に落としてみないと内容の把握ができないことが多い。

どうしたらいいんだろう
読んだはしから忘れる記憶力と亀のような遅い判断力(亀は決断するまでに30秒程度常にかかる)で経済評論を書いているのだから、並みの苦労ではない。

 目の前に山と積まれた経済恐慌関連の書物を見ながら、私独自の速読法を編み出したいものだと苦吟している。

 

 

 

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(21.3.17) 国家資本主義の時代 あるいは資本主義の最後の形態

200pxadamsmith1_2   信じられないような激変が続いている。日本においては太平洋戦争の敗北で戦前と戦後に大きな断層が有るが、それに匹敵するような激変が世界的規模で起こっている。

 つい最近までは市場万能主義の時代で、市場主義の戦士達が億単位の給与を得てこの世の春を謳歌し、フリードマン竹中平蔵氏の言葉が福音のように響き、小泉改革が抵抗勢力を一掃していたのが夢のような昔に感じる。

 今では麻生首相が「郵政民営化に反対だった」と公言し、竹中平蔵氏は金融恐慌の戦犯扱いにされ、小泉元首相は「もうこれ以上何もしゃべらない」と静かに引退しようとしている。

 アメリカでは市場万能主義のエースだった投資銀行がまたたくまに消え去り、メリルリンチの上級職員が倒産前のドサクサにまぎれて高額のボーナスをネコババしたことがばれ、法廷に引き出されそうだ。
オバマ大統領は「恥ずべきこと」と怒りを新たにしており、アメリカ国民は投資銀行が単なる強欲集団だったことに気がついた。

 ヘッジファンドはすっかり元気がなくなり、フランスやドイツはヘッジファンドの規制(登録制度だけではなく普通銀行と同様な自己資金規制)がなければ、アメリカが求めているGDP対比2%の財政出動に協力しないと反旗を翻した。

アメリカの時代は終わったのだ。何が市場万能だ。お前のおかげで経済秩序がめちゃくちゃになったではないか」アメリカに対する嫌悪感が世界に充満し始めた。
中国も「まじめな経済運営をしなければアメリカ国債を購入しない」といちゃもんをつけ始め、今やガイトナー財務長官の言うことをきいているのは与謝野馨大臣だけになってしまった。

 その市場万能主義に代わって登場してきたのが、何とも不思議な国家資本主義でも呼べそうな代物だ。
各国は次々に金融機関や主要産業を公的資金の導入と引き換えに国家管理に移行させ始めた。

 かつては「政府のやることは全て非効率だ」と言われていたのに、今や政府なくして資本主義が立ち居かなくなっている。
国家が最後のアンカーです。どうかお金をめぐんでくださいGMの会長の弁だ。

 日本では金融機能強化法による資本注入を地方銀行3行に強引に実施し、貸し渋りに対する金融検査を強化すると金融庁が言う。
何でもいいから企業に融資しろ
竹中氏全盛時代は不良債権のあぶり出しに熱心で、「不況業種に対する融資など金融機関の風上にも置けない」と言われていたが、天と地がひっくり返った。

 イギリスではロイズRBSと言う2大銀行が株式の過半数以上を国家が保有して事実上の国家管理になってしまった。
アメリカでもシティグループはほとんど国家管理のようなものだし、自動車産業も政府の資金なしに操業できない。

 プーチンのロシアはもっとドラスチックだ。
石油とガスはすべて資本家から取り上げて国家管理にしてしまったし、いままで独立していた主要産業も倒産しそうになったので、公的資金を導入してその見返りに人事権を取り上げてしまった。

 中国はもともと国家資本主義国で、この金融恐恐の嵐の中で相対的にまともなのは、時代を先行して国家資本主義になっていたからだと言う皮肉な結果になっている。

 世界の主要な金融機関や自動車産業のような主要産業が政府の管理下におかれ、政府の支援なしに経営ができない状態を国家資本主義となずけておこう(これは私がとりあえず命名した)。

 もっともアメリカを始め各国ともこれは一時的な措置であり、経営環境が好転すれば再び民間に経営権を委譲するつもりだ。
1年間、各国が財政出動すれば、また元の元気な市場が回復する
しかし本当に一時かどうかが問題だ。

 大和総研は「今年、来年ともこの不況が継続し回復はその後」といい、一方FRBは「来年には回復する」との見通しをのべている。
しかし私の見方は違う。こうした状況は今後10年単位で継続すると思っている。

 いわゆる金融資本の高度成長の時代は終わり、それに代わる金儲け産業は存在しない。あるのは地味な産業資本だけで、これでは日本の失われた10年の後のなだらかな成長のように、精々1%程度の成長率が限度だろう。

 世界は規制だらけになり、国家の支援でかろうじて生き延びる資本主義は本当は資本主義の最後の形態かもしれない。

 1990年前後に社会主義経済が崩壊し、その20年後に金融資本を中心とする強欲資本主義が崩壊した。その後は国家管理された静かな資本主義が表れそうなのだが、これがほぼ10年単位で継続するというのが私の見方だ。

なお、写真はアダム・スミスです

 

 

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(21.3.16) おゆみ野の森の「春まつり」の準備

21315_018  おゆみ野の森の春まつりの準備が始まった。ここおゆみ野の森では春と秋の2回、大きなお祭りをしてきたが、今年の春まつりは4月19日(日)の10時からである。

 この春まつりは従来は新都市ライフOさん達が中心になって企画をしてきたが、今年からは少し趣向が変って、この森が好きな若いお母さん方5名が中心になって企画を立てるのだという。
私からみるといづれも乙女のような若々しいお母さん方だ。

山崎さん、春まつりのメインイベントを音楽祭と、マラニック(森の中を走り回る競技)ではどうかしらモモカ姉さんと、JunJun姉さんから相談を受けた。

 私はいつものように頼まれると断らない主義だから軽く引き受けた。
ええ、いいですよ
さて、引き受けたのはいいがどのようなマラニックにするか企画を立てなければならなくなった。

 ここは約3ha程度の森で、標高差は10m程度と見られる。昔は縄文人がここで生活していた場所だ。
1周300m程度楕円形の遊歩道はあるが、そこを走っただけでは300m走のようなものだ。
なんとか10mの高低差を利用し、また森の中を走るコースを設計したい。

 ただしここには幼児と小学生、およびその親御さんたちが主体だから、セグメンテーションが必要になりそうだ。
幼児はいくらなんでも森の中を走らせるわけには行かないから、遊歩道の200m(300mの一部)程度がよさそうだ。

 小学生は全体で500m程度の距離にして、一部は森の中を走らすような設計にしよう。
あとはお母さんだが、高低差10mの上り下りと草原を疾駆させる1周500mのコースで2周1000m程度が適当ではなかろうか(もちろん1周でもOKとしよう)。

 最後はお父さんで、ここは若いお父さんが多いから、お母さんと同じコースで3周1500m程度がいいのではなかろうか(太目の人は2周が精々だろう)。

 また、草原内を走ると言うことにすると、転んだ時のために手袋は必須で運動靴で来てもらわなくてはいけなさそうだ。
走り方にも若干の工夫が必要で、舗装路を走るときよりも足を高く上げないと、草や切り株に引っかかってしまう。

 主催者側のランナー要員としては、できれば4人各クラスごとに1名ずつ)欲しいが、いなければ私一人でやることにしよう(Oさんが参加してくれることになったので現在は2名体制)。
いづれも最初の1周は主催者側のランナーが先頭を走ってコースを教え、2周目からは自由に走らさせるのがよさそうだ。

 時間的には幼児5分、小学生5分、お母さん10分、お父さん15分で、少しバッファーを見て40分程度あればできるのではなかろうか。
コース指示要員の配置と,場合によったら布で目印をつけておくことも必要だろう。

 天気さえ良ければ気持ちの良いRUNになりそうだ。かつてここで縄文人の子供達が走り回っていたのだから、数千年の時をへだてて、その姿が復活することになる。

 なお、今回のコースは以下のように設定しました。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/GtcXGD?authkey=Gv1sRgCM7b06ze9cejQg#

 

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(21.3.15) 千葉県知事選挙について

Admi121  正直に言うが私は今まで知事選挙のことをまともに考えたことはない。この千葉市に引っ越してからすでに15年以上立っているのに、千葉の住民だと言う意識が芽生えてきたのは最近のことである。

 それまでは東京の大手町が職場であったこともあり、なにか東京都民のような意識だった。たとえばJRの千葉駅に下りることはほとんどなく、年に数回映画を見に行った程度で、もっぱらおゆみ野と都内を行き来していただけだった。

 しかしさすがに退職後はこのおゆみ野を離れることが稀になり、移動手段が歩くか、走るか、自転車に限られてくると急に郷土愛がわくようになった。なにしろ千葉県内を出ることが稀なのだ。
今回はまじめに候補者の政策を見てみよう

 さっそく告示にあたって各候補者が政策を発表しているので、新聞を読んでみた。
今回千葉県知事選挙には5氏が立候補しているのだが、この中で名前を知っている人は「森田健作氏」だけだった。
保守系候補が3名、民主、社民、国民新党、市民ネット推薦が1名、共産推薦が1名で、新聞では保守分裂選挙だといっている。

 いずれも無所属だが、保守系候補は麻生首相が出て応援するのを嫌い、民主推薦候補は小沢代表が出てくるのを嫌っていると言うのが政局をそのまま反映している。

 森田氏のキャッチフレーズは「千葉をもっと元気に」だが、一言で言って千葉県民の意識を持とうと言うことらしく、千葉県に存在しながら「東京ディズニーランド」なんて名前を許している千葉県民の意識改革に乗り出すらしい。

 共産推薦の「八田英之氏」のキャッチフレーズは「雇用と景気、緊急に」で、特別養護老人ホームの建設と、地域医療の建て直しで公立病院に医師を派遣する制度を確立するのだと言う。
老人と医療と言うことだが、財源については触れていない。借金を増やしてでもと言うことだろうか。

西尾憲一氏」は元市議らしく政策が地域密着型だ。銚子市立総合病院の診療休止に伴う地域医療の崩壊に対し、県立医科大学と付属病院を創設すると言う。
財源は群馬県長野原町で進められている八ッ場ダム計画からの撤退で、これで千葉県の負担額760億円が浮くのだという。
無駄な公共工事を止めて医科大学を創設しようということのようだ。

白石真澄氏」は「県の家計簿を見直す」という。関西大学教授で、知事のあり方のイメージとしては大阪府の橋下知事がモデルのようだ。
2兆6千億円にのぼる借金を減らし、単年度収支で黒字化を目指すのが目標で、構造改革派の竹中氏の千葉版のような人だ。

吉田平氏」は民主党等が推薦して、堂本知事の後継者だから、堂本県政を引継ぐと言うことだろう。赤字のローカル鉄道「いすみ鉄道」の建て直しを行なったりして企業家としての実績はある。
八ッ場ダム計画からの撤退は西尾憲一氏と同じで、さらに鬼泪山(きなだやま)を削るのにも反対だと言う。
どうやら無駄な公共工事は止めて身の丈にあった県政をおこなおうということのようだ。

 今回初めてまともに候補者の政策を見てみた。今まで考えたこともなかった地方政治のあり方について考えるいい機会だから、しばらく県の問題について考えてみたいと思っている。

 

 

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(21.3.14) 卒業式が終わると  破壊活動の季節

Ca390291  
(夏の道公園のバイク等の破壊  Kさんが写す

 3月10日の中学校の卒業式が終わる頃になると、四季の道周辺では一斉に破壊活動が始まる。昨年までは街路灯の破壊が多かったが、今年はバイクの破壊がはなはだしい。

 夏の道公園で3台京成おゆみ野駅の近くで1台、それと秋の道の六通通りをまたいだ橋の袂に1台(部品)とバイクが破壊された状態で放置されていた。

 またそれらのバイクの部品と見られるヘルメットや、盗難防止の鎖が四季の道のいたるところに散在して、この時期の清掃は大変なことになってしまう。一つ一つの部品がとても重く通常のビニール袋では破けてしまうほどだ。

 夏の道の3台については、あまりに破壊の方法が生々しく、すぐさま近所に住んでいるKさんが警察に通報して、片付けてもらった。
私はその翌日の朝に警察官が破壊行動が行なわれた噴水の近くで現場検証をしているところを見たが、現場そのものはしらなかった。あとでKさんの写真で実態を確認したがひどいものだ。

 私自身が見たのは京成おゆみ野駅近くのバイクと、六通の橋の袂だが、こちらも壊せるところは全て壊してあった。
その壊した後の備品が四季の道の至るところに転がっていたわけだ。

 私は毎年のことなのでさして驚かないが、破壊の規模がだんだんと拡大しているのは憂慮すべき事態といえる。それまでは1台か2台程度だったのだが、いっぺんに3台とはさすがに驚いた。
破壊したバイクに消火器で消化剤をまいて騒ぐのはいつものことで、こうしたバイクも消火器も盗んできたものである。

 ほとんど同じパターンで繰りかえされており、卒業後の年中行事のようだが、こうした狂騒を止めさせることができないのは何とも歯がゆい。
しかも私の場合は、散らかされたバイクの備品を片付けているので、これが思いのほか重く右肩が腱鞘炎になって痛む。

 私のように62歳の老人が肉体を酷使して片付けているのに、身体をもてあましている若者がただ破壊行動だけして、暴れているのは何とも不条理だ。

主よ、この世はなんと不条理に満ちていることでしょう。もはやこの老人にはバイクの備品を持って四季の道6kmを歩き通す力は残っておりません。
今はただ一刻も早く主の御許で安息の日々を過ごすことだけが望みです

ロドリゴよ、せっかくの申し出でじゃがそれはしばらくまった方がよいぞ。ここ天国でもエンジェル達が好き勝手をやっておって、わしの大事なハーレー・ダビッドソンを乗り回して地上に落っことしたばかりじゃ。
おかげでわしはどこに行くにもママチャリで行かねばならぬのだ。
じゃから今しばらく地上で暮らしておれ


kさんが撮ってくれた写真を掲載します。http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/HAzJhB?authkey=Gv1sRgCNiVypqL0eXw0AE#

私が撮った写真を掲載します。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/2131002?authkey=Gv1sRgCLv4vvKgs_v3gwE#








 

 

 

 

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(21.3.13) イギリス政府の損失補償制度 自由な市場の終わり

125pxflag_of_the_united_kingdomsvg1 イギリスではとうとう政府が2大金融機関損失補償をすることで、この金融危機を乗り切ることにした(イギリスには巨大銀行が4つあるがそのうちの二つ)。
ロイズ・バンキング・グループ2600億ポンド(約36兆円)、ロイヤル・バンク・オブ・スコットランド(RBS)3250億ポンド(約46兆円)、合計で約82兆円で、これはイギリスの国家予算にほぼ匹敵する。
代わりにイギリス政府はこの二つの銀行の株式を取得し、実質的に国有化してしまった(日本でも長銀と日債銀を国有化した)。

 現在各国が実施している倒産間際の金融機関救済策は3種類有って、① 公的資金の投入、② 損失補償制度の導入、③ バッド・バンクの設立(不良資産の買取制度)である。

 公的資金の投入は最も効果的だが、赤字が確定しないと何時までたっても追加の公的資金を投入し続けなくてはならない。
政府も国民もイライラして最後は悲鳴をあげる。

 そこで赤字を確定させることで不良債権を切り離そうとするのが、バッド・バンク(不良資産の買取制度)の設立だが、これは金融機関が極端に嫌がる

 理由は一時的に巨額の損失が発生するのと、将来値上がりするかもしれない株式等を二束三文で売り払わなければならないからである。
日本でもバブル崩壊後の不良債権処理のために債権買取機構が設立されたが、私が関係した債権買取機構の買取価格は債権額の3%程度だった。

 そこで考え出されたのが、損失補償制度でこれは損失が将来実際に出た金額だけ保証弁済すればよいことになる。
経済情勢が好転すれば保証金額は少なくなり、反対に悪化すれば最大1年分の国家予算が必要になる。

 実際問題として1年分の国家予算を金融機関の救済に使用することなどできないのだが、そう宣言することで市場に対する安心感を与えることはできる。
そうか、イギリス政府が保証してくれているのか

 しかしことはそれほど簡単ではない。イギリスには保証弁済する金もなく、また借入もままならないからだ。
かつてはイギリス国債はプレミアム国債といわれ、ポンド高と高利回りでアラブの石油成金等が競って購入していた。英国債の外国人比率は約3割で、日本のようにほぼ100%国内で消費されていたのとは違う。

 この状況がバブル崩壊後一転してしまった。
ポンドは下落に継ぐ下落で、ひところ250円だったポンドは現在では140円になり、また5%を越えていた政策金利もとうとう0.5%になってしまった。

 低利回りで、将来下落が予想されるイギリス国債を外国人が買うはずはないし、バブルに浮かれて消費拡大に走ったイギリス国民も債券を購入する余裕などない。
イギリス国債はくずだ」これほど評価が下がった国債も珍しい(ただしアメリカの格付け会社はイギリス国債の評価を高く維持して、間接的にイギリスを支えている)。

 いままでイギリス経済は慢性的に経常収支は赤字だったが、それに見合海外からの投資があり、それでバランスをとっていた。
しかし投資資金が途切れてはなすすべがない。

 残された道は英イングランド銀行がポンドを印刷することぐらいだが、これは経済が収縮している時は完全にインフレ要因になり、さらにポンドの価値を低下させる。

 ビッグバンによって世界で最も自由な金融市場を創設し、わが世の春を謳歌していたが、今では4大銀行のうち、2つを国有化して最も不自由な市場になろうとしている。
これではイギリス経済はサッチャー以前に戻ってしまう。

 かつてイギリスは1976年に財政破綻しIMFに救済を求めた。
経済が好転しなければ、本当にイギリス政府は損失補償を求められる。しかしそのようなことは実際は不可能なのだから、あの財政破綻の悪夢が再びイギリス経済に襲ってきそうな雰囲気になってきた。

 

 


 

 

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(21.3.12) 正直者 漆間官房副長官の大失言

 思わず笑ってしまった。漆間(うるま)官房副長官の正直さかげんにである。
記者団の「バランスを考えたら自民党の方も捜査をやるとの見方がある(のではないか)」というひっかけ質問に見事に引っかかった。

 これは記者団との定例の懇談オフレコメモも録音もしない)だったせいもあるが「自民党の方は金額が違いますからね。この件で自民党の方までやることはないと思いますよ」とうっかり答えてしまった。
記者はちゃっかりメモを取っていたし、オフレコなのにもかかわらず一斉に報道されてしまったので(日本ではオフレコがオフレコになったためしがない)、漆間官房副長官の立場がなくなった。

 漆間氏元警察庁長官から官僚の中の最高位に上り詰めた人である。民主党から「ほれ見ろ、検察と内閣はぐるになって小沢代表を追い詰めている」と詰め寄られたのであわてて、参院予算委員会で釈明をせざる得なくなった。

 漆間氏はあくまで一般論として述べたもので、主旨は以下の通りだと懸命に釈明した。
① この種の事件では違法性の認識を立証することが難しいこと
② 金額の多寡が違法性の認識を立証する大きな要素であること
③ 検察が逮捕したのなら起訴に持ち込めるだけの証拠を持っているのだろうこと


 これは実に不思議な説明だ。これによると違法性は金額の多寡で決定され、従って小沢氏の秘書は逮捕されるが、二階氏の秘書は逮捕されないと言っているようだ。

 しかし、今回の違法献金容疑はあくまで「西松建設の献金(企業献金)だと言うことを知りながら、政治団体からの献金と偽って個人の資金管理団体に入金したことが違法」とされているはずで、金額の多寡は犯罪の成立要件にならないはずだ。

 ところが漆間氏は「金額の多寡が逮捕者と非逮捕者の分水嶺になる」という。一般の人には理解できないことが漆間氏は分かっていたらしい。
なぜだろうか?

 実は検察庁のトップ検事総長内閣が任命する認証官天皇の認証が必要)で法務大臣の指揮命令を受ける立場にある。
もっとも通常は法務大臣が指揮権を発動することはないが、政府の高官や今回のように野党党首が相手の場合は、検事総長は官邸サイドとの事前すりあわせを行なう。

 もし内閣が異をとなえて指揮権の発動をされては、検察庁の立場がなくなるからだ
過去に1回、この指揮権が発動された事例がある。1954年のいわゆる造船疑獄で時の法務大臣犬養健が、時の自由党幹事長佐藤栄作逮捕請求を無期限停止した。

 おかげで佐藤氏は獄につながれることがなくなり、その後日本の総理大臣になっている。

 今回の小沢氏の第一秘書逮捕に当たっても、当然官邸サイドと検察庁との間のすりあわせが行なわれたはずだ。そのときに問題になったのはこの問題が小沢氏だけに止まるのか、自民党の二階氏他にも及ぶのかという問題だったはずだ。

 そこで検察と官邸サイドとの密約がなされて、自民党議員は「金額が僅少で」「違法性の認識を立証すること困難」なので、たとえ捜査対象になっても逮捕はされないと手を握ったはずだ。
よし、小沢の秘書を逮捕しろ。これで民主党はばらばらになる

 自民党としては天から降ってきたような僥倖だ。
このネガティブキャンペーンは絶対に成功する」と麻生首相はにんまりとしたろう。

 それを正直者の漆間官房副長官が記者に乗せられ、極秘情報をぽろっとしゃべってしまった。「自民党議員の逮捕はないだろう。なにしろ金額が少ないからだ

 せっかく自民党に神風が吹いたのに、この一言で全てがおじゃんになり検察も立場上二階氏周辺を洗わざる得なくなった。
政治はまことに一寸先が闇だ。相変わらず自民党は舌禍でせっかくのチャンスすら物にできない状態が続いている。

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(21.3.11) 文学入門 その6  むのたけじ 93歳・ジャーナリストの発言

S11401  今回の読書会のテーマ本は「むのたけじ」氏の「戦争絶滅へ、人間復活へ」という岩波新書で、副題が「93歳。ジャーナリストの発言」となっている。

 この本を選んだのは、自ら私設の図書館を開催していた I さんだが、私はいつものように「むのたけじ」氏もこの本も知らなかった。
この本はジャーナリストの黒岩比佐子さんが聞き手になり「むのたけじ」氏が口述したものを編集して上梓したとのことで、元々が会話なのでとても読みやすい。

 黒岩さんが「むのたけじ」氏の経歴を紹介しているが、戦前・戦争中は従軍記者として活躍し、終戦の8月15日に自らの戦争責任を取って朝日新聞社を退社した人だと言う。
その後、秋田県横手市で週間新聞たいまつ』を創刊して、1978年まで発行を続けていたという。
その後は講演活動や執筆活動を続けているらしい。

 この本は「むのたけじ」氏が生きた半生の証言であるが、ジャーナリストとして戦前・戦後から現在まで生きている人は少なく、貴重な証言になっている。
黒岩さんがこのような証言をどうしても残しておきたかった気持ちは良く分かる。

第1章ジャーナリストへの道」は「19歳で社会主義者の自覚」を持ったむの氏の青年期であるが、戦前の感受性豊かな青年の多くが社会主義に目覚めていった経緯が語られる。

第2章従軍記者としての戦争体験」では、現実主義的な物の見方の側面が強く出ている。
戦争と言うものは一旦始まると互いに殺戮と暴虐の限りを尽くし、兵隊のすることは女を犯し、敵の死体を切り刻み、略奪をほしいままにするのが実態だと言う認識だ。
どこの男も、戦場では同じような残虐なことをやっているんです」という。
この認識がむの氏の戦争に対する原点のようだ。

第3章敗戦前後」でむの氏は言う。「これまでの反戦平和運動で、戦争を食い止めるのに成功したものはない。・・・どこの国でも必ず押し切られてしまった。それはなぜか。・・・・戦争をなくすには、戦争をする必要をなくして、戦争をやれない仕組みを作らなければだめです

むの氏の戦争に対する基本的認識は「戦争は一旦起これば戦争の論理に従う」と言うもので、このあたりは現実と向き合ったジャーナリストの経験からきている。
人が人をなぜ平気で殺せるのだろうか」などと安易にいわないところがいい。

第4章憲法9条と日本人」は戦後を長く生き、社会主義・共産主義の挫折を見、文化大革命の失敗を見た人間の、理想主義と現実主義のせめぎあいに悩むむの氏の弁明だ。

その新憲法について、私は最近になって気付いたことがあります。・・・・憲法第9条とは何か。あれは、いわば軍国日本に対する”死刑宣告”です。・・・言い換えれば国家ではないと言う宣告です。・・・・ところが一方で、人類が生きつづけていくためには、戦争を放棄したあの9条の道を選択する以外に道はないといえる
現行憲法の二重性についての認識は、単に「憲法9条を守れ」と言っている人たちよりは深い。

第5章核兵器のない世界へ」でむの氏は氏の処方箋を説く。国がある限り戦争はなくならない。そのためには国家をなくし「人類連合」を作る。EUがその一つの例だ。
そうして個々人が自覚を持って立ち上がることが必要だ、と言う。

 ただし私の感度としてはヨーロッパは過去何回も統一された経緯(古代ローマ帝国、神聖ローマ帝国、ハプスブルグ家の支配や、最近のNATO、ワルシャワ条約機構等)があり、現在のEU統合はそうした伝統の下に再結合しているとも言えそうだ。

第6章絶望の中に希望がある」ではむの氏が見た希望が紹介される。

 それは元気な女性であったり、小説家志望の高校生であったり、講演会を成功させた中学生で有ったりする。
むの氏によればそうした女性や若者達が、従来の規範や束縛にとらわれず生きようとしており、その人たちが戦争のない社会を築くのだと言う。

 しかし、ここまで読んで本当にこうした人たちが戦争放棄9条の子供達になるのか疑問に思った。確かにむの氏の周りにはむの氏の話を聞く女性や若者がいるだろうが、それは現在日本の女性や若者のほんの一部にすぎない。

 はっきり言えばむの氏の話を聞こうという人々は、むの氏の信奉者であっても、数の上でもまた実力的にも現在日本の変革を指導できるような人たちではない。

 だからむの氏の「絶望の中の期待」はたんなる期待に終わってしまうのではないかというのがこの本の読後感だった。


なお、今回の読書会の主催者、河村義人さんが私とはまったく異なる視点でレポートしている。下記のURLをクリックするとレポートの全文を読むことができるので、是非読み比べられることを勧める。
http://yamazakijirou1.cocolog-nifty.com/shiryou/2009/03/21310-c847.html

また今回の読書会の結果報告は河村さんがまとめられました。以下のURLをクリックすると読むことができます。
http://yamazakijirou1.cocolog-nifty.com/shiryou/2009/03/213117-ede8.html

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(21.3.10) 岩波新書について

S11401  最近特異な経験をした。岩波新書が見つからないのだ。正確に言うと近所の本屋で岩波新書を置いてある本屋が非常に少ないのと、たとえ置いてあっても他の新書に比較して極端に置いてある本の数が少ない。

 実は私は河村義人さんが主催している読書会に参加しているのだが、今回の課題図書岩波新書の「戦争絶滅へ、人間復活へ」という題名で、「むのたけじ」さんのインタビューをルポライターの黒岩比佐子さんが書き下ろした新書本だった。

 第1刷が08年7月だから最近出版された本なのだが、なかなか見つけることができない。仕方なしに読書会のメンバーですでにこの本を入手していたTさんから借りて読むことにした。

 Tさんは常時東京に出ているので、おそらく丸善紀伊国屋のような大きな本屋で入手したのだと思うが、私のようにおゆみ野周辺をテリトリーにしているものにとって岩波新書を入手するのが極端に困難になっている。

 私自身の目の前にある新書を見ても、文春新書、生活人新書、PHP新書、宝島社新書、カッパブックス、中公新書と実に色取り取りで、岩波新書はその中の一つにすぎないことが分かる。

 しかし私が学生時代を過ごした60年代後半は新書といえば岩波新書中公新書しかなかった(他にあったのかもしれないが記憶にない)。
その中で岩波新書は特別な位置を占めており、どの本屋に行っても岩波新書が置いてないような本屋はなかった。

 地方の片田舎と言えるような本屋でも岩波新書は必ず置いてあり、そうした本屋の新書は薄汚れて黄ばんでいた。
理由は「波書店の本は返本がきかず、一方岩波新書が置いてない本屋は本屋とはいえない」と当時は思われていたからだと言う(これはたまたま本屋さんに聞いたらそう言われた)。

 しかし現在では岩波書店の本を見つけるのがとても難しくなってしまった。かつては岩波の本に対する評価は「良心的」「革新的」「進歩的」等非常に好意的評価が多かったが、最近は「時代に取り残されている」という評価が多い。
そのためか読む人が極端に減り、また競合する新書との競争に負けているらしい。

 私自身の個人的経験でも、社会科学系の本で、いわゆる唯物史観唯物弁証法マルクス経済学関連の本はまったく購入しなくなった。
特に1990年前後の社会主義国の崩壊以降は、書かれている内容と実態が極端に乖離してしまい、読んでも何の役にもたたなくなったことがその理由だ。
この本に書かれている社会は一体どこに有るのだろうか

 なかでも岩波書店(岩波新書)はそうした社会科学系の本の宝庫だったから、必然的に読者が離れていったのだと思う。
私のようにかつてはそうした岩波新書をむさぼるように読み、そして社会主義国の崩壊でそれが壮大な虚構であったことを知った人間にとっては、「岩波にだまされた」という気持ちが特に強い。

 実際は岩波新書も左翼系の本だけでなくバラエティーに富んでいるのだが、記憶に残っているのは日本の歴史 上・中・下」井上清氏や「昭和史」遠山茂樹氏他、「社会科学の方法」大塚久雄氏、「資本論の世界」内田義彦氏等であり、当時の左派陣営の論客の本ばかりだ。

 今回読む「むのたけじ」氏の本のキャッチフレーズは「戦争の世紀を生きて希望はいまどこに? 従軍記者体験、社会主義観、憲法9条、新しい日本人」と書いてある。

 一度岩波書店(岩波新書)にだまされた人間は疑い深い。
やはり岩波の体質は変らないな。まただまされるのはいやだな」という気持ちでこの読書会のテーマ本を読んでいる。

 

 

 

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(21.3.9) 金正日総書記の偽札作り  高精度偽1万円札が現れた

Ca64zlqucasc2sszca0rgttoca5stxwscab  北朝鮮偽札技術は世界でも最高水準なのだが、とうとう「偽札が最も作りづらい」言われてきた日本の紙幣印刷技術に追いついてきたらしい。
5日の毎日新聞に掲載された記事によるとフィリッピンのマニラで、「過去にない高精度の偽札」が発見されたという。

 日本では偽札対策として04年に「E1万円券」という紙幣を発行したが、ここにはホログラム角度を変えると10000が浮かび上がってくる)やマイクロ文字(コピー機では再現できないほど小さな文字)、特殊発行インキが使用されており、当局の説明では「絶対に偽造が不可能」というふれこみだった。

 しかし今回マニラで見つかった偽札は、ホログラムマイクロ文字もあり、ATMでも通過する可能性があるというほど精巧だという。

 この2月18日に、国連薬物犯罪事務所UNODC)のコスタ事務局長が「北朝鮮が外貨獲得のために偽札製造、偽タバコ製造を行なっている」と警告してから半月余りで、スーパー・ノートに匹敵する偽1万円札が表れたことになる。

従来日本円の偽札が少なかったのは技術的に難しかったからで、それよりはるかに容易なドル中国元ユーロが北朝鮮のターゲットになっていた。それがなぜ日本円にシフトしてきたかは理由がありそうだ。

 過去において北朝鮮の偽札は主として100ドル札だったが、米政府の金融・経済制裁(中国銀行マカオ支店の北朝鮮口座が凍結されて金正日総書記の隠し金が使用できなくなった)が厳しかったので、それ以降は米ドルの偽札作りは消極的になったようだ。
まずい、世界中の隠し金が使用できなくなる

 以降はもっぱら中国元ユーロがターゲットだったが、中国元については中国から「中国元の偽札を作ると経済援助を停止する」とねじ込まれて中止したようだ(ユーロは北朝鮮との関連があまりないので利用価値が少ないと思われる)。

仕方ない、ドルもだめ、中国元もだめなら技術的には難しいが、日本円に挑戦してみよう金正日総書記の指示の元、北朝鮮の技術者が奮い立ったのだろう。

 北朝鮮が何でもありの国なのは世界が知悉しているのだが、偽札作りに本格的に取り組み始めたのは理由がある。

 当初はもっぱら覚せい剤の密輸で荒稼ぎしていたのだが、日本に対する覚せい剤の密輸がばれて日本の沿岸警備が強化されたのと(覚せい剤の袋が海岸に漂着して大騒ぎになった)、中国経由の覚せい剤の密輸は中国政府が徹底的に取り締まったからである。
覚せい剤は取締りがきつすぎてダメだ。偽札にシフトしよう」ということになった。
2002年には麻薬取引を事実上中止したと国連薬物犯罪事務所が報告している。

 北朝鮮の技術者は実に熱心に偽札作りに取り組んでいるらしく、スーパー・ノートと言われた偽100ドル札はほとんど本物と見分けがつかないと言うぐらいレベルが高い。

 ただし偽札作りにも弱点があって、この紙幣を流通させるのがことのほか難しいらしい。
たとえば偽100ドルを流通させるためには、各国の北朝鮮外交官運び屋に仕立てるのだが、98年ロシアのウラジオストックで北朝鮮大使館員が3万ドルの偽札を持っていたのが発覚してつかまってしまった(他にタイでも同じような事件があり、各国の警察は北朝鮮大使館員を運び屋としてマークしている)。

 そのようにして危険を冒して偽札を運び出しても、北朝鮮大使館が支払いをする時に100ドル札で受け取る業者はほとんどいない。
北朝鮮の100ドルは偽札だから受け取るな」世の中の常識になっている。

 しかたなく大使館員が使用したりすると偽札使用の現行犯でその国の官憲に捕まってしまう。
だから偽札の使用は思いのほか難しいのが実情のようだ。

 しかし今回の偽1万円札は日本円スーパー・ノートと言われるぐらい精巧だそうだから、日本以外の国で出回っている可能性が高い。
北朝鮮に抗議しても「わが国を貶める妄言だ」という反論しか帰ってこないから、日本の紙幣製造技術をもう一段高めて、北朝鮮技術者との競争に打ち勝つ以外対応策はない。

 

 

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(21.3.8) 森の理解 インストラクター斎藤さんの話

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 おゆみ野の森はとてもユニークな森だ。ここは市が管理する公園ではないし、また個人の所有地でもない。市民(住民)が自発的に管理の主体となって守り育てていく森だと言う。

 しかし実際はUR都市機構の子会社の新都市ライフが中心となって、実質的にこの森の管理や催し物を実施してきた。
だが来年の四月には新都市ライフが撤退し、本当の意味で市民が管理の主体にならなくてはならない。
さてどのようにして行なうか?」

 今日(7日)は毎月1回の草刈隊の日だった。今までは新都市ライフのOさんが刈るべき場所と刈り方を指示してくれ、私達はもっぱらその指示の元に草刈をしていたのだが、それでは済まなくなって来た様だ。

 今日はインストラクターの斎藤さんから「森の理解」と言うレクチャーを受けたが、これは今後の草刈の方針を決めるための一助だと言う。

森には必ず遷移というものがあり、このおゆみ野の森がどのような段階にあるか理解することが必要です
一般的には森は数千年の単位で一旦は消滅し(富士山の噴火等)、まず草原が出現し、次に雑木林になり、最後は照葉樹林になって安定するのだと言う。

この森の状況をどう判断しますか。若い森と思いますか、古い森と思いますか
さっぱり見当が付かなかったが、「古い森ではないでしょうか。大木になっていますしつる草が繁茂してます」と答えてみた。

 どうやら森は「安定しているか」「安定してないか」で森の遷移段階が決まり、「安定していれば」後はその状況を維持するようにするのがよいらしい。

この森は、雑木林ですがおそらく40年近くはこの状態のままだったはずです。そしてこのような状態になるまでやはり数十年たっていたと思います。

 通常は雑木林は照葉樹林に移行するのですが、ここは地質の関係からかそうはなっていません。

 そうした意味で非常に安定した森といえます。また森は木だけでは成り立たず、潅木の下には篠や笹が生い茂っていますが、この笹と潅木の組み合わせこそが、この森を安定させている理由です

では、笹刈りをするのは問題があるのですか。放っておくと笹は2m近くになってしまいますが」聞いてみた。

ここは完全な公園でもなく、また自然保護運動を実施する場所でもなく、市民が参加して守っていく森です。従って市民がこの森に集まって活動をするという主旨と、森を安定させると言う主旨の妥協点を見つけることが必要です。
あまりに深い笹薮では何もできませんし、一方完全な運動場では植生が育ちません


私は50cm程度の笹薮と潅木の組み合わせが好きですが、そうした考え方はどうでしょうか

それをここに集まっているみなさんが方針を決めて草刈をしてください。私の説明はそのための助言です

 草刈一つにしてもなかなか大変なことが分かった。今までは「エイヤー」と草を刈っていたが、森の植生まで考えねばならない段階に来たようだ。
私はこの森の草刈隊長なのだから、森というものを少し研究した方がよさそうだ。

 

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(21.3.6) 雨の養老渓谷へ

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 今日(6日)は一日中雨模様だったが、養老渓谷までJOGで出かけた。当初は3人で出かける予定だったが、他の二人は雨中の長時間JOGになれていないので、一人で出かけることにしたのである。
天候のいいときに、また3人で走ろう

 養老渓谷までは7時間程度のコースだ。私は雨のJOGには相当慣れており、過去2回台風のときも走ったことがある。
一回は北海道だったが、その時は雨脚が強く目を開けていられないほどで、視界も数メートル程度しかなかった。
もう一回は秋田だったが、このときは道が川になっていた。

 雨中のJOGで注意しなければいけないことは体温を落とさないことで、一旦体温が下がると温めるのに非常に時間がかかる。
だんだんと震えが来てしまったり、手足がしびれてくるので気持ちがナーバスになってしまう。

 したがってこうした時は雨対策をばっちり行い(自転車用の合羽が走りやすい)、できるだけ休まずに走り続けるのがコツだ。
走っていさえいれば体温があがって寒くはなく、暑い時よりも走りやすい。だが、汗が内部にたまるので気持ちよく走ると言うわけにはいかない。

 私は定年退職者で時間が自由にあるのだから、本当は無理して出かけることはないが、今回はあえて出かけた。

 一つは雨を気にしないのと、もう一つおゆみ野の森の友達のAさんが、懇切丁寧な養老渓谷周辺の案内図を作成してくれたからである。

 Aさんは今はこのおゆみ野に住んでいるが元々はご夫婦とも養老渓谷出身で、土日にかけては自宅で農作業をしている。
是非私の実家の周辺を見てきてください」そういわれていた。

 今回のコースは大多喜街道を遡るコースではなく、一旦高速道路(館山自動車道)にそって養老川まで行き、そこから川岸を遡るコースを取った。
私は川の道が何より好きで、江戸川の土手なども好きなコースだが、この養老川のコースもなかなか捨てがたい(ただし途中で舗装が途切れており、高滝湖までコースは続いているが雨の日はぐじゅぐじゅになる)。

 Aさんの実家は養老渓谷駅から山あいの道を少し遡っていく場所にあった。このあたりは千葉では標高が高い場所にあたり、かなり山深い感じがする閑静な場所だ。

 Aさんの実家は写真を添付してくれていたのですぐに分かったが、実に立派な豪農と言ってもいいようなたたずまいだった。
白壁の蔵が美しく、庭木の手入れもゆき届いている。
いやー、素晴らしい家だ」思わず感嘆の声が出た。

 この日は午後になると雨脚が一層激しくなり、散歩を楽しむわけには行かなかったが、Aさんの実家の周辺が分かっただけで満足することにした。
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(21.3.6) おゆみ野四季の道駅伝の写真の整理

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 今日(5日)は、半日かけておゆみ野四季の道駅伝の写真の整理をしている。駅伝は2月15日に行なわれたのだが、広報担当のKさん達が、たっぷり駅伝の写真を撮ってくれた。

 Kさんとしては、この写真を一箇所にまとめて整理しておきたいと考えており、私に依頼が来た。
山崎さん、写真を何とか1箇所で整理保存できないかしら

 私自身は写真をWebで公開する時は、Picasa Webを使用しており、写真はPicasaが保有するディスクの保存してあるので、今回もその方法をとることにした。

 Kさんにその旨伝えると、Kさんを含め何人かの広報担当者が撮った写真をUSBメモリーに保存して持ってきてくれたが、合計で約900枚あり、中には同じような写真がかなり含まれている。

 これをこのままWebに保存しては見る人も疲れてしまいそうだし、ディスクがすぐにいっぱいになってしまう。それに暗い写真やあでやかさの足らない写真もかなりある。
不要な部分を切り取って編集することも必要だろう。

 決心して900枚の写真の整理を始めたが、一枚一枚みて同じものなら削除し、編集が必要なものは編集しているのでなかなか作業が進まない。
うぅーん、さすがに900枚の写真の整理は大変だ」唸ってしまった。

 しかしこの写真が公式記録なのだから、何とか見栄え良くかつ記録性のあるものにしておかないと来年以降の参考にならない。
がんばれ、ヤマチャン」叱咤激励しながらやっている。

 私は写真の編集は趣味の一つなので、作業がいやな訳ではないが、なにせ量が多いのでくたびれてしまう。
それに肩こりまで始まった。

 今日はいつものように8時に寝られそうもない。思わぬことで、定年後まったく縁がなかった残業になってしまいそうだ。
(懸命に努力したのだが、全体の半分程度しか整理ができなかった

四季の道駅伝の公式写真集は以下のURLをクリックすると見ることができます。
http://yamazakijirou1.cocolog-nifty.com/ekidenn/2009/03/2135-5bee.html

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(21.3.5) ネガティブ・キャンペーンが始まった。 小沢一郎第一秘書の逮捕

Crm0903042148028s51_2   ネガティブ・キャンペーンが始まった。小沢一郎民主党代表の公設第一秘書の逮捕劇についてである。
今回の逮捕劇は誰が見てもまったく理不尽で、小沢代表ならずとも「非常に不公平な国家権力、検察権力の行使」だと言いたくなる。

 今回逮捕の容疑政治資金規正法に違反していると言うことであり、政治家個人の資金管理団体(陸山会)への企業献金が禁止されているのにかかわらず、それを受入れ収支報告書に記載したからだと言う。

 実際は西松建設OBが設立した2つの政治団体からの献金であったのだが、この団体への資金提供が実質的に西松建設から出ていた。
だからこれは企業献金であり、第一秘書の大久保氏はそれを知悉していて個人献金として受けいれたと言う容疑だ(虚偽の記載容疑と言う)。

 実は実際の政治資金規正法完全なザル法で、確かに企業献金は政治家個人には禁止されているが、一方政党支部への企業献金が認められている。

 だから政治家(実際は秘書)は献金を受けた場合は、個人の場合は個人の資金管理団体(陸山会)で受け入れ企業献金の場合は(岩手県の)政党支部で受け容れる事務処理をしている。
秘書から見ると単なる事務処理の問題に過ぎず、今まではそれでまったく問題がなかった。

 もっとも法律制定の主旨は特定の企業と特定の政治家との結び付けを断ち切るのが目的だったが、実際は抜け道がありこのようにして企業と政治家の関係は続いている。

 そしてこれは小沢氏だけでなくほぼ全ての企業献金のある自民党、民主党の代議士が採用している方法といえる。
だから小沢氏ならずとも「なぜだ。みんな同じじゃないか」と思うわけだ。

 今回の検察の説明第一秘書の大久保氏が西松建設からの献金だと認識しながら、個人献金だと虚偽の記載をした」と言うのなら、同じ政治団体から献金を受けている、自民党の尾身幸次氏森嘉朗元首相の場合は「西松建設からの献金」だとの認識がなかったのかという問題が残る。

 小沢氏(実際は秘書)だけが西松建設の献金だと知っていて、尾身氏森氏は知らなかったと言うのだろうか。

 これに対する検察の説明は「小沢氏への献金の額が突出していたから」だと言うが、これはおかしい。
なぜなら法的には額の問題ではなく「企業献金との認識があったかなかったか」だけが問題になるはずだ。

 00年から06年までの間に、小沢氏に9千万円、自民党の尾身氏に1千2百万円森氏には5百万円の献金があり、また二階俊博経済産業相約800万のパーティー券を購入したこと分かっている。はたしてこの金額のどこで逮捕者と非逮捕者が別れるのだろうか。
まったくの検察のさじ加減だと言うのは理解できない。

 当初私は検察がよく行なう別件逮捕かと思った。単なる書き間違いでは微罪でわざわざ逮捕するような事件ではない。本当の目的は贈収賄事件を立件しようとして、大久保氏を別件逮捕したのかと思ったのである。

 しかしこれはありそうもない。小沢氏はかつては自民党道路族のドンだったが、今はそのような立場にない。岩手県内ならともかく東北全体について影響力を行使することはできそうもない。
西松建設としたら二階俊博氏のような、現役の自民党道路族経済産業相に働きかける方がはるかに効果的なはずだ。

 はっきり言って今回の逮捕劇は自民党と検察がタッグを組んでネガティブ・キャンペーンを実施したとしか思われない。どうやっても犯罪を立件するのは不可能と思われるが(虚偽の記載と言うなら尾身氏や森氏や二階氏の秘書も逮捕しなければ筋が通らない)、それまでの間民主党小沢代表の評判を落とすことができる。

 自民党としては小沢氏が評判を落としている間に選挙を行ない、選挙が終わったら証拠不十分で大久保氏を釈放すると言う筋書きが見え見えだ。

 日本においては従来アメリカで常識として行なわれているネガティブ・キャンペーンは品がないとして嫌われてきた。

 しかし今回の逮捕劇はアメリカ仕込の選挙戦術で、選挙もグローバル化が進んだとの印象を深くした。
自民党にとってはこうでもしないととても選挙に勝てないからだが、やはり品のなさは否めないと私は思う。

 

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(21.3.4)金融恐慌の第2段階 AIG炎上

Images1  ついに金融恐慌の第2段階が始まった。AIGが炎上し始めたからだ。
AIGアメリカン・インターナショナル・グループ)については、一般の人にはなぜこの会社が問題なのか分からない。

 そもそもAIG生命保険事業損害保険事業のような硬い商売をしており、日本人にとって生命保険会社アリコはがん保険などでとてもなじみのある会社だ。

 しかし、このAIGに対しアメリカ政府はすでに3回に渡って約1500億ドル(約15兆円)の資金援助をしてきており、さらに今回300億ドル追加資本の投入をするという。
合計で1800億ドル相当だが、これはシティグループ450億ドルバンカメ450億ドルGM134億ドルを足したものより大きい。

 AIG08年10月~12月期の決算で617億ドル(6兆円)の赤字を計上し、08年全体では993億ドル約10兆円)の史上最大の赤字になったからであるが、赤字幅は期を追うごとに拡大してきており、一体どこまで拡大するかわからない状況になっている。

 あわててアメリカ政府はAIGに対し300億ドルの資本注入をしたのだが市場はまったく評価せず、株価は世界各地でバブル崩壊後最安値の2番底をつけ始めた。
今日(3日)の東京市場ではトピックス25年ぶりの安値だと伝えている。
株価は底が抜けてこれからどこまで低下するかわからない
 
 市場が評価しなのは深い理由がある。
公的資金投入の理由をアメリカ政府の公式声明では「多くの個人の保険契約者に被害が及ぶのを防ぐためだ」と言っているが、これは嘘である。

 AIGの各部門のなかで、生命保険事業損害保険事業はいわば健全な収益の稼ぎ頭であり、まったく問題がない。
2007年のフォーブスの世界優良企業2000社の中で、世界第6位保険セクターで第1位だったのは紛れもない事実だ。

 そのAIGが急激に業績を悪化させた原因は、金融事業の失敗による。AIGも当初は通常の金融事業の範疇だったが、金融バブルの時期に信じられないような保証業務を引き受けるようになった。

 名前をCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)といい、投資家等が証券化商品を購入する時に、その上前をはねる事業である。
たとえばA金融機関が8%の証券化商品を販売しようとした時に、投資家がA金融機関の将来性に対し疑念を持ったとする。
そこで投資家はAIG4%CDS契約を結ぶ(投資家の取り分は4%になる)。

 この契約があればたとえA金融機関が倒産しても投資家はAIGが保証してくれているので、安心してこの証券化商品を購入できる。
AIGの保証があるのだから絶対安全確実だ
実際はA金融機関が証券化商品を販売する時に、CDS契約を込みで販売することが多い。『利回りは4%ですが、AIGの保証付です』)。

 確かに、全てが好調のときはAIGは濡れ手に粟(AIGは保証しているだけで儲かる)でがっぽり保証料で上前をはねることができたが、サブプライムローン問題が発生してから歯車が逆転し始めた。
金融機関や投資銀行やヘッジフファンド等が倒産するたびに、AIGは保証実行をしなければならなくなったからだ。

 特にリーマン・ブラザーズの倒産以降は最悪で、AIGが引き受けた総額40兆円CDSの一体どこまで保証義務が発生するのかわからなくなってきた。
それ以外にも自らが組成した証券化商品の焦げ付きも著しい。

 当初アメリカ政府はリーマン・ブラザーズと同様にAIGを倒産させるつもりだったが、約40兆円のCDSの存在を知って愕然としたという。
AIGが実質的に最後のアンカーになっており、もしAIGを倒産させれば40兆円の面倒は、必然的にアメリカ政府が見なければならなくなる。
まずい、AIGを潰すと金融パニックになる

 現在、アメリカ政府はCDS問題が表面化しないように懸命にAIGを支えているが、CDSは世界で6000兆円規模であると言う。これは世界の1年分のGDPに匹敵し、もし本当にパニックになれば世界の1年間の働きが無一文になるに等しい(CDSをどの金融機関がどの程度持っているか正確にはわからない。保証業務は簿外だからだ)。

 CDSはまさに経済における核弾頭のようなもので、これが破裂したら世界経済は火の海だ。だからアメリカ政府はなんとしてもAIGを支え続けなければならない。

 しかしAIGの救済劇を見ていると底なしの救済劇で、不動産価格が底を打ち、実態経済がたち直らない限りCDS核弾頭は必ず炸裂すると予測した方がよい。

 

 

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(21.3.3) 「かつうらビッグひな祭り」に行って来た

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 長い間行って見たかった「かつうらビッグひな祭り」に行って来た。この時期になるとこのひな祭りの模様は地方版テレビのビッグニュースの一つで、特に遠見岬神社(とみさきじんじゃ)の石段に飾られた雛人形は圧巻だ。

 このひな祭りが開催された由来は、説明によると「徳島県勝浦町で開催されていた『ビッグひな祭り』を東と西の勝浦で同時に開催しようとしたのが始まりで、当初は徳島県勝浦町から約7000体の雛人形を里子として譲り受けて開催した」のだという。

 今では約20000体の雛人形が飾られるほど盛況になっており、「雛人形の保管に苦労している」とガイドの説明者が言っていた。

 私は行くまでは遠見岬神社しかしらなかったが、行ってみると会場は数箇所有って、特に市民会館がメイン会場になっていた。
このメイン会場のウリは約10000体の雛人形が飾られていることと、ステージに「日本最大の享保雛」が飾られていることだった。

 さすがに10000体もあると会場を埋め尽くすような迫力があり、思わず目を見張ってしまった。また享保雛は人間の身長の3分の2程度大きさで、「これが雛人形か、どこに飾るのだろう」とこれもうなってしまう。

 遠見岬神社市民会館の近くにあるが、途中に勝浦漁港があったので中をのぞいて見た。この漁港をスタート・ゴールとするマラソン大会があったのだが、かつて私も一度出場した経験があるので非常に懐かしかった(今は市役所前をスタート・ゴールにしている)。
そうか、若かった頃ここを走ったな」なんて気持ちだ。

 遠見岬神社では60段の石段に1200体の雛人形が飾られていたが、近くに近づくことができなかった。遠くから見ただけなので当初期待していたような迫力は残念ながらなかった。
かえって接近して見ることのできた市民会館の雛人形の方がはるかに迫力がある。

 またこの街では街をあげてこのひな祭りを盛り上げようとしており、途中の民家や商店の軒先にも所狭しと雛人形が飾られている。
街行く観光客が多かったが、月曜日だった関係からか年配の女性や老夫婦がほとんどだった。
地元の人が「勝浦にこんなに多くの人が集まるのはこの雛人形の時期と、マラソン大会ぐらいだろう」と言っていた。

 せっかく来たのだからと、近くの景勝の地とパンフレットに書いてあった、八幡神社勝浦灯台まで足を伸ばしてみた。八幡岬公園には「お万の方」の像が立っていたが、この女性は徳川家康の側室になり、後に水戸家紀州家の家督を継ぐ子供を生んだ母親だそうだ。

 勝浦灯台には遊歩道が整備されており、とても良いハイキングコースになっていた。この灯台から見る太平洋は圧巻で、しばらく海を見とれていた。

 雛人形等の写真を掲載します。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/2132?authkey=Gv1sRgCP34zu3O3_mUXQ#

 

 

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(21.3.2) 四季の道駅伝の反省会が行なわれた

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(ちびっ子選手達)

 四季の道駅伝が終わってから約半月がたった。今日(1日)はその反省会(第9回実行委員会)が行なわれ、来年につなげるための情報交換が行なわれた。

 今回の駅伝は天候にも恵まれ、欠席者もほとんどなく、事故も発生しなかったので主催者側としては実にほっとした思いと、成功したのだという満足感が漂っていた。

これならば来年はより拡大した形式で駅伝大会を開催できる」自信のようなものがうかがえる。

 しかしよりよい大会にするためのいくつかの問題点が浮き彫りになったのも事実だ。 特にこの駅伝は四季の道6kmを使用して行なうため、大会会場(泉谷小学校)から中継地点までの誘導については、遠いところは1kmを越える等の検討課題がある。

 また遠いだけでなく、荷物がスタート地点に置いてあるためそこまで選手が戻らなければいけないといった問題があり、それをどのようにクリアーするかだ。

 今回は天候に恵まれていたから問題なかったが、雨模様の場合はすぐに衣類を着なければならないので、スタート地点まで衣類を取りに行くのはかなり問題がありそうだ。

 私が担当したコース管理・整理係の問題点も浮き彫りになった。
スタート時に自転車や人を遮断する必要があるのだが、うまく機能していなかったのと(コースに自転車が入ってきたため、他の担当者が大声で叫んでどいてもらった)、コース管理者は道の真ん中(レースは左側通行)に立ってもらう予定が、そうでなかった場合が散見された。

 また金澤小学校前が3年生のゴール地点だったが、ここが非常に混雑して一般の人が通るのに難渋していたようだ(駅に急いでいた人とバッティングした)。この地点の交通整理を強化する必要がありそうだ。

 コーンの借入やコースにガムテープを使用して矢印等を張っていく作業はかなりうまくいったと思う。学校が協力してくれたのと、交通整理の担当者やランナー仲間の協力の賜物だと思っている。

 反省会の最後に実行委員長の緒方さんに花束の贈呈を行なった。緒方さんは実行委員長として心を砕いてくれたのだから、お礼の印だ。

 今回は初めての経験だったが、一度経験しているのとそうでないのとは雲泥の差が有るから、来年はもっと効率的にかつ適切に駅伝の運営できそうだ。

 何はともあれこのおゆみ野の地でこのような子供と大人を巻き込んだ盛大なイベントが開催でき、地区の名物行事になりそうなことを喜ぼう。

「おゆみ野四季の道駅伝」の公式ブログに反省会の詳細内容が記載されています
http://yamazakijirou1.cocolog-nifty.com/ekidenn/2009/03/2131-9-fd30.html

 

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(21.3.1) JunJun姉さんのボランティア

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 (秋の道公園全景

JunJun姉さんがすっかりボランティアに目覚めてしまった。JunJun姉さんは非常に心が広い人で、我が家が食事にも事欠いていた時に、手作りのアンパンと届けてくれた人である。

 最近JunJun姉さんは千葉市が主催した「ボランティア養成講座」に出ていたが、それは自らの生き方を模索していたのだ。
そしてついに1月20日のオバマ大統領の就任演説を聴いて、自らの生き方を決めたようだ。
JunJun姉さんオバマ大統領のファンである。

いま我々に求められているのは、新しい責任の時代に入ることだ。米国民一人ひとりが自分自身と自国、世界に義務を負うことを認識し、その義務をいやいや引き受けるのではなく喜んで機会をとらえることだ。困難な任務に我々のすべてを与えることこそ、心を満たし、我々の個性を示すのだ

そうだ」とJunJun姉さんは叫んだ。
自分のことだけ考えて生きるのはもういやだ

 そしておゆみ野クリーンクラブのメンバーにもなり、近くの秋の道公園の管理を積極的にすることにした。
実はこのケーズ電気の近くにある秋の道公園はかなり問題含みの公園なのだ。

 昼間はとてもすてきな公園なのだが、夜になると様変わりする。近くの中学生や高校生の集団がこの公園のあずまやに集まり、宴会や周りの植栽を引き抜いてはあずまやの屋根に放り投げたりして遊ぶ。
そうした後は大変で、周りは紙くずや食べ残しのカスや、自転車やバイクを改造した後の不要なゴミが目一杯散らばっている。

 また夜中で寒いためかあずまやでダンボールを持ち込んで焚き火をするので、燃えカスがいたるところに散らばっている。ベンチの上で焚き火をすることもあり、焼け焦げたベンチ跡がいたるところに残っている。よく火事にならないものだと思うほどだ。

 だからこの公園の清掃は大変なのだが、すっかりボランティア精神に目覚めたJunJun姉さんはおお張り切りだ。

 またこの公園の斜面では子供達がダンボールを使用して草そりをするのだが、このダンボールの後片付けも悩みの種だ。
何とかするわよJunJun姉さんは心も身体もおおらかだ。

 公園のトイレも悪がきたちの破壊のターゲットになっており、車椅子で入れるトイレのドアーがかなり以前から破壊されていたり、中が汚いことが多い。
JunJun姉さんは言っている。
小さいゴミを拾うのは、家の周りを掃除する感覚と同じで、全く嫌ではないのですが、段ボールは不思議と良い気がしません・・
トイレのタバコの灰やら便器の汚れもきれいにしました。コレもきもちよかったです!」

私も清掃活動をしながら気持ちがナーバスになるときがあるから、ダンボールでうんうんざりするのはもっともだ。

 しかしJunJun姉さんが腕まくりしてくれたので、秋の道公園は何とかなりそうだ。
たとえこの身がやせ細ろうとも頑張るのよ

 こうしてクリーンクラブのメンバーが一人一人立ち上がってはこの街の環境を守ろうとしている。

 秋の道公園の写真を掲載します。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/21228?authkey=Gv1sRgCIDn9KGPzZHnXA#

 

 

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