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(21.3.30) 近代経済学とは何だったのだろうか 誰のための学問か?

41tmc1zyzwl_sl500_aa240_1  昨日から中谷巌氏の「資本主義はなぜ自壊したのか」という書物を読んでいる。この第1章は「なぜ私は『転向』したのか」という副題になっているが、中身は中谷氏のハーバード大学大学院経済課程からの思想の遍歴を述べたものである。

 私はこの章を読みながら非常に不思議なノスタルジアを感じた。一言で言って私がかつて経済学を学んでいた時に感じた「一種独特の何ともいえない異様な感じ」について中谷氏が触れていたからである。

 それは中谷氏が帰国し日本の大学生を教えるようになった時、「日本の大学生が、ハーバードで叩き込まれた近代経済学のマーケットメカニズムのすばらしさをなぜか素直に信じることがなかった」と述べているくだりである。
私は中谷氏の講義を聞いたことはないが、確かに素直に信じることがなかった」学生の一人だった。

 中谷氏は私より4才ほど年長であるが、時代背景はほとんど同じと言ってよい。中谷氏が日産自動車を実質的に退社してハーバードの大学院に入学した頃、私は大学生だった。

 当時私の大学は大学紛争の只中にあり、ほぼ1年に渡って学校が閉鎖されていた。ただし、校舎には自由に入れたのでその校舎の一室で友人のY君と二人で、毎日サミュエルソンの経済学上・下の勉強会をしていた。

 サミュエルソンの経済学は当時の大学生の標準的教科書と言われ、とても分厚い内容だったが説明が懇切丁寧で日本のどの経済学者の教科書より分かりやすかった(アメリカの教科書の分かりよさには定評がある)。

 私とY君大学紛争に否定的な気持ちを持っており、一方大学紛争の闘士は勉強をする人間を「学者バカ」といって軽蔑していたが、二人は誰もいない教室で毎日この分厚い教科書と格闘していた。
ちょうど中谷氏がハーバードで毎日1000ページの本を読破していた頃である。

 私は当時は理解していなかったが、サミュエルソンの経済学は「新古典派総合」と言われており、「マーケット・メカニズムを重視する『マネタリスト』という立場と、政府介入を許す『ケインズ経済学』の組み合わせによって、資本主義経済は安定的発展をとげる」という立場だったと言う。

 ただし当時はマネタリストと言う言葉はなく(有ったのかもしれないが私は聞いたことがなかった)、ミクロ経済学とマクロ経済学と言っていた。

 中谷氏と私は場所とレベル差を無視すれば、同じようにこの新古典派総合の経済学を学び、同じように「アメリカ経済学の素晴らしいロジックの体系とその緻密さ」に圧倒されていたのである。
こんな素晴らしい学問体系が有っていいのだろうか」と言った感じだった。

 しかしこの近代経済学といわれたその基礎は私を含めた日本の学生にとってはとても受け入れられないような前提に立っていた。
曰く「人間は経済人であり、自己の利益を極大化すべく合理的に行動する」と言うのだ。それがアダム・スミス以来の近代経済学の大前提になっていた。

 本当だろうか。人間はただ経済行為だけで判断し、しかも利益ばかりを追求しているのだろうか。
日本ではこのような人は金の亡者と言われて最も忌み嫌われる存在で、そのような人間にならないことを美徳とされているではないか。
実際私の周りには近代経済学が前提とする経済人などは見たこともなかった

 信じがたい前提条件であったが、一方その前提条件を全面的に受け容れれば経済のあらゆる事象が合理的に説明できるのだ。
私が感じた「一種独特の何ともいえない異様な感」とはこのことを言う。
「ありえない前提の下にありうる実態を説明しきるとはなんと学問とは不思議なものだ
」これが日本の大学生一般が感じた経済学に対する感想であり、中谷氏の言う「マーケットメカニズムを素直に受け容れない日本の大学生の物分りの悪さ」の内容だった。

 しかし若干逡巡したあと、私はこの不思議な前提条件を受け容れることにした。
これはきっと数学で言う公理のようなもので、それを受け容れないと経済学は成り立たないのだろう
 こうして私はこの不思議な前提条件を受け入れたことで、アメリカ経済学に心酔することができた。

 しかし今にして思えば、こうした前提は日本や多くの国では絶対に成立しないのだが、アメリカのウォール街の投資銀行や商業銀行の金融資本のプレイヤー達には間違いなく存在していた前提条件だった。
金融恐慌の後判明した公的資金までもボーナスとして山分けするアメリカの投資銀行の戦士達の強欲さは、確かに利益を極大化することだけで生きている経済人であることが分かる。

そうかアメリカの経済学と言うものは、アメリカの金融資本のあこぎな金儲けのためのイチジクの葉だったのか
深い感銘を受けた。

 私自身は学者の道を歩んだわけでなく、その後は一介の金融機関の職員で一生を過ごしたのだが、あれから40年の月日を経て再び経済学をながめている。

 そしてアメリカ経済学というものの実態を知った驚きは、間違いなく中谷氏の「深き懺悔」と共有していると言える。

経済学とはなんと利己的な学問なのだろうか!!!!」

 

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コメント

次郎さんも近経理論に違和感を覚えたことがある一人だったのですね?。中谷巌は、ダイヤモンド今週号で、「かってマーケット・メカニズムのすばらしさ教え込もうとしたことがあるが、近代経済学に何らかの「うさんくささ」を感じていた学生たちの腑にはなかなか落ちなかつたことがある。読者の多くは、この書により「腑に落ちた」と納得してくれたようだ。」とあります。
マル経全盛の頃は、近経をやっていると肩身の狭い思いをしたことでしょう!。ポール・サムエルソンの「経済学」は、まだ翻訳がなく原書講読の授業。ついマル経用語で訳しては直されたものです。ケインズの「雇用・利子及び貨幣の一般理論」に比べると格段にやさしいと評判でした。都留重人訳が出版されたのは卒業後でした。さてこのサムエルソンですが、まだ存命中ですよ。東洋経済今週号で、米経済危機の対処方法の問いに「大規模な財政出動が有効、金融工学の魔性により透明性に欠けるが?。GNPの30%減のリスクは覚悟。」 また、オバマ政権のローレンス・サマーズは甥だそうです。
夕食の支度をしていたら臨時ニュース。小泉・竹中ブレーンの高橋洋一が窃盗容疑で書類送検だと。大蔵省で金融工学の専門家だったし、構造改革派としても郵政民営化に功あった人ですよ。最近では、「政府紙幣の大量発行」の提言もしている。植草一秀も躓いたことがあるし、経済エコノミストの品格喪失だ!!。あのBNPバリパが東大へ金融工学講座を寄付するらしい。これもダメだよね!。

投稿: G爺 | 2009年3月30日 (月) 23時52分

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