(21.3.25) 西洋の没落 EUは立ち直れるか
シュペングラーが「西洋の没落」を書いたのは第一次世界大戦の直後だったが、それからほぼ1世紀の時を隔てて再び西洋の没落が始まった。
二つの世界大戦で完全に疲弊した西洋はEUとして再結集し、加盟国27カ国、人口約5億、GDP約15兆ドルとアメリカをはるかに凌駕する「ヨーロッパ合州国」ができあがった。チャーチルの夢が実現したわけである。
これにより「EUはアメリカを凌ぐ大国として21世紀のモデル」と思われていたが、金融恐慌の荒波に耐えられず、アメリカより早く再び没落し始めている。
リーマン・ブラザーズの倒産でアメリカ経済が金融恐慌に陥ったとき、私は日本とEUの時代が来たと思い、当然円とユーロは米ドルに対し円高、ユーロ高になると予想したが、ユーロ高は完全に外れてしまった。
予想に反して、EUの金融機関のバランスシートはアメリカのそれよりもはるかに悪く、ヨーロッパの金融機関のほうがアメリカより早く公的資金の導入を必要としたからだ。
実はサブプライムローン問題はアメリカの問題以上に、ヨーロッパの問題でも有った。
アメリカの投資銀行がサブプライムローンをたっぷり含んだ金融派生商品を販売したが、その主な販売先がイギリス、スイス、アイスランド、オランダ、フランス、ドイツといった、ヨーロッパの主要な金融機関だったからだ(日本でも農林中央金庫やみずほ銀行が大量の金融派生商品を購入をしている)。
ヨーロッパの金融機関はイギリスを除いて自ら金融派生商品を大量に販売することはしなかったが、もっぱらその購入者となっていたため、大パニックに陥ってしまった。
08年10月にイギリスが3行に370億ポンド(約5兆円)の公的資金を導入し、スイスがUSBに最大5兆円の不良資産を引き取ることを公言し、オランダがINGに対し1兆4千億円の公的資金を導入した。
フランスもドイツも右にならえとなり、サブプライム問題がヨーロッパの問題であることが明らかになった。
最も当初は「日本の失われた10年を反面教師にした」とイギリスの金融当局はうそぶいていたが、実際はアメリカの金融機関が保有するサブプライム関連の不良資産より4~5倍の不良資産をヨーロッパが保有していたからだ(当初は事の本質が分からず、ヨーロッパの対応の早さに称賛の声があがっていた)。
ヨーロッパの銀行のバランスシートが大幅に棄損した結果、それまでアメリカ以上に不動産融資にのめりこんでいたイギリスやスペイン、アイルランドの金融機関が一斉に不動産融資を引き上げ始めた。
いわゆる貸し渋りと貸しはがしが始り、不動産関連の企業の倒産が始まった。
この時までヨーロッパはアメリカ以上の不動産ブームでここ10年でほぼ3倍の値上がりをしていたが、これはアメリカのほぼ2倍より大きい。
不動産価格が急激に下がり始めて、日本のバブル期と同様に金融機関の不良債権がさらに膨らんでしまった。
「まずい、もっと資金を引き上げなければBIS規制に引っかかる」
続いてそれまでおおらかに東欧諸国に融資していた資金が一斉に引き上げられた。東欧はEU先進国にとって中国と同じように高度成長の新興国とみなされていたが、ハンガリー、ルーマニア、バルト3国といった国々が資金流失によって国家破産し始めた(ここにはヨーロッパとアメリカの金融機関が大量の短期融資をしていた)。
財政収支が赤字で、巨額の対外債務残高を持つ国はこの資金流失に耐えられれない。
こうした金融危機が東欧諸国の消費を一気に冷え込ませ、実体経済に悪影響が現れ始めた。ドイツは主要市場の東欧諸国に対する輸出が激減し、日本と同様GDPが大幅に落ち込んでしまったからだ(GDPの落ち込みの激しい国は韓国、日本、ドイツの輸出立国といわれている3国)。
相対的にまともなのはフランスだけだが、ここは社会主義の強い伝統が残っており、国内では労働者が300万人規模で、首切り反対ストを打ち労働争議が燃えあがっている。
この状況悪化は私の想像をはるかに越えてしまった。それまでユーロはドルに代わる基軸通貨になりそうだったし、ユーロ圏のGDPの成長は目を見張るものがあった。
「EUはアメリカなしでもやっていける」と、つい最近までサルコジがヨーロッパの大統領を自認していたのが懐かしい。
09年度のGDP成長率はIMFはユーロ圏▲3.2%と予想しているが、これはアメリカの▲2.6%より大きい(日本は▲5.8%)。
ユーロ圏の成長に急ストップがかかり、アメリカより重症なのは、これが複合不況だからだ。
① サブプライムローンの主要な購入先であり、② 不動産融資にのめり込み、③ 東欧諸国のデフォルトに対応せざる得ず、④ 急激な輸出の減少に悩まされている。
日本の場合も決して自慢できる状態ではないが、上記の④が主症状であり、他は相対的に軽い症状だ。
さて西欧はこの危機から立ち直ることができるだろうか。私の予想はかなり悲観的だ。
① イギリスやアイスランドやスイスといった金融資本主義は未来はない。
② イギリスやスペインやアイルランドの住宅バブルも日本の失われた10年を見ればその後の推移が予想できる。
③ ハンガリーやポーランドのような東欧諸国は荷物になるだけで、EUの拡大もこのあたりが限界。
④ ドイツの輸出は相手の経済が立ち直らないと望み薄。
一方国内消費を拡大するための財政出動にEUは消極的だ。財政赤字をGDPの3%以下に治めるという規定があるからだが、EUはアメリカや日本と異なり財政規律を守ろうとする傾向が強い。
しかし不況時の財政規律では、国内消費の拡大は無理だろう。
その結果西欧は再び長く厳しい冬の時代に入り、第2回目の西洋の没落が始まり、シュペングラーの時代になると私は思っている。
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