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(21.3.10) 岩波新書について

S11401  最近特異な経験をした。岩波新書が見つからないのだ。正確に言うと近所の本屋で岩波新書を置いてある本屋が非常に少ないのと、たとえ置いてあっても他の新書に比較して極端に置いてある本の数が少ない。

 実は私は河村義人さんが主催している読書会に参加しているのだが、今回の課題図書岩波新書の「戦争絶滅へ、人間復活へ」という題名で、「むのたけじ」さんのインタビューをルポライターの黒岩比佐子さんが書き下ろした新書本だった。

 第1刷が08年7月だから最近出版された本なのだが、なかなか見つけることができない。仕方なしに読書会のメンバーですでにこの本を入手していたTさんから借りて読むことにした。

 Tさんは常時東京に出ているので、おそらく丸善紀伊国屋のような大きな本屋で入手したのだと思うが、私のようにおゆみ野周辺をテリトリーにしているものにとって岩波新書を入手するのが極端に困難になっている。

 私自身の目の前にある新書を見ても、文春新書、生活人新書、PHP新書、宝島社新書、カッパブックス、中公新書と実に色取り取りで、岩波新書はその中の一つにすぎないことが分かる。

 しかし私が学生時代を過ごした60年代後半は新書といえば岩波新書中公新書しかなかった(他にあったのかもしれないが記憶にない)。
その中で岩波新書は特別な位置を占めており、どの本屋に行っても岩波新書が置いてないような本屋はなかった。

 地方の片田舎と言えるような本屋でも岩波新書は必ず置いてあり、そうした本屋の新書は薄汚れて黄ばんでいた。
理由は「波書店の本は返本がきかず、一方岩波新書が置いてない本屋は本屋とはいえない」と当時は思われていたからだと言う(これはたまたま本屋さんに聞いたらそう言われた)。

 しかし現在では岩波書店の本を見つけるのがとても難しくなってしまった。かつては岩波の本に対する評価は「良心的」「革新的」「進歩的」等非常に好意的評価が多かったが、最近は「時代に取り残されている」という評価が多い。
そのためか読む人が極端に減り、また競合する新書との競争に負けているらしい。

 私自身の個人的経験でも、社会科学系の本で、いわゆる唯物史観唯物弁証法マルクス経済学関連の本はまったく購入しなくなった。
特に1990年前後の社会主義国の崩壊以降は、書かれている内容と実態が極端に乖離してしまい、読んでも何の役にもたたなくなったことがその理由だ。
この本に書かれている社会は一体どこに有るのだろうか

 なかでも岩波書店(岩波新書)はそうした社会科学系の本の宝庫だったから、必然的に読者が離れていったのだと思う。
私のようにかつてはそうした岩波新書をむさぼるように読み、そして社会主義国の崩壊でそれが壮大な虚構であったことを知った人間にとっては、「岩波にだまされた」という気持ちが特に強い。

 実際は岩波新書も左翼系の本だけでなくバラエティーに富んでいるのだが、記憶に残っているのは日本の歴史 上・中・下」井上清氏や「昭和史」遠山茂樹氏他、「社会科学の方法」大塚久雄氏、「資本論の世界」内田義彦氏等であり、当時の左派陣営の論客の本ばかりだ。

 今回読む「むのたけじ」氏の本のキャッチフレーズは「戦争の世紀を生きて希望はいまどこに? 従軍記者体験、社会主義観、憲法9条、新しい日本人」と書いてある。

 一度岩波書店(岩波新書)にだまされた人間は疑い深い。
やはり岩波の体質は変らないな。まただまされるのはいやだな」という気持ちでこの読書会のテーマ本を読んでいる。

 

 

 

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