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(21.2.15) 投資銀行メリルリンチの強欲と大草原の小さな家 

Images1  メリルリンチ総額36億ドル(約3240億円)の闇ボーナス支給にアメリカ中が怒っている。

 ニューヨーク州のクオモ司法長官が米議会下院金融委員会への報告として明らかにしたことによると、メリルリンチがバンカメに救済合併された1月1日以前の昨年12月に、急遽総額36億ドルのボーナスを秘密裏に支払ったと言う。

 幹部には100万ドル(9千万円)、最高幹部には3000万ドル(2億7千万円)のボーナスと言うから半端ではない。
実はこのボーナス支給には多くの問題点がある。

 第一はメリルリンチが公的資金100億ドルを投入して政府が救済している先であること。従ってボーナスの36億ドルは公的資金100億ドルの一部が支払われたのと同じだということ

 第二は、本来のボーナス支払い時期は通常決算が確定した後の1月に支払っていたのに、12月に繰り上げて支払いをしたこと。しかもその時点で第4四半期決算(08年10月から12月)が▲153億ドルの赤字と推定されていたこと赤字だとボーナスは当然支払われない)。

 これはどう見てもバンカメに吸収合併される前に、社員全員でメリルリンチの資産を食い逃げしたもので、イメージで言えば落城前に城の有り金を持って兵士が逃げていってしまったようなものだ。

 これにはオバマ大統領ならずとも頭にくるだろう。
ウォール街の重役が、公的資金での救済を経ながらこうした高額のボーナスを受け取っていることに対して「恥ずべき行為で、かつ無責任」だと非難した。

 実は今までアメリカ国民やさらに言えば世界中の人々がメリルリンチのような投資銀行に一目も二目も置いていたのだ。
アメリカの優秀な学生は競って投資銀行に職を求め、数年で数億の年収を得ていた。

 最高級の住宅に住み、最高級の自動車を乗り回し、最高級のレストランで1本数百万円のワインを飲み、それでも金が余ってしまっていたのが、彼ら投資銀行の職員だったのだ。

しかし、それは当然だ。彼らは優秀で素晴らしい金融商品を世界中に売って、アメリカに富をもたらしえくれる」一般の人たちは尊敬と少しばかりの嫉妬を交えて彼らを認めていた。

 だが、しかし今回のメリルリンチを見て、投資銀行というものは事業に失敗すると、あとは平気で国民の財産を持ち逃げする最下層の人間だと言うことが知られてしまった。
あいつらは強盗と同じじゃないか。ろくでもないものを世界中に売りまくり挙句の果ては国有財産の横領か」。

 今アメリカ人は心の深いところで傷ついてしまった。それまで最も尊敬に値し、アメリカそのものと思っていた投資銀行がこそ泥だとしたら自分達は一体何を信じたらいいんだ。

 この喪失感はかつて日本が太平洋戦争で敗れた時、それまで持っていた軍人に対する尊敬の念が一気に崩れたのと似ている。
何を信じて生きればいいんだ

 オバマ大統領は「チェンジ」といい「アメリカ国民が苦しくとも全員で努力すれば明日が開かれる」説く。
深い意味で今アメリカは心の敗戦処理をしている。
強欲であるのが善だ」というアメリカと言う国のありようが根底から崩れてしまった後は、一体どう生きたらよいのか分からない。

 思えばアメリカが単に「強欲だけの国」になったのはソビエトロシアが崩壊し、日本がバブルで大コケにこけた時からだ。
競争者がいなくなった1990年代から今までの20年間、アメリカはウォール街そのものになってしまった。

 ウォール街を離れれば「大草原の小さな家」のような、貧しくともまじめな生き方もアメリカにはあるのだが、それは「恥ずべき行為で、かつ無責任」と思われてしまった。
なぜ、ぼろもうけの機会があるのに、そうしないんだ。『清く貧しく美しく』だと。馬鹿か

 私は
子供の頃「大草原の小さな家」や「シェーン」や「ララミー牧場」のようなアメリカをアメリカだと思っていた。
だが、それはすでに忘れられたアメリカだ

 強欲だけだったアメリカがかつてのアメリカを
思い出せるかどうかは私には分からない。しかし「チェンジ」がそうであってほしいものだと思っている。

 

 

 

 

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評論 世界 アメリカ経済」カテゴリの記事

コメント

1月29日猛吹雪の中、中西部インディアナ州のシャッター牧場を訪ねました。父、母、息子2人がコーンと大豆を栽培し、肉牛も飼育する農家です。
強欲なアメリカを連想し難い、開拓者の雰囲気を感じる親子がいました。もちろん、ブッシュ政権の農業保護政策の恩恵をこの数年享受し潤っていたことも事実です。
移民や入国者への規制もさらに厳しくなりました。私は国家としてのアメリカの国際舞台での横暴ぶり、日本に対する過小評価を不快に感じています。
でも、彼らの祖先が故郷を追われたり、アメリカでの新しい生活を夢見たり、何らかの傷を追い、挫折を幾度か乗り越え大きな多民族国家を作った歴史、その中で培われたDNAはあると思うのです。
日本人である私には想像し切れないほど大きく、懐が深く、様々な人々が暮らしています。良識あるアメリカ人とのつながりを大切にしたいと願っています。
信頼される日本人になりたい。そのためには、学ぶべきことはまだまだたくさんあります。気負わず少しずつ歩きます。

(山崎)貴重なレポートをありがとうございました。

投稿: TADA | 2009年2月15日 (日) 17時14分

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