(21.1.30) 野村HDのリーマン・ブラザーズ買収は失敗だった
昨年9月にリーマン・ブラザーズが倒産した後、野村HDがすかさずそのアジア・パシフィック部門と欧州・中東部門の人員とIT設備を購入した。当時は「さむらいの逆襲」として世界を驚かせたものだ。
引継いだ人員はアジア・パシフィック部門から約3000人、欧州・中東部門から約2500人、それとIT設備の技術者のインド人約3000人の都合約8500人と言われていた。
この人たちに野村HDはリーマン・ブラザーズが支払っていた給与水準を保証して全員引継いだといわれている。
リーマン・ブラザーズの給与水準は投資銀行の中でも最も高かったと言われており、たとえばリーマン日本法人の社員の平均年収は約4000万円、一方買収した野村HDの平均年収は1170万円だった。
こうまでしてリーマンの職員を確保しようとしたのは、それまでリーマンが築いてきた地位が野村HDのそれよりはるかに上だったからである。
はっきり言えば野村HDは日本ではトップの投資銀行(証券会社)だが、海外ではまったくリーマンに歯が立たなかった。
たとえばM&A(企業の合併・買収)の実績ではリーマンは日本を除くアジア・パシフィック地域で08年度世界第9位、欧州地域でも7位だったが、野村HDはそのどちらでも50位以下だった。
買収に当たって野村HDは「ワールドクラスの競争力を備えた金融サービスグループの実現に向けた布石が打てた」と自己評価したが、今思えばそのときが野村HDの至福の時だった。その後は坂道を転げるように野村HDの業績が悪化したからだ。
理由はすでに投資銀行(野村HDもその一員)のビジネスモデルが崩壊し、それゆえにリーマン・ブラザーズも倒産したのだが、引継いだリーマンの人員はその崩壊したビジネスモデルの戦士達だったからである。
投資銀行は元々はM&Aや企業の資金調達の手伝いをしていたのだが、1980年代後半から上場をし、かつ金融機関から自己資金の30倍程度の融資を得て、金融商品を開発し販売するようになっていった。
いわゆるサブプライムローンをたっぷり含んだ金融商品、ディリバティブの販売である。
この商品が成立する前提条件は「不動産価格は必ず上昇する」ということだったが、07年度から予想に反して住宅価格が低下し始め、そのため投資銀行はこの商品がまったく売れなくなってしまった。
次々に金融商品が焦げ付き、商品価値がゼロになってしまったからだ。
そのため投資銀行は金融機関から大量に借り入れた借入金の返済ができず、資金繰りに行き詰った。
毒入り餃子を作って販売ができなくなった中国の天洋食品と同じである。
そして瞬時にリーマン・ブラザーズを含めアメリカの5大投資銀行が倒産するか買収されるか、普通銀行に転換するかして消滅してしまった。
この突然の消滅は恐竜の消滅と同じくらい劇的といえる。
この時すでに投資銀行モデルは世界では成り立たなくなっていたのだが、そのモデルを野村HDは購入したわけだ。
「まだまだいけそうだ」野村HDはそう判断した。
もちろん野村HDも十分注意して、人とシステムだけ購入し、トレーディング等に関連する資産と負債、および不動産の購入は除外した。
サブプライムローンをたっぷり含んだ資産など必要なかったからである。
しかし野村HDはやはり誤算したと言えよう。リーマンの職員の給与が高かったのはそのビジネスモデルが成立していたからで、すでに稼げる手段を失ったリーマンの戦士は、ただの高給取りの集団に過ぎない。
そのことが誰の目にもはっきりとしたのは08年10~12月の四半期決算が発表された09年1月27日で、この日野村HDは3429億円の赤字(08/4~12期では4923億円の赤字)であることを発表した。
この赤字はシティグループの7500億円の赤字よりは少ないが、バンカメの1600億円の赤字より大きく、国内の金融機関のうちでは飛びぬけて大きな数字だ。
しかも野村HDは4四半期連続の赤字で、シティグループの5四半期赤字とまるで競争しているみたいになってしまった。
「野村の経営はおかしいのではないか」市場は疑問を抱き始めた。
株価は11月6日の948円から下がり始め、1月22日には642円と約30%も低下してしまった。
格付会社は野村HDの格付けをいづれも1ランク下げ始めている。
08年10~12月の四半期決算を見ると、なぜ野村HDが赤字に苦しんでいるか分かる。
自己売買部門(これがいわゆるディリバテブ商品の売買)で1470億円の赤字、リーマンの買収で人件費を中心に603億円の費用を計上。
その他にアイスランドの銀行が発行した債券の損失431億円、元ナスダック会長にだまされた金額が323億円となっている。
本業では儲からず、詐欺に引っかかり、リーマンの人件費等は収益を生む前に四半期ベースで600億円必要というのが実情だ。
このままいくとリーマン関連の費用は年間2400億円(600×4)になるが、これは野村HDが当初用意した1000億円をはるかに越えている。
しかも野村HDは「この1000億円は2年間の人件費に相当する」と説明していた。
たしかにリーマン効果はまったくないわけではなく、たとえばエールフランスーKLMがイタリアのアリタリア航空の買収をしたときのアドバイザーになったりしている。しかしこれで得られる手数料は数十億円規模と想定されるので、とても2400億円の人件費等とはペイしない。
結局ディリバティブ商品を売りまくるという投資銀行のビジネスモデルが崩壊した今、M&Aでちまちま儲けても、とても一人当たり4000万の人件費は支払えない。
今後野村HDはどのような対応を取るだろうか。09年1月~3月も今期と同規模の赤字決算と想定されるので、年間8000億円程度の赤字になるだろう。株価はさらに低下し、格付けも低下して資金調達は極度に難しくなりそうだ。
アメリカの投資銀行と同様に政府の支援なくして生き残ることは難しそうだが、そうすれば年間2400億もかかるリーマンの人件費等の削減が焦眉の急になるだろう。
結局野村HDのリーマン買収劇は高い買い物をしただけに終わってしまいそうだ。
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コメント
おはようございます。
私もサラリーマンの身として、これは興味深く見つめておりました。
やはり失敗するだろうとは思っていましたが、それより、「自社で実績も
無い人達を数千万で雇う。」と聞かされた生え抜きの野村社員はどう
思ったのでしょうか?
現場の士気も相当落ちるのではないでしょうか。
(山崎)当初はリーマンの職員は自分達とは違うんだと思っていたはずです。しかし実態はリーマンの職員が優れていたわけでなく、それまでのビジネスモデルが優れていただけです。その事実が明らかになるにつれて「そんな高給をなぜ払わなければならないのだ」という気持ちに野村の生え抜きの職員はなるでしょう。
投稿: たか | 2009年1月30日 (金) 08時23分