(21.1.15) 国語は難しい
笑ってしまった。国語の難しさについてである。今日(14日)から小学生に国語と算数のボランティア授業をすることになったが、小学校1年生の国語のサポートだった。
この小学校では何らかの理由で授業について行けなくなった児童がいた場合、そうした児童をマンツーマンでボランティア教師が教えるシステムがある。
これが全国どこにでもあるシステムかどうか私は知らない。
たまたま今日教えた児童はひらがなや漢字の読み方がかなりおぼつかなく、ほとんどの漢字にはひらがながふってある。何か昔の私のようだ。
「ひらがなは君がふったのかい」
「うぅーん、おにいちゃん」
一緒に教科書を読んでみたが声が小さく蚊が鳴いているようだ。
「大きな声で読むんだよ」
「うん」
ひとしきり教科書を読んだ後、次にドリルを見てビックリした。
ドリルでは「おと( )さん」という質問があり、ここに文字を入れるのだが、私は「おとおさん」か「おとうさん」か分からなかった。
「うぅーん、どっちなんだろう」先生が悩んでしまった。
悩んでいたらその子はすらすらと「おとうさん」と記載したので、「そうか、『う』なんだな」なんて子供に教えてもらったが、正直言ってビックリした。
実は長い間私は「う」と「お」の発音が不明確で、どちらとも聞こえる発音をしてきた(どちらかといえばおに近い)。62年間それで不便を感じなかった。
たとえば「そおした」と「そうした」という言葉は、私にとっては同音同義語なのだ。
書き言葉にすると違うのだが、話し言葉では同じだったため、書く場合もどちらでもいいのだと思っていた。
私のブログではそのときの気持ちで両方が使用されている。
ところが先日読者の方から、「表記法が間違っている」と指摘されて始めて「そおした」でなく「そうした」が正しいと知った。
また同じく「おとおさん」でなくて「おとうさん」が正しいことになる。
「うぅーん、国語は難しい」唸ってしまった。
算数などはもともと表記法を定義してから始めるので、間違いようもないが、国語は話し言葉と書き言葉に相違があり、しばしば話し言葉で書き言葉を表記してしまう。
「現在の言文一致運動」のようなものだ。
私など典型的にそうなのだが、国語の教師をすることになったのだから、せめて正しい表記法を教えるのが勤めだろう。
信じられないことに私の方が子供達から教えられている。
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