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(20.12.22) おゆみ野の森の忘年会

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 今日(21日)はおゆみ野の森の今年最後の活動日だった。毎月第3日曜日に行なわれる。最近はこの定例日以外にも草刈日があり、大体月二回はこの森に集まるようになった。

 すっかりここに集まるメンバーとも顔見知りになり、最初はさっぱり分からなかった子供達も誰の子供か分かるようになった。
いつもの森のインストラクター斎藤さんが子供達を森の中にいざなっていく。
私たち大人はその間に、クリスマスツリーアーケードを竹で組み立てていく。

 ここ来ている人たちはクラフトの腕前があり、たちまちのうちにツリーやアーケードを作ってしまうので、私はただ感心してみているだけだ。
自分の出る幕ではないので、いつものように草刈を始めた。なぜか私は草を刈っているときが一番楽しいのだ。

 今日はこの後近くの会場で参加者が集まって忘年会をすることになった。幹事はいつもこの森に集まってくれるとても気持ちのいいお母さん方が引き受けてくれる。みんな自然大好き、お祭り大好きな陽気なお母さんだ。

 今日は朝、おゆみ野の森にルンルン気分で出かけたのだが、意外なことにインストラクターの斎藤さんがとても気落ちした様子をしている。
山崎さん、子供達が植えた椎や樫(かし)の幼木が、切り倒されている

 見に行くとこの春、子供達が植えてくれた幼木が半分以上抜かれたり切り倒されていた。
そばの休憩用テーブルの周りには缶コーヒーの缶が4個と、他に菓子類の袋、牛乳パック、および化粧用のクリームが一つ散乱していた。
またか」ここもおゆみ野界隈で頻発している破壊行為の犠牲になってしまった。

 この椎や樫の幼木には子供達の名札をつけ、将来はその子供が育てた木として成長を見守っていただけに痛々しい。
斎藤さんはひどいショックを受けてしばらく言葉もなかった。

 こうした行為を見た後、気を取り直すのには時間がかかるが、それでも忘年会が始まるととても楽しい気分になった。
ここには養老渓谷の棚田で土日に農作業をして美味しいお米を提供してくれるAさんや、酒が入るとことのほか口が悪くなるが、いつもは新鮮な農産物を提供してくれるNさん、それにランナー友達のOさんたちがいて、全く気が置けないのがいい。

 養老渓谷は日本で最後まで紅葉が見られる場所だそうで「山崎さん是非走ってきてください。温泉もありますよ」とAさんに誘われた。ここから40km程度の距離なのでこの冬休みに一度出かける気になった。

 今日は市議の福谷さんも来ていた。福谷さんもこのおゆみ野の森のメンバーなのだが、「いつもなかなか参加できなくて申し訳ありません」と言われていた。福谷さんは私のような暇人でないので、常時参加するのはとても無理だろう。

 私はここおゆみ野の森に集まる人たちが好きだ。とても純朴で自然を愛していることがよく分かる人が多い。来年もまた楽しく参加させてもらおう。

()なお、幼木(苗)が切断されとことに対し、斎藤さんと一緒に活動しているインストラクターの佐々木さんが感想文を書かれているので下記に掲載します

 苗が、切られてしまったのは残念でした…
切った人たちがどんな人たちか分からないですが、誰しも心に闇をかかえていると思うので、悔しいのですが、彼らを責めたり忌み嫌ったりしたらおもうツボのような気がしています。
 漫画で「家裁の人」というのがあります。
植物大好きな家庭裁判所判事が主人公です。
ちょうど、斉藤さんが判事なったと思えばちょうどぴったり(笑)
 彼がナイフを振りかざして花を切り刻んだ不良少年にこう言います。
君は、いまその花を殺したつもりかい? 
その花はとっくに何万何十万の種をまいて、君が切り刻んだくらいじゃ 死にはしない。何度でも芽を出して新しく生まれる。君は、その手でこの花ひとつ殺すことなんてできない
 なにか壊してしまう人の話を聞くと必ずこの話を思い出します。
また、植えましょう。何度でも何度でも。

(21.5.5)追加
幼木が切り倒されていた件については、Oさんから以下のような報国があり、一部はウサギの仕業ではないかと思われます。


 
新都市ライフ Oです。
5/2(土)のおゆみ野の森にて、管理活動をおこなう「草刈隊」の活動が行なわれました。
その際のうれしい誤解がありました。。

* うれしい誤解
昨年の冬、子どもたちが植えた苗木が、ナイフで切ったような切り口で切り刻まれているのが発見されました。
誰かわからぬが、悪い人間の仕業...とみなが思い込んでいました。
この件は山崎さんのブログにあるとおりです。

 ところが、今回の草刈隊実施の前にメンバーのKさんが、「野ウサギは苗木を捕食するとその歯の形状から、ナイフでスパッと切ったように見える...」という情報を得てきてくださいました。

(野ウサギの生態を図書館で調べていて、探し出したとのことです)
 さっそく他の文献等を検索したところ、徳島県や北海道の林業試験場などの報告からもそのような切り口が野うさぎ捕食の特徴であるとの情報を得られました。
 草刈隊の当日、現地を確認したところ、同様な切り口の根元にまさにウサギの糞が盛られている木々が発見され、「食べたらすぐ出す..」というウサギの習性からしても「まさに、犯人!」との結論に至りました。

人間を疑ったことをみなで反省しました。
また、子どもたちの苗木を切ったのは人間でなくて良かったと。








おゆみ野の森の写真です。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/201221?authkey=MzRm3qSwYgo#

 

 

 

 

 

 

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コメント

先日の落書きと同じように、"表向き"には自然災害みたいなもんだ、と構えるのがよさそうです。

それにしても、荒れる人たちの受け皿をどのようにしたもんでしょうかねえ。

(山崎)これといった妙案はないのですが、出来るところから対応しようと現在有志が集まって協議をしているところです。

投稿: 横田 | 2008年12月27日 (土) 12時22分

おゆみ野の森に子どもたちが植えた幼木が、心無い者たちの犠牲になった知らせに接し残念でなりません。「家栽の人」の一節、そのとおりです。
私も12月6日におゆみ野の森を育てる活動に初めて参加しました。浄化槽作り(穴掘り)に汗を流しました。苗木を植えましょう。何度でも、何度でも。
また、草刈りなどに参加します。森で遊ぶ子どもたちのキラキラした瞳のために。命ある物を傷付けたり、粗末にする者たちにも伝えたい。命は大切に育むものだ。

息子が負わされた怪我の治療は年を越すことになりました。事件から6ヶ月が過ぎても歯の治療は終わらない。但し、この治療が終わっても事件以前の歯に戻ることはない。息子は自分の意に反することでも、この事実と一生を伴にして行く。私は静かに見守ることしかできない。苗木を植えましょう。何度でも。

命を育てます。命を見つめます。その粛々とした営みを持って対峙する。命を傷付ける者たちに。何度でも、何度でも。

(山崎) 草刈に参加してくださってありがとうございました。幼木については心を痛めています。子供達がせっかく植えて、自分達の木として育てようとしていたので、かなりがっくりしました。
また来年植えなおすことにしたと思っています。

投稿: Aの父親 | 2008年12月23日 (火) 17時17分

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