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(20.12.16) イギリス経済がアメリカに似てきた

Images1  アメリカの金融恐慌やビッグスリーの救済問題に目が奪われていたら、イギリス経済が急速に悪化し、まるでアメリカの後を追うような状況になってしまった。

 元々イギリスには金融業北海の原油以外にはまともな産業はなかったが、1993年以降15年以上に渡って経済成長が続き、特に07年は3.3%とG7の中で最高の成長率を達成していた。

 成長の原動力は金融業である。金融工学を駆使した金融業の儲けは大きく、各国はきそってイギリスに投資したためGDPは毎年上昇し、その資金がイギリス国内に有りあまってしまった。

 この資金が不動産投資に向かったため2000年から2007年までに、住宅価格が約3倍の値上がりをした。その間のアメリカの住宅価格の値上がりは約2倍だから、住宅バブルはイギリスのほうがはるかに大きい。何か日本の土地バブルとそっくりだ。

 この住宅バブルがアメリカのサブプライムローン問題を追うようにはじけ始めたのが07年11月で、アメリカに遅れること約3ヶ月である。
住宅価格は08年10月までに、ピーク対比13%落ちたが、タイムズの最近の記事では09年までに約35%低下すると予想している。

 アメリカがすでに30%程度低下し、私の予想ではさらに09年度20%程度低下すると思われるので、イギリスはちょうど1年遅れでアメリカを追っていることになる

 またこのタイムズの記事では、09年度までに住宅を購入したことによる債務超過のイギリスの世帯は、約200万世帯になると予想されている。
これはアメリカの現在の債務超過1200万世帯とほぼ同じレベルになるイギリスの人口はアメリカの約5分の1だから、アメリカイメージに換算すると200万×5=1000万世帯となる)。
イギリスにとってアメリカは「明日はわが身」ということだ(イギリス人もアメリカ人と同様住宅の値上がり益で消費を拡大していた)。

 イギリス経済はなぜこんなにもアメリカ経済と似ているのだろうか。1980年代、疲弊したイギリスを再生したのは鉄の女と言われたマーガレット・サッチャー首相だったが、その最大の功績はビッグバンと称されたロンドンを世界の金融の中心地にしたことである。

 徹底した自由化政策によって、ロンドンは世界で最も金融業が活動し易い場所に生まれ変わった。そこではロイズバークレーズRBSといった金融機関が、今ではおなじみになったディリバティブと称される金融商品を次々に生みだし、高利回りの配当を約束したたため世界の資金が集まった。
ロンドンに投資すれば必ず儲かる」世界中の金持ちが色めきたった。

 ボンドは急激に上昇し、一時は250円(現在は約140円)までなったのだから、多くの日本人はイギリスへの旅行を躊躇したはずだ(日本もバブルの最中は世界で最も物価が高かった)。

 この成功を見たニューヨークの投資銀行が、イギリスの手法を真似て1990年代から世界を席巻するようになったが、元々はイギリスこそが投資銀行の元祖といえる。
アメリカはこのイギリス仕込の金融工学を発展させて、さらに舞い上がってしまっただけであり、それゆえバブル崩壊はアメリカから発生しただけだ。
イギリス人はアメリカ人ほどは舞い上がらなかったことが違うが、中身は全く同じといえる。

 今回の金融危機で、すでにイギリスでは6兆円規模の公的資金を主要銀行に投入しており、また3兆円規模の景気対策を打ち出している。
しかしこれはアメリカ発の金融恐慌対応であり、イギリスの不動産価格が暴落するのはこれからだ。

 イギリスの1年遅れの金融危機は今始まったばかりで、イギリスの不動産をしこたま含んだ金融商品が破裂するのは09年度であり危機はこれからが本番だといえる。

 

 

 

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