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(20.9.8) 四季の道のワンチャン その2

20717_007_2   私自身は犬を飼っていないが、私は無類の犬好きだ。四季の道で会うワンチャンに必ず声をかける事にしていたら、すっかり犬と友達になってしまった。
もちろん飼い主が連れているのだが、犬のほうがはっきり区別ができるので、飼い主は犬と一緒でないと分からない。

 道で「こんにちわ」なんて飼い主に挨拶されても、犬がいないと「あの人誰だっけ」なんて状態になってしまう。

 私の犬を飼った経験は小学生時代に遡る。今からおよそ50年も前の話だ。当時我が家にはハチと呼ばれる雑種と、秋田犬がいた。
雑種のハチは気の弱い優しい犬だったが、秋田犬はという名で実に獰猛な犬だった。

 おじいさんの言うことしか聞かず、私などは「絶対に近づくな」と親から言われており、手を出したらエサにされかねないような雰囲気だった。
当時の犬は番犬だったので、必ず外につながれており雑種のハチは夜半になると鎖を解いて適当に遊ばせていた。

 ほとんどの家庭の番犬は夜は放たれていたため、夜半夜道を歩いていると犬に後をつけられたりして、なにかに襲われるような雰囲気があったものである。

 また、昼間でも放たれている犬はいくらでもおり、春先になるとメス犬の後をオス犬が数匹も連なって恋の鞘当をしていた。
メス犬とオス犬が恋の真っ最中になると、子供達がキャーキャー騒ぐので、教育上よくないと思う大人がバケツの水を犬にぶっ掛けて、犬の恋路の邪魔をしたものだ。

 夜放たれていたハチは、私が朝になると残飯を入れた容器を持って「ハーチ、ハーチ」と大声で呼ぶと、どこからともなく戻ってきた。
それが50年前の私の犬の経験だ。

 だから最近の犬事情には実に驚いてしまった。ほとんどの飼い主が「この子」と人間の子供と同じように呼ぶし、外で飼われている犬のほうが少なくなっている。
食べ物も残飯でなくドックフードを与えられており、毛並みがつやつやして昔よくあった皮膚病にかかった犬はほとんどいない。

 そして、私が一番驚いたのは犬の性質が非常に優しくなっていることだ。昔の犬は実に怖かった。
私の近所に道に面した檻に入れられていたシェパードがいたのだが、この犬は絶対に人になれず、通る人に実に怖い声で「うぅーう」なんて吠えたものである。

 こっちも檻にいることをいいことに、「ばーか、べろべろベー」なんていつもからかっていた。
ある日いつものようにからかおうとその檻の前に行ったら、信じられないことに檻の下が掘られており、いつでも外に出られる準備がしてあった。
そんなことも知らずに「ばーか、べろべろベー」とやったとたんに檻のしたから飛び出して私の太ももにかぶりついた。私は近所全体に響き渡るような悲鳴をあげて逃げ回ったものだ。

 こうしてこのシェパードは積年の恨みを晴らしたわけだが、当時の犬はさほどに狡猾でかつ獰猛だった。

 だから最近のワンチャンの優しさは信じられない。特にレトリバーという種類のワンチャンの優しさは際立っている。
黒い毛並みのレトリバーは最初恐ろしかったのだが、身体に似合わずおとなしいことが分かってからは、会えば頭を撫ぜることにしている。

 頭を撫ぜると身体を摺り寄せてくるし、遠くから私を見つけると尻尾を振って待っている。
人間の子供よりかわいいと飼い主が思うのも無理がない。

 なぜ、こんなに犬が優しくなったのだろうか。知っている人がいたら教えてほしいものだ。

 

 

 

 

 

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