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(20.9.21) すっかり南アルプスに取り付かれた NO6

1977年 31歳 大阪
南アルプス(甲斐駒ケ岳、仙丈ケ岳) 7月31日~3日 3人

Photo  すっかり南アルプスに取り付かれてしまった。この年は野球部の同僚のKさんと,弟とで甲斐駒ケ岳に登ることとした。弟は大学のワンゲル部に入っていた。
駒ケ岳神社から登り始めたが,急峻な登りが続き,体調の悪かった弟は途中でリタイアしてしまった。
兄貴、気持ちが悪くて登れない

 このルートは日本でも有数な厳しい直登ルートだったが、当時は体力が有り余るほど有ったので、問題ないと思っていたのだ。

 そのあとはKさんと二人で甲斐駒ケ岳の何段も続くはしごを登った。その当時の私の登山は食料をたっぷり持って行っており,このときもメロンを5個以上持っていた。
頂上で食べるメロンは最高だ
バックは30kg程度あり重く、はしごを登りながら荷物が後にひかれ危うく落ちそうになった。

 余りの重さと階段の数にくたくたになり「いっそ手すりの手を離そうかしら」と何回も思った。
人間身体が限界に近づくと自殺願望が出てくるらしい。この自殺願望はその後超長距離マラソンでも経験した。
こんなに疲れて走るくらいならトラックに轢かれて死んだほうがましだ

 しかし登山を重ねるうちに荷物を軽くするコツを覚え、20kg以上の荷物は持たなくなった。テントは軽く丈夫になり、それなりにおいしい携帯食糧が開発されたことが一番の理由だろう。

 Kさんは初めての本格的な登山で疲労気味だったので,北沢峠にキャンプを張って休んでもらい,私は仙丈ケ岳の登山をした。
仙丈ケ岳は駒ヶ根から見るととても美しい山形をしており,ぜひ登りたい山だった。
なんて美しい山並みなんだ」いつも思っていた。

 お花畑がつづいて気持ちよい登山ができた。帰りは南アルプススーパー林道から降りたが,林道は途中までしか工事がされておらず(この頃から自然保護の運動が活発になっていた),急に道路が現れるような状況だった。
歩いて広河原まで出て、そこからバスで帰宅した。

 今では全線が開通しているが、広河原から北沢峠までは許可されたバス以外の通行は許可されていない。
実際問題としては林道とは名ばかりで観光道路になっており、この地区の収入源であるが、一方林道の維持は思いのほか費用がかかるので本当に収支が合っているのかどうかは分からない。

 通常、林道、それも渓谷沿いの林道を歩いた経験のある人なら、林道と言うものがいかに自然を破壊し、しかも何の役にも立っていないことを知っているはずだ。

 私の他の経験では、これも南アルプスの南端、光岳(てかりだけ)から、寸又川に降りた時に経験した。
ここには寸又川沿いに寸又峡温泉まで約40kmの林道が延びているのだが、上流20kmは土砂崩れの崩落でずたずたに切断され、全く自動車は入ることが出来なくなっていた。

 この道を利用しているのは夏場だけ1日に数人の登山客(私が降りた時は一人の登山客に会っただけだった)がいるだけで、観光林道にもならない。
土砂崩れのない場所はマムシが昼寝をしていて、私は遠くから石を投げてどいてもらわなければならなかったほどだ。

 この経験で林道と言うものが、ほんの少しの登山者マムシのためにあるのだと言うことがよく分かった。しかしそのためだけなら登山道さえあればいいので、わざわざ林道を作る必要は全くないと考えるほうが正常だ。

(注)写真はGoogleで検索した写真を載せましたが、所有者が分からないので所有者名の記載が出来ません。お許しください。

 

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