(20.8.19) ボリショイサーカスを見に行った
先日(15日)、ボリショイサーカスを幕張メッセに見に行った。数ヶ月前にかみさんが生協に4枚前売り券を頼んでいたものだ。
かみさんと私、それに息子夫婦の4人で出かけた。息子の嫁さんはオーストラリアのタスマニア島出身で「ボリショイサーカスは見たことがないのだろう」とかみさんが気を利かせて招待したものだ。
「ボリショイてどういう意味だろう」とかみさんが聞く。誰も知らないのであて推量で答える。
「どこかの地名じゃないか」息子がいう。結局後で調べることになったが「ボリショイ」とはロシア語で「大きい」という意味だと知った。
「ボリショイサーカス」とは「大サーカス」という意味だ。
かつて社会主義圏ではサーカスを国家事業で育成していた。「ボリショイサーカス」とは外国で公演する時に使用する名前で、正式名をソビエト連邦サーカス公団と言っていたが、現在はロシア連邦サーカス公団と改称している。
私は社会主義というものを評価していないが、全てがダメだと言うことはなく、このサーカスの人材育成システムはとても優れたものだと思う。
日本ではサーカスの団員は一種のアウトローのような目で見られるが、旧社会主義国ではアーティストとして非常に高い地位を認められサーカス学校で組織的に育成されていた。
「せめてサーカスとパンだけは人民に提供しよう」という政府の方針が思わぬ成果を生んだと言うわけだ。
このサーカス公団には約8000名のアーティストとスタッフ、6600頭の動物、および100箇所の常設・仮設劇場を持っており、世界最大であり、世界各地で公演している。
だから、今回日本で公演しているボリショイサーカスはその中のあるグループが来日していることになる。総勢は何名か分からなかったが、どう見ても200名以下のようだった。
今回の出し物はサーカスの花の空中ブランコ、シーソーアクロバット、トラのサーカス、熊のサーカス等であった。
空中ブランコやシーソーアクロバットは非常にレベルが高く、かつ危険な業であり、時にアーティストが失敗してネットに落ちた時などは、かみさんが「あー」と悲鳴をあげていた。
実は私もボリショイサーカスを見るのは始めての経験だった。かつて35歳の頃、後楽園でボリショイサーカスをやっていたので子供達を連れて行ったことがある。
当日券は販売されていたのだが、半日程度待たねばならなかったので諦めて後楽園遊園地で遊んで帰ることにしたので、その時は見損なってしまった。
その話を娘にしたところ「お父さんは後楽園遊園地で落下傘と言う遊戯や、コーヒーポットと言う遊戯に乗って気持ち悪くなり、帰りの電車ではいた」と思い出を語ってくれた。
「とってもお父さんがかわいそうだったので良く覚えている」と娘が言ったが、実際当時は真珠腫性中耳炎が悪化して体調が最悪だった。
ボリショイサーカスに行こうとしたのも、「何時死ぬか分からないのでその前に子供達にボリショイサーカスを見せてやらう」としたのだと言うことを思い出した。
幸いに62歳まで生きることができ、あの時見損なったボリショイサーカスを生きて見ることができたのだから、神様に感謝しなければならないだろう。
ボリショイサーカスの写真を掲載します。場内では撮影禁止だったため多くの写真は有りません。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/20815?authkey=lvnztYFrpqA
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