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(20.8.15) 62歳の誕生日

 今日(14日)は私の62歳の誕生日だ。62年間も生きてきたことに感無量だ。
というのは自分としては40歳までしか生きられないのではなかろうかと、かつて思っていたからだ。

 35歳前後から常時に耳鳴りと目まいに悩まされていた。真珠腫性中耳炎(悪化すると死に至る)だったのだが、私は死期が近づいていると思い、子供たちが小さかったので「せめて40歳まで寿命を延ばしてほしい」と真剣に思ったものである。

 幸いに順天堂大学病院で手術を行なって真珠腫を摘出したため、その後生きながらえることが出来たが、右の耳の聴力はひどく落ちてしまった。
だが、聴力の低下は命との引き換えだから文句の言える筋合いではない。

 その後の寿命目標50歳にすることにした。40歳で死ぬつもりだったから50歳まで生きれれば神様に文句を言わないことにしたのである。その余禄の人生がすでに12年も続いている。心からありがたいことだと思っている。

 しかし年齢を重ねるに従って、予期せぬことが起こるものだ。
一番驚いているのは、実年齢と肉体年齢のギャップがひどくなってくることだ。高校や大学の同窓会に出てみると、若者と老人の集まりみたいだが実際は同年齢の学友であることに驚いてしまう。
肉体年齢はその人の生き方と強い相関関係が有るらしい。

 幸いに私は真珠腫性中耳炎を患った後は、病気と無縁(坐骨神経痛は病気と言うより、長生きしたための証みたいなものだ)になった。

 毎日筋肉トレーニングを欠かさなかったのと、マラソンを中心とするスポーツを中心に生活をしていたので、ストレスがたまらず病気になりようがなかったからだ。
おかげで筋肉は40歳代みたいだが、こんどは個人レベルの実年齢と肉体年齢のギャップに悩まされている。
頭頂部がすっかりはげてしまったからだ。

なんてことだ。一人の人間の中に若さと老人が同居している

 頭髪は筋トレが効かないのと、育毛剤が宣伝ほど効果がないので対応のしようがない。

 仕方なく肉体と頭髪のひどいギャップをカバーするためにいつも帽子をかぶっている。
先日四季の道でよく会う女性から「まあ、山崎さんはどう見ても40歳代だと思っていました」と言われたが、帽子を取らなければという前提条件があるのがつらい。

 おかげでますます帽子が取れなくなってしまった。弟からは「ローマ法王みたいだ」なんていわれるし、息子からは「親父が帽子に投資した金額を合わせればかつらが買えたのではないか」なんて冷やかされている。
うさ吉というお茶漬け屋さんのご主人からは「食事をする時に帽子を取らない不思議な人」と思われてしまった。

 さらに先日Googleおじさんからダメ押しをされた。
Googleおじさんは、新都市ライフのホームページを見て私のハゲの写真を見つけたのだ。
新都市ライフから補助金を受けていた団体の責任者の集合写真があって、その中に帽子を取った私の写真があった。
山崎さん、すっかり禿げてましたよ」実に嬉しそうだった。

 40歳で死ぬつもりが62歳まで生きてしまったために、生き恥をさらしているようなものだ。

主よ、ロドリゴはまだ美しかった時に、主に召されたほうがよかったのでしょうか

 

 

 

 

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コメント

人間には鍛えても時間の流れに逆らうことがどうしても出来ず老化したり、衰えたりします。それらの器官や臓器は漢字の1字で表現出来るものに限られているようです。
毛、目、歯、血、胃、痔、気(力)、手、身、尾(人間は退化してしまった)、屁、そして最は死です。
山崎さんも、もちろん例外ではありませんから、そのうちの1つぐらい老化現象が現れたからと言って、悲観することは無いと思いますよ。
多くの人は3つや4つ必ず老化現象に陥り、最後は死で終わるのですから。

(山崎)そうした悟りの境地になるように努力いたします。

投稿: 仙人 | 2008年8月18日 (月) 16時23分

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