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(20.7.9) 文学入門

 この年になって読書会に誘われるとは思わなかった。かつてはそれなりに文学に興味を持ち、一日中小説を読みふけっていた時代があったが、それからすでに30年はたっている。

 老眼の目には小さな文字はつらく、もはや二度と小説を読むことはなかろうと思っていたが、友達のAさんに誘われて河村義人さんが主催する読書会に出席した。
河村義人さんおゆみ野在住の作家で「子どもたちへのブンガク案内」という本を出版されている。
河村義人さんのプロフィールはおゆみ野walkersの「この人に会いたい 河村義人さん(リンクが張ってあります)」に詳しい。

 今回の読書会の報告者はBさんだった。
Bさんは緑図書館ができる前にすずかけで「ルピナス文庫」という家庭文庫を開いていた人で、この文庫は小さな子供のいた主婦にはとても助かった場所だったそうだ。
本のことについては非常に博識な知識を持っており、本そのものがとても好きだと言う人だ。

 私は河村義人さんにもBさんにも初対面だったが、文学を愛して止まないと言う雰囲気をかもし出す人たちだった。

 報告者Bさんが選んだ本は吉野せいの「洟(はな)をたらした」「梨花(子どもの名)」という短編の2編だった。
吉野せいといってもほとんどの人は知らない。私が住井すえと勘違いしたほど現在では忘れられた作家といってよく、実際本屋で吉野せいの作品を探そうとしても置いてない。

 私は読書会に参加することになってからあわててアマゾンインターネットで注文したが、入手できたのは文春文庫の中古本だった。増刷はされていないらしい。

 吉野せい1977年78歳で没したが、信じられないことに彼女が文学活動をしたのは70歳を過ぎてからの数年間だった。
それまでは貧しい農夫の妻に過ぎず、ほとんど人に知られることのなかった女性が、突然「洟をたらした神」で大宅賞を受賞したのだから世間は驚いた。
しかし実際にこの本を読んでみるとなぜ彼女が小説を書かなければならなかったかが分かる。

 福島県の貧しい開拓農民として土くれとなって生きてきただけの女性が、「自分だって喜びも悲しみも知る一人の人間なのだ。私という人間を知ってほしい」という魂の叫びがこの小説の真髄だ。

 特に「梨花(りか)」が悲しい。梨花とは1歳にも満たない前に夭逝した娘の名前である。開拓地の労働は厳しく12月の寒風が吹きすさぶ中で母親は労働をし、幼子は側の作業小屋で寝かされたままだ。
おしめもかえられず冷たい北風にあたって娘は腸を壊し、緑色の便をだしはじめる。
そして常に微笑を絶やさなかった幼子からだんだんと笑みが消えていく。

 その数日後に幼子は夭逝するのだが、それを日記として淡々と綴っている。幼子に対する愛情がないのではなく、あふれんばかりの愛情をもって、しかし事実は事実として綴っており、私は思わず目頭が熱くなり泣いてしまった。

 医者にかけるお金もない貧しい開拓農家の母親が「なぜ子どもを死なせることになったのか」自問自責する姿は悲しい。
医者にかけられないため氷のうで熱を冷まそうとするが、体温が下がりすぎかえって幼児の体調を悪化させてしまう。

冷えて凍えて病勢を募らせたか、あれくらいの病気で死ぬものではないと思う。それのみを思う。恨むか、梨花!」心の叫びだ。

 
この小説は小説と言うよりノンフィクションと言えるもので、吉野せいという女性がたどった凄惨な歴史書だ。
昭和初期という厳しく貧しい時代に、知的ではあったが恵まれない女性が「だが、こうして私は生きていた」と訴えているのだ。

 今では読まれることのない小説になってしまったが、文庫本を取り寄せてぜひ読まれることを勧める
特に「梨花」は涙なくして読むことはできないが、人間の生き様を知るには最適な本だ。

 

 

 

 

 

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コメント

「梨花」私からもお勧めします。
皆で泣きましょう。

投稿: ソフィー | 2008年7月10日 (木) 00時49分

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