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(20.5.8) 川の道252kmが終わった

おゆみ野四季の道」のテーマソング。以下のファイルをダウンロードすると曲が始まります。
 「pianotokurarinetto.mid」をダウンロード



 ようやく川の道252kmのレースが終わった。この日のために24時間走12時間走富士五湖112kmに参加して準備を整えてきたのだから、終わって心からほっとしている。

 というのも私はこのレースを最後にウルトラマラソンから引退しようと思っていたからだ
やはり年齢を重ねると体力の低下がはなはだしい。もうすぐ62歳だが、昔で言えばおじいちゃんだ。

 かつてはあれほどあった筋肉も足を除いてはほとんどそぎ落ち、鏡を見ると上半身はスーダンの難民みたいだ。
筋力速力もなくなり、残ったのは意志力だけだが、それだけでレースを続けていくことは難しい。身体が壊れてしまうからだ。

 この252kmは長野県小諸市懐古園の前をスタートし、千曲川沿いに長野市飯山市を経由して、新潟県津南町に入る。
新潟県に入ると川の名前が千曲川から信濃川に変わるのだが、このあたりの川面が一番美しい。

 さらに十日町市、小千谷市、三条市をへて新潟市に向かうのだが、私は新潟県の地理に不案内のため場所感がほとんどわかなかった。
ひたすら地図を見て前に進んでいたのだが、これは昔からの川の道のようだった。

 今回のレースは一言でいえば非常に暑いレースだった。初日(3日)から夏日になってしまい、二日目(4日)もひどい夏日で、身体が夏の身体になっていなかったのでバテバテになってしまった。
こおした時は水分補給が一番大事で、私はコンビニや自動販売機を見つけると500mlのペットボトルを買って、のべつ幕なしに水を飲んでいた。

 おそらくレース中に30本近くのペットボトルを飲んだはずだ。そおやって身体から汗を噴出させて空冷しないと、身体が熱中症になってしまう

 熱中症になると頭が朦朧としてきて、身体がふらつき始め最悪の場合は死んでしまう。そおなる前に涼しいところで休めば回復するが、その判断もできなくなって死んでしまうレーサーもいる。

 私はベテランだから熱中症対策はばっちりなのだが、年がら年中水を飲んでいないといけないのはつらい。それに金銭的にも馬鹿にならず飲料代5000円近くにも達してしまった。

 このレースは非常に特異なレースで、1ステージマラソンといい、120km地点の宝山荘で2時間以上の休憩を取ることと、13箇所チェックポイントを通過すること以外は決まりがない。

 どこで休もうが、食事をしようが勝手で、後は54時間以内(2日と6時間)にゴールに着けばよい。時速に直すと約5kmなのだから、ちょっとした早足程度なのだが、実際はかなりタフだ。
途中で疲れてくるとどおしても仮眠をしてしまい、気がつくと30分や1時間程度はすぐにたってしまう。

 私は宝山荘まではかなり時間に余裕をもって到着したのだが、その後はめろめろになってしまった。
何しろ猛烈な暑さと、宝山荘の仮眠が4時間程度だったこともあり、2日目の日中は走っては休んでいた。そのため本当に時速5kmになってしまった。

はやく太陽が沈んでくれ
まともに走れるのは夜しかないが、一方夜はやけに眠たい。

 寝る場所はどこでもOKで、昼間は神社の境内夜間は道の脇の歩道に寝ていた。
この近所のイメージでいうと、蘇我から千葉南警察前を通る4車線の道路があるが、その歩道で寝ていたことになる。
最初は座っているのだが、すぐに横になりふと気がつくと寝ているという状態で、これを通りがかりの人が見たら路上に変死体があるようなものだ。
警察ですか。道路で人が死んでます

 私はもう少しで62歳になる。62歳にもなる人間が歩道でマグロのように寝ている姿はどおみても正常でない。
これでは老人の品格が保てない」さすがに反省をした。

 こおしてどうにか53時間ゴールしたが、ようやく61kgまで戻った体重もこのレースで再び58kgになってしまった。脂肪などどこを見てもなくなってしまっている。

 残ったのは身体が壊れたサインだ。今回は左足の膝のお皿が不安定になってしまった。収まるところに収まらず、歩くとがちがち音を立てる。
無理やりに収めようとすると猛烈な痛さが走る。

 今日(7日)は、一日中家でごろごろしている。いつもの清掃活動にも膝の皿が笑うと思うと怖くて出て行けない。

 やはり何にでも引退時期というのはあるのだ。柔道の井上康生だって内股がかからなくなって引退した。
ゴールをしたとき、スポーツエイドの関係者の方が「山崎さんはこれで前半と後半を走ったのだから、次は全コース制覇ですね」と言っていた。笑って会釈をしておいたが、その機会はないだろう。

 考えてみればよくここまで持ったものだと思う。身体が人一倍丈夫だったせいもあるが、本当にありがたいことだ。
これからはウルトラマラソンと言う、楽しくはあっても身体に負荷がかかりすぎるレースからは引退し、後はフルマラソン程度を楽しむことにしよう。

(注)本ブログと関連するブログは「川の道252kmに参加する」です

 今回走りはめろめろでしたが、写真はばっちり撮ってきました。最近はレーサーと言うよりも報道写真家になったみたいです。ただし夜走った場所の写真はありません。

http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/2053?authkey=LdaS7NtzSvs


 

 

 

 

 

 

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コメント

川の道お疲れ様でした。
このブログに初めて顔を出させていただきます。ドリーマーズです。初の超ウルトラジャニーは確かに肉体の限界を超えてました。
私自信、ここまで体をいじめたのは高校時代の硬式野球部以来かもしれません。
昼夜ひたすら走って歩いてる時にふとなにか忘れかけてた懐かしい気持ちがしました。日常では味わえないもの。苦しいながらもおもいっきり楽しんでる自分に。
これからも夢を力に良い湯加減でてくてく走り続けれればと思いました。
テニス界の伊達公子はやっぱり好きだからコートに帰ってきました。
山崎さんもエイドで一息いれたらまた川の道に帰ってきて下さい。

(山崎)一緒に走った仲間からのコメントが一番うれしいです。暑い中、本当にご苦労様でした。

投稿: ゼッケン215です | 2008年5月 9日 (金) 20時25分

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