(20.5.24) 娘には頭があがらない
「おゆみ野四季の道」のテーマソング。以下のファイルをダウンロードすると曲が始まります。
「pianotokurarinetto.mid」をダウンロード
私は娘にはまったく頭があがらない。実は娘には住居問題で大恩があるためだ。
現在私はおゆみ野に住居を構えているが、1990年前後のバブルの真っ最中のころ「おゆみ野に住むか、東京の京王堀の内に住むか」悩んでいた。
当時私は杉並の会社の寮に暮らしていたが、一定年齢になると寮をでなくてはならない。そのために現在のおゆみ野の場所に土地の手当てをしていたのだが、かみさんがこの場所に住むことを嫌がった。
20年以上も前のことだが、当時は宅地整備が一部で始まっていたものの、私の住む場所はほとんど谷のような場所で草が生い茂っていた。
ジャスコもまだできておらず、駅前はただ広い空き地だったころである。
「こんな田舎に住むのはいやよ。私は仕事をしているのだから京王線沿線じゃないと困るの」
私自身は田舎でもなんともないのだが、かみさんの希望もあり懸命に京王線沿線の物件を探した。そして契約したのが、あの裁判にもなっている京王堀の内の都住宅供給公社が販売したマンションである。
私が契約したのは93㎡で経費を含め7000万円の物件だったが、周りのマンションよりやや高めの価格設定だったため、競争率が低かった。
このマンションでは住民組合が組織され、周りの環境については「住民組合の意向にそって整備していく」のが売りだった。当時はそおした住民主体の環境整備がはやっていた。
当初からやや高めだと思っていたが、当時は資金手当てになんら心配しなかった。
「会社や、住宅公庫から金は借りられるし、おゆみ野の土地を売れば問題ないだろう」
今から考えると信じられないが、当時は約7000万円の借り入れでも簡単に返済できると思っていたのだ。
しかしそれからしばらくしてバブルがはじけた。マンションは建設中だったが、周りの物件の価格はどんどん下がっていく。
私は都の住宅公社に掛け合った。
「周りの住宅価格が下がっているのだから、販売価格を下げるべきではないですか」
「いえ、都公社は一切お下げすることはいたしません。この価格ですべて売ります」
私は諦めてこの価格で住むつもりでいた。
「かみさんが京王沿線じゃないと困るといっているし、都公社も価格を下げないといっているのだから、仕方ない」
このときかみさんを説得してくれたのが娘だ。
「おかあさん、いままでずっとアパート暮らしだったのだから、今度は一軒家に住むほうがいいわよ。園芸もできるしきっと楽しいわ」
「そうね、そうかもしれないわね」
娘の言葉で、かみさんもおゆみ野に住む決心をしてくれた。ちょうどジャスコもでき買い物に困らなくなったころである。
私はこのマンションをキャンセルしおゆみ野に住居を構えた。今から約15年程前のことである。
それから数年たったある日、新聞を見てびっくりした。京王堀の内のその物件は半分以上が売れ残り、約25%値引きして販売するのだと言う。
「そうかあの物件は5250万円が相場だったのか」
しかし驚きは続いた。また数年たち、残った住宅を当初価格の50%値引きをして販売したのだ。
「何だ、あのマンションは3500万円だったのか」
驚きはこれに留まらなかった。2003年7月、なんと残りのマンションを7割引きで販売したのだ。
「なんだ、絶対に値引きしないなって言ってたのに、7000万が2100万円じゃないか。もし購入していたら含み損は4900万円だ」
これには当初から住んでいた住民が怒った。都住宅公社を相手取り、集団訴訟を起こしたが、裁判では他の同様な訴訟同様敗訴している。
私は都の公社職員が「絶対に価格を下げることはしません」と言ったのをじかに聞いているので複雑な気持ちだった。
現在私はボランティア人生を送っているが、もしそこにすんでいたら、約5千万の含み損を抱えて、集団訴訟に明け暮れなくてはならなかったはずだ。
だから娘のあの一言が天と地の分かれ目で、このように静かな人生がおくれるのもすべて娘のせいである。
だから私は娘にまったく頭があがらないのだ。
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